無縁仏

【閲覧注意】タイの無縁仏の墓の洗骨に参加した話【人骨画像多数】

※当記事には人骨の画像がいくつか出てきます。残虐な死体画像というわけではありませんが、閲覧にご注意ください。

 これは数年前の話。タイのレスキュー団体が管理する無縁仏の墓の整理があったので、参加してきた。儀式としては「洗骨」になるようで、白骨化した仏様を運び出し、丁寧に汚れを落としていく。再埋葬には参加していないので、まさに骨を洗うところまで見てきた。

 このレスキュー慈善団体は「プラチャーヌ

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とりあえず言ってしまってからやる

今年もあと3ヶ月少しで終わりです。
いま、自分のしている活動の最終目的は世界平和ですが、そこに到達するまでの目標も考えております。取り敢えず、短期目標である2020年度の目標を提示します。

キーワードは連帯、収益化、周知です。それぞれ説明していきます。

連帯:パレスチナ問題に関して取り組んでいる民間のNPO団体と交流を深め、情報を共有する。国連や国際NGO組織だと規模が大きすぎるので、小さな団

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無縁仏の墓

最近はめっきりしなくなってしまいましたが、毎日早朝に散歩をしていた時期がありました。
私の朝の散歩コースの一つは墓地です。
墓地といっても広大な敷地で、森や野原もあり、私の子供の頃の遊び場でもありました。
自転車に乗るのを覚えたのもここ。土筆を採り、バッタを追いかけ、空にはヒバリの鳴き声を聞きました。

その墓地の一角に古くて、あちこちが欠けている墓石が5基ほど並んでいるだけの無縁仏の墓がひっそり

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炎天下に墓参り。Visit the grave under the scorching sun.

先ほど、義理の父の墓参りから帰ってきました。義理の父は無縁仏になった人なので、**家之墓とか没年月日とかが彫り込んであるような個人(故人?)的な墓があるわけではありません(もちろん戒名もありません)。実に、シンプルで、いい感じです。
 私は生きているときの義理の父に会ったこともなければ、声も聞いたことがありません。写真を見たのも亡くなったあとでした。無縁仏になる人生について、いつか書いてみたいと思

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“無縁仏”にお参りしました。

府中町には、不幸にして身寄りがないままお亡くなりになられた方々が埋葬された「府中町無縁墓地」が山田墓苑内にあります。そしてその傍には、町民有志によって1972(昭和47)年に建立された「源太山無縁仏合碑」があります。
毎年、北部と南部の町内会連合会の主催で、お盆の少し前にお参りに行っています。
今年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、規模を縮小しましたが、毎年大切にしたい行事の1つです。

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雨の中の墓参り。Visiting a grave in the rain.

豪雨の中、一人で義父の墓参りに行きました。特に今日という日に意味があるわけではありません。最近ご無沙汰をしていたから、というのが理由かもしれません。義父は(訳あって)無縁仏の皆さんとともに眠っています。いつものように線香と蝋燭を用意していましたが、傘を差すのが精一杯の状況でしたから、今回は灯しませんでした(カフェオレをお供えしました)。じっと傘を差しながらお参りをしていると心が落ち着きます。海の底

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そうだ墓参、行こう。Well, let's go visit the grave.

私は自分の父親の墓参りに何十年も行っていません。足が遠のくのは距離のせいばかりではなく、そこがもう私にとっては(母が存命ですが)あらゆる意味で故郷ではないから、ということなのでしょう。
 その代わりと言っては何ですが、義父(妻の父親)の墓には何度も墓参しています。1時間以内に行ける近距離、という理由だけで、頻繁に墓参するわけではありません。そこに行くと義父の「生き様」や「死に様」を感じるからです。

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全部健康

サキコは健康に気を遣っています。
食事は油物を控え、炭水化物もほどほどに、野菜を中心に食べています。
おかげで胃にもやさしく、体もなんだか軽々しい。
お肌も吹き出物はなくなり、まぁ油物を取らなくなったせいか、多少肌のカサツキは気になるけれども、概ね健康状態には満足していました。
サキコは体に悪そうなものは食べませんし、飲みません。
もちろん酒もタバコもやりません。
あんなものは百害あって一利なしと

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ありがとよ~。元気にしてるかぁ~い?
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無縁仏となる日まで

子どもの頃からお墓参りが好きだった。

好きだったというよりは、子どもの頃のレジャーという立ち位置だったから楽しめたのだと思う。

家族そろって出かけることといえば、お墓参りくらい。私はそういう家庭で育ったのだ。

そんな環境で育ったからか、「死」はとても身近な存在だった。

生まれてきたら必ず死ぬ。

誰かから教えらえたわけではないが、「死」というものを自然と受け入れていた。

人によっては、死

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