住野アマラ

自分の好きなモノや場所や忘れたくなくて、記憶の欠片を何かを形にしておきたくて…。そんな…

住野アマラ

自分の好きなモノや場所や忘れたくなくて、記憶の欠片を何かを形にしておきたくて…。そんな想いで物語を紡いでいます。

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小説「マリンパークと男たち」        住野アマラ

私はサークル型の歩道橋の上からスクランブル交差点を見ていた。 たくさんの人が信号の変わるのを待っている。 街の出す音の種類変わり歩き出す人々。 黒の集合体の輪郭が滲む。 行きかう人波が一塊の魚群に見えた。 一斉に向きを変える魚たち。 銀色の横っ腹と小さなまん丸の目。 個々の意思ではなく、一つの生命体として生きる者たち。 彼らは出口の無い水槽の中にいるのだと気づいていない。 私も群れの中で、知らず知らずに向きを変え、知らず知らずに流されているのかも知れない。 私の家の近くに湘

    • 猫の予感

      いずれ、きっと、猫が 家に来る そう思っていた 可愛くて、小さくて、あどけない つぶらな瞳の子猫 ミーちゃんが天国に旅立って一年 生まれ変わったら必ず お姉ちゃんのところに戻って来る そう思っていた 保護猫カフェにはいなかった 裏路地にも まさかペットショップにいやしないよね まさかシャム猫やら、アビシニアンになってはいないよね 間違って、蚊とか犬に生まれ変わっていないよね ここだよ ここにいるよ 君のお姉ちゃんは待ってるよ でも 急に思ったんだ、さっき、トイレで ミーち

      • 労災病院の横に君と二人で

        例えば病院に入院中で 例えば、もう余命僅かで 例えば、病院の庭で 例えば、陽だまりの中に佇んで 見上げるとプラタナスの木の点描画が見えて ああ、こんな、何気ない日常が素晴らしいなと思ったりして 何で自分は今まで気づかなかったんだろうとか思ったりして ただ、ぼんやり木々を眺め 鳥の声を聞き 深くゆっくり呼吸する 健康になったらこんな何もしない日常を 思う存分毎日味わうんだと思ったりして でも、それ きっと、やらないよ 例えば丸いまん丸いまるいお月様を

        • 小さな小説「ナンバーワン求人サイト」           住野 アマラ

               占い師募集という文字が目に飛び込んできた。スマホの画面下に表れた、大手求人サイトのポップアップ広告だ。 私は朝から、携帯会社の料金プランをMプランからSプランに変更しようとスマホの画面に集中していた。実は先月、長年勤めたスーパーを自主退職し、失業中の身である。  2カ月間待てば失業保険手当てが貰えるのだから、職探しに焦っている訳ではない。  だが占い師募集という求人サイトの広告に私の心は大いに揺さぶられた。 「占いの館サンサーラ」 駅から徒歩5分。転勤はなし。夏季

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        小説「マリンパークと男たち」        住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑪ 住野アマラ

          次の日も天気が良く爽やかな朝だった。 目的のお墓参りを一応果たし、昨夜は心地よく寝られた。そのせいか得体の知れない不安はなくなっていた。 亡き母への感謝の気持ちと母の病気に気づいてあげられなかったという自責の念を、今回の墓参りで消化出来た気がする。 そして気分も晴れやかなら、ご飯もウマい。 この辺り特産の鯵の干物が絶品。脂が乗っている。 昨夜あれだけお腹いっぱいに食べたから胃がもたれているかと思ったが、朝は朝で食べられる。これも温泉効果か。 温泉効果に違いない。 と

          小説「浮遊の夏」⑪ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑩ 住野アマラ

          眠くなってきた。 私は敷かれた布団の上に大の字になった。隣は爆睡中。 「もう寝たと思ってがっかりした?」 「びっくりした、起きてたの?急に大きい声出さないでよ」 「俺のビール飲んだだろう」 「飲んだよ」 「このまま何もしないと思ってガッカリした?」 相方はすーっと布団に入ってきた。 そう結局浴衣は、はだけちゃうのよね。 彼は私の指からキューピーちゃん人形を口に咥えて外した。 浴衣の胸元から手が差し込まれその手は優しく乳房を揉みしだく。 かすかに「あぁ」と

          小説「浮遊の夏」⑩ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑨ 住野アマラ

          大浴場から部屋に戻ると相方はテレビをつけたまま寝落ちしていた。 テーブルの上にさっきのパチンコの景品らしい小さいキューピーちゃん人形の指サックが置いてある。 人差し指にはめてみた。かわいいじゃん。 じゃあ、私は広縁でクールダウンしよう。 ということでびーるびーる。 奴の分も飲んでやる。 籐でできた椅子に座り外を眺める。 窓から街の灯りが見える。 窓ガラスに音だけ消したつけっ放しのテレビの画面がチラチラ映っている。 幼い頃の記憶が浮かび上がる。 昔、熱海の旅

          小説「浮遊の夏」⑨ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑧ 住野アマラ

          緩和ケアとしてモルヒネを使用している。 呼吸が苦しそうだと一定して体内に送るモルヒネとは別にフラッシュという一時的に量を増やす処置をする。 母は薬のせいなのか、脳に転移した腫瘍のせいなのかは分からないが、時折この世のものとは思われぬ美しい笑顔を見せた。 この笑顔は常人の見せる笑顔ではない。 母はたどたどしく「ありがとう」と言った…。皆にありがとうと伝えてと何度も呟いた…。 所用で父が家に帰り私は母の浮腫んだ足をさすっていた。 また苦しそうなのでフラッシ

          小説「浮遊の夏」⑧ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑦ 住野アマラ

          母が年明けに精密検査の為に入院した。 母は医師も驚く程進行した末期がんだった。一体どこに最初のがんが出来て広がったのか分からない原発不明の全身がんだった。 主治医から検査結果のシートを見せられた時にはマイペースな父も顔を真っ青にしていた。 シート上の腫瘍のそれぞれがマーキングされ無数に光っている。それはグロテスクでもあり、私は丸木美術館で見た「原爆の図」を思い出した。 セカンドオピニオンで他の病院に移ることや、東洋的な治療も色々と調べた。だが母はすでに手の施しようがな

          小説「浮遊の夏」⑦ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑥ 住野アマラ

          中学生の時に広島への原爆投下をテーマにした芝居を上演した事があった。 その時にかなり資料を見たり読んだりした。 多感な時期だったし丸木美術館の原爆の図や峠三吉の詩がショックだった。 他人より過敏なのかも知れないが放射能と聞くと恐怖を感じてしまう。 何か大事なものを失ったような不安。 何かを取り逃がしているような不安。 私だけ間違った方向に進んでいるような不安。 知らず知らずに何かを傷つけているんじゃないかという不安。 不安は不安を呼ぶ。 水の中を泳ぎながらい

          小説「浮遊の夏」⑥ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」⑤ 住野アマラ

          さてさて夕食は蟹ずくし。 まず、先付の何種類かで乾杯する。 カニのサラダ。 カニの酢の物。 カニの天ぷら。 ゆでたらば蟹(これは食べ放題) 蟹爪のフライ、タルタル入り(これ好き) カニの茶碗蒸しと蟹すき鍋。 カニカニカニカニカニ。 それから…いや、もうカニは結構…。 もはや自分もカニ人間らしく畳に大の字になって寝転ぶ。 相方もまた、然り。 「はぁ~、もう食べられませんし飲めませーん」 彼はなんだかんだと言いながら蟹が好きだ。 「今日のお坊さんの話良

          小説「浮遊の夏」⑤ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」④ 住野アマラ

          私たちはやっと墓参りに出発した。 昔の記憶を頼りに海沿いを歩く。 頭の上にはトンビがピーヒョロロと旋回し、岸壁にはカモメが並んでいる。 やっぱり空気が違うなぁ。 二人で同時に深呼吸する。 太陽がいっぱいのメロディーが思わず口を出た。 「それ太陽がいっぱいの曲だよな」 「そう、一回歌うと頭からはなれなくてさぁ」 「分かる、分かる」 「♪たたぁ~たーらり~らりらららりら♪」   「アランドロンが殺した奴のサイン練習するシーン、あそこ良かったな」 「ラストじゃなくて?」 「あのシー

          小説「浮遊の夏」④ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」③ 住野アマラ

          横浜から湯河原までは電車で一時間ちょっとの距離。湯河原駅は神奈川県最南端の駅だ。 駅前の通りには干物を売る店や地魚を売りにする料理屋が並び、華やかさには少し欠けるが地方都市の湿っぽい旅情が漂っていた。 海の方に行けばさらに雰囲気が違うのだが、旅館に荷物を置いてすぐに墓参りに出掛けなければならない。 「ここかぁ~。高そうだな」  麦わら帽子のつばを上げ建物を見上げる彼は面白くなさそうな声を出した。細身で肩幅のない彼には誕生日プレゼントのアロハシャツが大きすぎた。短パンか

          小説「浮遊の夏」③ 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」② 住野アマラ

           そんなこんなも昨年の年末に「お母さん乳がんの疑いありだから検査入院するよ」と連絡があり、私が慌てて実家へ様子を見に行くと母は特に調子が悪そうでもない。逆に私の顔色の方が良くないと心配されて、今時二人に一人は癌になる時代よとあっけらかんとしている。 「じゃあ、あの、ま、連絡して」と私が帰ろうとすると母は一緒に横浜に買い物に行こうと言い出した。今思えばこの外出が二人で出かけた最後だった。後から過ぎた時間が貴重だと分かっても些細な日常の記憶の断片は曖昧にしか残っていない。 私

          小説「浮遊の夏」② 住野アマラ

          小説「浮遊の夏」①住野アマラ

          イルカ雲とダックスフンド雲が我先へと伸びてゆく。次第にイルカ雲は膨らんでカエル雲へ、犬雲は耳から崩れてコリー雲へと変化した。 生命が踊り、魂ごと身体が浮き上がるような夏空。まるでここは日本じゃないみたい  私は映画「太陽がいっぱい」のテーマ曲を口ずさんだ。  母の好きな俳優アラン・ドロン主演の昔のフランス映画。 哀しげなメロディーとドロンの青い瞳が南仏の空によく似合うのだそうだ。 今の私の気分も南仏。 だが現実は日本。ここは神奈川県足柄下郡湯河原町の温泉地。 一山超えると有名

          小説「浮遊の夏」①住野アマラ

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           鍼灸師をしている友人がいます。彼女は高校生の時に頭にバレーボールが当たり、それ以後段々と視力が弱って、十数年経った今では殆ど失明しています。 彼女とは幼馴染みですが、大人になってから会う事はなかったので偶然地元で再会した時にはどう接したらいいか戸惑いました。  彼女がもっと話そうと言うので、私たちは食堂へ行きました。しばらくして彼女の旦那さんも合流しました。  旦那さんは、右上にスープ、左手前にひじきの煮物、鉄板が熱いから気を付けてと彼女がスムーズに食事が出来るように気を配

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