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小説「浮遊の夏」①住野アマラ

イルカ雲とダックスフンド雲が我先へと伸びてゆく。次第にイルカ雲は膨らんでカエル雲へ、犬雲は耳から崩れてコリー雲へと変化した。
生命が踊り、魂ごと身体が浮き上がるような夏空。まるでここは日本じゃないみたい 
私は映画「太陽がいっぱい」のテーマ曲を口ずさんだ。 
母の好きな俳優アラン・ドロン主演の昔のフランス映画。
哀しげなメロディーとドロンの青い瞳が南仏の空によく似合うのだそうだ。
今の私の気分も南仏。
だが現実は日本。ここは神奈川県足柄下郡湯河原町の温泉地。
一山超えると有名な観光地の熱海があるが、あちらは静岡県。
熱海の方が観光地としては人気だが、湯河原にもいい温泉宿がたくさんある。それに湯河原には代々の墓があるので私は幼い頃から家族連れだって、度々湯河原を訪れていた。
でも、それも私が大学を卒業し実家を出る頃までで、祖母も亡くなり、父も出不精になって最近は母一人で墓参りに来ていたようだ。
たまに宅急便で蒲鉾や干物やらが突然送られてきたから、お墓参りに行ったんだと分かった。母は私に干渉もしないが必要な連絡もしてこない。私も電車で一時間とかからない実家にあまり顔を出さなかった。
母は「あんた遊んでばかりいるんでしょう」と思っていたかも知れない。
が、しかし母に言いにくいことがあり、何となく疎遠になっているというのが実のところだ。
つまりは、問題は、男だ。
(続く)


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