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2018年10月福島取材 “復興した”福島

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10/20、21の2日間、主に浪江町を取材してきました。“復興した”のかどうか、その目で確かめてみてください。
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#東日本大震災

浪江駅に北上する代行バス車内から

18分とちょっと長いですが、2018年10月21日AM10:25富岡駅発、浪江に北上する代行バス車内から帰還困難区域を撮影したもの。原発ではなく、山側、西側の車窓の映像です。ちょっと揺れと雑音がうるさいですが興味のある人はご覧ください。ちなみに途中でピッピと聞こえるのは僕の持つエアーカウンターSの音です。この時は最大2.96μSv/hでした(帰りは最大3.34μSv/h。ただし、エアーカウンターS もっとみる

2018年10月福島、回転寿司アトム〜廃炉資料館〜リプルンふくしま

2018年10月福島、回転寿司アトム〜廃炉資料館〜リプルンふくしま

10月20、21日の2日間、富岡、浪江を取材で訪れました。と言っても富岡では主に政府、東電のプロパガンダ施設訪問で、メインは浪江町の取材でした。

(富岡駅)

(中間貯蔵施設へフレコンバッグを運ぶための橋)

(福島第二原発の排気塔)

1日目の20日は、富岡駅で写真家Nさん、浪江から福島市に避難している元原発作業員のKさん、そして来年のもやい展金沢で一緒に出展するFさん夫妻と合流し、まずは回転

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2018年10月福島、帰還困難区域〜請戸港

2018年10月福島、帰還困難区域〜請戸港

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「リプルンふくしま」で感じた違和感は、人が住むところで放射性物質に汚染されたものを実験的に埋め立てる、「人体実験」のような普通に考えたらありえないことを平気でやろうという、その違和感でしょうか。まるで映画かドラマの世界のような、夢の世界のような非現実感。現実が自分の想像を飛び越えるという違和感でしょうか。浜通りではそういった強烈な違和感を感じることが何度もあります。

その後、国道6号

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2018年10月福島、請戸漁港〜請戸小学校

2018年10月福島、請戸漁港〜請戸小学校

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請戸漁港を見たのち、請戸小学校へ移動します。
途中で目にした、津波に流された廃墟は、宮城の閖上で見た廃墟を彷彿とさせました。

(高麗人参酒?)

(生活感が残されたまま)

福島というとどうしても原子力災害が強調されますが、津波の被害もとても大きいものでした。

(この家の主は、今はどこにいるのだろう)

そして、原発事故のせいで、3/12以降は捜索に入ることもできなかった。それによ

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2018年10月福島、復興祈念公園〜苅野小学校

2018年10月福島、復興祈念公園〜苅野小学校

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その後、請戸の海沿いに新しく出来た復興祈念公園へ移動、トイレ休憩となる。トイレにはノートが置かれていて、そこには訪れた人の様々なメッセージが書かれていました。

丁度この公園に向かう際も、観光バスとすれ違った。「スタディツアー」と銘打って、全国各地から訪れる人がいるらしい(宮城や岩手と比べると、放射能のせいもあって圧倒的に少ないようだが)。

でも僕は、そういうツアーにはちょっと抵抗が

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2018年10月福島、苅野幼稚園〜希望の牧場〜いわき

2018年10月福島、苅野幼稚園〜希望の牧場〜いわき

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苅野小学校に併設されている苅野幼稚園へ。

(しっかり管理されてる様子)

窓越しに中を撮影していたら、建物脇の側溝に左足を落としてしまったw ECOTEST社のガイガーカウンターMKS-05で側溝を測ってもそんなに線量は上がらなかったが、水が溜まっていて、やってしまったなと言う感じ。靴の中まで若干水が沁みてきてしまった。

何人かの友人にこのエピソードを話したところ、かなり心配された

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2018年10月福島、いわき〜浪江駅〜浪江中学校

2018年10月福島、いわき〜浪江駅〜浪江中学校

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2日目は快晴でした。

本当なら早く浪江に向かいたいところだけど、富岡〜浪江間の代行バスは本数が少ない。朝10:25富岡発の前は、6:55発。つまり、いわきを朝6時に出なければいけない。それは少々ハードだ。

…と書いてみて思ったが、それくらいハードにロケをするべきかなとも思う。

8時過ぎにホテルを出て、少しいわき駅前を散策する。

(日本政府は明治維新150年というが、福島では戊辰

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2018年10月福島、國玉神社〜中上ノ原団地

2018年10月福島、國玉神社〜中上ノ原団地

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浪江中学正門付近のホットスポットでヒヤリとしたが、気を取り直し國玉神社へ向かう。
前日、NさんやKさんが見てきたと聞いていたので、自分も見てみたいと思った。これまで浪江には3度訪れているが、まだ見たことはなかった。

(この夏の台風でめくれたのかな)

(セイタカアワダチソウがすごい)

(これは國玉神社近くの…バス停跡)

来てみて、以前写真を見たことを思い出した。
どこで見たっけ…

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2018年10月福島、中上ノ原団地

2018年10月福島、中上ノ原団地

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人っ子一人いない中上ノ原団地は、ひっそりと佇んでいた。

まさに震災当時のまま。おそらくほとんど人は来ていないように思われた。
息を吞むという表現がぴったりで、正直に言って怖かった。

まさに異様だった。

(本当に静かで誰一人おらず、自分の足音だけが団地に響く)

(ここを通り抜けるときの自分の足音に鳥肌がたった)

(上に上がる勇気はなかった)

(遊具がいろいろな感情を呼び覚ます

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2018年10月福島、猿との遭遇〜大堀小学校

2018年10月福島、猿との遭遇〜大堀小学校

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中上ノ原団地や、その先の団地とも、不気味な雰囲気を醸し出していた。
多くの人々が住んでいた建物であり、そこを突然出て行くように言われ、それから7年半以上も放置されている。
そこには多くの人々の念が残っていて、不気味な雰囲気が出るのも当然だと思う。
子供達、ママ友、高齢者、社宅であれば会社の仲間達。様々なコミュニティが原発事故で破壊されたのだ。

打ちのめされた気分でトボトボと大堀小学校

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2018年10月福島、大堀地区ゲート前〜酒井地区ゲート前

2018年10月福島、大堀地区ゲート前〜酒井地区ゲート前

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次の目的地を目指す。と言っても、行けるかどうかはわからない。帰還困難区域の可能性が高いから。
たとえ帰還困難区域でも、ゲートまで行ってみたいという願望はあった。不謹慎かもしれないが、僕は絵を描くための取材、資料収集に来ている。

高瀬川。陽に照らされて美しい。水も澄んでいて素晴らしい。…放射性物質は目に見えないが…

あれ、橋の向こうに

ああ…

大堀地区は帰還困難区域だった。

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2018年10月福島、帰還困難区域〜丈六公園

2018年10月福島、帰還困難区域〜丈六公園

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事前に計画していた通り、県道253号を歩いていると、帰還困難区域のゲートが見えてきた。今まで歩いていたところは避難指示解除された場所、そして今自分が向かっているのは浪江駅方面。
どういうこと?

あれ、この看板…英語だし。

「この先帰還困難区域」…おいおいおい

人通っていいの? いやダメって書いてあるし。でもゲート開いてるし。引き返すわけにいかないし(時間がない)。

ゲート手前に

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2018年10月福島、浪江駅前<終>

2018年10月福島、浪江駅前<終>

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丸腰で帰還困難区域を歩くことは全く想定しておらず、体力的な疲れと同時に心にもドッと疲れが出て、丈六公園は満足に見ることが出来なかった。時間には余裕があったが、早く浪江駅まで戻りたいと思っていた。

丈六公園を出ると、すぐ傍に一風変わった美術館跡があった。

(「天○美術館」と書かれているが、読めない。思い切って入ってみる)

(「解体家屋」)

(奥は完全に廃墟と化していた)

この道

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