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【短編】『世界一の賭博』

世界一の賭博


 ある時、世界でも有数の富豪は言った。

「私はこれまであらゆる困難を乗り越え、その度に成長してきた。しかし富を手にした今、危機感というものからは無縁の生活に浸っているのが現実だ。今こそ自分自身に変革をもたらす時ではないか。そう、我が人生を賭けてでも自分を再び奮い立たせる必要がある。そこで一つ提言したい。私は翌月一日から一週間断食を行う。それも一週間丸々飲み食いを禁止するのだ。もしこれを達成できなかった場合は、アフリカの開発に全財産を寄付することをここに約束する。」

 こうして富豪の断食の挑戦は始まった。まず富豪が考えたことは、万が一ルールを破ってしまった場合のことである。富豪は実際に自分の目で財産の行先を見ておこうと思い、南アフリカへと向かった。

 いざ、現地の空港に到着すると、他国から訪問していた人々が次々と富豪を見ては、握手や写真撮影を求めてきた。一方で、現地人はなんの反応も見せず、富豪がいかなる賭け事をしているかは眼中になかった。外へ出ると、突然熱風が身体全体に押し寄せ、富豪の喉を一瞬にして乾かした。しかし、我慢することこそ自分の成長につながるという一心で欲求を抑え精神統一を試みた。一週間という長い期間この暑さを耐え凌がなければならないことに、冷や汗をかきながらも再び覚悟を決めた。

 街を歩いていると、屋台のある通りが見えてきた。しわくちゃな顔の老婆が汗を垂らしながら富豪の方に寄ってきては、「三十ランド、三十ランド」と言葉を連呼し、葉っぱに包まれた肉の塊を差し出してきた。富豪は身振り手振りでそれを断り、他に寄ってくる物売りを避けながら屋台を後にした。

 さらに道のりを進むと、今度はスラム街に辿り着いた。子供たちは笑顔を見せながら、富豪の容姿の珍しさに寄ってたかっては、一躍有名人のように扱った。もっともその人物は世界で名の知れた富豪ではあったが、彼らはそれを理解していなかった。驚くことに、彼らはまるでユニセフの募金の表紙に出てくるような非常に痩せこけた体型をしており、皆肋骨が見えるほどであった。アフリカの貧困の実態はこれほどまでかと改めて目の当たりにし、今まで少なからず感じていた空腹というものの価値観が一変したのだ。富豪の感じる空腹は先進国において社会が作り出した幻想だと。今目の前にいる彼らの空腹こそ個人の感じる空腹と呼べるのだと。富豪はこの断食という自分に課した試練に対して疑問を抱いた。

 再び都市部に戻ると、相変わらず街全体が誘惑に溢れていた。店前では半分裸の女性が看板を掲げてこちらに視線を送ってきたり、すぐ近くではカジノが設置され客引きを受けたりした。これはいかんと、今度は田舎へと移動し、自然の中で澄み切った心で残りの断食を過ごそうと考えた。

 車で五時間ほどすると、あたり一面緑と黄色に包まれ、一つの小さな集落に到着した。アフリカの自然はとても美しく、また精神を乱すことなく時間を過ごすことを可能とした。暇を持て余した富豪はこのまま、のこのことアフリカまでやってきて何もせずに帰るというのは我が倫理に反すると、サファリの探検ツアーに参加することにした。同行者は五人おり、一人は現地の案内人で、それ以外は観光客であった。観光客の一人は英語が第一言語のようで、富豪に終始話しかけてきた。時に彼はこう言った。

「断食はさぞかし大変だろう。いい機会だ、富豪殿の未来を彼ら現地人に占ってもらうと良い。彼らの信じる神があなたの未来を教えてくれるだろう。」

 昼下がりのサファリの暑さは炎天下とまではいかないものの、富豪の体力を削った。飲まず食わずの生活に限界を感じ始めてきたのか、脳内でエンドルフィンが分泌され始め、所謂ランナーズ・ハイのような状態になることが度々あった。それは、さらに体力をすり減らしてしまう麻薬でしかなかった。

 断食終了まで残すところわずか数日となった頃、それは突然やってきた。緑が生い茂ったあたりを五人固まって移動している最中であった。富豪は足首がチクリとしたのを感じたのだ。すると、足元をクネクネと小さなヘビが去って行くのを確認し、側にいた案内人の顔つきが変わった。

「あなた、今あのヘビに噛まれましたね?」

「わからない。チクリとしたが、もしやこれはあのヘビの歯型か?」

とくるぶしあたりを案内人に見せると、

「ああ、間違いない。あなたはあのヘビに噛まれました。ああ、大変だ。神よ、この方に御加護を。」

と突然困った顔で騒ぎ立て始めた。

「どういうことだ?」

「あなたはもうすぐ死にますよ。」

「なんだって?」

富豪はそれを聞いて唖然とした。自分の命運もここまでかと一瞬死を悟ったのだ。すると、案内人が大声で訛りのある英語で聞いた。

「そうだ、誰か強力な酒は持っていませんか?」

すると、同行者の一人がバッグの中からウイスキーを取り出してこれはどうかと、案内人に聞いた。

「ああ、なんて幸運な。神はあなたに味方をしてくれた。すぐにウイスキーを飲んでください。それもすべてしっかり飲み干すのです。さもなくばあなたは一時間もしないうちに床に這いつくばることになります。」

 富豪は暑さからか、あるいはヘビに噛まれた症状からか意識が朦朧とする中、案内人の言葉にひどく動揺し、すぐにウイスキーを口元に持っていき勢いよく喉に流し込んだ。そしてあっという間に瓶を空にしたのだった。すると、間も無く富豪の顔面は真っ赤に変色し、それを見た案内人はクスクスと笑い始め、同時に周りにいた同行者も皆腹を抱えて笑い始めた。そして、途中から互いの手を握り合い、共に喜びを分かち合っている様子であった。

 見事に、たった数日でアフリカ経済は大きく進歩を遂げたのであった。


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