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【短編】『落としもの』(後編)

【前編】はこちらから


落としもの(後編)



 すぐに来た道を戻りスマホを拾って交番に届けると同時に担当の警察官に事情を説明した。

「これ、昨日の女性のスマホですよね?」

「ああ、君今日もありがとうね」

「あの、実は先ほど男が女性のスマホをどこかで奪って道端に置いていくのを見たんです」

「なに?本当かね」

「はい。あ、奪ったところは見ていませんが、置いていくところはしっかりとこの目で見ました」

「そうか。記憶障害の女性を狙った窃盗ってわけか。ありがとう、後で女性にくれぐれも気をつけるよう忠告しておくよ」

「よろしくお願いします」

と言って私は一度家へ帰ることにした。しかしどうしてもあの逃した男のことが気になり、いてもたってもいられなくなった私は、もしかするとあの男は再びあの場所に現れるかもしれないと踏んで、引き続きゴミ捨て場の横で張り込み調査を続けることにした。

 黒い袋の中に一日中潜んでいると、徐々に呼吸も苦しくなり、視界も悪いせいか目の疲れが押し寄せてきた。男の現れる気配もなく気が遠くなりつつあった。実際に張り込み調査をする警官たちはいかにこの困難を乗り越えているのかと疑問に思った。夜が明けようとしていた頃、人がちらほら現れてはゴミ袋をダストボックスに入れて行った。それと同時に、すぐにゴミ捨て場の周りにカラスが集まり始めた。ゴミ袋に入った食べカスを狙っている様子で、外に放り出されたゴミ袋をくちばしで突いては中を漁っていた。何羽かが私の潜んでいるゴミ袋の方にも近寄ってきた。カラスたちは中身を確かめようとくちばしで袋を動かそうとしたが、中には自分が入っているため袋はびくともしなかった。どうにか中に入った食べカスを喰らおうと今度は袋を突き始め、元々監視用に開けていた穴がさらにいくつも増えた。私は咄嗟にカラスたちを振り払おうとしたが、袋の中でうまく身動きが取れなかった。すると、突然カラスたちは何かを合図に一斉に電柱の上へと飛び立ってしまった。スマホの置き場の方を見ると、前に見たコートを着た男がいた。私は一気に袋を突き破り、男の後ろから突進していった。男は床に倒れ込み私は彼の腰を腕で締め付けた。彼の胴体はなんとも細身で男性の体つきには思えなかった。

「このスマホどこで盗んだ?女性から取ったんだよな?」

と連呼したが何も反応はなかった。

「何かいったらどうだ?」

と掴んでいた腕を緩めて男を仰向けにした。

男はゆっくりとカツラらしきものを頭から取り外し、続けて男性用のコートを脱ぎ捨てると、見る見るうちにスマホの持ち主である記憶障害の若い女性へと姿を変えた。

「すみません。私です」

彼女の顔を目にした私は、一体目の前で何が起こっているのか事態を飲み込めず自然と口を開けてしまった。

「実は、このスマホ私のじゃないんです。それと記憶障害もウソです」

「どういうことですか?」

「私、このスマホを持ち主に返したいんです。実は先日ちょうどここでスマホを拾いまして、周りに誰もいなかったため、どうにも持ち主を探し出すことができなくて、仕方なく交番に届けようと思ったのですが、最寄りの交番までここから5キロメートルもあるじゃないですか。持ち主は絶対に交番まで自分のスマホを探しに行かないだろうと思って、ならば本人が落とした場所に毎日欠かさず置いておけば、いずれ本人も落とした場所に戻ってきて気づくはずだと思ったんです。こんな人気の少ない住宅街なら誰かに盗まれる心配もないと思って」

「じゃあなんで男に変装なんかしたんですか」

「スマホの持ち主に見られでもしたら、スマホを奪ったって疑われてもおかしくないと思って。変装して逃げた先で着替えればバレないかと」

「じゃあ記憶障害は」

「何か理由が必要だっただけです。私はそのスマホが気になって仕方がなく、すぐに同じ場所に確認しに戻りました。するとついさっき置いたスマホがなくなっているのです。私は持ち主が見つけたのだろうととても安堵しました。でもすぐに一つの懸念が頭をかすめました。もしかすると誰かが拾って交番に届けてしまったかもしれないと思ったのです。交番の担当者に聞くと、思った通りスマホは落とし物として届けられていました。私は咄嗟にスマホのロック画面に外国の風景が写っているスマホとまで詳しく説明して持ち主のフリをしました。それ以降、何日もスマホを置いたらこのように交番に届けられてしまう事態が起こるようになり、仕方なくウソをつきました。どう考えても毎日スマホを落として交番に取りに行ってはおかしいじゃないですか」

「あなたはどうしてそこまでして持ち主にスマホを届けたいんだい?」

「私は」

と一言言いかけると彼女は黙ってしまった。

「どうしたんだ?」

「私は、困っている人を助けたいんです。誰かの役に立ちたいんです。」

彼女の言葉を聞いて、私は一瞬自分の姿を鏡で見ているかのような錯覚に陥った。そして同時にその気迫は私以上だと悟った。私はなぜ警察官になれないのか。それは採用試験に落ちたからではなく、そもそもの気迫が足りていなかったのだとこの時確信した。彼女の真剣な眼差しを見て、私は不思議と笑みを浮かべてしまった。

「あなたの気持ちはわかりました。でもスマホの落とし物は警察に任せて、持ち主が現れるのを待ちましょう。そして警察の人にもしっかり事情を話しましょう」

と手を差し伸べると、しばらく間を空けてから寂しげな顔つきで私にスマホを手渡した。

「わかりました。ご迷惑をおかけしてすみません」

「いいえ、こちらこそ勘違いしてしまってすみません」

私たちは立ち上がると、知らぬ間に一人のゴミ袋を持った男性が背後に立っていた。男性は困った顔つきで呟いた。

「あのー、お取り込み中すみませんが、ここいら辺で・・・」


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