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夏目ジウ 掌編・短編小説集

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これまでnoteに掲載した小説をまとめてみました。
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2023年7月の記事一覧

短編小説「最後の息子」前編

短編小説「最後の息子」前編

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 昨夜、桜井青志(あおし)は初めて母・美津子に敬語で話しかけた。
 そろそろ彼女を連れて来たいです、と。盛夏なのに、ヒンヤリとした冷たい風が吹いていた。
 父の没後10年という節目までは、青志は母に寄り添うと決めていた。今年40歳にもなる彼にとっては、最大限の気遣いだった。それは、最愛であった亡き父・隆志(たかし)との男同士の約束だと信じて疑わなかった。
 「しばらくは、かあちゃんを頼むぞ

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短編小説「薔薇脳歌(ばらのうか)」前編

短編小説「薔薇脳歌(ばらのうか)」前編

 薔薇にまつわる噂にこんな話がある。
 父が産まれたばかりの女の子に薔薇を差し出せば、その子は美しく賢く、かつ幸せになるそうだ。

 松山仁志は祖母のハナから「あんたの前世は女だった」と言い続けられていた。それが原因ではないが、もし自分が親になれば女の子が欲しいと願っていた。自らの育ての親代わりだった祖母が言っていた「女の子」を見てみたい、いや女の子を育てたいと幼な心は思った。何よりも、一年前に亡

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ショートストーリー「元・世界一位」

ショートストーリー「元・世界一位」

 親戚の宇宙(ひろし)おじさんは元世界一位らしい。その正式な称号が世界第一位なのか、はたまた世界チャンピオンなのかはハッキリと分からない。
 去年夏に勇気を振り絞って訊いてみた。
 「おじさんって何の世界一位なの?」
 おじさんは怪訝な顔をした。
 「紳助君知りたい?」
 僕は目を輝かせてうなずいた。
 「・・・おじさんは何の世界第一位か忘れたよ」
 こう言うと頭をポリポリと掻いて、苦笑いをした。

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短編小説「幻の彼女」前編

短編小説「幻の彼女」前編

 【主なあらすじ】

 浜田裕貴(ユウキ)は転校生だった浜辺美鈴(みすず)に一目惚れをした。
 奇遇にもユウキはみすずと席が隣りになった。仲良くなるには程遠く、なかなか振り向いてもらえない。やがて、良かれと思った行動も大きく空回りしていく。
 ある時、美鈴の右手についていたあるモノを払ったことがきっかけで二人は急接近した。
 しかし、そんな二人の別れは突然訪れる。
 甘酸っぱいけど、悲しく切ない。

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幻の陰影【掌編小説】

幻の陰影【掌編小説】

※本編3,494字。

 「元 日本バンタム級一位がボクシングを教えます!」
 こんな触れ込みのチラシを見て、広志は父に懇願した。一位の人にボクシングを習いたい、と。
 父の章司は正直なところ、殴る蹴るのスポーツでは無く、野球やサッカーといった球技をして欲しいと思っていた。だが、最後は息子のしつこさに根負けした。入会するかどうかを約束はしなかったが、一日体験会に参加することにした。

 二年前に父

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幸術師(こうじゅつし)【掌編小説】

幸術師(こうじゅつし)【掌編小説】

 ※本編字数:2,153字。

 ネットを見ていたら、不思議な広告を見つけた。

 【幸せになりたい人限定! 笑いかた一つで人生変わります】

 最初は何かの勧誘かと思ったが、そうでは無かった。単純に講座の生徒募集だった。しかも新規開講と強調するように書かれていた。

 実績はまだ全く無いわけで、幸福が訪れるなんぞ単なる誇張に過ぎないのではないか。
 仕事を辞めて、私生活では離婚したばかりだった僕

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