あなた方が、私を現世で利用するつもりなら、 私はミスキャストだ。 世の中には、神の僕になりたい人はいっぱいいる。 たくさんの人が、天使になりたいと祈っているよ。 私は自分の考えがあるし、自分の気持ちもある。 神に生き方を教えてもらおうとは思っていないんだ。 ちゃんと地面に足をつけて、自分の足で歩きたいんだ。 私は天使にはならないよ。 私は神の僕にはならないよ。 あなたが悪魔なら、当然、悪魔のいうこともきかないよ。 別の人のところへ行ってくれ。 「だから、あなた、なのだ
この力を潰そう、なくしてしまおう、どうすればいいか。 いろいろと試行錯誤が始まった。 どれもこれもうまくいかない。 それどころか、ますます冴えわたってくる。 心の中の友人たちが、私に話しかける。 「この力は、あなたに備わっているもので、なくすことはできない。 それどころか、あなたにはもっともっと力がある。 テレパシーなどは微々たるもの。そんなことぐらいでひるんではいけない。 確かに、あなた個人の利益のためにあるわけではないが、 あなたは、こういう力もあって、あなたなのだ。
話しかけてくる人の選別を始めた。 友人を選ぶように、恋人を選ぶように。 私と気が合う人を探すには、どうすればいいか。 その頃の私は20代。とても若かった。 とりあえず、ハンサムで甘い言葉を吐く男はやめておこう。 心の中も、甘い言葉、優しい言葉、崇めるような言葉。 そういう言葉の人は、ざくざく切っていった。 批判的な言葉、辛辣な言葉、そういう人を残していった。 そして、ひとりひとり、じっくりと吟味していった。 私からもそういう人に話しかけてみた。 いろいろな話題で、意見をき
まず、自分の気持ちのなかの、 自分の考え、思い、と 自分ではない他人の考え、思い、 の区別から始まった。 これは自分が思ったことだ。 これは他人が思ったことが、私の中に流れ込んできている。 これは自分だ。 これは他人だ。 これは自分だ、 これは他人だ。 毎日毎日、自分の心の中を覗き込んでいた。 すると、他人が自分の心の中に、ダイレクトに話しかけてきていることがわかった。 他人の思いが流れ込んできている、と思っていたのが、話しかけられていたのだ。 びっくりした。 しかし、
自分を探す旅は、ずっと続いていた。 毎日毎日、自分の心の中を覗き込んでいた。 1年もやっていると、自分はどういう人なのか、だいたいわかってきた。 派手好きな母とは正反対の、素朴で目立つのは嫌いで、けっこうわがままで頑固。 お世辞が嫌い。ちょっとひねくれたものの見方。けっこう意固地。 その割には素直。物事を直視。そして、多角的に直視。 直感で動くこともあるが、大抵は傍観。 理性的で現実的な事項でないと納得しない。 そして、私の頭の中でほとんどを占めている感情が、「めんどくさい
体調は不調のまま。 すごい疲労感で起き上がるのもつらい。 少しずつ外に出てはいるが、息ができなくて倒れることもある。 なぜ倒れるのか、だんだんわかってきた。 自然の中を歩いていると、まわりがキラキラと輝きだした。 ありがたい、生かされている。 感動で涙することもあった。 これがくると、死期が近い?? そう書いてある本を、何冊が読んだことがある。 不思議なことに、自殺願望はおきなかった。 自殺で楽になれるとは、決して思えなかった。 死んでもこの苦しみが永遠に続く。これは確信
意識、っていうのか、精気、というのか。 自然のものすべてに、生きるものの魂を感じるようになった。 さらに進んでいって、無機質なもの 石、水、家の中の机、鏡などにまで ふわ~~っとした精気を感じるようになった。 風の中にも、精気を感じる・・・・ ああ、ここは、神の中だ。 神の中にいるから、すべてのものに意識や精気を感じるんだ。 ぜんぶ、ぜんぶ、神の中だ。 自分はどういう人だろう、という問いにも、すこしずつ答えが現れだしていた。 こういう感じかたを、私はするのか~~ こういう
長い長い間、に思えた。 からだは動かなくて、自分を探す旅。 まるでトンネルの中にいるようだった。 からだが反応するできごとが、きっと本当の自分の気持ちなんだろう。 そう思って、いろいろなことをやってみた。 研究室に行くことが、一番しんどかった。で、やめた。 家に帰ることもしんどかった。で、やめた。 映画館で映画をみてみようと思った。暗闇がダメだった。で、やめた。 音楽を聴こうと思った。クラシックがOKだった。オフコースもOKだった。 RCサクセッションで泣いた。そればかり
どんどんからだは動かなくなった。 食べられなくなった。 眠れなくなった。 無理して食べれば吐く、の繰り返しになった。 ぽっちゃり体型だったのに。どんどん痩せていく。 それをうれしいと思う自分がいる。 食べていないので、頭もぼーっとしてくる。 動かないからだを引きずって買い物にいくと、コインを数えて出すことができない。 お札で払って、硬貨をじゃらじゃら持ち歩くようになった。 どうしていいか、わからなかった。 何が起こっているのか、わからなかった。 自分がどういう人かも、わ
からだが動かないので、布団から起き上がれない。 起き上がっても、歩けない。 どうしてからだが動かないのか、自分ではわからない。 カウンセラーからは、心理的なものだと言われているが、それが自分にはわからなくて、どこか体調が悪いのではと思う。 なんとか病院に行って病状を説明すると、 精神的にも身体的にもかなりの疲労ですね。 薬を飲んで、しっかり休養してください。 カウンセラーにそれを伝えると、 こちらからも研究室の教授に伝えましょう。休養が大事です。 そして、今まで起こったこ
心を病む。 毎日それが続けば、当然の結果になる。 基礎実験すらできない状態で、4ヶ月ほどで、鬱になった。 その頃は、自分が鬱だと気がついていなかった。 研究室でいつもどおり罵られていると、だんだんにからだが硬直した。 硬直している私の椅子を、教授が蹴ってきた。 体調が悪いと逃げ出して、大学の保健室にとびこんだ。 ちょうど、心理カウンセラーの先生がいる時間帯だった。 研究室をきかれ、何があったか聞かれ、ベッドで休ませてもらうことができた。 と同時に、外部の人に、アカハラの
大学院の生活が始まった。 薬学部生理化学教室。専攻は免疫学。 今回のコロナ騒動でワクチン反対派になったのは、免疫学の基礎が身についていたからである。 別に免疫学に行きたいと思ったわけではない。 その教室の教授が高校の先輩で、快く受け入れてくれた、、と思ったから。 それが、とんでもない方向に回り始めた。 教授にしてみれば、特待生で入った進学校の後輩。 なみなみならぬ期待があったのだろう。 なにも教えなくても、神童のように、すごいデータをどんどんと作り出してくれる、と思ったの
父のことを書いたので、母のこと。 いまから思えば、多分にアスペルガー気質。 他人の気持ちはわからない。 自分の今、しか、頭にはない。 先のことを考えて、計画をたてて、は無理。明日の計画も無理。 毎日のルーティンを壊されるのが怖い。ルーティンは絶対に固執する。 環境が変わると、慣れるまでに多大の時間を要するので、旅行などは嫌い。 自分が中心でないとダメ。目立つのが好き。 虚栄心のかたまり。 自分の価値観はなし。常識が全ての価値。 勉強は大事。いい学校に行くのが大事。エリート
アル中で、飲むと荒れた。 いつものんでいたから、いつも荒れていた。 私の大学時代には、いつもどおり荒れて、椅子で殴られた。 朝から酒に酔っていて、電話をかけてきて無理難題をふっかけられた。 頼むから死んでくれ、と、思ったこともある。 不思議なことに、1年に2~3日しらふなときがあって、そのときの父のセリフが私の人生を左右する。 酒さえのまなければ気の合う親だったが、なんせ人生の90%がへべれけの状態なので、落ち着いて話し合いができない。 でも・・・・・・ 教養という言葉を
トップで入った大学なのに、、、、 医歯薬系の大学は卒業後は国家試験がある。 私立大学は、国家試験の合格率を競っていて、それが入試の倍率になる。 最終学年後半は国家試験対策に充てられる。つまり受験の予備校状態。 私は大学院に行こうと思ったので、大学院入試も入っていた。 つまり、大学院入試、卒業試験、国家試験と、みっつ立て続け。 そしてその頃には、私の成績はそれほどよくない、という状態だった。 留年せずにまっすぐ卒業までこぎつけて、国家試験合格するのは、入学時の半数くらいにな
トップで合格した大学生活がはじまった。 家から離れるために、自宅から通うには少々きついところ。 1学期は通ったが、なんとか両親を説き伏せて、アパートを借りることができた。 土日と長期休みは自宅の学習塾の講師をする条件。 今から思えば、大学時代はほんとうに勉強をしていた。 人生で一度くらい、勉強漬けの日々があってもいい。 医歯薬系の人なら、みんなうなずいてくれることだと思う。 午前中は講義、午後は実習、家に帰ってレポート書き。 私の場合、土日は自宅に戻って、数学と理科の講師