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イ・ギホ 『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』 : 人間としての〈誠実と責任〉

書評:イ・ギホ『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(亜紀書房)

韓国の現代文学作品を初めて読んだ。
韓国という国については、歴史問題や政治問題などが、ここ十年以上連日のようにテレビでも報じられているので、多少なりとも興味を持ってきたのだが、文学となると、まったく興味がなかった。
文学と言うよりも、韓国文化それ自体に、興味がなかったのだと思う。だから、私は「韓流」と呼ばれる韓国製のドラマや音楽にもまったく興味がなかった。例外的に、かなり評判になった映画をいくつか観たくらいで、これも韓国映画として観たわけではなかった。

無論、韓国が嫌いだというのではない。いわゆる「嫌韓嫌中」などではない。むしろ、そういう輩が大嫌いで、これまでも4桁(3桁ではない)に迫るくらいの「匿名のネット右翼」たちと喧嘩をしてきたし、そのせいでmixiなどは二度にわたってアカウントを凍結されてしまった。多勢であるネット右翼の方が、私個人の懲りない執拗さにウンザリして、運営者に誣告して泣きついた結果である。
だから、韓国が嫌いというわけでは、まったくない。しかし、特に好きということもない。基本的に興味がなかったのだ。

だが、なぜ興味がなかったのかと考えてみると、私は韓国文化が「好み」ではなかったのだろうと思う。私個人が接した、韓国の文化というのは、私の「好み」からすると「派手すぎる」し「濃すぎる」ように感じられたのだ。

若い頃、私は創価学会に入っていたのだが、大阪在住なので、近所の創価学会員には在日韓国人が少なくなかったし、日本名を名乗っている人のほうが多かったので、あとで気づくまでは、日本人も韓国人もないというのが、実際のところだった。
ただ、あとで考えてみると、韓国人知り合いの方が、どこか華やかな印象のある人が多かった。そういう人だけが印象に残っているからかも知れないが、あとで思い返すとそう思えるのだった。それに、韓流ドラマをちらっと見ても、やはり日本よりも化粧が派手めで、華やかさが強調されているという印象があった。
また、そうした韓国人の創価学会員の家に飾られていた、民族衣装であるチマチョゴリやチマチョゴリを着た人形を見ると、やはり「派手」な印象が強かった。

「派手」ということでは、テレビニュースで見た、韓国の葬式での「泣き女」というのも、強烈な印象であった。
身内が死ぬのは誰だって悲しいだろうが、あのように傍目を憚らずに泣くというのは、日本人である私の感覚からすると、感情の抑制を欠いていて、少々恥ずかしいもののように感じられた。
もちろん、「悪い」ことではないのだけれども、どちらかと言えば「ストイック(禁欲)」好みの私としては、ああいうストレートすぎる感情表現は、受け入れがたいものであった。それが職業であって、韓国人の皆が皆、ああではなかったとしても、泣き女のような文化を残していること自体が、韓国文化の、日本文化との異質性を表しているのではないだろうか。

私自身、自分の「日本人」性というのをほとんど意識しておらず、どちらかと言えば「コスモポリタン」的な人間だと思っているのだが、やはり「感情抑制の美学」というのは、日本人的なものなのかも知れないと思う。言うまでもなく「感情抑制」が望ましいものだという、客観的な根拠など無いからである。

 ○ ○ ○

「韓国文化」に興味のない私が本書を手に取ったのは、本書のタイトルに「教会」という言葉が入っていたからだ。
私は「キリスト教」を素人研究しているので、日本とは違い、韓国ではキリスト教が強いというのはよく知っていたし、日本の近現代史とのからみもあって、韓国のキリスト教史も、多少は知っていた。しかし、韓国人キリスト者「個人」の感覚というのは知らなかったので、小説作品を読んでみるのも悪くないなと思い、本書を手に取ったのである。

一読して印象的だったのは、やはり「情」の問題であった。

『 作家として十五年以上生きてくる間、僕は大勢の他人の物語を書きつづけてきた。純情な人々の物語を書くこともあれば、この世にまたとないほどひどい人々の話も書いたが、とはいえ僕がいちばん書こうと努めてきたのは、苦しんでいる人たちの物語だった。それを書かずに何を書くっていうのか? 僕はそのように学んできたし、そのような小説を何度も読み返してきたし、僕らの周囲にあるさまざまな苦痛とその重さについて悩もうとして、ずっと努力してきた。それを書いているときが楽しかったことはただの一度もない。苦痛について書く時間なんだから……あるときは、自分でもよくわからない感覚が自分でも知らないうちに訪れて、自分で書いた文章を前にしてたじろいだこともあった。そして、そこから抜け出そうとして、わざわざ机の前で腕立て伏せなんかしたこともあった。作家は熟練した俳優のようなものであるから、苦痛をなめている人について描くときにも次の場面を計算しておかなくてはならない、また声のトーンも調節しなくてはならないと聞いたが、それがうまくできないので僕はたびたび苦しんだ。それがうまくできないという苦しみ……ときには、僕に理解できる苦痛はそれ(※ 作家としての苦しみ)だけじゃないかと思うこともあり、そんなときには自分が書いたもののすべてが嘘っぽかった。誰かの苦しみを理解して書くのではなく、誰かの苦しみを眺めながら書く文章。僕はそんなものをいっぱい書いてきた。
 僕にとっては、(※ 書くこと、そして読むこととは)「他者を受け入れる」ということと同じだった。』
 (本書P275〜276、「ハン・ジョンヒと僕」より)

本書の翻訳者である斎藤真理子も「訳者解説」で『もちろん、これはイ・ギホ自身ではなく作中の作家が述べたせりふだが、作家自身とそんなに距離はないと見ていいだろう。』(P310)と書いているが、そのとおりであろう。

そのうえで言えば、作者イ・ギホの「小説家としての倫理観」というのは、きわめて「韓国人的」であり、言い変えれば「日本人的」ではない。
日本人の小説家で、「小説家は、苦しむ人たち、弱者に寄り添って、それを描かなければならない」などという、あまりにも立派な倫理的態度を大真面目に掲げる人など、それこそ一人もいないだろう。
日本人作家の感覚としては「作家は、人間をありのままかつ深く描くのが仕事であり、そこにあらかじめ倫理的な構えを設定すべきではない」といったところなのではないだろうか。
その結果、日本の小説には「わかりやすい倫理観を持った文学作品」がほとんど存在せず、その一方、その欠落を埋めるようにして、『週刊少年ジャンプ』の三大原則「友情・努力・勝利」に代表されるような「わかりやすい正義」が、若年層に限らず、もてはやされてもいる。

たまたま私は、志賀直哉の短編集『小僧の神様・城崎にて』を読み終えたところなのだが、ある意味で志賀直哉は、日本の小説家の「作家は、人間をありのままかつ深く描くのが仕事であり、そこにあらかじめ倫理的な構えを設定すべきではない」という構えを、作った作家だとも言えるのではないだろうか。

私には、日本の近代文学史に名を残す作家については、小説読みの基本的教養として、代表作くらいはひととおり読んでおきたい、という気持ちがある。むろん、それは意外に簡単なことではないのだが、そもそも、私が活字にのめり込んだきっかけは、高校2年の頃に読んだ、夏目漱石に『こころ』だった。だから、私は漱石にはじまって、鴎外や実篤などをその頃に読んで、そのあとも、時代は前後するものの、日本の純文学作家の代表作は「常識」として読んでおこうと、内外のいろんなジャンルの小説や本を読むかたわら、そうした作品も折りにふれて押さえてきた。
そして、そんな懸案作家の一人であった志賀直哉について、やっと今回初めて読んだのだが、正直なところ、あまり感心しなかったのだ。

たしかに文章は、研ぎすまされて清澄であり、お手本のように上手い。これは「こんな文章を書きたい」と思わせるような「文体」である。
しかし、例えば、志賀自身の不倫事件をあつかった連作を読んでみると、志賀の「自己中心」的な考え方や態度が、あまりにも鼻につく。もちろん、志賀直哉は昔の人(明治16年〜昭和46年)であり、志賀の妻に対する態度も、「男尊女卑」の感覚がまだまだ残っていた当時として、褒められたものではないとしても、ある程度「大目に見られていた」のであろう。
それに、志賀は「ありのまま」に、自身の不倫を描き、妻の苦しみを描くことで、ある意味では「告白」的な「禊(みそぎ)」を行っており、自らの恥をさらすことで、一種の「自罰」を行っていると、世間からも文壇からも、そう理解され、容認されたのではないか。

しかし、そこに描かれた志賀の考えや態度は、完全に「自己中心的=独善的」なものでしかない。
「妻が苦しもうが何であろうが、自分の気持ちの嘘はつけない。だからこそ、私はその正直な気持ちを、こうして公けにすることもできるのだ。自分の気持ちに正直に生きることは、けっして恥ずべきことではない。恥ずべきこととは、正直な気持ちを隠して、それを他人の目に糊塗するような姑息の方だ」という、傲岸不遜な開き直りが、そこにはハッキリと読みとれる。

たしかに彼は「正直」だろう。しかし、彼に興味があるのは「自分の気持ち」だけであって、妻のそれには興味が無い。「所詮、自分は自分のことしか分からないのだから、自分に正直に生きて、その自分を描くしかない」という開き直りが、そこにある。だからこそ、妻の嫉妬に苦しむ姿の描き方は、きわめて表面的であり、およそ「共感」の欠片もない。

そして、妻の方が、そんなどうしようもない夫を受け入れることにより「結局は、これで良かったのだ」というようなかたちで、小説は収まりがついたかのようであるし、その結末を、文章表現力の非凡さにおいて「小説の神様」とまで評されることのある志賀直哉の、その「権威」において、読者も文壇も受け入れたようなのだ。

だが、こうした志賀直哉の考え方や態度、そしてそれを受け入れてしまった、多くの読者や日本の文壇・文学者にこそ、「日本人」特有の「自己中心性=独善性」が、如実に表れていると言えよう。
「自分の気持ちに正直に生き、それを正直に語るのは正しいことだ」という、目が「自分(私)」だけに向いており、「他者」への想像力を欠いた、志賀直哉的な態度。これが日本人的態度の、ひとつの本質なのではないだろうか。

だから、この志賀直哉的な「妻に対する想像力のなさ」や「独善」は、そのまま「従軍慰安婦問題」にも直結する。
日本人の多くにとっては、「自分たちの〈つもり=感情〉」こそが問題なのであって、そこに「悪意」さえなければ、その行ないは、ことさら「恥ずべきことではない」と感じられて、そこに開きなおる。
その時、「妻」や「慰安婦」たちが「不本意に強いられた屈従」も、「彼女たちは、自らそれを受け入れていたのだ」ということで、「男=日本人」たちの考えや態度が「免責」されてしまう。
これこそが、「日本人」が「自己中心的」に「他人に強いる禁欲主義」である。「すこしは我慢しろよ」という「言い分」の正体なのだ。

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こうした「国柄」の中にある私には、だからこそ韓国人作家イ・ギホの「他者にたいする思いやりとその責任感」というものが、ある種の「過剰性」として感じられたのであろう。「なにもそこまで引き受けなくても」と感じられた。それはまるで「泣き女」にも似た過剰性であり、ある種の「嘘くささ」にさえ感じられたのだ。

しかし、このように感じられたのは、やはり私が「日本人」であり、日本人的な文化に、どっぷりと浸かって、それを当たり前のように感じて育ってきたからではないかと思う。

だからこそ、そうした「環境的要因」を相対化する、私の「理性」の方は、「志賀直哉の倫理観より、イ・ギホの倫理観の方が、まともであり、世界基準にも合致している」と判断する。
もちろん、志賀直哉は、ひと昔前の人であるから、それを今の基準で批判するのは過酷なのかも知れないが、それにしても、そんな「古い倫理観」を、今の日本人も共有し、むしろ「伝統」のごとくありがたがってすらいるところに、今の日本人の「後進性」があると言っても、あながち過言ではないだろう。

イ・ギホの文体は、ユーモアがあって、今風の軽やかさがある。だから、口当たりはきわめて柔らかいのだけれど、読み終わった時には、何とも言えない「哀しみ」の情が、後味として残る。その意味では、イ・ギホは、まちがいなく「純文学」作家である。しかも、極めて知的かつ誠実な小説家だ。

イ・ギホの小説と向き合う時、私たち日本人は、私たちの中にある「反知性」性と「不誠実」性に向き合うことになる。その意味で、イ・ギホは、日本人にとって、とても重要な「鏡」としての作家なのであろう。

なお、本書『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』には、「従軍慰安婦問題」への言及どころか、日本国や日本人についての言及すらないという事実を、念のため、書き添えておこう。
いちぶ日本人作家の名前は出てくるものの、それは日本のアニメやゲームと同様、ことさらに「日本」として意識されたものではないようだ。

初出:2020年2月22日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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