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電子掲示板「アレクセイの花園」が本年8月1日で、二十年余の歴史に幕を閉じます。

2001年1月1日に開設した、私(田中幸一・アレクセイ・年間読書人)電子掲示板(BBS)「アレクセイの花園」を、本年8月1日をもって閉鎖することにしました。

私としても、急な話なのですが、運営会社「teacup.byGMO」の事業撤退により、本年(2022年)8月1日13:00をもって「サービス終了」になるという告知が、先日(2022年3月4日)夕刻、いきなり掲示板のトップに貼り付けられるかたちで、なされたからです。

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長年愛用してきた掲示板ですので、もちろん愛着も思い出もたくさんありますから、新たに掲示板を借りて継続するという選択肢だってないわけではありません。
ですが、この先、掲示板を積極的に活用する機会もないでしょうし、なにより今年は私自身が還暦で、来年春には定年退職するというこの年、偶然にもこうした通知が届いたことに、何やら運命的なものを感じ、その意味で「切りが良い」かも知れないなと思ったので、この機会に、利用期限いっぱいをもって、「アレクセイの花園」を閉鎖することを決断した、というわけです。

前記のとおり、今のところ「本年8月1日13:00」までは利用するつもりですが、実際のところ、きっちりその日まで利用できるかどうかは定かではありませんので、それまでに、突然「利用停止」になっていたら、どうぞご勘弁ください。
まあ、そのあたりの事情については、現在の主たる活動場所である「note」の方でご報告いたしますので、そちらをご確認いただければと思います。

年間読書人の「note」(https://note.com/nenkandokusyojin/)

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「アレクセイの花園」は、元々は、江戸川乱歩研究家である中相作氏が、自身のウェブサイト「名張人外境」の掲示板に、頻繁に書き込みをしていた私のために、別に立ててくれた掲示板で、「アレクセイの花園」というのも、中氏の命名です。

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当時すでに私は「論争家」でしたから、「名張人外境」の掲示板に書き込まれた、いろんな方の意見について、例によって忌憚のない感想や反論を書き込みました。そして、それが喧々囂々の議論・論争に発展することも珍しくなかった。
さらに、私の文章は、とにかく「理詰めで長い」ものでしたし、考えたことは、ぜんぶ書かないと気が済まない。また、批判や反論にあたっては「十分に根拠を示さなければならない」と当時から考えていましたから、その分、どうしても長くなってしまう。さらに、私の批判反論の仕方は、しばしば「逐語的」になされたので、どうしても文章が長く長くなってしまったのです。一一で、のちに付いたあだ名が「塗り壁」。

これは、その最初の(第1期)「アレクセイの花園」が「黒地で白文字」という表示形式になっており、しかも当時の私はネット馴れしておらず、書籍の版面同様の、ほとんど改行のない長い文章を書いていたので、その見た目が、まるで「闇夜に、白い塗り壁」状態だったせいです。

当時(2000年代初頭)はまだ、レンタル掲示板というものさえあまり普及しておらず、個々がCGIソースを書いて、それをサーバにアップするというかたち(このあたりは今でもよくわかってないので、間違っているかもしれません)が主流でしたから、そんなことなど到底できない私は、自分の掲示板を与えられて、純粋に大喜びしたのでした。

私が「名張人外境」の掲示板に、煙たがられるほどの書き込みをしたのは、それ以前だと、紙媒体の「同人誌」に原稿を書いたり個人誌を作るくらいしかなく、文章が読者の手に届くまでに様々な手間と時間がかかって、「好きなだけ書く」などということは、到底できなかったからです。

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(上から3つ目は個人ペーパー。長文すぎて同人誌には載せられなかった)

今日まで、倦まず弛まず、途切れることなく文章を書いてきたことからも明らかなとおり、私は書く場所さえ与えられれば、いくらでも書けるような人間でしたし、まして当時は若かったので、半日以上パソコンに向かいっぱなしで文章を書くなんてことも、ぜんぜん平気でした。私にとってのネットは、読むものではなく、読ませるものであり、そんな私にとっては、量的な制限がかからないネット掲示板は、まさに「自由な遊び場」でした。だから、誰にも遠慮することなく書ける、私の名を冠した掲示板を与えられ、本当にうれしかったのです。

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ただ、掲示板を与えてくれた中氏としては、たぶん、下手な「掲示板荒らし」も斯くやというくらいの頻度と量の書き込みをしてくる私の扱いに手を焼いたあげく、「別に掲示板を作って、そこで(隔離的に)遊ばせておいた方が、話が早い」と考えての措置だったのだろうと、今は思います。

なにしろ、中氏が管理人の掲示板なのに、書き込みの回数や量が、最も多いのも私なら、悪目立ちであろうがなんであろうが、とにかく一番目立っていたのも私でしたから、なんとかしたくなっても不思議ではない。
しかし私は、当たり前に書き込みをし、人の意見に積極的に感想を言い、時に批判もするという、ある意味では非常に真っ当な「意見交換」をしていただけで、決して掲示板を「荒らす」意図などなかったから、中氏としても「出禁」にする口実がなく、困ってしまったのでしょう。

ですから、もしかすると「黒字に白文字表記」という表示形式も、「座敷牢」的なイメージが中氏にはあったのかも知れませんし、「アレクセイの花園」というネーミング自体「そこで勝手に、おめでたく遊んでいなさい」という含意があったのかも知れない(当時すでに、「花園」という言葉を否定的に使う用法があったかどうかは、よくわかりません)。
しかし、その意図がどうあれ、私は自分専用の掲示板を与えられたのがうれしくて、それ以降は、この第1期「アレクセイの花園」が、私の活動拠点となったのでした。

それから数年後、どういう理由だったか忘れましたが、とにかく中氏から、一方的に掲示板閉鎖の通知を受けました。
当然、この最初の「アレクセイの花園」に大変な愛着を持っていた私は、中氏の決定に激しく抵抗したものの、技術的な裏付けをまったく持たない私は、最終的には自分でレンタル掲示板を借りるという選択をせざるを得ませんでした。
当時のレンタル掲示板は、無料であるかわりにデザインのパッとしないものが多く、一度の書き込みに字数制限があるなどの難点も多く、私としては使い勝手の良い、慣れた掲示板で「できれば、このままずっと」と願っていたのですが、そうもいかなくなったのでした。

ちなみに、掲示板の移行に伴い、それまでのログの扱いで、中氏と一悶着あったのですが、これも両者の認識と技術の隔たりによって、解決しないまま、失われてしまいました。
現在のteacup.byGMO有料掲示板のログが、2005年からしかない理由はよくわかりません。teacupの無料掲示板から有料掲示板に乗り換える際に、データの移行ができなかったためだったかも知れません。
一一とにかく、昔の細かいことは、すっかり忘れてしまいましたし、確認のためにわざわざ昔のログを読み返そうとも思いません。今現在でも、読みたい本が山ほどあり、読めば書きたいこともあるので、昔のログなど読んでいる暇はないからです。

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(初めて購入したパソコン。10年近く使ったiMacのボンダイブルー。今も、自宅玄関に飾ってある)

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時代はすぐに、「電子掲示板と自作ホームページ」から「ブログ」へと変わり、さらには「ミクシイ」や「Twitter」などの「SNS」の時代へと変わっていきました。

「レンタルブログ」は、試してはみたものの、気に入ったものに出会えなかったため利用はせず、「アレクセイの花園」を中心に活動していた私でしたが、やがて、時代の流れに応じ、主たる活動の場所を移行させざるを得ませんでした。
技術的なことに興味がないため、ネットでの表現形式に関して極めて保守的な私が、「アレクセイの花園」から出て、最初に試してみたのは、当時、世間で評判の「ミクシイ」。そしてその次が「Twitter」でした。「Twitter」は「短文」ということがネックとなって、長らく意識的に無視してきたのです。
ともあれ、時代遅れにともなって閑散としてきた「アレクセイの花園」に比べ、動きの激しく、刺激的なそれらへと、徐々に活動の中心は移ってゆき、「アレクセイの花園」は、年末年始の書き込み以外は、ほとんど更新が止まっているといった時期が10年ほど(これも「だいたい」表記)も続いたと思います。

話は前後しますが、「アレクセイの花園」では、かなり早い時期から頻繁に「荒らし」との喧嘩をしました。私は、大雑把に言えば「左翼リベラル」ですので、そうした意見の気に入らない人たちが、「掲示板荒らし」に来たのです。
当時の掲示板は「投稿即反映」だったので、望まない書き込みが、掲示板上にどんどん反映されました。「ネトウヨの巣窟」と呼ばれることもある、今の「yahoo!ニュースのコメント欄」をイメージしてもらえば良いかと思います。あれが、個人の掲示板において、「荒らし=炎上」目的でなされたわけです。

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ちなみに当時はまだ、かの右派ヘイト団体「在特会」も存在していなかったし、「ネット右翼」という言葉も一般化していなければ、その略称としての「ネトウヨ」という言葉もなかったので、匿名で「掲示板荒らし」をする彼らは、もっぱら「掲示板荒らし」あるいは「荒らし」と呼ばれ、当時はそれが通常の名称でした。

で、私は、新たに進出した「ミクシイ」や「Twitter」でも、同様の人たちと喧嘩を繰り返すようになります。
なぜ「議論」ではなく「喧嘩」なのかと言えば、それは「ネトウヨ」には、「政治的意図」はあっても「意見交換」や「議論」の意図がなかったので、「無視(スルー)」するのでなければ、「喧嘩」するしかなかったからです。

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(第1次ミクシイ時代の、アレクセイのアイコン)

したがって、喧嘩が目的で「ミクシイ」や「Twitter」を始めたわけではないものの、さんざ「アレクセイの花園」を荒らされて恨み骨髄の私でしたから、「ミクシイ」や「Twitter」などでも、彼らの舐めた言動が視野に入ってくると、直接私には関係のないことでもあって、放っておくことができなかったのです。

しかし、「個人の掲示板」と「SNS」との違いは、「SNS」には企業としての運営管理者がいたことでした。
そのため、「ネトウヨ」と徹底的に喧嘩した私は、やがてネトウヨたちからうるさがられ、逆に組織的な「管理者通報」を繰り返されて、アカウントの停止に追い込まれました。
もちろん、管理者からは何度か事前警告も受けたのですが、私はこれに「反論と質問」を返しました。無論、それに対するまともな応答などはなく、結局は、当事者のやりとりの内容を問おうとはしない、「ことなかれ主義」の管理を承服できなかったので、ある時期からは意識的に、アカウント停止になるまで徹底的にやったのでした。

そんなわけで、「ミクシイ」と「Twitter」では、2度ずつアカウント停止となって、現在はどちらもそのまま。
最初のアカウント停止による「再登録の停止」は、何年かして、いつの間にか解除されていたので、再登録して利用し、どちらも、ほとんど前回と同じ成り行きで、2度目のアカウント停止となりました。
利用を再開するときは「ネトウヨと喧嘩したって時間の無駄なので、今度はやめておこう」と考えはしたのですが、結局「好きなことを書くのを自制するより、好きに書いてアカウントを強制的に止められる方が、まだ納得できる」と、前述のとおり、開き直るようになっていったからです。

「ミクシイ」と「Twitter」のアカウントが凍結されて、しばらくはあまり文章を書かず、もっぱら読書に励んでいましたが、ある時「Amazonのカスタマレビューなら、読んでくれる人も多いのではないか」と気づいて、それ以降は、もっぱら「Amazonカスタマーレビュー」を利用するようになりました。

「Amazonカスタマーレビュー」に書くようになった理由がこのようなものであったため、他のレビュアーとは違い、私の書くレビューは、「評論」や「エッセイ」を意図したものになりました。Amazonが期待する、「本の紹介」や「感想」ではなく、その本を読んで「考えたこと」を書いたのです。

したがって、つまらない本については「なぜつまらないのか」を論じ、内容の「ひどい本」には「なぜ、どのようにひどいのか」を論じて、決して「面白かった・くだらなかった」といった「感想」では済ませなかった。だからこそ、著者の支持者には嫌がられ、ネトウヨからは管理者へ「削除要請」のなされるレビューになったのです。

そんなわけで、ここでも、私が求めるような「言論の自由」はありませんでした。
なにしろ、所詮、大企業が金儲けのためにやっている「サービス」なので、「言論の自由」を守ろうとか、道義的に筋を通そうなどという気持ちなどまったく無く、ただ「タテマエ」としての綺麗事があるだけ。「こちらがテキストを無償で提供し、そちらはそれを掲載するかわりに無料で商用利用するという、これは対等の契約関係だ」などという私の理屈など、聞く耳を持つ相手ではありません。
つまり、もっともらしい「利用規約」はあっても、それは、運営者の都合で「利用者の権利を制約するため」にだけ設けられたものなので、「規約に反した書き込みなので、掲載できません」といった通知はあっても、「どの部分がどう規約違反になるのか」という説明などまったく無くて、言わば、管理者の一方的な決めつけで、すべては「片づけられた」のでした。

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無論、こうした「弾圧」に対しても、私は可能なかぎりの抵抗をしました。しかし、最後は力づくで「利用停止」にされるというのも、経験上よく知っていたので、そろそろやばいかなと感じはじめた昨年6月に、Amazonにアップしたレビューのデータの移行先として、その頃にその存在を知った、人気のSNS「note」の利用を決めました。
そして、逐次、データ移行作業を行なっていたところ、昨年10月15日に突然「Amazonカスタマーレビュー」がすべて削除され、1週間以上遅れて利用停止の通知があったのでした。

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(Amazonカスタマサポートからのメール)

【送信時間:2021年11月3日12時29分】↓

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【送信時間:2021年11月4日13時6分】↓

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過去に「アレクセイの花園」で「ログを失う」という経験して以来、ログはすべて採ってあったので、Amazon上のレビューが削除されても、データの移行に問題はありません。
そんなわけで、「Amazonカスタマーレビュー」の利用停止以降は、「note」への書き下ろし書評のアップと併せて、Amazonレビューの転載を進め、9割がた転載は済んだ、というのが現況です。

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これまでの、20数年のネット経験により、私は「掲示板」や「SNS」などが、いきなり利用停止になるという経験を、何度もしてきました。そして、そこで出会った人たちとの繋がりも、その瞬間にほとんどが消滅しました。
こんな経験は、一度だってしたことのない人の方が多いでしょうし、私も当初は、その不測の事態に相応のショックを受けましたが、懲りずに同様の経験を繰り返すことで、やがて「今あるものも、いずれは消えて無くなる」という事実を、実感として学ぶことができました。

人間というものは、「今の日常」が「この先もずっと続く」ように、何となく感じているものです。
理屈では、1時間後に車に跳ねられて死ぬかもしれないし、数ヶ月後に災害や急病で死ぬかもしれない。自分が死ぬかもしれないし、家族や友達が死んでいなくなるかもしれないと、そう頭ではわかっていても、いま目の前にあるものが、ある瞬間に、突然消えてなくなってしまうとは、なかなか思いにくいもので、なんとなく「このまま、ずっと続く」ような錯覚に捉われているのです。そしてたぶん、そうした錯覚があるからこそ、人は日々を安穏として暮らせるのでしょう。

もちろん、これは私だって大筋では同じで、自分が、数時間後に死ぬかもしれないなどと、本気で思って生きているわけではありません。日蓮が言った『臨終只今にあり』という言葉は知っていても、それはあくまでも「その気持ちで、今を大切に生きる」という「心がけの言葉」でしかなく、文字どおりに受け止めているわけではない。

しかし、私の場合は、ほとんどの人が経験したことのないであろう「大切なものが、ある日突然消え失せる」という経験を、幸いなことに、いきなり「身近な人間を失う」という経験ではないかたちで、経験することができました。そのせいか、大好きな父を失った時も、子供の頃に想像したほどのショックは受けず、死に顔を見ているのに、なんとなく「いなくなっただけ」「長らく会っていないだけ」という感じが今もします。
むかし親しくしていて、ずっと連絡を取っていなかった年長の友人も、年齢的にすでに亡くなっているはずですが、わざわざそれを確認する気もありません。今更わざわざ連絡をとる気もないので「もう死んでるはずだけど、なんとなく生きてるような感じ」で済ませているし、それでかまわないと思っているのです。

そして、こうしたことは、今は生きている母にも近い将来に起こることだし、下手をすると私自身だって、どうなるかわからない。そんなふうに考えることに、抵抗がなくなりました。
まあ、こんなだからこそ、結婚したら、子供ができたら「成り行き任せで、勝手に死ぬ訳にはいかない」ということにもなって、「それは大変だな」と感じるようになりました。そこまで責任は持てない、などと先回りして考えるようになったのです。
死ぬときは、人に迷惑をかけないで、ただ消えていくように死にたい。そのためには、わが身ひとつ以上の責任は負えないと、そんな感じになったのです。

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しかし、そんな私にとっても、特別に愛着ある「アレクセイの花園」だからこそ、文章を書く気力が衰えて、なんとなく放置している間に私が死んでそのまんま、というような、うやむやな終わり方にはしたくないと思いました。
すでに数年来、動きがないに等しく、ログ置き場状態になってもいたのだから、この機会に「アレクセイの花園」にケジメをつけて、きれいに「完結」させようと、今回の閉鎖を決めました。

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(マンガ家・星崎龍さんに描いてもらった原画(人物)に、私がタイトルなどのロゴと背景を付けて着色したタイトル画像。原画を生かしきれず、申し訳なかった)

現在でも、ときどき書き込みに来てくださる方が2名いらっしゃいますし、この奇特なお二方(オロカメンさん、伊殻木祝詞さん)には申し訳ない気もするのですが、お二人だけなら、今後は個人的にメールやLAINのやり取りをすればいいと、それで許していただくことにしました。

現在と同様、かつて「アレクセイの花園」でも、私は多くの方と議論し論争し、「ネット右翼」とその前身である「掲示板荒らし」とも、数え切れない喧嘩をしてきました。
無論、そればかりではなく、楽しいやりとりも数多くさせていただきしましたが、申し訳ないことに、そっちの方が、むしろ印象に残っていないというのは、私の性分の故とお許しいただきたいと思っています。

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残すところは、半年弱。
まずは、掲示板に残っているログを、すべて回収する作業を進めなければなりません。
原稿としてのログ(テキストデータ)は採っていますが、ゲストの書き込みデータや、掲示板に反映された「日時」の記録などはありませんので、やはり、掲示板画面から直接ログを採取する必要があるのです。

そんな過去のログを採って保管しても、自分自身、読み返すこともないのだし、ましてや他人様が読む機会もなく、残しても意味がないのはわかっていますが、まあ、これは私の記録癖の故なのでしょう。
中学生の頃、戦車のプラモデル作りに凝ったのですが、その頃作った模型の「説明書」を今もぜんぶ残してあるとか、アニメファン時代に買っていた『アニメージュ』誌を、創刊号から購入をやめた200号まで、揃えて今でも仕舞い込んであるとか、それが私に性分なのですね。そう言えば、『アニメージュ』も「切りの良いところで止めた」のでした。

「三つ子の魂、百まで」ということなのでしょう。


(2022年3月7日)


(※ なお、この記事については、「アレクセイの花園」閉鎖まで、随時、増補の予定です。)


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