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#小説

『利き手を失う前に』

『利き手を失う前に』

 <バン!>

 首相に一丁の銃を射撃した時の轟(ごう)音だ。当たった。もう1発撃つか。念には念を入れないとな。生き延びられたらたまったモンじゃない。コイツがオレの居場所を奪った犯人だからな!

 <バン!>

 よし、確実に逝ったな。オレの精度の高さが証明されたな。軍では射撃の名人と言われていたんだ。命中して当然だ。この銃は戦利品のトカレフ。中国から持ち帰った代物さ。

 首相が死んだ。
 殺す

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『あの日、あの時』 --『欲の涙』番外編

『あの日、あの時』 --『欲の涙』番外編


 あの時はゴメン--。

 なんて言葉を直接言えたら楽なんだろうけれどね。

 大親友であるからこそ、縮めない方がいい距離ってのがあることに気づくのが遅かったのかもな、オレは。大親友ならなんでもうまくいくというワケでもないんだ。

 うまくいかないケースは利害が絡む。
 この1点に尽きる。利を追い求めるがあまり、熱くなりすぎて親友にも、その温度感であってほしいと願う。

 それが段々と押しつけに

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『グレーハウンド』

『グレーハウンド』

裏の裏は表だ。夜道は「裏」。一人で歩くと、危険を察知し警戒をする。危害を想定する。避けようと、裏道を避けようとする。

 次に別の、安全に思える表道に近い裏道を選ぶ。そこも「裏」だ。暗闇に同化して、足元に近づいてくる。得体の知れない恐怖に怯えるだろう。そこで選ぶのはーー人がいてネオンが輝き、安堵を覚える「表」道。

 そこに真の「裏」がある。表面上は綺麗で安心をするだろう。だが、見えない裏が群がっ

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『いつか王子様が』

『いつか王子様が』

【焦げる怒り】 「チクショウ今日も収穫がねえな」

 かれは怒りに満ちたひとり言を放つ。真夏の陽の下を歩きながら、怒りに奮えていた。

 怒りの正体――。かれは直面するのが嫌だった。過去の苦い記憶を掘り起こすことになるから。自分を責めることになるから。

 渋谷の高架下に置き捨てられた、ペットボトルや食品の余りを探す。

 前ではなく、下を向く日々。今日をしのげるものは一向にみつかりそうにない。

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『手記の記憶』

『手記の記憶』

 2040年現在。

 とある男が書き記したノートをぼくは手にした。ノートには、借用書が挟まっている。できれば忠実に書き写したい。脚色もなしに。

 書き手の住所と名前は書いてあるがそこは伏せる。

 これからぼくはその男を探しにいくのだから。

       【とある男の手記】

メッセージが届いた。高校時代にお世話になった教師から。

 彼は国語の先生で、授業らしい授業はしなかった。授業中に訊

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『ソメイヨシノの鳴き声』

『ソメイヨシノの鳴き声』

おそらく初めての恋だった。

 昔の記憶の断片ををかき集めながら、ぼくは過去の「あの」出来ごとを、振り返っている。散らばった記憶の数かずをつなげる。

 それを言葉にし、話にする。それだけのことだ。なのに、思い出そうとすればするほど、心が苦しくなってゆく。

 飛行機で福島県に帰省している。機内で同じ音楽を、何回も何回も、聴いている。ビル・エヴァンスの「ビューティフル・ラヴ」--。

 なぜだか分

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