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『グレーハウンド』

「戦争の遺産だと、彼は思った。ブタから警官に。一足飛びだ」

(『流れよわが涙、と警官は言った』(フィリップ・K・ディック 著/友枝康子 訳)


裏の裏は表だ。夜道は「裏」。一人で歩くと、危険を察知し警戒をする。危害を想定する。避けようと、裏道を避けようとする。

 次に別の、安全に思える表道に近い裏道を選ぶ。そこも「裏」だ。暗闇に同化して、足元に近づいてくる。得体の知れない恐怖に怯えるだろう。そこで選ぶのはーー人がいてネオンが輝き、安堵を覚える「表」道。

 そこに真の「裏」がある。表面上は綺麗で安心をするだろう。だが、見えない裏が群がっていて、容赦なく襲ってくる。修復は効かない。人生の歯車が修復できないところまで、徹底的かつ執拗に、残酷なまでに、噛みついてくる。

 裏の裏は表だ。


 依頼を受けたオレはタクシーに乗った。短距離しかお願いしていないのに話が盛り上がった。対話から運転手の人柄が分かってくる。かれは50〜60代のオッさん。

 多分、ウマが合うんだろう。気が合うからか、俺は踏み込んだことを聞いた。「最近、乗車数って…」って、言った段階で、察していた。慣れているのかサラッと答えてくれた。

 「減りましたね」――。内心では歯がゆいはずの答を明るく話してくれた。つづけて「大変なのはタクシー業に限った話じゃないですから」

 そりゃそうに決まっている。

 なのに想像力を働かせず聞いた俺は浅はかなヤローだ。運転手はずっとニコニコしていた。きっと、もどかしさを感じながらも。というのも個人営業だったから収入減はそうとうな痛手なハズだ。

 それでも、だ。

 対話という、「付加サービス」をサラッと提供してくれる、運転手から品性が伝わった。                          

 とても失礼なことを聞いちまった――。反省の念を込めて「お釣りはとっておいてください」とオレは言ったが、運転手は「これまで返さなかったことがないので、それは無理です」

 笑みを浮かべながら釣りを渡してくれた。

 オレが運転手なら遠回りして気持ち水増しに請求するだろう。生き延びるためには、時に姑息(こそく)さも大事なんだ。一方で、運転手は短距離で安い料金を提示してくれた。――ホントにいいのか?と思った。ただ、その人の信念もある。

 オレは運転手には信念があって、サービス業全体が大変と言った。そう信じている。改元してから景気が一向に回復していないように思えるのはオレだけか?

 営業がうまくいかない。このご時世、よくある話だ。タクシーからおりたオレは某中華料理店の2階に向かった。仕事のスイッチが入ると、タクシードライバーの気高さに思いをめぐらす余裕はなくなる。

 すべての現場に緊張感が走るからだ。

 オレは人探しをする。

 依頼人はとある組織の者だ。また、収集した情報を組織や雑誌に売ることもある。売れる情報は片っ端から売る。それがオレのなりわいだ。タレ込み屋と言われたりもする。それは他人がみて勝手に決めつけただけだ。オレは自分がどう映るか――。そんなのはどうでもいい。それより目前の仕事を全うすることが大事だ。

 時どきイラ立つこともあるが、今は全神経を依頼主からの仕事に集中させている。

 今回の案件はSという名のネズミ講グループに入会した女性を救い出すこと。

 さて、と。

 仕事前にケタミンを仕込むか。国は精神治療薬として、ケタミンの処方を承認した。愚の極みだ。バカな国に翻弄(ほんろう)されるオレらもバカなもんだがな。ケタミンにどれだけ中毒性があるか、誰でも分かる。なのに、だ。

 国はパンドラを市中に放った。

 処方を受ける精神疾患患者がいるのが前提で、効果があるものとして解禁した。だが、乱用するヤク中が、副次的に出てくるのは明白だ。やがて乱用は社会問題になって、流通を禁止するか制限するだろう。だが後手の対策にすぎない。

引き締めーー。

 このタイミングで眠っていたひずみが覚醒する。そのタイミングだ。ケタミンを本当に必要とする、患者にしわ寄せがいくのは。

 外的要因でストップされるわけだ。

 被害を受けた当事者のことなんかお構いなしに、国は、売った方と買った方のどっちが悪いのか、魔女狩りを始める。国が流通をストップさせるとこれまで処方を受けてきた患者が、売人から買うようになる。ウラ市場だ。

 野放図になった状態では善悪の線はなくなるーー

 売買がグレーゾーンになるんだ。黒色に染まっていくグレーゾーンにな。これが摂理だ。人間は中途半端に頭が良くて、発展をさせる力がある。一方、その発展やら、築き上げたものに、人間側が振り回されるんだ。 

 それはさておき、今回の案件はラッキーだ。

 救い出せたら報酬をもらえるだけではない。週刊誌にもネタとしても売れる。アジト以外の情報もカネになるかもな。「3」の会議が行われているのを見た。午後5時43分。いったん依頼主に報告だ。

 力任せにドアを開けた。

 4人発見。「3」は弟子の数が3人という意味。弟子が3人いる師匠(1人)は、Sの商品を売る。3人は修行と称してタダ働きさせられる。よくある手法だ。洗脳の恐ろしさが、現場を見るだけでヒヤヒヤするほど伝わるな。

 奥のイスに座っているA子(25)を、この場から抜け出させるのが今回の職務だ。場所のネタは週刊誌に売るか。緊迫した状況でも、オレは特定した時に情報源をどう生かすか瞬時に考える。

 この業界で5年勤めあげていたら条件反射的な思考回路ができ上がるのかもしれないな。

 「A子さん。ボクがここにいる理由はお分かりですよね?」と尋ねた。厄介なことに「師匠」が歯向かってきた。
 「通報するよ?」

 オレは舌打ちした。

 生意気なヤローだ。とはいえ、なんの容疑で通報するのかまでは考えていないだろう。「ボクはA子さんに用があるだけなのですが…通報されるようなことをした覚えはありませんよ」

 ーースカすんだ。相手がどう出ようと、狼狽(うろた)えるとつけ込まれる。「住居不法侵入だろ?なあ?」Sのマニュアルにはそう対処するよう書かれているのは知っている。

 コイツらの手口はまず司法に頼ろうとすること。ただ、お門違いだ。

 「そう出られるのでしたら」と、ひと呼吸してからオレは続けて話した。 
 「A子さんを無給で働かせている実態を所轄の労基署に伝えることもできますが。インターンなどの用件を満たしていませんよ。立派な違反行為です」

 ハッタリをカマす場面だ。

 こういう場面で重要なのは知識を盾にすること。後ろには引き下がるな。駆け出しの頃、先輩にそう教わった。「強くいけ」ーー。この声を思い出す。

 「最初は謙虚に。詰める時は勢いよく」とも学んだ。下手(したで)に出て相手を調子に乗らせるのが目的だ。

 「証拠は?事実無根の言いがかりはやめましょうよ」と師匠。コイツは見たところ30代半ばだ。オレと同世代だな。どうにか言い逃れようとしていやがる。

 「分かりました。通報してください」

 ここは開き直るんだ。

 というのも罪状は一切ない。師匠が不利なのは一目瞭然だからだ。目論み通りだ。携帯電話を取り出し、通話をし始めた。だが相手は警察官ではない。Sのメンバーだ。何人も来てくるとオレも暴行の被害に遭いかねない。一度頭をクールダウンさせた。

 相手もバカじゃない。大人数で来られたら、オレはのたうち回るだろう。 

 次の瞬間には大体18メートル先にいる師匠の携帯を取り上げた。ヘッドバッドを見舞った。不本意だが仕方がない。

 論より頭突きだ。師匠は、鼻を押さえながら嗚咽(おえつ)を放っていやがる。この光景に3人の弟子は困惑している様子だった。

 残り3人は危機を察知しすぎたのか気持ち後ろに引き下がった。「安心してください」あなた達ではなく、用があるのはA子さんですので」

 オレは師匠の携帯とサイフをポケットにしまった。

 ツいている。サイフの中に携帯の暗証番号を書いた紙が挟んであったんだ。それから急いでA子の腕をつかみ、強引に1階に連れていった。

 抵抗するかと思いきや真逆だ。歯向かってくるのが一般的なのに、やけに従順だ。こういうケースは「いい」・「悪い」の二つハッキリと分かれる。

 前者だといいがな。

 A子を下の階に連れ出せた。

 とにかくこの店から出るんだ。

 現在、午後6:02。

 早く仕事が片づいた。1階は閑散としていた。夕食時なのに。昔は繁盛していた。2階も埋まるほどだったな。

 今、世の中はインフレと高い失業率にあえいでいる。

 確かに、こんな不景気なら、特殊詐欺の件数が増えてもおかしくないかもしれないな。上手い話にはウラがあるとよく言うが、裏も表も見極められにくくなってきた。

 年々、闇は深まる一方だ。                            

 2年前のことだ。日本政府は国債を刷りまくった。当時の首相が軍事費を一気に増やした。債務は膨れ上がった。結果、対ドルで170円台が恒常化している。日本円への信頼度が急激に下がったんだ。

 師匠をはじめ、Sの考えには一理ある。だからといって容認できる話ではないがな。不景気な時には「貯蓄より投資」と、しきりに言われる。A子も自己投資に失敗した典型例だ。

 「A子さん、どなたの依頼でここにボクが来たのかは分かりますか?」社内でオレは聞いた。依頼主がいる状況で誰がどうつながっているか、瞬時に把握したもよう。

 「はい」と、か細い声で答えた。A子さんもふくめ3人の弟子は20代前半から中旬の女性だった。男性だとしたら、今ごろ殴り合いだ。もしくは袋叩きにされていたかもしれないな。

 依頼主は店の外に車を横づけしている。

 ベンツのSクラスのセダンで、色は白。そこに乗り込ませるまでは油断できない。クライアントとの折衝も大事な仕事だ。組織ぐるみの罠にハメられることもあるからだ。

 そこでヘタを打って先輩は、どこかへ消えた。ここが正念場でもあるんだ。依頼主に行き先を尋ねた。併せてオレが同席する必要があるのかも、ここで確認するんだ。

 「事務所です」とぶっきらぼうに依頼主の運転手。

 つづけて「そこで報酬をお支払いします。守秘についてもお話を進めたいので」カンが働いた。説明のしようがない。5年も従事していると、空気から伝わってくる信号があるんだ。これはマズいヤマかもしれない。

 A子は依頼主の娘。だが組織がSの後援団体の可能性もあり得る。全て相手のシナリオ通りなのかもしれない。

 事務所の場所と内観は把握している。事前の交渉で来たんだ。

 事務所でマズい事態になったら、一つしかない窓から逃げるしか道はないな。3階だから、骨の一本、二本は覚悟するか。最悪のケースを考えるのも大切だ。業界で早く消されるのはリスク管理のなっていないヤツらだ。

 車内には、ドライバーも含めて四人いる。

 タクシーの運転手とは打って変わって、専属ドライバーはひと言も発しない。見つからないよう、A子はメモをオレに渡してくれた。「2K10」――。

 「逃げて」という意味。

 マンマとハメられたわけか。A子が従順だったのには理由があったのか。オレはうなずきもせず、メモをポケットにしまった。

 師匠と弟子は先回りして事務所にいるかもしれないな。だとしたら、師匠の危機対応力のなさに、組織の者は怒っているだろう。

 こういう場合は、ひとまず報酬だけ支払われてどこかへ連れ去られることが多い。これもカンだがな。今回の報酬は50万円。それだけは受け取っておきたい。

 問題はその後、どうするかだ。受け取って逃げる。その時にA子を連れ出すのかどうか。

 A子がこのネズミ溝にハマった理由が分からなくなった。

 A子は、最初からオレをハメるために入会したのか、本当に血迷ったのか――こればかりは判断できない。困惑しても平然を装う。これも大事な作法だ。悟られてはいけない。

 「M018」――「もう嫌」。と、書いたメモをバレないようにA子は渡した。A子と逃げて、組織を解体させるか。リスクがありすぎる。越えてはいけない一線があるのも事実。越えるか、引き下がるか――。

 二者択一だ。

 色んな考えが錯綜(さくそう)するなか、事務所に着いた。運転手は手際 よく後部座席のドアを開けた。依頼主はオレたちより先に事務 所に入った。運転手は「事務所までご案内いたします」と言い、「ワタナベは、事務所の整理と報酬の支払い準備を進めるとの ことでした」。

 オレの依頼主の名前だ。運転手はオレとA子を3F の事務所まで案内した。

 といってもオレは一度案内されたから、今さら感がある。

 依頼話はここで受けた。一方A子は、来るのが初めてか分からないが、怯えている様子。父親になんて言われるか分からないし、強面(こわもて)の連中に囲まれる。ビビるに決まっている。

 事務所はこじんまりしている。前は飲食店のテナントだった。店は狭く窓は一つしかない。周りから見られることがないよう、 意図して設計されていたんだ。

 警官でもないのに、捜査を進める、オレみたいな連中にとって、都合がよかったものだから、毎日そこに行く常連客だった。情報交換をする場でもあったしな。

 しかし、2020年から「人を死に至らしめる」疫病が大流行した。黒死病以来の脅威だ。感染拡大は、30年以上慢性的に 不況な日本経済に大打撃を与えた。

 特に飲食業をはじめとした、サービス業が真っ先に痛手を受けた。行き当たりばったりの政策――換言すると「愚策」――のせいで、営業時間の短縮や人員削減をせざるを得なくなった。

 軒並み閉店に追い込まれた。解雇された従業員の行き場 はなくなった。収入源がなくなったんだ。

 結果、犯罪件数は異常なまでに増えた。

 窃盗に詐欺。とりわけ特殊詐欺や巧妙な手口で、カネを巻き上げる事案が急増した。犯罪者を擁護する気はない。ただ、そうなってもおかしくはない。

 考えてみろ。

 犯罪がまん延している状況下で、突然職がなくなったら犯罪組織のもとで活動するのが手っ取り早い稼ぎ方だろう?ワタナベの所属する第3組織は、旧レストランを拠点としている。

 窓が一つたけなのは組織にとっても利点だ。悪事が目につかないからな。閉店した途端テナントを買い上げた。タイミングを見据えていたのは明らかだ。

 老朽化しているエレベーターにA子とオレは乗った。

 不思議な感情を抱いた。これは「改元不況」前に作られたはずだ。今はボロボロだが、新設された時代には、現代の荒廃した風は吹いていなかっただろう。陰うつな雰囲気を醸し出すエレベーター。

 不況に見舞われる前には笑い声が響いていたのだろう。動く鉄クズ同然のエレベーターに。

 運転手は3Fのボタンを押した。

 身長は180cmほどで体格もいい。ワタナベのボディーガード兼専属運転手と読んだ。オレは勝手に名前を考えた。車の手入れが、神経質なまでに整っていることから、ベンツの販売代理店と同じ、「ヤナセ」と名づけた。

 何かあったら、ヤナセが攻撃を仕掛けるだろう。事務所に着いた。オレから通され、次にA子。ヤナセは「それでは」と言って、場を離れた。中には組織の人間が二人いた。

 見た瞬間、手下と分かった。

 みなスーツを着込んでいる。ワタナベは上下で少なくとも30万円のスーツを着ている。手下二人は良くて5万円程度。下ッ端だ。コイツらは、ワタナベの命令通りに動く、駒のような存在にすぎない。

 主犯格は直接手を染めない。

 末端は有事の時に、真っ先にパクられるか、処分されるのが関の山だ。オレは手下の一人にワタナベの座っているところまで案内された。

 「こちらへどうぞ」。手下は体格がいいとは言えない。ヤナセとは対照的なタイプだ。だからといって、侮(あなど)ってはいけない。裏社会じゃ体格じゃなくて、頭脳とカンの鋭いヤツが、活躍する。ひとますコイツのことは「手下1号」としておく。

 A子は入口で立ちすくんだまま。

 同時に凛としてもいた。不思議なオーラを放っていた。A子の素性(すじょう)を知る手がかりは、今のところ何もないが、きっといくつか、もしくはかなりの数の「修羅場」をくぐり抜けてきたに違いない。このタイプは次に出る挙動が読めない。

 言っちまえば突発的に「ヤバい」ことを平然としかねない。オレの危険信号が働いた。第3組織といいA子といい、まあ困ったもんだ。ワタナベとオレはソファに腰かけた。テーブルを挟んで話を進めた。

 「今回は娘を救い出してくれて誠にありがとうございます」ーーショートカットに全身が細く引き締まったワタナベは礼を言った。身長は170cmほど。そこら辺にいるメガネをかけた、インテリなオッさんに映る。

 「Sというネズミ溝にハマってしまったのは娘の愚行です。お恥ずかしい。成功報酬の50万円です。お約束通りです。お納めくださいませ」

 50万円を手下1号に数えさせた。

 小声で「間違えるなよ」と、ドスの効かせた声で命令していた。やはり裏の人間だ。アタッシュケースにしまい、 ケースごとオレに渡した。前金の10万円は依頼を受けた段でワタナベから受け取った。

 残り50万円は成功報酬として支払われる取引だったんだ。成功したので50万円。前金を合わせた60万円が、今回の報酬の全額ってわけだ。

 気づかないうちにもう一人の手下――手下2号――が、A子をソファに連れ、ワタナベの隣に座らせた。

 「話の続きをさせていただきましょう。イイダが娘の『師匠』ということは把握していました」と言った矢先だ。

 ヤナセが師匠に連れて事務所に入ってきやがった。

 罠ってわけだ。

 「イイダ!!!先月と今月分の売上20%が未納だぞ!!!」と、手下2号は怒号を浴びせ詰め寄った。イイダの威勢の良さはすっかり消えていた。ヘッドバットで攻撃を受けた鼻から血が流れている。

 抑えるように手を当てている姿は惨めすぎて、さすがのオレも直視するのが心苦しく思えた。弟子の前でしか、強気に出られないのがコイツの本性なんだ。イイダのプライドとエゴが内部破裂するのは、時間の問題だな。

 規模の大小関係なく、グループや組織の頂点に立つと「守られている」錯覚からか、「強気」になるのが、人間の性(さが)ってやつだ。

 ワタナベも手下がいなくなったら、か弱い人間の姿をした、害虫になり下がるだけだ。つまるところ偉そうにできるのは、後ろ盾と手下の存在があるから。なにもなくなったら、ただの虫ケラに過ぎない。等身大の自分に対峙(たいじ)して精神崩壊したヤツらを何人も見てきた。虚像なのに本当の自分が尊大とカン違いするヤツらはたくさんいる。

 手下2号は不穏な笑みを浮かべながら「素直に吐けよ」と脅し、イイダの髪を掴んだ。イイダは震える仔犬のような姿だ。全身恐怖に侵されている。

 「に、20%は・・・」と吐き気を抑えるような話ぶりで、率直な姿で答えた。「生活費に充てました。

 すみません。Sの商品をさばけるかと思ったのですが、在庫が余ってしまいました・・・どうしたらいいのでしょうか」会話を聞いて即座にピンと来た。

 貧困ビジネスだ。

 イイダはカネを借りすぎて、クビが回らなくなった。困った果てに、この組織から借りたはいいものの、ここでも返せなくなった。

 というかこんなところで借りる時点で、永遠に取り立てられるのは歴然なのに、借りちまうのはバカの証拠だ。

 そこで、だ。

 ネズミ溝Sの仕事を任された。労力で返済するっていう体(てい)だ。もちろん、カネが返済できなければ、労力をもっても返済できるわけがない。ガキでも分かる。

 送り込んだのがA子。騙されたフリをして内部の探りを入れていたワケだ。

 「お前ウチから借りたカネも返せてねぇだろ!!!返済できないからこの仕事をあっせんしてやったのに売上がない?生活費に充てた?なぁどうなるかは分かってるよな?」と手下2号は語気を荒げて、イイダの神経という神経のすべてを恐怖の毒でおかしていた。

オレとA子を除いた、皆がにやけている。

 まるで動物の演劇ショーを楽しんでいるようだ。事実、イイダは第3組織のペット同然だ。

 怯んでいるイイダは、最初から罠と知らなかったのだろう。組織とSの共謀の罠にな。手下2号がイイダをオレの横に座らせた。

 妙だ。

 イイダの弟子2人がいない。連れさられたのか?その後どうなるかは、生々し過ぎて言えない。たとえ逃げ切れたとしても、一生組織に追われるのがオチだ。少なくともこの街には二度と戻れない。

 「勘弁してください」とイイダは嘆きながら土下座した。「それだけは」――事前にヘタを打ったらどうなるか、ワタナベから話はある程度聞いていたに違いないな。

 言いわけを考えるのに必死そうなイイダ。A子を責めるマネだけはよしておけ、と心の中で忠告した。

 最初で最後のハズだが、イイダに同情してしちまった。

 先輩に「被害者・加害者に関係者に感情を抱くな」と駆け出しのころ、散々叩き込まれたのに。だが、酌量の余地があってもいいように思えた。

 改元大不況に陥ってから、貧困率は急増した。

 ヤク中も増えた。うまい話にはウラがある。その通りだ。一方、これだけ生活が困窮するとウラがあっても、胡散臭い話に乗っかって、カネ稼ぎしたくなる気持ちは分からなくもない。

 ヤク欲しさにネズミ講にハマっては、大元に騙されていたことに気づく。イイダもそうなのかもしれないな。幸いオレが被害に遭わなかっただけだ。


 「改元大不況」――。今の元号に変わってからこれまでツケが国民に回ってきた。政府が野放図で、国民の不利益になる政策を施行してきやがった。イイダは加害者でありながらも被害者のようにも思えた。

 「ケタミン」――。本来は麻酔として使われているものが、抗うつ薬として転用された。市中に出回るようになったんだ。それからだ。乱用者もかなり増えた。そこら中にケタミンジャンキーがゴロゴロいるんだ。

「疫病」――。軍事用に開発したバイオ兵器の成分が日本の軍事用武器の研究所から漏れた。コウモリが媒介して、大気に成分を拡散させた。二酸化炭素と成分が融合して、疫病になったんだ。公害だ。
だが政府は隠ぺいしやがった。自然災害という体(てい)になっている。それからだ。疫病が不況に拍車をかけていったのは。バカみたく軍事費を積み増した結果が、パンデミックだ。

 「観光立国日本」――日本に端を発した疫病のせいで訪日観光客は激減した。多くのメーカーが外国人の「爆買い」を期待していたから、製品を増産した。けれども、余剰在庫を抱えるハメになって、余った商品をネズミ講たちがさばくようになった。これが日本の現状だ。


 「弟子たちがしっかり働いてくれなかったんです!!もちろんボクは違います!!」。保身に走ったか。ここまでくるとつける薬がない。

 さっきまでの感情は一気に消えた。

 当然ワタナベの逆鱗(げきりん)にふれた。弟子のせいにした時点で、A子に罪を被せたんだ。激怒するに決まっている。オレがワタナベなら同じように激昂するだろう。

 手下2号は「オイ!!!弟子に責任転嫁するのか」と言い放った。そして手下1号にアゴで合図した。ヤツは容赦なかった。イイダが立てなくなるまで暴行した。

 「ほかに言いわけはあるか?え?」

 楽しげな様子で手下2号は言い、殴打されたイイダを精神的にも追い詰めていた。「ないです。言いわけをしたボクが悪かったです。許してください」

 手遅れだ。服ははぎ取られ下着1枚になった。辱めだ。コイツは街から消える。そして二度と戻ることはない。

 みかじめ料は払えないシステムになっている。

 さばけない量の在庫を抱えさせて、余った分は自腹で買わされるスキームだ。終わらない借金地獄。

 ただ、本当の恐怖はこれからだ。別の劣悪な環境で、仕事をさせるのがやり口なんだ。新たに紹介してもらった職場でも、コイツは借金をするハメになる。

 給料で賄えないシステム。

 紹介先では、法外な値段で食品や生活必需品が売られる。必要なモノを買えば買うほど、支出は給与分の金額を上回る。そして返済するために働く。無限ループ。抜け出せやしない。

 「なあイイダ、海と山、どっちが好きだ?」とワタナベ。
 「どちらも・・・」と答えるが、どの道、イイダがどうなるかは明白だ。山ならアスベスト除去の仕事。海ならカニの密猟――二つのどちらかだ。
 「どちらも?早く決めろ。3、2、1。時間切れ。どちらもいけるってことだよな?」
 「は、はい?・・・え?」
 「どちらもOK ってことだな。分かった。ちょうど欠員がでた海の仕事をしてもらう」
 「海の仕事?」
 「船に乗れる仕事だ。旅できるんだからからありがたいと思え。知ってるか?密猟されたカニも商品として売られてるんだぞ。お前はカニを捕獲して社会貢献しろ」
 「そ、そんな・・・」口答えするイイダに、ワタナベは間髪入れずに返した。
 「口答えするな。選べる立場にないことくらい分かってるだろ?」と言われた瞬間、殴打されたイイダは無力にうなずいた。

 二人の弟子が見たら、イイダに抱いていた幻想は、一瞬にして消えさるな。あわれな顛(てん)末を迎える師匠。人とすら思ってもらえない。師匠を恐怖のドン底におとしめる、本当の意図は別にある。

 ーーオレに恐怖心を植えつけるためだ。

 真のターゲットはイイダじゃない。あえておぞましい光景を焼き付けさせ、オレをビビらせようとしている。

 消す――つまり、オレを葬るのが目的だ。色んな情報をリークしたし、トラブル解決もしてきた。その中にはワタナベの不利益になることもあったのだろう。

 次にワタナベはオレのほうに目を向けた。

 「守秘の話を進めさせてください。まずはイイダから取り上げた携帯とサイフをお渡しいただけますか?」。お見通しってワケか。ここで断ると文字通り、痛い目に遭う。素直に渡した。

 「ありがとうございます。なぜ取り上げたのでしょうか?依頼された仕事だけこなしてくだされば。必要以上に知る必要はないでしょう。お得意の『リーク』のネタ探しですか?」と、にやけながらオレに問う。

 「職業病かもしれません」と濁(にご)した。こういう場面では、余計なことは話すな。Sと第3組織との関係を匂わす話もダメだ。

 「踏み越えてはいけないラインがあるんですよ。その線を越える情報がこの携帯に詰まっているんです」とワタナベ。

 痰(たん)を切ったようにワタナベは、オレが以前ネタとして提供した、 カルト教団の話をした。教団が信者に売りつけていた、霊感商品の卸元は、この組織だったんだ。

 「例の事件が明るみになってから一時的に収入がだいぶ減りましてね。どなたかが余計なことをしてくれたおかげで」。そのカルト教団は非営利団体のみならず財界、政界にも献金していることがのちに発覚した。

 オレが提供したネタをもとにどこかの誰かが調べあげたんだろう。この話は、一大センセーションとなった。とりわけ話題になったのは、教団と前首相の癒着。

 国民の反発を買い、永田町じゃ連日デモが開かれていた。内閣支持率は 過去最低の10%台にまで急落した。

 責任を取るという大義で元首相は辞任した。

 だが、辞任したのがあだとなった。その後も密接に関係していることがバレた。政権が交代する事態にまで発展したが、現政権の政策が国をよくしたわけでもない。

 結局のところ、ここまで闇が深くなると、政府の力が役に立たなくなる。
皮肉を込めて「次の狙いはお前だ」と、ワタナベはほのめかしていやがる。

 最初からオレが標的だったってことだ。

 イイダはただの捨て駒だ。依頼内容は娘のA子をネズミ講のSから救い出すことだった。フタを開けりゃ、全てがオレをハメる罠だったってことか。

 ヤナセがオレの近くにやってきた。「とりあえず車内でお話ししましょう」

 ーーマズい。車に乗ったら最後。

命の保証ははない。

 咄嗟(とっさ)の判断で、テーブルの上にある灰皿を頭に投げた。次にスタンガンを取りだしA子を人質に取るフリをした。ワタナベをはじめ、手下2人がこちらに詰め寄ってくる。窓の位置を確かめた。

 徐々にそこへと向かう。窓の近くにテーブルがあるのは事前把握していた。ヤナセが動けなくなっているうちに、テーブルを力を振り絞って投げて、窓を割った。

 「もう嫌」とのメモを渡したA子を信じ、オレはこの場から逃げることにした。この窓から降りるしかない。A子の首に当てていたスタンガンを放り投げ、飛びおりた。下を見るとセダン車がとまっている。

 ボンネットに着地するしかない。確認する意図でA子に目線を送ったところ、うなずいた。

 「怖いけれど抜け出したい」――これが本音だと信じた。

 不幸中の幸いだ。アスファルトよりボンネットのほうが硬くない。ジャンプする時、一度A子から手を離した。2人同時にボンネットに着地するとダメージが大きいからだ。

 コンマの秒差でタイミングをズラした。まずはオレから。寸分を少し狂わせて、A子を抱えるもんだからーーオレは恥ずかしいがーー尻もちをついた状態。

 この体勢で抱えられれば最小限の負傷で済む。

              〈ズドン!〉

 打ち上げ花火のような音だった。

 ボンネットはグチャグチャにヘコんだ。当たり前だ。合わせれば100kgにも及ぶ、人間って物体が3階の窓から落下したんだからな。無傷ではなかった。

 どうやら着地時か、A子を抱えたタイミングで、足の小指を1、2本折った。尻もちなのに、尾てい骨ではない。

 不思議に思える。痛みを感じるのは後になってから。余裕でいられるのは、ケガをした直後だけなんだ。のちに痛みを感じるだろう。

 何より、問題はこの先だ。

 ワタナベとヤナセ、手下1、2号が事務所から出てきて追いかけてきた。ドラマなんかで見られるように路地裏に逃げるのは、かえって危険だ。組織の連中はこの地理を熟知している。

 それなら人混みに紛れたほうがいい――裏の裏は表だ。

 繁華街まで無心で走り抜けた。

 「とにかく離れるな!」と、A子に念押しすると「はい」と答えた。独特な雰囲気を漂わせている。どこにでもいそうな小柄な女性。だがオレ以上に裏事情に詳しそうでもあるな。

 表面と中身の二面性のコントラストが濃い。滅多にみないタイプだ。本人にその気があれば雇いたいくらいだ。

 それはさておき、だ。

 事務所でゴタゴタしている間に、イイダの携帯とサイフを取り戻した。あの場面で、どうにかオレの手元に戻した。ネタの宝庫だ。持ち帰らせてもらう。悪いな、イイダ、ワタナベ。中身は全て商売用に売らせてもらう。

 おそらく組織のメンバーは分かれてオレたちを探している。

 街では目立たないよう、歩行人と歩くスピードを合わせた。だが見つかるのは時間の問題だ。困った時に頼りになるのは、フリージャーナリストの「キノシタ」だ。早速連絡した。

 「ネズミ講Sのネタが手に入った。伝えたいところだが、今Sと関連している第3組織から追われているんだ
 「そこでお願いしたい。第1組織とキノシタはツテがあるだろう?第3組織がSのバックについてることを伝えてくれないか?」平然を装いながも、内心はパニック状態だ。
 「かなりマズい状況にあるな。分かった。第1組織が容認しているのか聞いてみるよ。あそこは一般人への危害をご法度としているハズだ。話がまとまり次第折り返す。今はとにかく巻け」

 さすがだ。

 ジャーナリストは1を聞くだけで10の対応をしてくれる。キノシタは大手出版社で働いていた。かなりのスクープを暴いてきたことでも有名だった。ネタのためなら手段はいとわない。

 キノシタは過去に言い放ったーー「『ジャーナリズムの倫理憲章』なんてお飾りがある。けれども、な。それがジャマをすることもある。ジャーナリストには『倫理・道徳』を破る勇気も必要なんだ」

 ヤツは出版社から懲戒解雇を食らった。

 スクープのために反社会勢力と密接交際し、利益供与もしていたのがバレた。不祥事で名を汚さないように、出版社はこの件を対外発表しなかった。そこでキノシタは自叙伝を書いて、《もみ消し》も取り上げた。

 これが話題となって、出版社の隠ぺい体質が明るみになった。スクープだ。社長は引責辞任した。   

 「ざまあみやがれ。倫理なんて建前に過ぎないただろう?」と、キノシタが誇らしげに語ったのを思い出す。

 それからキノシタはフリージャーナリストとして活躍している。

 情報網が広いヤツの人脈は広い。アングラで顔が利く。認可もないのに、非弁行為に走っている、オレみたいな『グレー』な仕事をしている者にとっては、役立つ存在なんだ。

 いち早く仕入れたネタはキノシタにリークしている。その代わり便宜を図ってもらってもいる。持ちつ持たれつの関係ってことだ。

 逃げ場を探しては走っていた。電話をかけてから10分後に携帯電話が鳴った。さすがキノシタ。対応が早い。

 「第1に聞いたらNGだとよ。急ぎだ。まずは近場のホテルに泊まれ。そこに迎えに行くから。とにかく急げよ」

 冷静沈着な声で、無駄を省いて話す。現在地を伝えておいた。キノシタがホテルにも来る手間は少し省けるだろう。

 事務所を飛び出てから何分がたったのだろう。

 おそらく15分。が、1時間に感じられる15分だった。タクシーを拾うのも手だ。しかし手を挙げたら最後。目立つ挙動をすると連中はすぐに気づく。

 見つかったら――オレもイイダと同じか、もっと凄惨な末路が待っているハズだ。消されるに決まってる。少し歩くと、ビジネスホテルが目にとまった。

 現在、午後7時30分。

 イイダの処理が早く片づいた一方で、組織とのトラブルは長引いた。第3組織とはワタナベの所属組織で、大元は第1組織だ。

 第1から3次組織に枝分かれしている。第3次は末端組織だ。経験則だから確証はないが、末端は総本山より好き勝手にカネもうけに走ることが多かったりする。

 ビジネスホテルに急ぎ足で向かった。

 受付に素泊まりの手続きを済ませようとした。「え〜っと、お二方でよろしかったしょうか?喫煙部屋ならわりとぉすぐぅご案内できますうぅ」――。《その話し方は燗(かん)にさわる。早くしてくれ》と内心でイラ立ちながらつぶやくも、表情に出ないよう感情を抑えた。

 「分かりました。一泊で」。
 「お名前をお願いしま〜すうぅ」
 「ぅ」がウザいんだ。母音が嫌いになるくらい、鬱陶しい。

 偽名を使うのが鉄則だ。

 本名は絶対に隠す。免許証を持ち歩くだけで相当なリスクなんだ。先輩からは持っていってはいけないものは何か。それは免許証とパスポートと教わった。名前と住所が割れたら、この業界からすぐ消される。

 実際に拉致られた同業者もいた。

 どこかへさらわれた。そっから先は想像しがたくないだろう?この仕事には、引き際ってモノがある。正義感がジャマしたのか、引き下がらなかった。

 ヤバいとこまで足を踏み込んだ代償に、命を奪われた。拉致った実行犯グループはいまだに不明。

 「保身のルールはいくつもある。その中でも個人情報を含む証明書を携帯しないのは基本中の基本だ。叩き込んでおけ。ブランド物も着るな。特徴をつかまれるな。携帯も他人名義のモノを使え。クレカは持つな。全て現金で済ませろ。特定されるリスクが高くなるだけなんだ」ーー消えた先輩の教訓。

 現金で宿泊代を支払った。

 それから部屋のカギを渡された。最上階だ。入室した瞬間、ようやく安心できる、と解放された気持ちになった。とはいえ、時間稼ぎに過ぎない。油断をしたら、すぐに見つかる。

 「今回の件、本当にありが・・・」と話すA子をあえてさえぎった。
 「仕事だから。お礼はいいよ」
 「いや、話させてください!『もう嫌』とお伝えしたのはイイダが」と言ったところで、何があったのかすぐに分かった。中華料理店に行く時に乗った。タクシー運転手を思い出した。
 「それ以上言わなくていいよ」。かれの品性を見習った作法で答えた。ただ、カッコつけすぎた。そんな自分に違和感を覚えた。演じるのはどうも苦手だ。

 キノシタに電話した。

 ビジネスホテルの名前と場所を伝えると「分かった。迎えに行く。15分後にはホテルの外にいろ」と手短に話してすぐに切った。15分。A子と二人でいるのも不自然だ。

 「タバコ吸ってもいいか?」と尋ねた。断れるわけのない質問をするのはデリカシーに欠けるが。A子は灰皿をよこしてくれた。

 煙とともに、今日の出来ごとを思い返していた。

 くねくねと上に舞う白いケムリは、オレに「今日の出来ごとをまとめろ」と、優しく命令しているような錯覚を覚えた。

《本当に急展開だった。予想しないハプニングの連続だ。まだ何かがあるかもしれない。A子は本当にワタナベの娘か?コイツは最後までオレをハメようとしていないか?携帯にサイフをオレから奪い取る可能性もある。最後まで気は休むことないだろうな》

 A子への不信感が徐々に募っていった。

 それでもA子が真の被害者で、重大なカギとなるとも信じていた。リラックスした様子でベッドに腰かけていたA子から、緊張感は一切伝わってこなかった。慣れているのか?演技上手なのか?ナゾは深まるばかりだ。

 15分が経った。部屋から出て、受付で部屋の鍵を返した。キョトンとした顔をしていた。あとあと面倒になっても困る。

 「とりあえず休めれば良かったので」と言い、1万円を余分に渡した。係員はありがたそうに受け取ったが、何が何だかという様子。

 黄色いJeepが停まっていた。「『わ』のレンタカーだと余計追われるリスクがあるからな。目立つ車のほうがかえって怪しまれない。そこらのバカと思われる。第1組織の事務所まで45分。スピード順守かつ安全運転で行くからな」

 「助かる。電話では話していなかったが、ネズミ溝の被害者、A子だ」
 「信頼できそうか?」

 A子は自身のサイフと携帯電話をキノシタに渡した。キノシタは驚いていた。すぐに乗せ、事務所へと向かった。あえてお互い名前を呼ばないことにしている。それもリスクだからだ。

 徹底して管理するのがオレとキノシタ。A子も自らの名前を言わなかった。やはり場慣れているとしか思えない。JeepからはFugeesの"The Mask"が流れている――。

 (M) to the (A) to the (S) to the (K) Put the mask upon the face to make the next day,
 Feds be hawkin' me,
 Jokers be stalkin' me,
 ーー「マスクをつけてやり過ごせ。連邦捜査局が情報を漏らしてる。連中は追いかけてくる」――ローリン・ヒルの歌声を聴きようやく落ち着けた。

 オレはケタミンを飲んで、精神を落ち着かせた。

 ようやくひと息つける。つづけて"I walk the street and camouflage my identity"――The Maskのフック(サビ)の最後の部分だ。

 「正体を隠して街を歩きまわる」――。この曲は今置かれている状況を物語っているように思えた。

 「最近の曲もいいけれどこの時代はヒップホップの黄金時代だったな」とオレが言うと、キノシタが「ジジくさいこと言うなよ」と笑いとばした。

 「実際オレたちもいいトシだ。あの時代のなになにが良かったって思う時ってあるだろう?」
 「あっても口にしたら老け込む。精神年齢が年老いていくと、この業界でやっていけなくなるぞ。オマエは冷静だがな、考え方、というか感性がオッさんじみてもいるんだよな」

            ***
  ワタナベは事務所にいとどまっていた。

 二人の手下とヤナセは二人を探し回ったが見当たらないと連絡してきた。《無駄骨だ。アイツを止められなかった。イイダなんてどうでもいい。貧困ビジネスもどうでもいい》――。

 イイダは縛りつけられたまま事務所にいた。

 口はガムテープでふさがれていた。イイダに言葉をかけようとしたものの、何を話せばいいのか分からない。手下もヤナセもいない。この場面で詰めても意味がない。電話を取り出した。

 「とにかく今日1日は二人を追え」と諦めの混ざった声で手下たちとヤナセに命令した。一人になれる時間が欲しかった。何年も一人になる時間がなかった。夜もマトモに寝られない。寝ようと思っても、夜中に突然アクシデントがあったりする。息が休まらない。つねに緊張が張り詰め、背後を警戒している。

 現に今、イイダが「脅威」に思えた。自分の弱みを見られている気がして緊張感が増幅されていく。

 《一人になると何も取り残されていないな。無力だ。手下たちがいるから幅を利かせられる。今はいない。自分には力なんてない》と自分に問う。

 ワタナベは机の引き出しから銃を手に取った。

 《残されているのはこれだけってことか。まずは「脅威」を消すか》。衝動ではなく、これまでの不安を1箇所に絞るかのように、慎重な動作で照準をイイダに当てた。

              <バン!>

 何もかもが終わる。

 《貧困ビジネスといい、第1組織に無許可でやりすぎた。いずれ殺されるに決まっている》。ワタナベは「強い自分」を演じ込むのに必死だった。実際は抗うつ剤――街のジャンキーたちが1日に飲むくらい、大量のケタミン――を飲み、1日をやり過ごすのが大きな負担でもあった。

 こんなにも多く服用していたら、遅かれ早かれ、肝臓を傷め死ぬのは目に見えている。合法薬物の犠牲者の一人でもある。

 《手下たちの前で抑うつ状態な姿は見せられない。この道を選んだ以上、「弱い」像を見られたら、乗っとられてしまう。信頼をなくしたら手の中から全てがなくなってゆく。 全てを得るまで時間はかかるが、全てを失うのは一瞬だ》

 過去を反芻(はんすう)している。

 ワタナベは孤児院で育った。18 歳で抜け出し自衛隊に入隊した。日本国を愛しているからだ。いや、厳密には「いた」。過去の話だ。日本に尽くすため自衛隊員になり、充実した日々を過ぎしていた。

 しかしある日のこと。

 愛国心は裏切られ、幻想だったと、気づく出来ごとがあった。遅くまで仕事をし、事務作業も進めていた。パソコンに日報と他の自衛隊員の様子をパソコンに入力し、報告していた。

 深夜。誰もいない。

 好奇心からパソコンのデータを覗きこんだ。そこで衝撃の事実を発見した。 防衛省がヤミ献金を受け取っていたことを証明する書類を発見した。その瞬間だ。ワタナベの愛国心が崩れたのは。

 「失うのは一瞬」だ。その日に駐屯地から走り、脱走した。日本に失望した時、国から逃げるかのように、走るスピードは、かなり速かった。

 それからはいろいろな悪行に手を染めた。

 枚挙にいとまがない。行き着いたのが第3組織のリーダーだ。時間は⻑かった。第1に認められるよう、なんでもした。だが暴力団対策法が厳格になり、取り締まりの対象が広がった途端、これまで当たり前にしていたことができなくなった。

 だからどうにか合法と非合法の中間にあるビジネスを開拓した。第1に断りもなく。知られたら追放される。

 形態を変えないと、収入は途絶えるということ。スッカラカンになろうものなら、手下たちは付いてこない。

 それにアイツらには行き場はない。仕事を絶やさないようにするのがワタナベの役目でもある。信頼と金がモノを言う世界なんだ。

 《A子の実父は潰れたレストランの店主だ。とんでもない外道だった。A子をコインロッカーに入れたんだ。たまたま見つけたもんだから引き取った。養子として預かった。外道の娘。同じ血を引いているなら、悪行に手を染めるハズだ。最大限、利用してやった。ただ、今日見たA子はいつもと違った「もう嫌だ」とでも言うような目でみやがった》

 使える駒がなくなったと悟ったと同時に、義父として、良心がこれまでにないほどに苛(さいな)まれた。

 もう終わりにしたくなった。

 人生そのものが茶番だったんだ。悪事に加担していないよう装うだけで精神が極限まですり減った。裏の人間と気づかれたら、オレの仕事は一切なくなる。締め付けがここまで厳しくなるとな。表で演じる自分と実際の自分の姿にジレンマを感じる日々の連続だった。

《もう限界かもしれないな》――。自分がしてきたことの全てが無意味に思えた。つまるところ無未乾燥の世界に生きていただけだ。終わらせたほうがいい。

 ワタナベは自分の頭に銃口を当て引き金を引いた。「失うのは一瞬」だ。

            〈バン!〉

 銃声は虚しく事務所にこだました。

 寂し気にプリンターの稼働音が聞こえる。パソコンに保存されているファイルやデータが、紙として出力されている。

 〈ガー。ガチャン。ガー。ガー〉。この音が、死体の宿る事務所内で、何度も響く。うつ伏せになった、死人の顔の横で。

 プリンターは続々と用紙を刷る。1枚、2枚。35枚目で止まった。紙に血が染みている。無機質だが生々しい。血を養分として吸い上げる紙――。

 ワタナベのDNAを受け継いでいる。プリントされた用紙は、誰かに読まれるのを、待ち望んでいるようだった。
                        ***
 「オイ、信号が青だぞ!!!進めろ!!!」と言ったが、キノシタはあっけに取られたままでいた。コイツは戸惑いの放射能をじかに浴びている。

 静止しやがった。無言のまま時間だけが過ぎてゆく。車は止まったままだが、信号は、絶え間なく動く。

 黄色に変わった。

 「正体不明だ。匂うな。サイフを見させてもらう」と言い、A子の身分証を一枚一枚チェックした。信号が赤に変わった。色の変化する信号機に脇目も振らず、証明書の記載事項に細心の注意を払っている。 

 名前はすべてワタナベA子。

 実父が違うと言ったが裏づける証拠はない。「詳しく見てくれないか」と、オレにバトンを渡して、運転モードに切り替わった。

 やはり無駄なだけだ。

 ウラがなければ、ただの嘘か虚言だ。入念にサイフの中身を見ていると、1枚の折りたたまれた、小さな紙が挟んであった。

 戸籍謄本だ。特別養子縁組でワタナベが預かったことになっている。「除籍」にはウエハラと書かれている。

 「ウエハラは旧レストランのオーナーです。アイツは私をコインロッカーに置き去りにしました。放り込まれていた私を救ってくれたのがワタナベです。ワタナベはウエハラをゴミ以下と罵っていました。ゴミ以下の娘は人間じゃないと、私をもトコトンけなしました。虐待は酷いなんてものじゃありませんでした。それでもワタナベから離れられなかったのは、『命の恩人』だからです。見つけてもらえなかったら、今ここに私はいません」

 確かに納得のいく話だ。

 ウエハラは時おり娘の話をした。5年前だ。「娘が成人式でねえ。早いモンだよ。もう実家を出てひとり暮らしをしている。なのに電話もよこさない、親不孝な娘だよ」と、娘のグチをこぼすことがあった。

 コインロッカーに放り込んだ娘のグチを。人当たりのいいウエハラは、実のところ、冷徹で、残虐な男だったのか。今どこにいるか、知っているヤツはいない。突然消えたんだ。

 「第3組織があのレストランを事務所にできたのも、私がいるからです。ワタナベは、私をレストランに連れて行き、ウエハラに『最低だな』と、言い放っていました。毎日電話をかけて『人殺し』と言い、嫌がらせは止まりませんでした。ウエハラはノイローゼになり、どこかへ消えていきました。どこかへ。ワタナベのユスリ――。『口外されたくないなら、毎月100万円を納めろと、脅されていたのです。それでウエハラは、追い詰められていったのです」

 キノシタは先の動揺が嘘のように、淡々とA子に問いかけた。

 「それを話したところで第1組織のモンは同情しやしない。行くことのデメリットのほうが大きいのは分かるだろ?」
 「これまでワタナベが私に強要させた、悪行はすべて携帯電話に録音しています。私に浴びせた罵声も、全てではないのですが。だからこれを聞かせれば、第1組織の者も納得するのでは。ワタナベの悪行が、私にも及んでいると、示せます」

 イチかバチだ。

 連れて行くかどうか賭けるしかない。
「A子の話も第1組織の常幹部に伝えるか」。キノシタはコクリとうなずいた。OKのサインだ。総本山、第1組織の事務所前に車を停めると、キノシタの携帯電話が鳴った。
 「お待ちしておりました。今、案内の者がそちらに伺います」

 監視カメラに映ったのだろう。

 警備が徹底してある。スーツを着た、やせ型の男が出てきた。パッと見るだけだと、裏社会の人間とは思えない。家電量販店の店員のように、元気で笑顔を絶やさない男だ。

 「ご足労いただき、誠にありがとうございます」と家電量販店員。コイツの名前はヤマダにしておくか。

 中にお入りくださいと、ヤマダ。

 手下1、2号とヤナセは入口で正座していた。手足が縛られていて目には黒いガムテープが巻かれている。

 「この度はご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」と声を張っていた。真ん中の2号の足元には百万円が10束置かれている。一千万円。

 「手打ち金として収めてくださいませ」

 ヤマダはそう言い、容赦なく三人を蹴飛ばした。店員の顔じゃない。目は血に飢えている。恐怖のどん底に落とす時に見せる表情なのだろう。こっちに向いた時は、店員の顔をしていた。

 すぐ切り替えられる瞬発力。変容ぶりが不気味で仕方がなかった。A子に見えないよう、オレは前に出た。かの女のひざは震えている。

 オレたち三人は常幹部の部屋まで案内された。廊下には派手な絵が飾ってある。右側には第1組織の戒律がじかに書かれている。部屋に入った。

 中には一見すると、一般社会に溶け込んでいそうな男たちが五人いる。

 ここが裏社会の縮図だ。

 部屋は巧妙に設計されている。窓が一枚もない。ここでかなりの悪事を働いたのだろう。奥には組織長が座っている。中肉中背で上場企業の管理職の人間に映った。

 「遠路はるばる、ありがとうございました」と淡々と礼をしてきた。組織長の放つオーラは尋常ではない。

 これまで手を染めてきた、悪事の数かずが、空気から伝わってくる。相当こなしたのが分かる。歩く事件簿だ。

 正念場だ。

 オレはもちろん、キノシタも内心、冷や汗をかいているのが見てとれる。ここはキノシタに対応のすべてを任せるしかない。オレやA子が話すと、うかつなことを口走りかねない。うまくすすむ話がもつれる話になる。その先にあるのは、取り返しのつかないトラブルだ。

 キノシタは主観なしにこれまでのいきさつを、言葉を慎重に選びながら、正確に常幹部五人に伝えた。所要時間5分。見事すぎる。

 「なるほど。ワタナベのヤツは無許可でここまで暴走していたのですか。困ったものだ」と組織長。

 この期に及んで内部を気にかけてんのかよ。血も涙もない無慈悲なヤロウだ。人ごとで片づけようとしている態度に、オレは何年ぶりかに燃え上がる怒りを覚えた。被害者のことなんかハナから考えていない。

 ワタナベもどうでもいいといった態度だ。

 「お、ウワサは聞いてるよ。そこの兄さん。敏腕らしいそうで。この度は本当にご苦労じゃった」と、別に願ってもいない、労いの言葉をかけてきやがった。シカトを決め込もうとしたがスキを与えなかった。

 「わたしらみたいに『黒』な世界の問題を司法は解決してくりゃくない。そもそも被害届の出しようもないしのう」――オレとの距離を縮める意図があるのか分からないが、微笑みを見せた。

 「オタクぁ『白』でもないってこっちゃ。かと言って『黒』とも少しちゃうな。極めて『グレー』な依頼を数多く請け負ってきただろうに。さぞ困難もあったでしょうに」

 乾燥した口から「自分で選んだ道ですので」と、受け流すように返した。

 怒りも相まってコイツにこれ以上のことを言い放ちそうになった。一方、キノシタは平然としていた。「まあこれくらいはいい」と言わんばかりの表情だ。安心したオレは平然を装えた。

 平常心を取り乱しているのが一人いた。

 A子だ。全身が毒に侵されて、神経がけいれんしたと思えるようほど、けいれんしていた。ここに連れてきたのは誤りだったのかもな。

 「お、A子ちゃんか。大きくなったな。ワタナベはな、子煩悩(ぼんのう)でよく写真を送ってきたもんだ」。そう言い大笑いした。だが、真の恐怖に貶めたのは、この先だ。

 ーー「といっても義父だからな、アイツぁ」と言った。

 次の瞬間だ。オレは息を呑み込んだのは。旧レストランのオーナー、ウエハラがいるのだ。

 なぜここに――理解しようがない。キノシタも驚きを隠せない表情だった。常幹部の一人が口を開いた。

 実父のウエハラだーー「A子か。元気にしていたか?」とウエハラが親しげに語りかけた。A子は骨の髄(ずい)まで怯えている。なにがどうしてウエハラがここにいる?

「オレはな、実をいうとボウ対課の捜査官だ。で、ワタナベをはじめとした、ネズミの連中――ここにいるお二方もふくめて――ワッパかけるタイミングを見計らってたんだわ。アンちゃんたちも『ネズミ』だ。捕獲対象だな。レストランで店主をしていたのも、ワタナベの罪状を一つ増やすためだ。威圧業務妨害だけじゃ実刑はムリだ。だから全部記録しておいて、アイツをブチ込む気でいた。お二方、ありがとう。非弁行為でパクれるからな、威勢のいいアンちゃん。ライセンスないのに第三者のトラブル解決をして報酬もらっていたのは一回だけじゃないでしょう?」

 確かに報酬を得るには資格認可が必要だ。オレはなしで解決をしてきたもんだからパクられてもおかしくはない。

 続けて、「キノシタは利益供与で実刑ね。執行猶予付きなのによくやるよ、アンタも」

 キノシタの頭に血が登ったのか武者震いした声で「あんたは最低だ」と言い放った。蜜月かよ。世に巣食う害虫がここにいやがる。

 すかさず組織長が「ああ、ウエハラは最低じゃよ。ていうのも、うちの若いモノの女と駆け落ちて、子どもを孕(はら)ませやがった。バレたらバツが悪い。だからな、コイツは娘さんを放り込んだんじゃ。今じゃこっちの味方だ。口止めに雇ったんじゃ。ウエハラがいりゃあ、『裏』の事件も『表』で処分してくれるから、助かったもんじゃよ」

 豪快に笑う組織長。いたく事務的なウエハラ。とうとう堪忍袋が切れた。

 気づいた時には組織長にスタンガンを当て、ウエハラに思い切りパンチを浴びせた。口から転がった歯をオレは蹴飛ばして、残りの常幹部三人に目を向けた。身の危険を感じながらも、収まらない怒りに震えていた。

 次の瞬間、信じがたいことが起こった。キノシタが組織長の懐から銃を奪い、残り三人を殺めた。オレはウエハラにスタンガンを当てて意識を失わせた。                          

 第1組織の構成員がすぐに追いかけてくるのは、誰だって分かる。一瞬の判断をミスると後には戻れない。引き下がったら殺されるだけだ。急いだ。

「なにごとだコラ!!!」と住み込みの連中が声を荒げた。

 この中で生きているのは、汚職捜査官だけだ。さらうか、ウエハラを。意識を失っているうちに、Jeepにこのクズを運ぶ。とにかく走った。後ろから連中が追いかけてきた。

 命がけのマラソンだ。

 「待て、テメエら」と言うやいなや、弾丸が飛んできた。1発、2発程度。射撃慣れしていない。的は外れている。住宅街から少し離れたところに、ポツンとたたずんでいる事務所だ。

 大ごとになりかねないから、映画のアクションみたくバンバン撃てやしない。

 身をかがめて走った。

 Jeep目がけて。なんとか逃げおおせた。運を使い果たしたな。安心はできない。追われているのに気づいたから、オレはキノシタに追いかける車を巻くルートを、声を荒げながら伝えた。ウエハラにはチョークスリーパーをかけ、意識を完全に失わせた。               

 「どうする!!!」とオレは声を荒げて言った。

 完全に取り乱している。「第3の事務所だ。証拠が眠っているハズだろ?汚職ヤローに証拠を見せて、加担していたって認めさせてやる」。コイツを警察庁に出頭させるのはA子の仕事だ。オレらにはできない。

 「心苦しいかもしれないがウエハラに罪を認めさせて警察庁につれてってくれないか?」。A子は「もちろん」と言う代わりに、うなずいた。

 その足でオレたちは警察庁に向かった。存在がバレるとマズい。一旦Jeepは署から遠くのところに停めた。車内でウエハラの意識を取り戻すか。道路上で、ハザードを炊(た)いておいた。目立たないようにするには、一般車が道に迷ったようにしておく。掟(おきて)だ。

 トランクでオレはウエハラの意識を取り戻させた。オレは警察学校にいた時期がある。途中で辞めたがな。その時に柔道を習っていたんだ。

 最初は、思いっきりビンタをする。それでも取り戻さない時は心臓マッサージだ。ウエハラは心臓マッサージ、2回目でようやく意識が回復し、目を覚ました。

 第一声は「どこだ?」だった。ここだ。お前の悪事を収納した、トランクの中にお前はいる。

 「どうだ?目覚めてスッキリしたか?」
 「オマエら、タダで済むと思うなよ!この犯罪者ヤローめ!日の丸を甘く見るんじゃねえ!こっちは国家の安全のために仕事してんだよ!」      
明らかにテンパっていやがる。

 ナメられたくないから、デコは強気に出るんだ。下に見られていると思っている時は大体、テンパっている。

 隠すのに必死なのが分かる。次に、ちらつかせるのは国家権力だ。まあコイツの腐った大義名分なんか、悪に染まっているがな。                          

 「そんなに焦んなよ。携帯電話いただいたぜ。コイツに詰まってるよな。キッチリ裁きを受けてもらわないとダメなんだよ、お前は。特に『日の丸』お墨付きの司法機関にな」

 ここではオレが仕切らせてもらう。詰めるのはオレの仕事でもあるからな。         

 「好き放題言いやがって。ナンバーも押さえてあるぞ!」。ラチがあかない。コイツのゴタクに付き合ってられるほど、長くは駐車できない。                                                           

 「置かれた状況がわかってオマエはそんなコトぬかしてんのか?時間がないんだ。タクシーで快適に送ってやるから清掃されてこいよ。同乗してやるから安心しろ」と言うと、もう観念していた。

 娘の前でこんなことを言うのも心が傷む。だが、そうするほかないんだ。悪いと思いながらも、オレは詰め寄っていたんだ。キノシタはタクシーを呼びつけた。ここからはオレとA子、ウエハラとで行動する

 A子が危険にさらされないためだ。キノシタは車の借主のところまで向かうと一言。オレは「後で向かう」とだけ言い、タクシーに乗り込んだ。    

ウエハラーー。

 汚職捜査官は第1組織との癒着でパクられた。後にキノシタから聞いた話だと、どうやら内偵まで入っていたらしい。そりゃそうだよな。
お国の司法もそこまでバカじゃない。完全なアリバイなんて、作りようもない。ほころびは必ずどこかで出るに決まっている。ほころんだ糸が目につくタイミングは、遅かれ早かれやってくるもんだ。

 本人がどれだけ上手くいっていると勘違いしても、足元を縛るように、糸はジャマをしてくる。見えないくびきだ。

 A子は警察庁の入口までウエハラを連れて行って「ストーキングされた」とウソの供述をした。事前にオレが吹き込んだでっち上げ話だ。もちろん事情聴取で時間は取られた。A子は次のように供述した。

 ーー家に帰ろうとすると、後ろからウエハラが尾いてきて、衣服を盗まれた。それはひっかけ。ウエハラの名前から、全てバレるのは当然だ。内偵も入っていたわけだしな。

 5時間が経った。もう明け方だ。オレは万一のことがないよう、警察庁の近くにある茂みに隠れていた。

 A子はやつれた顔で戻ってきた。「大丈夫だったか?」と聞くと「問題ありませんでした。ウソの話ですが警察庁はしっかり対処するとのことでした。どの処罰を希望するかまで聞かれましたが、『なし』と答えて、被害の再発防止に努めていただきたい、と伝えておきました」。

 さすがだ。機転が利く。時間も時間だ。急いでタクシーを捕まえて、キノシタのいるところに向かった。

 目立たない修理工場だ。駐車スペースにはJeepを置いてあった。借主はどこかに消えている。ツラをさらすのは、リスクが伴う。キノシタのよしみでもあるから融通が利いた。

 一時的な事務所を使わせてくれたんだ。キノシタは口を開いた。「ったく、ムチャな運転させられたせいで修理代がかかるぜ。見積もって15万ってとこだな。頼んだぞ」と笑みを浮かべた。

 今日、初めて見たキノシタの明るい表情だ。なんだかうれしい気分になった。「報酬から差し引いて渡すよ。金は気にすんな」                                                                        

 「オマエのカッコつける癖は直したほうがいいぞ」

 成功記念にオレたちはケタミンをあおった。

 真冬の空に少し覗かせる、ほのかな太陽の光が陶酔感を高揚させた。A子は飲まねえよな、とオレもキノシタも思っていたに違いなかったが、思わぬ行動に出たーー。

 かの女もケタミンを持っていて、楽しげに飲み込んでいた。

 相当なストレスを今日1日で溜め込んだのかもしれないな。オレたちは事務所内で話をした。「オマエは、ここにいるのは危険だ。目立ちすぎた。第1系列の組織に追われるに決まってる。早くどこかに移れ。A子もだ」。その通りだ。ここにいる限り、オレとA子は追われるだけだ。    

 「知り合いが農場を営んでる。手配するから早くそこに向かうんだ。いいな?」と念押し。
 「助かる。今日中に移動したほうがいいな。A 子も着いてこいよ」
 「はい。私も巻きぞえになるのは恐ろしいです。逃げます」と言った。相変わらず肝が据わっていやがる。続けて、想定外のことを切りだした。
 「ただ、その前にワタナベが今どうなっているのかだけ確認したいです。第1の攻撃に遭っているかもしれません。危険なのは承知です。それでも、義理の父です。いることに賭けています。いきさつだけでも話したいんです」

 危なすぎる。自ら落とし穴にハマるような、自殺行為だ。キノシタもそう思っているハズだ。

 ところが意外な答えが返ってきた。

 「A子の言うことには一理ある。今、第1は混乱していると踏んでる。第3に行けるのは今しかないぞ。急ぐぞ」ーー。この空気に呑まれたオレは行動に移すと決意した。                             
リスクを冒さなきゃいけない場面もある。  

              ***
 事務所に戻ると、イイダとワタナベの遺体があった。手下たちか?それとも第1の連中が先手を打ったのか?手書きの文書がワタナベのうつ伏せになった頭の横に置かれていた。

 「これまですまなかった。許してもらえるとは思わないから死んで償う」と。自死だ。紙は血に染まっていた。A子に無言で渡した。号泣する姿を見るのは心苦しかった。

 また別の用紙にはパソコンのパスワードが書かれていた。パスワード解除すると、政府の不祥事を記録してある書類が何十枚も出てきた。

 省庁別のヤミ献金一覧や不祥事に関わってきた企業や組織名、黒塗りだった書類の原本――すべて第1組織、第3組織も絡んでいた。メールを確認した。そこには口外したら第3組織を壊滅させると、各省庁からの脅迫ともとれる文面だった。         

 要するにワタナベは加害者・加担者でありながらも、被害者でもあったのだ。二元論で片づけられない「グレーゾーン」。足を踏み込んじまったんだ。中には協力を拒むメールもあった。

 返事はこうだーー「断ったら、第1組織にも取引のマージンを上納していなかったと言う。そうされたくなければ従え。ワタナベを別の罪で立件することもできる。言われた通りに動け」といった内容だ。

 悪の権化に映ったワタナベにも良心はあったのだ。弱みにつけ込まれてもいた。見返りとして金銭を授受しているケース以外にも、無償で汚職に加担しているのも見つかった。駆け出しのころの、内なる怒りの炎が燃えたぎった。

その矢先、だ。

 第1組織の末端が五人やってきた。読まれるに決まっている。それでも事務所に来たのは、A子にワタナベを会わせたかったからだ。それだけの理由なのに、いろいろな書類が出てくるとは…

 第1組織の末端は、驚いてもいなかった。事実、第3の悪事を黙認していたのだ。というかこいつらが命令していたワケか。どこまでも汚い連中だ。

 「ワタナベはゲス野郎だ。書類は回収する。組織全体に泥を塗るわけにはいかない」と、一人の組織のモノが言った瞬間、オレは怒りに身を任せて顔面を勢いよく殴った。

 書類だけ取り、残り四人をワタナベの近くに置かれていた銃で射撃するフリをした。演じていたのか、本気で殺す気だったのか区別がつきにくい瞬間でもあった。

 キノシタは携帯電話ごしに「今第3組織の事務所だ。すぐこれるか?元キックボクシングのチャンプなら、四〜五人くらいひねりつぶせるだろ?」
これはウソの電話だ。キノシタのよく使う技だ。銃とキノシタのハッタリでうまく巻けた。どうにか車へ戻れたんだ。
               ***
 自動車工場に戻って、キノシタと話し合った。

 A子は落ち着きのないもようだ。

 「あのネタ、どうするか?」と意外にもキノシタが話を進めた。「何を切り口にするかで話の内容はガラリと変わるぞ」

 第3組織を悪く書くのは、道理に反していると思えた。ワタナベは加害者でありながらも、四面楚歌な状態にあったのだから。        

 「『ひとりの勇敢な男』」。これをタイトルにできないか?
 「そう来たか。組織のツラも汚さなくて済むから無難かもな。どうにかなりそうだ。編集でぼやかすよ。だがな、お前は第1組織のトップを殺した。隠れて生きるしか道はないぞ」
 「どこかの田舎で農家にでもなるか」。キノシタは「それでいい」と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 1カ月後。

 ヤミ献金やどう喝、特定団体との癒着などをめぐって各省庁は新聞で取り上げられていた。スクープを受けて政府高官が続々と離党届を出し、受理された。

 政府関係の省庁――。

 一見、クリーンにみえる。だが、裏の裏は表だ


 ーーしっかり責任取れよ。A子の命を守るのはオマエの仕事でもあるからな
 ーー分かってる。今回は相当"ヤバい“ヤマだった。逃げきれただけでも幸運だ。これからどうするんだ?
 ーーこの事件をネタにする。スクープさ。オマエの勤めていた地方紙の新聞社。なぁ、あそこは不祥事に明るくて速報になるだろう?ネタ代は相当なもんだな,根回しはヨロシクな
 ーーつっても、オマエが暴いた"スポンサー"の事件を流してから、オレはつま弾きされたぜ。融通をきかせられなくてゴメンな
 ーーいいんだ。つないでくれたモチダ。アイツはまだ在籍してるだろ?
 ーーしてる。デモなんかにも参加したりよ。ブン屋は記事書きゃいいっていうのにな。裏のパイプで聞いた話だ。内閣調査室に目をつけられているから、接触には注意しとけよ
 ーー当事者のいないなんかくだらないのにな。よくやるよ
 小呼吸して
 ーーハナからマークされてるよ、オレは。オマエもだがな、とキノシタは笑い飛ばす。

 A子はキョトンとしていた。何が何だか分からないけれど、会話についていこうと、背伸びしている様子だった。

 オレとA子は、その日にすぐ田舎へ向かい、「追われない」生活を送った。畑仕事。ドロくさいが、二人で取り組み充実した日々を送っている。

 オレたち二人は「ヨソもの」扱いされている。肩身は狭い。それでも、二人でいられれば十分と、かれは内心思っていた。

 続けて、都会のピリついた空気から、冷や汗だらけの日々から、解放された気持ちになる。深呼吸をしたのは一体、いつぶりなんだろう。


              ***
 田舎の生活に馴染んだタイミングだった。束の間の慰安だった。ーーキノシタから1通の手紙が届いた。開けた時に、これがアイツの「最期」だと悟った。



キム・ジヨンへ

 多分、オレは数日で消される。その前に書き綴りたいことを伝える。昔の思い出話に付き合ってくれ。オマエが地方紙の記者時代の時の話だ。

             ***
 「おい、キノシタ」と社会部のデスクがオレを呼ぶ。1枚のFAXが送られてきた。通訳案内士からだ。察しはつく。今は疫病のせいで海外からの旅行客がゼロに近い。そうなると、仕事はなくなるわけだ。
FAXの文面はこうだ。

 「今、仕事がありません。昨年は100件ほど仕事がありました。飲食店をはじめとした、サービス業が助成金の対象となっています。ですが私たち、通訳案内士には払われません。苦しいです。取り上げていただきたいです」

 記事のネタはなかった。

 とりあえず取材で苦境でも聞いてみるかと言う気分だった。デスクの許可が下りなければ動けないがな。

 「記事にしますか?取材なら行けます。ほかに記事を担当していないので」
 「まあ話だけでも聞いてこい。紙面に載せるかは別だがな」

 デスクの言いたいことーー。正直真新しさはない。けれども経験を積むために当たってこい。そういうことだ。折り返しの電話を入れた。取材するのに都合いい日にちを確認。名前と年齢、在住地。取材前に必ず聞く内容だ。プラス、勘を働かせて、政治信条を見抜けたら話の骨子は読める。

 取材のアポは取れた。明日だ。とりあえず聞くだけ聞いてみるか。ーーこんな具合にオレは話を進めた。

 翌日に、指定された喫茶店で話を進めた。店も閑散としている。どこも商売繁盛してないな。今年は訪日外国人が増えると見込んで、メニューは英語併記されているというのに。放置された英語がここにある。

 ーー懐かしい気がするんだ。

 「今日はお忙しいところありがとうございます。本当に収入源が絶たれて生きるだけで精いっぱい。僕は通訳案内士だけで生計を立てていますので。ところで、ここのレストランの英語表記が虚しく思えますね」

 目のつけ所が同じで驚いた。多分プライベートでは仲良くなれる。だが取材相手だ。通訳案内士。一本で仕事するヤツは滅多にいない。大体はほかの職があるんだ。合間に通訳案内をするのが普通だ。

 「すみません。記事にするうえで重要なことを聞いてもよろしいでしょうか?」
 「はい。なんでしょう」
 「差し支えなければ、昨年の年収をお教えください。所得税抜きで構いません」
 「200万円です。最低限の生活ラインです。ぼくはこの仕事に全力投球しています。収入より外国人の笑顔が生きがいなのです」

 カネを度外視しているタイプか。専門職には案外多かったりする。副業もしない。プライドなのか。下積み中でゆくゆくは一本で生活できるくらい有名になりたいのかーー。深掘りしてみるか。そこでオレはカマをかけた。一回話を振った。
 ーーこの手の誘導はオマエ(キム)も得意だろう?

 「もし通訳案内士以外で、英語を活かせる仕事のオファーが来たら引き受けますか?例えば英語のコーチとか。収入よさそうじゃないですか」
 「確実に断ります」
 「そうですか。というのも収入源は通訳案内以外にもあると思えまして。失礼なこと伺って申し訳ないです」

 険しい顔つきに変わると踏んでいた。キレられてもおかしくない。ところが違った。さっきまでの表情がウソみたく、笑顔をみせた。相手の懐に入り込むタイミングだ。

--確信に変わった。

 「初めてですよ。単刀直入な質問される方は。同業者にもいない。ただ、キノシタさんだけは違う。着眼点が鋭いですね」と、目に笑い皺を寄せていた。ここからは話が早く進む。

 「2017年に通訳案内士じゃなくても、外国人のガイドができるようになりました。法改悪です。裏には何があるか。大手旅行代理店のカネもうけです。A社は、所轄の省庁に2.5億円支払いました。ヤミ献金です」

 そこからの話をまとめる。

 ヤミ献金を通じて、省庁は旅行代理店にガイド権を与えた。法を変えてな。通訳案内士を市場独占で弾き出す魂胆だ。通訳案内士の活躍場面をなくすのが目的だ。当然、助成金支給の対象外になる。代わりに旅行代理店で減収した企業には、別の就職先をあっせんしている。汚職だ。
ーー今となっては驚きもしないな。

 「生活は事実苦しいのですが、省庁と癒着した企業が通訳案内士『つぶし』に乗り出したんです。このタイミングを機に」
 「今のお話は記事にしてもよろしいでしょうか?」と尋ねた瞬間、カバンから資料を取り出した。献金リストだ。「ウラ取りもできます。構造的な社会問題として取り上げてくださるとうれしいです。僕はただの減収した身の人間でいいです」
 「このリストはどうやって?」
 「当該省庁の職員が流してくれました。元データです。理事に書き換えを命令されたのです。名前はMで名刺をお渡しします。
ーー守秘だ。さすがに一般人を危険にさらすワケにはいかないだろう?

 確かにしっかりできている。半信半疑だったが、これはホンモノだ。元データと書き換え後のデータ。両方を照らし合わせると帳じりを合わせるように作成されている。取材を終わらせて、Mに電話をかけた。だが出たのはMの妻。Mは失踪したそうだ。良心が冒されたとか、なんとか言って飛び出たそうだ。

 後日発覚したことだ。自責の念から命を絶った。まさか、だ。ただ、こればかりは不可抗力なんだ。どんな形であれ、本人の意を尊重するのが、本当の弔いだと思うんだ。

 「改ざん事件」として国会論戦の中心となった。それからだ、当時の与党が失脚したのは。

 局に戻った。デスクにすべてを話し、ウラ取りもできたと伝えた。

 だが「ああ、この件か。献金してる会社はウチのスポンサーだ。これボツ」。こんなに素早くあしらわれるとは。腐ってやがる。どこも癒着じゃねえか。  
ーー今更感しかないよな。

 「データは破棄な。よろしく。いい経験になったろ」悪い経験もいい経験だと学んだ。Mの話も話題になるに決まっている。

 「分かりました」と言い、オレは局を後にした。この業界は狭い。オレは地方紙の記者に連絡した。ここは不祥事に強い。情報を提供し、オレの勤めている週刊誌の隠ぺい体質も、明るみにする記事を書くよう頼んだ。スクープを暴いた、地方新聞の新人記者がいると耳にしていた。

 ソイツーーお前だ、キム・ジヨン。帰化名で「林良」って名前だったよな。
--オマエの名前を知ったのはモチダ経由と添えておく。

 次の日。局長が近づいてきた。

 「おいキノシタ。お前ってヤツは。何のことか分かってんだろうな!」と詰め寄ってきた。オレは開き直る態度で言い返した。

 「入局した時に学んだ『ジャーナリズムの倫理憲章』。あんなのクソくらえだ」
 --なあ?倫理なんて表ヅラは腐ってる。オレらはそん時から、裏がどこにあるのかさぐるようになったよな?
             ***
 手紙はここで終わった。

 ーーキム・ジヨン。これがオレの本名で、在日コリアン2世だ。名前を伏せているのは覚えられちまうからだ。そしてこの不祥事を取り上げた。

 オレはこの手紙をポケットにしまった。A子は今、畑仕事に励んでいる。都会に戻ると決意したオレは目を盗んで、車に飛び乗った。

 全てがグレーな世界で、ふたたび吠えてみせる。

#文学フリマ

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