いつか木漏れ日を浴びながら 8話・9話

8話

夏休みが終わり二学期が始まった。秋めいた空をチラッと眺めながら半年後の未来を思う。

受験を終えて進学が決まれば凌と過ごせる時間が増える。私はそれまで必死に勉強して志望校合格のために励もう。

私の決意は女心と秋の空という諺を寄せつけない。思った矢先。帰宅して夕食を取り、シャワーを浴びようとしたところ、私のスマホ画面にメッセージが表示された。

「大事な話があるから今から公園に来てくれる?」

私は嫌な予感がした。受験を理由に振られるのではないか。ありふれた理由で関係に幕が閉じる、そんな結末が過ぎった。

公園には参考書とノートを読み勉学に励む彼を確認した。

「来てくれたんだ。ありがとう。」
「そりゃ来るでしょうよ。大事な話なんだから。それで話って?」
「ああ、そうだね。ちょっと言いづらいんだけど。」

両腕を組み顎下に添えた彼はゆっくりと言葉を垂らした。
「俺さ、関西の医大に進学しようと思うんだ。」
「え。」
「だから大学生になったら遠距離になってしまう。」

私は口を閉ざした。もっと的確に言うと沈黙に覆われた。

「だから。先に言っておこうと思って。」

口を閉ざした私の耳に彼の言葉が滲む。私は彼の続きの言葉を待ったが数秒間ができて2人とも発しなかった。
「えっと。それで?」
私は彼に促した。
「それでって。それだけだよ。」
「うん?別れるとかじゃなくて?」
「別れないし別れたくないよ。雨の日に離さないって言っただろ。それとも遠距離恋愛は嫌?」

掴み所が無いなと改めて思う。初めて会った時からそうだった。言葉と本心が別居していて分かりづらい人だ。

そんな分かりづらい人を好きになった私は、釣り合うくらいに面倒くさいからある種お似合いだけど。

面倒くさい私は今日ばかり、素直な気持ちを伝えた。
「ううん、嬉しいよ。ありがとう。」
「そっか。良かった。」

ジャケットに手を入れた彼は星空を眺めながら本音を呟き、彼方には届かなくとも私には確かに聴こえた。

9話

落ち葉が目立つようになった師走も終わりを迎えクリスマスが近づいてきた。受験生ということもあってデートは控えることにした。その代わり1時間だけ電話して囁き合った、時折英単語を交えながら。

年が明けセンター試験を迎えた。私は志望した私立大学に合格し、彼も無事、第一志望の関西の大学に受かった。

私は明るい未来が、薔薇色のキャンパスライフを楽しめるとは素直に思えなかった。まだ18年しか生きていないけど、誰かと離れ離れになるのは辛い。

でも彼は違うみたいだ。2月末日が近づいてきたこの頃、同じ大学の合格者同士、SNSでやり取りをしている。

彼は夢に向かって前を向いていて、その夢を共有できる人とこれから仲良くなる。彼と私を繋ぎ留めるものは何があるのだろう。

思い出?情?

もうすぐ春が来るのに。桜は万人の期待に沿って咲くのに。これと言った展望を持ち合わせていない私は、少し出会いと別れが訪れる、春が怖くなった。

卒業式はつつがなく終えて、高校生とこれでサヨナラだと思うと急に何もかもが愛おしく思えてきた。

私は全てを言葉にできない。言葉にできない余白をこのまま滲ませたいと思う。感傷的に浸っている私へ親友の美咲が肩を組んで話しかけてきた。

「どうしたよ。そんなしょんぼりした顔して。私と毎日を過ごせなくなると思うと悲しいか。」

彼女の冗談まがいの言葉に私は微かな声で
「うん」と頷いた。「やれやれこの子は」と子どもをあやすようなトーンで美咲は私の頭を撫でた。

私は同性とか異性とか、そういう物差しを抜きにして彼女の人柄が好きなんだ。こんな日に改めて思う。

凌はクラスの女の子から第二ボタンをせがまれていたが難なくスルーし、私の掌にそっと差し出した。

「別に今日でお別れじゃないからな。明日か明後日あたり空いてるだろ?いつもの公園で。」

落ち着いた、格好つけた言葉の裏には感情を悟られたくない弱さが見えて可愛いなって思う。私はようやく、部分的にではあるが彼がどういう人間か掴めたみたいだ。

2日後の陽が沈む頃。いつもの公園で彼と対面した。多分、当分は会えなくなる。だから夕陽を背景に彼の姿を焼きつけたいと願う。

もう制服を着ないからか、彼の私服の着こなしはこの二日間で見間違えた。況や、私服が彼に引き寄せられたような、そんな着こなしだ。

「どうした?なんか寂しそうな顔して。」
「そんなこと無いよ。そういう凌こそどうなの。」
「俺は寂しいよね。夏休みまでの数ヶ月は会えなくなるから、できるだけ会おうと思って。」

憎たらしいと思った。私の情緒を無視してさらりと気持ちを伝える、彼の素直さが。

「そりゃ、私だって寂しいよ。」
「やけに素直だな。」
「あんたほどでは無いよ。」

そう言ってみると、苦笑いした横顔が可愛い。彼は対象を露わにして、やはり素直な感情を表した。

「これ。紫のチューリップのプリザーブドフラワー。結花に。」

差し出された紫色の花は綺麗だ。それ以上に眩しい眼差しで私を見つめる彼の瞳が綺麗だ。

私は自然と口角に緩みが出て、にこやかに「ありがとう」と言葉にした。「花言葉は?」と定番の返しでは無いだろうけれど聞いてみた。

「紫のチューリップはね。不滅の愛だってよ。」
「だってよって知らないんかい。」
「花言葉は俺が決めたわけじゃないもん。ただ、伝えたい花言葉に沿って贈るわけだし。」
「締まらないなあ、もう。」

彼は次何言おうか考えるためか、一瞬口を閉ざしたが、気付けば私の耳に忘れえぬ想いが届いた。

「離れてもずっと結花のこと思い続ける。そして。」

それから先は私の耳に優しく囁いた。連絡先を渡したあの時と同じように、耳心地の良い、私だけが聴くことのできる声で。

「いつか木漏れ日を浴びながらいつもの公園で会おう。」

それは不可能ではないが、彼の病は時間と向き合うことが求められている。彼が私を離したくない気持ちを受け取った。

そして今日、大学一年生の夏休みを迎え彼は休暇期間、こちらに戻ってくることになった。

雨が降る中、駅の改札前で私は緊張を帯びて待っていた。もうすぐ彼が来る。数ヶ月で彼はどんな変化が起きたのか。

私は会うのが少し怖くなって俯きがちになった。瞬間、温かい声が耳を通った。
「久しぶり。」

声の持ち主は数ヶ月の間でますます綺麗な顔立ちへと変貌を遂げた。
「うん。凌久しぶり。」
「外は雨だね。」
「うん。そうね。でも雨は好きだよ。」
「なんで?」
「凌に会えるから。」

彼の微笑は陽射しより眩しい。雨に囲われても彼と歩く、それだけでいつもの道なりが綺麗に見える。

ただ、それでも私は願う。いつか木漏れ日を浴びながらいつもの公園で過ごせることを。

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