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静 霧一/小説
2020年10月29日 22:49
カタン。 紅音は塩を煮物に入れ、それを元の場所に戻す。 それが運悪く、隣に置いてあった砂糖に指が当たった。 その拍子に、塩と砂糖の入れ物がガシャンと床へ落ちる。 キッチンに敷かれたカーペットが真白くなり、私は慌てて腰をおろした。 紅音はしゃがみこんだまま、「えっとえっと」と戸惑うように呟く。 口はあわあわと忙しなく動くが、目はじっとその白くなった床をじっと見つめている。
2021年2月10日 23:17
「―――痛っ!」 私は挫いた足首に顔を歪ませる。 左足を使って恐る恐る床に座ると、私はテーピングで固定された細い足首を擦った。 骨の奥を走る神経が、じんじんと鈍痛を発し、無言で私の心を殴りつける。「危ないから、今日は隅で休んでいなさい」 先生が私の背中をさすりながら優しく呼びかける。 私はその優しい声に、自分の声を殺して涙を流した。 バレエ教室の隅、鏡と壁の境界線に私は座り込む。
2021年2月7日 23:06
(序) 冷たい水の中に溺れてゆく。 不思議と、苦しいとは感じなかった。 むしろ「あぁ、私は溺れていくんだな」と、思えるほどであった。 心許なく光っていた街頭の灯りがだんだんと薄くなっていく。 私は静かに目を瞑り、「これでいいんだ」と細かな水泡となっていく命を吐き切った。(一) 水天一碧。 空と海の境界線が溶けた世界に私は棲んでいた。 たった一人、教室の隅の席で、私は佇んで
丸岡雅弘
2021年1月3日 10:22
通りを歩けば花柄のスカートが舞っている冷たい風は光の方へと流れていく誰かの大切な人が思い出の停車場で立っている不確かな未来は瓦礫の上に立っていて東雲に隠れたあなたの匂いを探している通りすがりの若者が被っていた山高帽街角の雑貨屋から流れるコルトレーンサイダーの瓶が転がっている浮浪者が風の中へ消えていく空中には魚の群れ鱗のような月の虹通りを歩けばまだ見ぬ誰かに声をかけら