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めぐり、巡り、廻る

 今、ここで、何を求められているのか。
 それを見失いかける。

 そんなことを気にする必要もないし、周りの評価が自分の絶対的な価値だなんてそんなのつまらない。そんなことだって、思う。

 好きにはまっすぐであればいい。
 本当に、そう思う。
 
 自分の立ち位置を決めるのはあくまで、自分なのだから。

 ……それでも、なんでだろう。

 こんなことばかり、思ってしまう。
 こんなことばかり、感じてしまう。

 私には、何が、足りないんだろう。
 ……いや、足りないことだらけだけれど。

 それでも、以前よりも、持ち直すことができている。
 そういう場面に出くわしても、仮にがくっと落ちても、すぐに切り替えて話すことができている。

 本当に、面倒くさいと思う。
 私はなんて、面倒な人間なのだろう。
 
 と、いうことをまったく今の職場と関係のない友人に相談しようとして、その前に友人からの話しを聞くことになった。頼んだコーヒーが手付かずなくらい、ずっと喋っている。それはそれは、ぼろくそに。それはそれは、怒り心頭、といった具合に。

 そんな話しを聞いているうちに、すっかり私は、私の話しをする気にならなくなってしまった。
 誰に相談したらよいものか、改めてそんなことを考える。

「ねぇ、ゆきはどう思う?」

 ずっと動かしていた口を止めて、今度は目が私をとらえて離さず、何事も逃さないような強いまなざしで穴が開いてしまいそうだ。
 あまりにずっと話しを聞いていたものだから声がすぐに出ず、突然の沈黙に空気も重い。

 どう思う、と言われても……

 それは大変だね、とか、それは嫌だね、なんて言うことは簡単であったが、そんなつまらない言葉を求めているわけでもないだろうし、仮に、同意が欲しいだけの相手であればそれでもいいのだろうけれど。この子は、違った。あまりに、真剣なのだ。あまりに、まじめなのだ。それがこうしたトラブルにつながりやすいものなのだろうけれど。

「ゆきが同じことをされたらどう? ムカつかない? 怒るでしょう?」

 うーん……

 私はしばらく視線を上に、いろんなことを巡らせてみた。
 それでもすなおに、それはないな、と言えた。

 その答えに不服そうな目で、けれど感情的にならず一度瞳を閉じると、疑問を投げかけてきた。

 怒ったところで何も変わらない。怒ったことで解決する問題なら、私だって怒ると思う、けれど、結局のところそんなことをしたって、相手が傷つくか、不快に思うか、嫌な気持ちになるだけで、なんにもならない。今、聞いた問題は、それぞれのやり方の範疇だと思うし、方向性がおかしいことになっていたとしても、確実に間違いか、と言われるとそうでもない。それに怒りを向けて相手を打ち負かすのなら、それは自分の正しさを押しつけるだけになってしまう。私は、そんなの嫌だし。もちろん、そのやり方のほうがよりよい方向に進むものだと、私も思うけれど、怒りよりも、話し合うほうが、時間はかかるかもしれないけれどいいと思うよ。そのやり方うんぬんよりも、もはやその人たちのことを好きになれない、っていうのもわかるし、だからより悪く見えちゃうものだよね。――どっちにしても、相手が嫌な気持ちで終わるのは、私も嫌な気持ちになるから、しないかな。

 そんな考えが一瞬で頭の中を駆け巡り、破裂しそうになる前に悟られないように深く息を吐く。そうして、そのままではなく要点にまとめて、簡易的に伝えた。

「……まあ、そう、ねぇ」

 コーヒーを飲みながら思案している様子であったが、納得いっていないものの、思うことはあったようだ。

「私も、気をつけていかないと、な」

 帰り際、ぽろっとそんなことをこぼすと、今日はありがとうね、といつもの穏やかな笑みを見せてくれる。私も思わず微笑む。そのままにこやかに去っていくその子を見送ると、踵を返して家路に向かう。

 そうして、ひとり、歩きながら、先ほど浮かんだ伝えなかった言葉を思い出す。どこから降ってきたものかはわからない。それとも、自分の中にあったものなのだろうか。私もがんばらないといけないな。そんなことも思いつつ、それでもなお、この、思考の、定まっていない感じが、未熟な私の心を蝕んでいるような、精神を侵してしまっているような、そんな気持ちに支配される。

 あぁ、堂々巡り、だな。

 いつまで経っても、抜け出せない。

 まだまだ、見失っている。
 その答えは案外、近くにあるかもしれないし、簡単なものなのかもしれない。けれど、私には、今の、私には、見えない。

 ひとり
 部屋で ひとり
 佇んで
 ため息 ひとつ
 天仰ぐ

 私は ひとり なんだ

 だから、こうして、いつも、こんなことばかり、思い、感じるのだろう。

 そんなこともむなしいほど、ただ、空気のゆれを感じながら、何も映らない瞳に、せめて描けた今日のあの子の笑顔を胸に秘めて、改めて、思考が巡っていくままに、心を任せた。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。