アベ5秒前
森と記憶と殺人、みたいな話です。
365日のうち、雨が降る日というのは平均して約100日らしい。人生は365日の繰り返しであることを考えると、人生の1/4は雨の日ということになる。私は今30歳なので単純計算で2700日ほど雨の日を過ごしてきたことになる。 今日は雨が降っている。本格的に梅雨が始まったらしい。「6月に誕生日を迎える人には、ハッピーバースデー梅雨(to you)て言わなあかんな!」とドヤ顔を見せていた親戚のおじさんはいま元気やろうか。「言わなあかん」わけないし、「な!」とこちらに同意を求めてきて
パッと目が覚めると、私は白い部屋の中にいた。 その部屋はおそらく正方形で、8~10畳くらいの広さと思われた。 白すぎて目が慣れない。ちょうど時計仕掛けのオレンジに出てくる具合の白い部屋だ。目がちかちかして頭がぼうっとしてくる。 私はイスに座っている。 目の前には私と同じくらいの年頃の若く美しい女性が座っている。 私と彼女の間には、うんちがあった。 そのうんちは、いかにも「うんち」という感じで、「大便」という雰囲気ではなかった。なんとなくかわいげがあったのである。私はこのニ
「あたしね、金魚食べれるの!ねえ!金魚ってワサビと相性いいの!意外じゃない?え、ショウガじゃないんだって思うよね!?」 『男という生き物は面白い女が好き』とネットに書いてあったから、私なりに努力したつもりが、いつも虚しい結果に終わったわ。 「その作戦やめなよ」と友達から何度もアドバイスされた。私自身もこの方法があまりよいものではないっていうのは早い段階で気づいてた。 世間のいう「面白い女の子」ってこういうことじゃないんだろうなって。男の言うことにキャッキャウフフと反応し、
アルコールにすこぶる弱く、少量飲んだだけですぐに顔がゆでた蛸のように赤くなってしまう。お酒を飲みはじめて間もない頃は、自分のキャパシティを知らないし、周囲の「飲めば強くなる」という言葉を真に受けて、数え切れないほどの失態を犯してきた。終電の東横線の車内で吐いたり、目がさめたら路上で寝ていたりと枚挙にいとまがない。 ファジーネーブルというカクテルがある。『ファジー』には「桃の皮の産毛」という意味と、もうひとつ、「あいまい」という意味もあるらしく「桃かオレンジかよくわからない味
私はそこでスマホを取り出しました。 目の前にいるのが明美なら、さっき見た着信は何なのだろうと思ったんです。 あ、そういえば怖い話で、同じような話がありますよね。 着信が入っている時刻にもう本人は死んでいた、死者から電話が入っているというような話。 夏になるとよく聞く感じの。ちょうどその時もそんな話を思い出していたんです。 状況的には似ているな、霊の仕業かななんて思いながら。 それなら今電話かけてみて明美の近くから着信音が鳴るかやってみようかと思いました。 でもそんなのは意味
飛び出したそのままの勢いで数十メートル走ったところで、スマホを回収するのを忘れていることに気づいた。 スマホがなければ何もできない。助けも呼べない。ここは電波が届くのだ。 この後の生活もスマホがなければどうしようもない。ここでスマホを見捨てれば新規契約など煩わしい作業も増える。犯人の潜むあの小屋の近くに戻るリスクとこれから先の面倒臭さを天秤にかける。ゆっくりと振り返り、小屋を見た。 ヤツはおそらくまだ小屋の中にいるはず。扉を蹴飛ばしたことで中の様子を警戒しながら近づくことが
そのまま仰向けで床に叩きつけられた私は恐怖のあまり動くことができなかった。 下手に動くと命が危ない。そんな張り詰めた緊張が小屋を支配している。 真っ暗な静寂。天井の隅の方から僅かに漏れ入る外の光は、小屋の中のものを何一つ照らすことができないでいた。 暗闇の中で私は慰みものにされた後、殺されるんだろうと思った。 だが、私をこの小屋に引きずり込んだ何者かは物音ひとつ立てずにじっとしているらしい。 しんと静まり返っていて呼吸の音すら聞こえない。 暗くてそいつがどこに立っているのか
大鍋駅西改札前。 いつものように少し遅れてやってきた明美は、 紺と白の浴衣姿で髪を巻き何やらいい匂いを漂わせていた。 いつになく気合の入ったいで立ちに祥子は驚いた。 「ごめん、遅れちゃって」 「それはいいんだけど…その恰好って」 「新しく買ったんだ。さっき美容室にも行って髪もしてもらって」 「いやなんというかその」 「どう?似合ってるでしょ」 「似合ってるんだけどさ」 「何?さっきから。言いたいことあるならいいなよ」 「夏祭り、明日だよ」 「えっ」 明美
紅葉を観に行こうとレンタカーで二時間半、都会の喧騒から離れた秘境と呼ばれるこの場所に来てみたけれど「ああ綺麗ですねー」という以上の感想は湧き上がってこない。 せめて写真だけでも撮ろうという気持ちにすらならない。 「ねーねー!二人でも撮っとこうよー!」 展望台の撮影スポットから叫ぶ明美は見事なまでの満面の笑みである。 「正直紅葉ってパッと見て綺麗ですねえで終わりじゃない?車で何時間もかけて見るようなもんじゃないと思うけどなあ。 行きは朝早かったから道すいてたけどこの人出じゃ帰
2月2日にオープンした大阪中之島美術館へ行ってきた。 京阪渡辺橋駅を降りて少し歩くと真っ黒の直方体の建物が目に飛び込んでくる。玄関前にはヤノベケンジ氏の「SHIP'S CAT」がお出迎え。入り口前のこのエントランス部分はかなり広く作られていて開放感たっぷり。天気さえよければピクニックできんじゃないかくらいの広さ。まあ係員に怒られると思うけど。 この玄関部分は実質2階部分に相当する。中に入るとエスカレーター近くでチケットを提示し、上へ登っていく。今回の開館記念コレクション展
ここにあることは、まあ、大体そのとおり起こった。今から30年前、私がまだ大学生やった頃の話である。神様、もしいるなら、あの男に最大限の御加護を。 * 私は布団の中におった。年末に友達何人かと新年の抱負を語り合った時、「2021年は絶対に早寝早起きをする」と誓ったけど、このとおり。体温が伝染した温かい布団の中で、くだらんYouTubeの動画を見とったらインターホンが鳴り「宅配便でーす」とやる気のない男の声が聞こえた。こういう時は居留守に限る。なんでかって、私はいま自分の時
工事現場の近くのお宅に訪問し「これを差し上げるのでクレーム言わないでくださいね。言ったらお仕置しますよ」とお言付けをしてエリンギを3本を渡すアルバイトしていたことがある。 ネットの募集広告には「工事現場のかんたんな清掃」と書いてあったが、実際の仕事内容これだった。 入ってすぐの頃は何度か募集要項通りに清掃を任されたが、いつの間にかキノコでクレームを未然に防ぐという奇妙な業務が私の担当になっていた。 「きのこ業者が建設会社と手を組んで詐欺まがいのことをしている」 「あのきの
「で、はやく謝ってくんない?私も忙しいのね?こんなことに時間割きたくないわけ。帰ってライブ配信しなきゃいけないわけ、わかりる?」 そう言うと女は肩にかけていたヴィトンのバッグからキャスターマイルドを取り出し、真新しいシルバーのジッポで火をつけた。ルージュココが塗りたくられた唇の隙間から漏れる煙は静かな駐車場でほんの一瞬踊ったあと溶けて消えた。一瞬、ガラス越しに、レジ店員の姿が見えたが気にせず続けた。 「ねえ、なんとか言ったらどうなの」 女と向かい合っていたスーツ姿の男性
はじめに中学校の修学旅行というのは小学校のそれよりも自由度が高くなります。自由時間も多くて、お小遣いの上限も少し上がります。しかし、残念ながらどこに行ったのか、誰と同じ班だったのか、何を食べたのか、などの思い出らしい思い出についての記憶は一切ありません。覚えているのバスの車内のことだけです。正確にいえば最後の観光名所から宿舎に戻るバスの車内での出来事。それしか覚えていないのです。 綺麗でかっこいいバスガイドおよそ30名の僕たち生徒は、バスガイドさんに夢中でした。とても綺麗で
中学2年生の美術で、「理想の島の絵を描く」という授業があった。 「他の生徒よりも抜群いいものを描きたい」「俺だけ名指しで褒められたい」「俺こそ唯一無二の才覚の持ち主なのだ」という気持ちがすこぶる強かった。我ながらなかなか厄介なこじらせ方だ。 ただ絵自体はえげつなく下手くそで、デッサンや似顔絵は幼稚園児に毛が生えたレベルだった。単純な絵の巧さ勝負なら負けは見えていた。そんな角度から放り込んでくるかね!というような、前衛的なものが描きたくて、美術の教科書や便覧的なものを隅々ま
いくらその言葉自体がウケるものでも、思い当たる節があるとあまり笑えない。「ハゲってマジおもろいよね!ギャハハ!」と言われても、聞いている側が薄毛に悩んでいたら笑えないのと同じ。久松の目はしっかり私の眼球の奥を掴んでいる。どうやらボケているわけでもない。一個のボケのためにここまで連れてくるほどギャンブラーなやつでもない。真剣に私に問うている。お前は本当に筆圧が強いのか?と。 『筆圧?んー。確かに強いかも。大体の人より、濃いな』 「それはいじめられてるからなの?内に秘め