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短編『ほんとうの友達』#1

 紅葉を観に行こうとレンタカーで二時間半、都会の喧騒から離れた秘境と呼ばれるこの場所に来てみたけれど「ああ綺麗ですねー」という以上の感想は湧き上がってこない。 せめて写真だけでも撮ろうという気持ちにすらならない。 「ねーねー!二人でも撮っとこうよー!」 展望台の撮影スポットから叫ぶ明美は見事なまでの満面の笑みである。 「正直紅葉ってパッと見て綺麗ですねえで終わりじゃない?車で何時間もかけて見るようなもんじゃないと思うけどなあ。 行きは朝早かったから道すいてたけどこの人出じゃ帰り絶対渋滞じゃない?明日朝から仕事だから早く帰りたいわ。 マジなんで連れてきたの?一人で来ればよかったんじゃない?写真『でも』て言ってたし。でもって何?でもって!?」 と、言いたいところをぐっと堪えて、持前の絶対にバレない愛想笑いを発動させ小走りで明美の元へ駆け寄る。 パシャパシャと4枚ほど撮った(というか撮られた)ところで明美のiPhoneが鳴った。 画面にはでかでかと「拓弥」という文字と共にサングラスをかけた色黒マッチョの顔が写し出されていた。 「ごめん出てもいい?」 「どうぞどうぞ」 さっきまでよりも2トーン高めの声で話しはじめた明美はそのまま展望デッキの端の方にいってしまった。

 残された私は目の前に広がる絶景と呼ばれている景色を改めてまじまじと観察してみたが結果は変わらず、これの一体何がいいのか全くわからなかった。 確かに綺麗だとは思う。自然っていいねとも思う。と同時に、だからなんなんだとも思ってしまうのだ。きゃぴきゃぴしたカップルの「そこは一番いい感じで景色が見える場所なんだ。はやくどけやババア」という熱い眼差しに気がついて足早にその場を離れる。 あと何時間で帰れるのだろうか。同窓会で十年ぶりに会ってまた遊ぶようになったものの、何度か遊ぶうちに性格が合わないのではないかという気がしている。 高校時代の親友といっても十年の間にお互い価値観も変わっていて当時のようになんでも楽しい、とっても仲良しとはいかないようだった。 というかこんなことを思ってしまう時点でもう「仲がいい」とは言えないのではないか。 ってかそもそも仲がいいって何なんだ。答えのない一人会議をしながら展望台をぐるっと回ってみる。 メインの展望スポットのちょうど裏側に細い道があるのを見つけた。

 道、というよりも穴という方が正しいかもしれない。うっそうと茂る木々の青々しい葉の壁にぽっかりと、縦2.5メートル・横1メートルほどの空洞があった。 森のトンネル。ぽっかりと口が開いた。振り返って明美の姿を探す。デッキの端の方でまだ電話をしているようだ。 もう会わないかもしれないな、と思った。この後夕食を食べて温泉に入り一緒に帰る予定はある。 だけどもうこれっきりかもしれない、と思った。 この細い道の先に何があるかはわからない。小さな祠にさえ案内板があったというのにこの道には何の案内もない。この道の先には何もないか、何かあったとしても大したものではなさそうである。私はゆっくりと森の中へと足を踏み入れた。 太陽の光が遮られているからだろう、中は薄暗くひんやりしていた。 目を細めて奥の方を見やる。ただ森が続いているだけだった。 行けるところまで行ってみよう。明美に「ちょっと、お腹痛いからトイレ探してくる」とLINEを入れて、歩き出した。 100mほど歩いたところで徐々に視界が開けていく。何気なく後ろを振り返る。もうどこから入ってきたのかわからなっていた。すこし不安になる。 だけど私が歩いているのは一応、人が歩くように作られた道のはずだ。ここを歩いている限り本当の意味で迷うことはないはず。そう言い聞かせた。 そこからしばらく道なりに進んだ。森の中だというのに、ほとんど起伏のない平坦な道だった。

 だんだんと辺りは暗くなっていき、次第に小雨が降り始めた。上空から降ってくる雨が一旦木々の葉を濡らす。 雨水はしぶきとなって空気中に舞い、霧となる。視界がぼんやりとしていく。濡れた身体はどんどんと冷えていく。 一歩、また一歩と、地面を踏みしめる度に足の裏からエネルギーが吸われていくような気がした。 自分の体力のなさに絶望しながら、どこに向かっているかわからないまま、とにかく歩いた。 四十分は歩いただろうか。目の前に古い木造の小屋が現れた。いくらなんでも怪しすぎる小屋だ。 周りを木々に囲まれて展望スポットから四十分歩かないと辿り着けないところにあるこの感じ。 しかしとにかく疲れ切っていた私にとってはそんな怪しさはどうでもよかった。はやく屋根のあるところで休憩したかった。 外から見た感じ中に誰かいる気配はなかったし木材もところどころが朽ちている。何年も置き去りにされた取り壊し忘れの建物だろうと、疲れて一刻も早く休みたい自分に都合のいいストーリーを描いた。

 唯一ある引き戸の前に立つ。ふいに鼓動が早くなるのを感じる。ゆっくりと引き戸に手をかける。 す、っと、驚くほど簡単に戸は動いた。隙間から片目で中を覗く。暗くて何も見えない。 目が慣れれば何か見えるかと思いしばらく目を凝らしていたが結局なにもわからなかった。 その時明美から電話がかかってきた。私は引き戸をぴたと閉め、戸を背にして電話に出た。 頭上にちょうど屋根がかかっていてスマホが濡れる心配はなかった。 「もしもし?」 「あーもしもし」 「いやあんたどこいんの?」 「いやだからトイレを探しに」 「あんたさ、もしかして、中、入った?」 背中ですーっと戸が開くのを感じるのと同時に、私は何者かに髪の毛を鷲掴みにされ小屋の中へと引きずり込まれた。 ぴしゃ、と引き戸が閉まる音がした。

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