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短編『ほんとうの友達』#3

 そのまま仰向けで床に叩きつけられた私は恐怖のあまり動くことができなかった。 下手に動くと命が危ない。そんな張り詰めた緊張が小屋を支配している。 真っ暗な静寂。天井の隅の方から僅かに漏れ入る外の光は、小屋の中のものを何一つ照らすことができないでいた。 暗闇の中で私は慰みものにされた後、殺されるんだろうと思った。 だが、私をこの小屋に引きずり込んだ何者かは物音ひとつ立てずにじっとしているらしい。 しんと静まり返っていて呼吸の音すら聞こえない。 暗くてそいつがどこに立っているのかもわからなかった。 私をこの小屋に引きずり込んだ何者かが、そもそも存在するかどうかすら怪しくなるほどの静寂だった。 とにかくこの部屋に入って私が最後に聞いた音は扉が閉まる音だった。 私は目を閉じて来るべき時を待った。 それは私が暴行される時なのか、殺される時なのか、はたまた助けが来る時なのか自分でもわからない。 とにかく何かが起こるのを待った。

 何か大きな固い物が倒れる音を聞いたのと同時に右足に鈍痛が走った。 どうやら倒れた椅子が私の足に当たったようである。誰もいない部屋で椅子が勝手に倒れるなんてことはあり得ない。この部屋にはまだ確実に私以外の人間がいる。 じっと、動かないことだけを意識した。 何かと何かが擦れるような音が聞こえる。 普段の生活なら聞き漏らしてしまうだろうほどのかすかな音だったが、 静寂の中でははっきりと捉えることができた。 規則的に、一定のリズムで聞こえてくるその音の正体を探った。 音は私の目線の先、つまり天井付近から鳴っているらしい。 何と何が擦れている音なのかを探ろうと 意識を集中した。 だが聞こうとすればするほど音は段々と小さくなっていき、やがて完全に消えてしまった。

 咳ばらいをしてみる。 相手の様子をうかがう。無音。 続いて、手のひらで床を軽く叩いてみた。無音。 私はゆっくり、仰向けのまま、扉の方に身体を動かしていった。かなりの賭けだがこうでもしないとそろそろ私の気が狂ってしまう。 全身を使いながらゆっくり移動する。蟻と同じくらいの速度でゆっくりと、しかし確実に。 足が扉についた。そこからさらに30センチほどお尻を扉に近づけたところで思い切り扉を蹴り込む。 扉はけたたましい音を立てて外ればたんと倒れた。一気に外の光が小屋の中に差し込む。 先ほどまであれだけ興味のあった音の正体や、私を小屋に引きずり込んだ者の正体など一瞬も考えず、 慌てて小屋を飛び出した。


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