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短編『ほんとうの友達』#5 (完)

 私はそこでスマホを取り出しました。 目の前にいるのが明美なら、さっき見た着信は何なのだろうと思ったんです。 あ、そういえば怖い話で、同じような話がありますよね。 着信が入っている時刻にもう本人は死んでいた、死者から電話が入っているというような話。 夏になるとよく聞く感じの。ちょうどその時もそんな話を思い出していたんです。 状況的には似ているな、霊の仕業かななんて思いながら。 それなら今電話かけてみて明美の近くから着信音が鳴るかやってみようかと思いました。 でもそんなのは意味がない。明美のスマホはそこから少し先にある池の底に沈んでいることを知っていましたから。 霊の仕業なんかじゃない。死ぬ前に連絡していたことも私は知っていました。

 着信履歴には間違いなく明美の名前がありました。でも最後に着信があったのは20時間も前でした。 20時間。ちょうど私が小屋にいた時間と同じです。明美も一緒に。 緑の森の光の中で白く揺れる明美にゆっくりと近づきました。 少し冷静になった私は倒れた椅子を起こし、明美の傍らに腰かけました。 小屋の中から二人で森を眺めました。今まで見たことのないほど綺麗な森でした。 そして昨日のことを思い出しました。


 明美が電話をしている間、私は一人になってしまったので 展望台の裏にあるアーチのような木々をくぐって森に入りました。 ちょっと覗いてみよう、数分で戻ろうと思っていました。 でも気がついたら、すっかり暗くなっていてしとしと雨も降っている。 来た道を振り返りました。霧がかかってよく見えませんでした。 一度身体を反転させたことで方向感覚がなくなってしまいました。 あ、迷うってこういうことなんだなと。 ちょうどその時ポケットのスマホに着信が入りました。 明美からでした。
「もしもし。」
「祥子!?どこにいるの!?」
 明美の声はひどく上ずっていて、なんというか興奮している感じが伝わってきました。
「ごめん、森の中にいる」
「森ってどこ?この辺全部森じゃん!」
「展望台の裏のとこから入れる。結構奥まで来てて…あ、小屋がある」
「わかった」
 電話が切れた後、何か嫌な予感がしました。 明美が何かを言い淀んでいることは明らかでしたから。 電話で伝えたくない何かがあったんだ、と私は理解しました。 ですが、そのことについて考えたって仕方ありませんでした。

 私は電話中に見つけた小屋に向かいました。 ところどころ木が腐っていて玄関前にも雑草が生い茂っていました。 もう何年も使っていないようで、運よく鍵はかかっていませんでした。 中には大きな段ボール箱が2つと、木製の椅子と机が1つずつ。何年も使われていない小屋らしくカビと埃の混ざった独特なにおいがしました。

 私は椅子に腰かけて二つある段ボールのうちの片方を引き寄せて中を見ました。 いわゆるガラクタばかりが入っていました。 私は遭難した時に使えそうな何かがないかとガラクタを漁りました。 結局、もう一つの箱も漁りましたが懐中電灯や非常食みたいなものはほとんどありませんでした。 一つだけ、直径20ミリ、長さ3mほどの白いロープがあったので、それだけは取り出しておきました。

 私は私を呼ぶ声で目を覚ましました。 何分ほどかわかりませんが疲れて居眠りしてしまったんです。小屋の外から私を呼ぶ声が聞こえる。 ドアを開けると少し遠いところで私を探している明美が見えました。呼びかけると明美は小走りでこちらまでやってきました。

「祥子、落ち着いて聞いて」
 息を切らした明美が呼吸を整えながら言う。
「いやごめん。ちょっと散歩しようと思って。置いてっちゃってごめん」 「その話は今いい。今から私が言うことを落ち着いて聞いて。」
「その話は、楽しい話?」
「楽しい話じゃない。これは電話で伝えたらどうかしちゃうと思って。そばにいてあげないとと思ったから、探してきたのよ」
「・・・何?」
「祥子のお父さんとお母さん、殺されたって」
「そういう笑えない冗談、よくないよ」
「誰もあんたに連絡つかなくてあたしのところに連絡が来たのよ」
「へえ」
「へえ、って。どうしてそんな冷静なの?死んじゃったんだよ」
「あんたが殺したんでしょ」
「祥子、何言ってんの?」
「同じなんだよ。お前が殺したも同然なんだよ」

 この時私は自分の言ってることがおかしいだなんて全く思いませんでした。 こんなことを言うとよくないかもしれませんが、今でもおかしいとは思いません。私は正しい選択をした。 両親が殺されたことと明美が関係ないじゃないかという人がいますが、それは違います。 関係あるんです。だって伝えに来たじゃないですか。わざわざ。聞きたくもないことを。 大好きな両親が殺された。20代の若者に。金が欲しかったという理由で。殺された。それを彼女は伝えに来たんです。私は知らないでもよかったんです。知らなきゃそこそこ普通に暮らしていけたはずでした。

 遅かれ早かれ知ることになった?そんなことはどうでもいいんです。確かに、あの時明美から両親が殺されたことを聞いていなかったとしても、その翌日には警察や他の親族からそのことを知らされていたかもしれません。たまたま明美だっただけです。一番最初に事実を突きつけてきた人を殺していたと思います。今考えればの話ですけどね。どうあれ明美は伝えに来た。伝えに来なければ私の両親はずっと生き続けていたんです。明美は私の両親を殺した。だから私は明美を殺したんです。

 とりあえず座って話そうと椅子に座らせて後ろから首にロープをかけました。右手と左手のロープを一つに束ねて後ろ向きに肩に担ぎゆっくりと重心を下げていきました。10秒くらい、かかりました。その後、吊るしました。この吊るす作業が結構時間がかかっちゃって。腰を痛めてしまいました。一応写真も撮りました。見ます?ほら。自殺に見せかけるために吊るしておいたんです。 そして明美のiPhoneも処分する必要がありました。 小屋から少し奥に行ったところに小さな池があったのでそこに投げ捨てました。

 私は頭上でゆらゆら揺れる明美を見ながら、この一部始終を思い出していました。 でもこのまま街に戻れば時期に私は捕まってしまいます。 ですから私はその小屋で、ストーリーを作り上げたんです。 明美の死体の横で、こうなるに至るストーリーを作りました。 これなら時系列的に私を小屋に引きずり込んだ人物と明美を殺した人物が同じ奴ってことにできると思ったんです。 今考えれば穴だらけのストーリーですけどね。

 あの事件の後、今まで約10年間、取り調べや雑誌の取材、友達や親戚から何度もその時の状況を聞かれました。 毎回微妙に違うストーリーを喋っていたかもしれませんね。 事実がないことを話すのでどうしてもブレてしまいます。 ただそれが逆にリアリティに繋がったのか、どういうわけか私はここまで逮捕も起訴もされていません。どうなんでしょうか、若いころに診断された精神病の診断が、何かいい方向に働いてるんですかね。責任能力とかなんとか言うじゃないですか。

 ああ、美樹っていうヤツにはバレていたみたいです。 先週の夏祭りの時にあんたが殺したんでしょって言われちゃいました。ああそういえば、と思ってあなたたちに会っておかなきゃいけないと思いまして。 いきなりお邪魔して長々お話してすみません。 でも明美さんのご両親には本当のことを知ってもらいたくて。ほんとうの友達でしたから明美は。 明美は自殺したんじゃなくて私が殺しました。

 殺人罪には時効がないので、今から私を裁いてもいいと思います。 でも、そんなことに意味ってありますかね。 っていうか、自殺したと思っていた娘が仲のいい友達に殺されていたと知って これから生きている意味ありますか? だってこの10年間明美が自殺を選んだことについて、どうして助けてやれなかったんだとか そういうことを色々考えて、泣いて、悔やんできたんですよね。 それが、なんの意味もなかったんです。知らなくていいことってありますよね。知ってしまった瞬間に世界の色が変わる。 これが、まさにあの日、明美が私にしたことです。 知らなくていいこと。でも本当のことです。

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