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短編『ほんとうの友達』#4

 飛び出したそのままの勢いで数十メートル走ったところで、スマホを回収するのを忘れていることに気づいた。 スマホがなければ何もできない。助けも呼べない。ここは電波が届くのだ。 この後の生活もスマホがなければどうしようもない。ここでスマホを見捨てれば新規契約など煩わしい作業も増える。犯人の潜むあの小屋の近くに戻るリスクとこれから先の面倒臭さを天秤にかける。ゆっくりと振り返り、小屋を見た。 ヤツはおそらくまだ小屋の中にいるはず。扉を蹴飛ばしたことで中の様子を警戒しながら近づくことができる。こちらに気づかれたら逃げればいい。 一直線に走ってきた道をゆっくりと戻りながら、必死にスマホを目で探した。

 この時はじめて雨が止んで陽の光が差し込んでいることにのに気づく。 やや強い風が木々を揺らし葉が舞う。 嘘のようないい天気だった。すべてが嘘であってほしいと思った。 よくよく考えると雨に濡れてスマホはもう動かなくなっているかもしれない。 わざわざ危険を冒して小屋に再び近づきやっと回収したスマホが水没していてもう使えません なんていう展開は十分にあり得る。 その時、ブーッブーッとバイブレーションの音が聞こえた。 喜びとともに目で音のありかを探す。扉を蹴り飛ばした時か、小屋から飛び出した時かいずれかのタイミングで私はスマホを蹴り飛ばしてしまっていたらしい。小屋から3メートル離れたところでスマホを見つけた。 歩く速度をあげ、スマホを拾う。母親や弟、仲のいい何人かの友達、そして明美から恐ろしい数の着信が入っていた。 これ以上心配をかけるのはよくない。ひとまず家族のグループLINEに「無事です。もうすぐ帰ります!」とだけ送った。

 そうしてスマホをいじっているとき、誰かに見られている気がした。 小屋の中だ。小屋の中から誰かがこちらをじっと見つめている。 私は意を決して、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げていく。 目を細めて小屋の中を見る。何か白いものが揺れているのが見えた。 胸のざらつきを感じる。 揺れる者と目が合う。その正体が何かわかったとき、私はすべての感情を失った気がした。

 小屋の中で風に揺られる白いもの。
 それは首を吊った明美だった。

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