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『私がまた人だった頃の話』

「あたしね、金魚食べれるの!ねえ!金魚ってワサビと相性いいの!意外じゃない?え、ショウガじゃないんだって思うよね!?」

『男という生き物は面白い女が好き』とネットに書いてあったから、私なりに努力したつもりが、いつも虚しい結果に終わったわ。

「その作戦やめなよ」と友達から何度もアドバイスされた。私自身もこの方法があまりよいものではないっていうのは早い段階で気づいてた。
世間のいう「面白い女の子」ってこういうことじゃないんだろうなって。男の言うことにキャッキャウフフと反応し、よく笑い、気持ちよく話をさせる相づちを打てる女。それが「面白い女の子」なんだと。
でも当時の私はまだ若くって自分のした決断が間違っているって認めたくないっていう頑固さがあった。
「この作戦は失敗で、これ以上続けても成功は望めない」と悟ったのは、はじまりから半年経ってからのことだった。

その頃にはもう「変なことを言う」「変なことをする」のが癖になっていた。
身体に染みついちゃうってこういうことか!と、軽い感動すらおぼえた。
その日は小雨が降っていたけど傘をささずにスキップしながら濡れて帰った。
途中で電柱を抱きしめたり、側溝に肘を漬けてみたり、飲食店の裏に置いてある水色の大きなゴミ箱を蹴っ飛ばしたりした。
いつもは5分で帰れる道を、20分かけて帰った。

もはや自分では行動・言動を制御できなくなっていた。気が付くと何か問題のある行動を起こしてしまっている。

朝早くからパチンコ屋の抽選入場に並んでいる独身男性たちや、オンラインカジノで親の貯金を食い潰す大学生、その他すべてのギャンブル依存症患者たちに共感した。
頭では無利益なことだってわかってる。それがいかに馬鹿げた行為で今すぐにでも断つべきものだって理解してる。だけど脳や身体のコントロールが効かない。

ふと気がつくと奇天烈な発言が口から散弾銃のように吐き捨てられてる。
床に散らばった銃弾の残骸を見て、ああまたやってしまったとうなだれる。
やりたくてやってるわけじゃない

どんなに気をつけていても無駄。
つい先週も相席居酒屋でもやらかした。
「これは私が朝青龍と一緒に台湾で人間ボーリングしてた時の話なんだけど」というすべらない話を30分話し続けて男性陣をブチギレさせてしまったのだ。
金返せって言われた。お前の独演会見にきたわけじゃねえんだ、って。

「私のせいでこの会が失敗に終わるなんて申し訳ない!」という自責の念は即座にやってくる。毎回、謝ろうって思うのよ。でも思うだけ。
突如立ち上がった私は走り出し、店の厨房にいたアルバイトの女子大生の首根っこを掴んで席に戻った。
「私の代わりにこの子が謝ります!どうぞみなさんお手持ちの九条ネギを高らかに突き上げて!ご唱和ください!せ〜のっ!『ネギを値切ろう!』」
って叫んじゃってた。

そんな私でも結婚したいっていう気持ちがあった。
いい人と巡り会いたい、こんな私を受け入れてくれる人はきっとどこかに必ずいるはず。
そんな幻想を抱きつつ、飽きもせず私はまた合コンに参加した。
この日は記念すべき60回目の合コンだった。
尋常ないほど気合を入れた。服も新調、美容室にも行き、ネイルサロンにも行った。
今回こそは変なことを言わないようにと神社にお参りをした。
極め付けは先祖のお墓参り。ここまで準備したのははじめてだった。空は青く澄み渡っていた。大丈夫だと確信した。

現実は甘くない。会がはじまって、男のうちの一人がサラダを取り分けている姿を見た。
その途端私はテーブルの上に登り大きな声で「取り分けるサラダ!健康になるカラダ!なぜ取り分けるのか!お前の目当てはお持ち帰り!つまりランデブー!マジでジーザス!ここでクライマックス!」とリズミカルに歌ってた。
ラップなんかやったことないのに割とクオリティ高めの韻を踏んでた。つかの間絶望的空気が流れた。店員さんには「テーブルの上に立たないでください」と冷静に怒られた。
呆然とする男性陣と裏腹に、私の友達たちはこんな状況には慣れっこだった。とんでもない地獄の空気から、なんとか楽しく会話できる状態まで上手に軌道修正をしてくれた。
申し訳なさと感謝で胸が張り裂けそうになる。だけど気づいたら向かいに座っていた男の鼻の穴に枝豆をぎちぎち詰めてしまっていた。また軌道修正してくれた。
もう二度とやらない!と心に誓った3秒後に斜め前の男にカルーアミルクをぶっかけてしまっている。

事件・解決の流れを4、5回繰り返したあたりで私の斜め右前に座ってた男が急に「ちょっと、いいですか」と迫ってきた。「ちょっと一瞬外出れますか」と。
合コンにおいて外出れますか?はもう完全に狙われてるパターン。ついにこの時が来た。
とんでもなく嬉しくてニヤつきそうになる表情筋を理性で殺しながら男についていった。
待ち望んでいた、私を認めてくれる人がついに現れた?いや待て。もしかしたら軽い女だと思われてホテルに連れていかれる可能性もある。
テーブルの上で楽しげに「お持ち帰り!」って歌っちゃってるし。もしそういう目的だったら私は逃げる。私にだってプライドはある。

店の裏側にあるゴミ置き場の近くで二人きりなった。

「あの、優子さん、でしたっけ」
「はいそうです」
「初対面でこれは少し失礼かもしれませんが」
「はい」
「ずっと変なことをして、変なこと言ってますよね」

私の読みは外れた。こいつは運命の人じゃないし、身体目当てでもない。
ただのクレーマーだった。でも今まで私のやっていることについて真剣に対峙してくるというか、メスを入れてくる男なんていなかったから、大した度胸だなと思う反面かなり動揺した。

「はい?あの、あれは、わざとやってるんじゃないんです。意思に反して、やってしまうんです。すみません、本当に」

変だ。いつもならこんな状況のときは必ず突拍子もないおかしなこと言っているはずなのに。
普通に謝罪している。まるで私が本当に申し訳ないとでも思っているかのように。

「違います」
「え?違いますって、何も違いませんよ」
「あなたは、わざとやっています。わざと変な女を演じているんです」

一瞬何を言ってるのかわからなかった。私はこんなに苦しんでいるのに、なぜそんな事が言えるんだろう。
こいつは頭がおかしい。どうして自分が損しかしないようなことを私がすすんでやるの。
この時だった。私が自分の背中に何か特別な違和感を感じはじめたのは。

「何を言ってるんですか?」
「あなたは突拍子もない事を言ったあとの周囲の反応、その状況が快感になってしまっているんです」
「快感?」
「いじめっこと同じです。一部の凶悪犯罪者とも似ています。」
「ちょっとさっきから何を言っているんですか」
「すなわちあなたの本能が『他人が困っている顔』を欲してるんです。あなたは人が困惑している顔見るのが大好きなんです。」

肩甲骨の間辺りから生温いドロドロした液体が這うように身体を伝っていくのを感じる。

「何を言ってるのかわかりませんが、違うと思います。私は毎回反省していますし、自己嫌悪にも陥りますし」

背中でスライムような液体が背中を起点に四方に広がっていき迅速に私の皮膚を覆っていくのがわかった。
背中一面まで広がったそのドロドロした液体は、肩を乗り越え上半身を覆っていく。それからすこし遅れて腰のあたりから太ももの方へと感触は移っていく。
両手がその液体よって、赤茶色に染まっているのを見る。徐々に熱を帯びて湯気が立ち上る。
赤茶色から、金属が溶けるときの鮮やかなオレンジへ変わっていった。マグマみたいだと思った。
しかし全く痛みを感じない。不思議だった。ぱちぱちと筋肉や皮膚やらの細胞たちが壊れていく音を聞いた。
私は極めて冷静に、自我を保ったまま自分の身体が壊れていくのを観察していた。

「もう一つ重要な問題があって、あなたは『変な事を言う自分』にも酔っています」

淡々としゃべり続けている男の目の奥を見ながら、自分の身体が液体と同化していくのを感じていた。

「周りの女の子が到底口に出せないような突拍子もないことを言ってしまえる自分に酔っているんです。これは重症です」

なぜこの男はこうして平然と話し続けられるんのだろうか。さも最初からすべてわかっていました、とでも言わんばかりの冷静さだ。
感情が死んでいるのだろうか。反応すると私が喜んでしまうと考えて意識的に無視しているのか。
女の子が、目の前で女子が、灼熱の液体に溶かされていってるのに、なんともない顔でずっと私を責め立てる。
こいつの方が私よりよっぽど重症で、自分に酔っているなと思った。

彼は、やがて私が完全に液体と完全に同化しアスファルトにへばりつくまで話を続けていた。
私がアスファルトと同じ冷たい温度になった頃には男もいなくなっていた。当然、合コンも終わっていた。また失敗した。60戦0勝。

ヘドロ状になった今はこのゴミ置き場を拠点に生活をしている。人目につかないから都合はいい。
昨日はすごくタイプのイケメンが私の近くを通ったので、這いながら近寄って
「やあ!そこのお兄さん!どう?最近ジェンガ食べながらバイク旅してる?」と話しかけた。

無視された。

女友達とも連絡のとりようがない。
だから、次の合コンはいつになるかわからない。

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