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七田の”文章”小説:『想うもの』

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書き出し版、文章小説『想うもの』。 小さな者の 小さな想いが 長い年月をかけて成長する…そんな ほんわかなお話です。誰かを”想う”形に こんなものもあるんだよ と、大好きな人に向… もっと読む
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小説:『想うもの』‐012

小説:『想うもの』‐012

マガジンはこちらから。(音声はちょっと休止)

第1話はこちら
第11話はこちら

その年の おばあちゃんの笑顔は格別だった。
私を見つけた瞬間に溢れんばかりの涙を浮かべながら 「良かった 良かった」と、私を愛おしそうに撫でまわしてくれた。その後ろで広く深く広がる瞳で微笑んでいてくれた大木。その長く太い枝で おばあちゃんと私を雪から守りながら、そっと見守っていてくれた大木。
おばあちゃんの喜びを一

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小説『想うもの』‐011

小説『想うもの』‐011

随分と時間が経ってしまいましたが、『想うもの』再開させていただきたいと思います。更新はヘッダーをリニューアルしましたので、よろしくお願いします。マガジンはこちらから。(音声はちょっと休止)

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第10話はこちら

あれからまた12年の月日が経ち、 私は未だ毎春こうして土手の上を見上げている。
暗闇から抜け出した翌年に、地上に顔を出した時の眩しさは今でもよく覚えている…。

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小説 『想うもの』:001

小説 『想うもの』:001

冷たく そして薄く
まるでそこに存在しないかの様にまで透き通った氷下で 小さな魚たちが群れを成して泳いでいる。
水中で 時が止まっているかの様に 前にも後ろにも進まず 尾びれがけが呼吸する。水の流れは穏やかながらに 確実に 膜を張った氷を溶かしていた。春がやってくる。

昔の暦は 睦月 如月 弥生の三ツ月が春だった...私は生まれてすぐ そう教わった。
そして今でもこの月々は春であると 自分の身体

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小説 『想うもの』:002

小説 『想うもの』:002

重く冷たい 身を裂くような寒さを纏う粉雪 その中にも暖かさと優しさを持ち 私はそんな雪の暖かい部分に包まれている。私に触れると同時に 少し型崩れをする雪は 頑張れと私に囁きながら 勇気をくれていた。
背の高い木から滑り落ちた雫が水面に敷かれた氷を叩く音を聞くたびに 魚たちの驚く姿を思い描きながら 時が動く瞬間を味わっている。私が地上に顔を出した時には 辺りは 根の息と暖かな地面の後押しで 少し雪が

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小説 『想うもの』:003

小説 『想うもの』:003

その年 もうすぐ弥生となる頃 いつもの足音に重なって 小さなおぼつか無い足音が聞こえてきた。その歩調は速く そして軽く 雪を押し踏む重さもない程の ものだった。
時折 雪の上を滑りゆく様な音を出し、時折大きく飛躍する様な間もあった。音にすると大木の枝から滑り落ちた小さな雪の塊が地面に落ちるような そんな音。少し経つと もう一対の足音が スピードを上げて後ろから追い付いてきた。顔にかかる雪を 身をふ

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小説 「想うもの」:004

小説 「想うもの」:004

大木を撫でるように下ろした”おばあちゃん”の手は また彼への手と繋がれた。大木もまた目を開け 精一杯のありがとうを 広がった枝をサワサワと揺らし 二人に送っている様だった。

ー ”さて、ここから7歩だよ。”

”おばあちゃん”が言った。
あと7歩…。私の胸の高鳴りは 地中の者に聞こえてしまわないかと不安になるくらい響いている。彼女がこの土手下に来る理由は 大木に会うためでもあったと どこかでそう

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小説 『想うもの』:005

小説 『想うもの』:005

音声配信の最後でご紹介したバックグラウンドミュージックの詳細は最後に書かれておりますのでみてみてください。

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ー ”かわいいねぇ!!!”

ハッとした。張ち切れんばかりの笑顔で ニカっと笑いながら彼が言った。
屈託のない その笑みから零れ落ちた一言が私に向けられたものだった事に気づくのに 何秒かかっただろうか。
生まれて初めて可愛い

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小説:「想うもの」:006

小説:「想うもの」:006

どのくらいたっただろうか…少し湿った土の温い暖かさに包まれながら 私は目覚めた。

あの手の中で 3人の楽しそうな会話を聞きながら目をつむったのが 私の最後の記憶だった。頭がまだ朦朧とする中 私は 最後の記憶の糸をつまみ 一瞬たりとも見逃さないように 全ての時を手繰り寄せる。
私の根は一つ一つを鮮明に記憶していてくれた。彼の笑顔も ぬくもりも 全て…なんて心地の良い幸せな記憶なんだろう。

翌年も

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小説:「想うもの」007

小説:「想うもの」007

彼を見つめ守り数年が立ち、私の”想い人”は黒ずくめの洋服を纏い 二輪車に乗るようになった。そのせいもあって 土手道時間は一瞬に過ぎ去るようになり、それでもなお 私は彼を見つめる時が待ち遠しく 自分の短い地上時間を一日でも長くと 急いで頭を雪に押し付けていた。

鞄を左肩に斜めに掛け たまに片腕をたらしながら片手運転をしていたり、何やらぶつぶつとつぶやいていたりする時もあったが たいがいはまだ眠そう

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小説 :「想うもの」008

小説 :「想うもの」008

たまに雲の形を見て遊んだり、自分にあたる雨粒を数えてみたり。
土手道では 真っ白な息をリズムよく吐き出しながら 駆け去っていく人、下を向いて本を読みながら歩く人…手袋をつけていて頁をめくれないのか、道中必ず一度は立ち止まって 手袋を外し ごそごそしてから 再度歩き出す。
毎日ここを定時で通る とある男の人は 息で曇ってしまっているのであろう 決まって眼鏡を何度か吹くために立ち止まる。そのタイミング

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小説「想うもの」:009

小説「想うもの」:009

その光景を目の当たりにした時、私は唇を固くかんでいた。
悲しいとか 怒りとか そんなものではなく、ただ少し 今まで吹いていた風が より一層冷たく感じられる…そんな思い。
10年以上の月日が経って、幼かった記憶が鮮明に残っているはずもないと どこかで分かってはいたはずなのに、また何処かで 覚えていてくれればなと 望む自分もいた…。

大木が蹴られている事よりも、大木との記憶が無ければ 自然と自分との

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小説:『想うもの』010

小説:『想うもの』010

第1話はこちら
第9話はこちら
マガジンはこちら(1-10話まで全て載っています)

いつもだったら 地中で目を覚ます時を迎えても、 私の意識はまだ小さくまぁるい塊だった。何も聞こえず 何もみえず、何の感覚もない まぁーるいかたまり。
自分の心の声のみが 心の中で響き渡る。
今はただ じっと何も考えずに ただじっと。それが良い。それで良い。
今 何か考えたら、この塊さえも消えてしまいそうだから…。

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