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小説《魂の織りなす旅路》

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光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの…
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#父親

連載小説 魂の織りなす旅路#10/胎児

連載小説 魂の織りなす旅路#10/胎児

【胎児】

 胎児は見えない夢をみる

 見えない母親の夢をみて

 見えない父親の夢をみる

 見えない母親に波長を合わせ

 見えない父親に波長を合わせる

 そうして 

 見えない羊水に身を浸し

 見えない羊水に身を溶かした胎児は

 始まりの者と一体になる

連載小説 魂の織りなす旅路#13/14才の少年

連載小説 魂の織りなす旅路#13/14才の少年

【14才の少年】

 少年の目はどこも見ていない。隣室で寝ていた両親が土砂に巻き込まれた日、少年の時間は動きを止めた。

 母親の遺影を持った少年の横に、父親の遺影を持った伯父が立つ。弔問客を前に挨拶する伯父の声は、少年の耳には届かない。少年は静寂に耳を傾け、暗闇に身を沈めていた。
 以来、少年は伯父の家から学校に通っている。励まし寄り添ってくれていた友人たちは、無口で無表情になった少年からひとり

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連載小説 魂の織りなす旅路#17/老人⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#17/老人⑴

【老人⑴】

 その老人は目が見えない。老人はソファーにもたれ掛かると、静かに瞼を閉じて追想に身を委ねた。

 「お父さん、あれに乗りたい!」

 赤い風船を持った娘が、父親の服の裾を引っ張った。父親は娘の手から風船を受け取ると、空中ブランコ乗り場へと娘を送り出す。
 今日、娘は何度このブランコに乗るだろうか。父親は近くのベンチに腰をおろし、回転しながら舞い上がっていく娘を眺めた。満面の笑顔で手を

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連載小説 魂の織りなす旅路#18/老人⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#18/老人⑵

【老人⑵】

「君の言うとおりだったね。耀(ひかり)は女の子だ。」

 そう呟くと、父親は空中ブランコを見上げ、娘に手を振った。娘は嬉しそうに手を振り返す。明るく素直ないい子に育っている。
 妻はいつも、大きくなったお腹を愛おしそうにさすりながら、この子は特別なのと言っていた。父親は、自分の子どもが特別なのは当然だろうと思いつつ、妻がそう口にするたび妻のお腹をさすり、この子は特別だよと頷いた。
 

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連載小説 魂の織りなす旅路#32/書道教室⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#32/書道教室⑶

【書道教室⑶】

 最初のうち土曜日に来ていた悠(はる)さんは、そのうち個別指導が受けたいと、個別指導限定の日曜日にも来るようになった。個別指導日は、対象者だけが13時から19時まで自由に出入りでき、師匠と一対一の時間以外は私が助言することになっている。
 悠さんはいつも2時間ほど早めに来たので、私たちはほどなく打ち解けていった。教室には私たち2人しかいないことも結構あって、そんなときはよく語り合

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連載小説 魂の織りなす旅路#33/書道教室⑷

連載小説 魂の織りなす旅路#33/書道教室⑷

【書道教室⑷】

 しかし、そこは駐車場になっていた。広々とした道路沿いにオフィスビルや高層マンションがそびえる街並みからは、最近区画整理されたであろうことがわかる。
 誰かに尋ねてみようにも、父親が日本に住んでいたのは半世紀も前のことだし、あの封筒もかなり古いものだった。果たしてそんな前から住んでいる人など、この街に残っているだろうか? 残っていたとして、どのマンション、どのビルを探せば会えるの

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連載小説 魂の織りなす旅路#35/書道教室⑹

連載小説 魂の織りなす旅路#35/書道教室⑹

【書道教室⑹】

 悠(はる)さんは、悠江と私に書いてみせながら言った。

 「父はね、こんな過去を背負っているようにはとても見えない人なんだ。いつも朗らかで、どんなときも穏やかでね。それは、こういう過去を内包していたからこそだったんだと思ったよ。
 父は強い人だ。そして、とても暖かい人だ。僕は日本に来て、父の過去を知ることができてよかったと思っている。」

 私はぬるくなった茶碗を口元から離すと

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連載小説 魂の織りなす旅路#47/暗闇⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#47/暗闇⑴

【暗闇⑴】

 最近、暗闇と自分が同化しているような気分になることがある。この目はもう光すら感知できないのだ。昼も夜もなくなって時間の感覚が鈍くなり、体の境界線が薄ぼんやりとして、僕は空間と融和する。

 「お父さん、私がお腹の中にいた頃のお母さんのこと、覚えてる?」

 縁側でお茶をすすっていると、庭いじりをしている娘が話しかけてきた。

 「ああ。いつも大きなお腹をそれは愛おしそうにさすってい

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