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うたのおへや

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わたし 村嵜千草の詩をまとめています
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2021年9月の記事一覧

「おいしい」

「おいしい」

夕どきに母が耳鼻科へ行きました。
耳の詰まりが気になるからと、出かけてゆきました。

私は台所で母を見送りました。

コンソメスープと、夏野菜のサラダを作りました。
まだ母の帰りはありません。
ひとりそそくさと食べることにいたしました。

「おいしい〜!」

我ながら腹も心も満たされる食事ができたと、私を褒めました。

私の食事が終わるころ、母が帰ってきました。
ぐったりとひどく疲れた様子でした。

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万華鏡

万華鏡

ねえ 筒抜けだよ

「当たり前だろう 万華鏡なんだから」

万華鏡って、覗いたらどんな景色なの?

「そりゃあ数えきれないほど満開の華やかな景色さ」

へんなの こんなまっくらのこと 華やか、だなんて

「ハハ、そりゃ覗き方が悪いんだ 天に向けて光を入れてご覧」

テン

「お空のことだよ お日さんののぼってるこの広ーい所さ」

広ーくて、まっくらで、ヒカリがハイって、オヒサンのいる、テンね

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つめあと

あなたの知らぬところで

わたしは枕を濡らす

あなたの知らぬ間(あいだ)に

わたしの唇が弧を描く

あなたのいない土の上で

わたしは首をもたげる

あなたの残したつめあとが

わたしの喉をぎゅうっと絞る

あなたの残したつめあとを

わたしの指がそうっと辿る

あなたの残したつめあとは

ひどく冷たい ひどく優しい

SELF LOVE

SELF LOVE

勉学に励み 埃と誇りを高く積む

草花を摘み 嗅いで見つめて彩って

体を彩り 顎を上げてコツコツ鳴らす

音を生(な)らし 反吐も慈愛も空気に揺らす

己(おの)が両手で彼奴を… 憤り沸き立つ

大の字に身を投げ出して地に返り 無に帰す

家の扉をくぐり 家族の笑顔と飯の匂いで腹を満たす

肉を削ぎ筋を充し 線を描く

只管な手と筆は繊維をすべり 残したいものがある

誰も皆 ニンゲン
誰も皆 

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電話

電話

神妙な面持ちと 固く握られた拳
それから俯いて はい、はい、と頷くぼさぼさ頭

僕はそれをじっと見てる さっきからずっと見てる

僕には関係ないかもしれない
父さんにもじいちゃんにも関係ないかもしれない

でも

おめでとう

おめでとう

と、素直に言えない私を

どうか見て見ぬふりをして
どうか放っておいていて

どうか、話を聞いて 頷いて

隣に座って手を握りたい

隣に座って手を握りたい

歩いても 歩いても 歩いても
辿り着けないところにあなたがいる

考えても 考えても 考えても
あなたの大きなその荷物に手が届かない

寄り添いたいと、思う気持ちが邪魔をする
そばに居たいと、思うほどに離れゆく

いつか やわかいそのこころを、少し覗かせてくれますか

駄目ね わたしは 待ち切れずに また…

気を悪くさせたらごめんなさい
けれどあなたがすきなんだもの

知りたいと 共感したいと詰

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34

34

さよなら世界 ありがとわたし
短いなんて知らないよ 十分すぎる長さだよ

おはよう世界 ありがとわたし
眩しいだとか 気持ちいいだとか いったん忘れていいんだよ

揺れるカーテン 温かいスープの匂い
ふわふわのタオル 汚れたぬいぐるみ 
イヤホンを外してごらんよ その雫を拭ってごらんよ
また目が覚めた 今日もゆくのね

ありがと世界 さよならわたし
溶けて溶けて溶けゆくの わたしは土で水でそれから

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声に出すうた

声に出すうた

ばかやろう くそったれ

おまえなんか ( 任意のせりふ )

このやろう ふざけんな

今に見てろ ( 任意のせりふ )

あれも それも なにもかも

おまえは何にも知らないくせに

こっちはな ( 任意のせりふ )

こんなにも ( 任意のせりふ )

ああーっ! 叫べ!

鏡を持て!

あほみたいに 嫌味たらしく 笑ってやれ!

にーーーっ!

※満足するまで繰り返す

宙を舞うこころ

宙を舞うこころ

今夜はスーパームーンなんだね、と君が言う
来てごらん、綺麗だよ、と君が言う

夜空を見上げる後ろ姿を
涼やかな夜風になびく髪の毛を
後ろ手に呼ぶその声を

私は覚えていよう

きっとずっと覚えていよう

さみしい思い出にならぬよう
皺の深く刻まれたころに、一緒に笑って話すよう

そっと秘密の願いを込めて
君の手に熱を重ねる

満天の星たちよ 大きな大きなまんまるよ

口に出せぬ弱い私を 見ておいで

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眠れぬ夜

眠れぬ夜

ただ静かに
夜(よ)の更けるのを共にする

時には庭の鈴虫が
時には窓打つ雨音が
また時には 喉の渇きと腹の音(ね)が
わたしの旅の友になる

闇のなか
寝息のすきまを静かに歩く

ああ この時でさえ
無駄も無意味も起こさない
それを知っているわたし
だから止(や)めずに歩くのだ

歩けども歩けども
闇は 深く鋭くて

瞑れども瞑れども
歩みを止(と)めてはくれなくて

ああ 光を恋い
また 闇を

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しんだもの

しんだもの

墓に手を合わせる。
骨が埋まっている。

仏壇に手を合わせる。
位牌が置いてある。

その日の出来事を報告する。
会いに行くまで見ていてくれと願う。

その日の出来事を報告する。
会いに行くまで見ていてくれと願う。

死んだらどこへゆくのか。
どこへもゆかずに消えるのか。

生きている人間は何も知らないから、
皺と皺を擦り合わせてそこにいると思い込む。

墓にもいれば
仏壇にもいる

食卓の空いた

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大すきな なっちゃん へ

大すきな なっちゃん へ

ぷっくりまあるいほっぺたに
わらうと くしゃって 目がなくなっちゃう、
かわいいかわいい なっちゃん。

あまえんぼで、おともだちと ときどき けんかもして、
ほいくえんの先生に しかられることも
おおかったなっちゃん。
ちょっぴり わがままで なき虫な 2さいのなっちゃん。

なっちゃん、いま どうしてるかな。
まい日 たのしいといいな。

本とうは ガマンをして 上手に あまえられないで、

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草むしり

草むしり

さあやるぞ、と
勇み足で庭へ出る
我が子の具合を観察し
そして根元に目をくれる

懲りない奴等め 今日こそは
軍手に穴の空くのも気に留めず
ぶちりぶちりと草を抜く
我が子のためと草を抜く

これは私の仕事なのだ
動けぬ我が子のためならば
苦手な虫をも厭わない
多少の雨にも濡れてやる

そうしてときどきむなしくなって
ふと手を止めて座りこむ

我が子のためと理由をつけて
数多のいのちをむしりとる

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