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【実話怪談】死んだ猫が帰ってくるので

 2018年11月上旬、朝。
 寝坊した私に、すでに起きて介護ベッドに座っていたパートナーのツルギが言った。
「さっき、ゆかが来てたよ。ジョイントマットをバリバリひっかいてた」
「じゃあ、やっと、家の中に入れたんだ」
 ゆかは、うちで飼っていたメス猫だ。
 同年7月に近所で車にはねられ、命を落とした。
 そして、ツルギは私とは違い、霊能力がある。

 ゆかは元々、野良猫だった。
 我が家の床下に棲みついた猫だったので、最初は、床下猫(ゆかしたねこ)と呼んでいた。

 ゆかの存在に気づいたのは、2010年の秋だったと思う。
 手元にある一番古い写真は、2011年1月27日撮影。
 このページのトップ画像が、それだ。
「床下に猫がいる」
 ツルギに報告したところ、彼はその猫を見たがった。
 けれど、体が不自由なため、庭に出ることが難しい。
 だから、彼に見せるために、私はベランダに来た猫の写真を撮った。

 体は小さめ。
 色が薄いサビ猫、とでも呼ぶべきか、ぼんやりとした三毛で、しっぽは中途半端な長さで先が曲がっていた。
 顔立ちは決してかわいくなく、むしろ、ふてぶてしい印象。
 けれど、慣れるにつれて、顔つきがやわらいでゆき、かわいらしくなっていった。

 床下猫に名前をつけようということになったとき、私とツルギ、どちらが先に言いだしたのかは忘れたが、当然のように「ゆか」と名づけた。
 床下猫だから、ゆか。

 名前をつけたら、ゆかはさらになついてくれた。
 不満を訴えたり、甘えたり、あるいは雑談でもしているつもりなのか、愛らしい声でニャーニャーとよく語りかけてくる猫になった。

 正式に「うちの子」にしたのは、2017年3月。
「作家なら、経験を重ねるためにも、猫と犬、両方を飼わなくては」
 そう語っていた――いや、願っていた私にとって、初めての飼い猫だった。

 ゆかの左耳の先端は、V字にカットされていた。
 それは、地域猫活動のボランティアが避妊手術を受けさせたというしるしであり、メスは左耳、オスは右耳に切れ込みを入れる。
 このしるしのある猫を「さくら猫」と呼ぶ。
 先端がV字にカットされた耳の形が桜の花びらに似ているためにつけられた、かわいらしい愛称だ。

 V字カットの入った、ゆかの耳――それは、私とツルギ以外にも、野良猫だったゆかに情けをかけた人がいたという証拠だ。
 愛のしるしだ。
 だから、そのことを思うと、私は今でも胸がいっぱいになる。

 ゆかは野良猫だったが、私と出会う前でも、決して、人に見捨てられた命ではなかったのだ、と。
 優しいだれかが小さな彼女に無償の愛を与えてくれていたのだ、と。

 2018年の夏から秋にかけて、何度かゆかの霊魂は、うちに帰ってきていたらしい。
 ツルギによると、生前、よくやっていたように、ベランダでニャーニャーうるさく鳴きながら、前足で網戸をバンバン叩いて、「開けろ、開けろ」と訴えるのだという。

 それは、なぜか毎回、私が留守のときにかぎっていた。
 ツルギは半身不随で車椅子生活ゆえに、猫の霊魂の求めに応じてとっさに窓を開けてやることができない。
 いつも、ツルギがモタモタしているうちに、ゆかの声はしなくなるという話だった。
 私は帰宅の際にそのことをツルギに聞かされては、
「なんで、私がいないときに帰ってくるかなぁ」
 と、ぼやいた。
 うちの中に入れない彼女がかわいそうで、哀れだった。

 霊魂ならば、窓をすり抜けることも可能だろう。
 実際、命を落とした直後に、ゆかは何度かツルギに室内で目撃されている。
 なのに、死んだことを忘れてしまったのだろうか。
 生きてた頃と同じように、網戸をバンバン叩いて、ニャーニャー鳴いて「開けろ、開けろ」と訴える。
 そして、あきらめてしまうのか、消えてしまう。

 しかし、11月。
 やっと、ゆかの霊魂は自力で家の中に入り、いつもやっていたように、窓辺に敷いてあるジョイントマットで爪をといでいたのだ。

「ゆかは、うちが気に入ってたんだね」
 ツルギは言った。
 慣れるまでに時間がかかった元野良猫が、うちを「帰る家」に選んでくれた。
 それだけで、私は少しばかり救われた気持ちになれた。
 ゆかの死以来、何度も何度も、泣いたけれど。

 もうひとつ、私が救われた話がある。

 うちの犬のボーイフレンド犬の飼い主さん一家の長女・理香ちゃんもまた、霊能力がある人だ。
 2019年2月、一緒に飲んだときに、彼女はゆかの死について語ってくれた。
「ゆかちゃんは、スピードを出してた車にはねられて……最初は自分が死んだって気づいてなかったね。でも、迎えに来てくれた仲良しの猫がいたよ」

 確かに、ゆかにはかつて、野良の黒猫のボーイフレンドがいた。
 うちのベランダで、二匹はよくデートしていた。
 まだ、ゆかがさほど私に慣れてなかった頃の話だ。

 体格がよくて、尻尾が短く、黄色いまんまるの目をしたその黒猫を、ツルギは「クマ」と名づけた。
 びっくりしたような目でこちらを見るので、「びっくり猫」とも呼んでいた。
 けれど、クマは触れられるほどなつく前に、姿を消した。
 隣に暮らしていた大家さんは、クマがいなくなる少し前に、尻尾にひどい怪我を負っているのを見たという。

 なお、大家さん宅の美しい三毛猫・冬子ちゃんは、やたらと気の強い女の子で、よく、そこいらの野良猫と喧嘩していた。
 貧相な体格のゆかは、肉体美を誇る冬子ちゃんに、喧嘩を吹っかけられては負けていた。
 そんな冬子ちゃんがうちのベランダでクマとデートしているのを、私は一度だけ目撃したことがある。
 気性の激しい、喧嘩上等の冬子ちゃんが……。

 おそらくクマはメス猫にとって、性格のいいイケメンだったのだろう。
 そんなモテ男のクマも、尻尾の大怪我が元で、命を落としたと思われる。
 しかし、それは、何年も前――私が理香ちゃんと知り合う前のことだ。
 理香ちゃんに、クマのことは話してはいない。
 なのに、彼女はゆかに仲良しの猫がいて、すでに死んでしまっていることを、言い当てた。

「ゆかを迎えにきてくれた猫って、黒猫?」
 理香ちゃんに訊いたが、色や柄まではわからないという。
 しかし、私はクマだと信じている。
 ゆかは私も知らない間に命を落としてしまったが、その後は決して孤独ではなかったのだ、と。
 イケメンのモテ男・クマが迎えにきてくれて、彼と一緒になれたのだ、と。

 ゆかが帰ってくる。
 だから、私は、窓辺に敷いてある、猫の爪跡だらけでボロボロのジョイントマットが捨てられない。

 ゆかのためにベランダに置いてやっていた、彼女の体にぴったりのサイズのダンボール箱も、そのままだ。
 ゆかはその箱の中に入って、よく、外をながめたり、昼寝をしたり、のんびりと過ごしていた。
 時々、よその猫が入っていることもあったけど。

 私とツルギが外出している間は家の外に出ることができず、監禁状態になったゆかは、立腹してか、室内に積んであるダンボール箱に噛みつき、ちぎってボロボロにしたものだった。
 ダンボール箱の中には、本棚に入りきらなかった本が詰まっている。
 ツルギは私以上の本の虫ゆえ、箱の中には、稀覯本と呼べるものもある。
 大事な本まで噛みちぎられてはたまらないので、あらかじめ、窓辺に手頃な大きさの空のダンボール箱を置いておくことにした。
 すると、外に出られないゆかは、その箱に噛みついてボロボロにする。
 私とツルギは、その箱を「お猫様八つ当たり箱」と呼んでいた。
 ゆかが噛んでちぎった跡が残る、何代目かの「お猫様八つ当たり箱」を、いまだに私は捨てられない。

 死んだ猫が帰ってくるので。

 私にとって、それは、決して恐ろしい怪談ではない。
 シンプルな愛の話だ。

実話怪談シリーズ 100円(一部無料)
1.死んだ猫が帰ってくるので(無料)
2.霊能力を得るための訓練法
3.猫が恋人(無料)
4.名がある怪異、ない怪異
5.小さいおじさん目撃談
6.私が愛した稲荷神社が大変なことになってた話
7.神社にまつわる怪異と神威
8.生霊の話、およびその祓い方
9.You Tube動画にまつわる怪談

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