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第十一章 恩讐の彼此

Vol. replay evil with evil

 部屋に戻ると、妹がソファーに寝転んでテレビを見ていた。テレビでは年末番組が放送されており、もう今年が終わるのだと僕に告げているようだった。時刻は、午後10時ー。寝るにはまだ少し早い気がした。かといって、何か特段したいこともない。年末番組を見るほど退屈なこともないわけだし。僕は、自分の部屋だった場所に置いたリュックから本を取り出し、読むことにした。途中、母がホットココアを渡してきた。

「寒いところにいたんだからあったまらないと。」

「ありがとう。」

母は、昔から気を使いまくる習性があった。でも、思春期の僕はそれが嫌だった。「なんでそこまでするんだ。」と言うところまで八方美人に振る舞う姿勢が好きになれなかった。こう言う人種をテイカーと言うんだっけか。今でも、僕はこの手の人種が苦手だった。やらなくてもいいことや、やってほしいと頼んでいないのに勝手にやる人たち。会社でもいる。自分の経験値としてプラスになることがどんどん奪われていく。そんな感覚に近いかもしれない。人生のハンドルを勝手に握られる感覚。それでいて、恩着せがましくないところが逆に怖かった。いつか、この貸しを返せと言わんばかりなのではないか。そんなことをたまに思う。まあ、血のつながった母にはここまでは思わないが。赤の他人が腹の底でどこまで思っているかは分からない。そう思うと、人間関係というのはとてつもなく面倒臭いものに感じる。こんなことを思うと、面倒臭い人間に思われるかもしれない。実際、面倒臭い人間なのだろうが、僕はただ怖がりなのだ。誰かと関わることで傷ついたり傷つけあったりしてしまう。心を本当に許せる人なんて殆どいない社会人で、孤独を感じているのだ。会社の同期なんてその最たる例だろう。あっさり転職してしまうし、なんだかんだで適当なやつもいるし、凛のようなー。「いかんいかん。」僕は、そう思い考えを本へと移動させた。この物語の主人公も僕のように人生に嫌気がさしてくル頃だろう。大人になるにつれて、広がっていく視野は世界に蔓延る闇を見せてくれる。世界は、「ダークグレーでいっぱいだよと。」そう突きつけてくるのだ。僕は、主人公と自分を重ねるようにページを捲り、物語の続きをのぞいた。

 運命ー。それは、交差することでしか始まらない。何かがドアを叩くように、その日はついにやって来た。ブルーガーデンへの復讐の矢が放たれた。これがシルバーブレッドになることを僕は期待して。僕は、いてもたっても入れずにコンビニに足を運び、週刊誌を手に取った。そこにはデカデカとブルーガーデンの記事が書かれていた。「少女の未来を奪った真相ー。ブルーガーデンの闇を暴露。」僕は、パラパラとページを捲り、概要を読んだ。羚羊さんの記事は、とてつもなく素晴らしかった。


 ー。ブルーガーデンに隠された闇が明らかにされた。ある女子大学生は宗教家2世であり、ブルーガーデンに対して疑問を抱えていた。囚われ続けた彼女は、まるで鳥籠の中のセキセイインコとでもいうべきだろうか。彼女は恋人の手を借りて、その鳥籠から抜け出すことに成功した。やっとの思いで、抜け出せた自由の世界だった。しかし、ブルーガーデンは彼女が脱したことを快くは思っておらず、その報復に殺害されたのではないかと噂されている。今回は、この件に関して彼女の恋人だった人物との接触に成功したー。


ー以下インタビュー。


Q:彼女がブルーガーデンに殺されたと思う根拠はありますか。

A:最初は、不遇な事故だと思いました。事故を起こした人物は高齢者でしたし、よくあるニュースと同じだと。

Q:でも違ったわけですね。

A:そうです。事故を起こした高齢者が実はブルーガーデンの信者だったんです。

Q:なかなかない偶然ですね。

A:いや、これは必然です。

Q:なぜ、そう思うのですか。

A:僕はその事件の後、高齢者がブルーガーデンの信者だということを知り、いてもたってもいられなくなりました。

Q:なるほど。お気持ちお察しいたします。

A:ありがとうございます。そこで、ブルーガーデンの幹部なる人物に接触しました。そこで、彼女の事故が故意的に行われたと言われました。

Q:それって、犯罪ですよね。

A:ええ。でも、警察に言ってもそんなのは冗談に決まっていると跳ね除けられて。

Q:それはひどいですね。だから今回、弊社の取材を受けてくれたわけですね。

A:そうです。この事実を社会に知って欲しくて。きっと、彼女以外にもこうやって辛かったり、悲しかったりしている人がたくさんいるんじゃないかなって。そう思ったらいてもたってもいられずに。

Q:素晴らしいです。本日は、本当にありがとうございました。

A:こちらこそ、ありがとうございました。


ー。

 さらに、記者が調査したところ、ブルーガーデンには幼女たちを性虐待していると思われる施設が確認されている。という言葉と、僕と黒奈が真実を知った教会の写真がデカデカと飾られていた。詳細については、次号で記載されると。僕は、どんな波紋が広がっているかを気になってSNSを開いた。緊張と期待のこもった指でスマートフォンを操作していく。すると、その波紋はすでに大きな波を引き起こしていた。


「ブルーガーデンってやばい宗教団体じゃん。」

「報復殺人とか、映画の中の世界じゃないの。」

「彼氏さんかわいそう。」

「これって、政治家とかも絡んでるやつでしょ。じゃないと、こんな事故揉み消すことなんてできないよ。」

「警察関係者にも教団関係者がいるのか。」

「日本オワコンじゃん。」

「虹の橋大学の生徒とこないだ合コンあったけど、やばい奴らばっかりだったもんあ。」


 さらに、数日が経つとトレンドはブルーガーデンでいっぱいになっていた。各種動画サイトでも大物の配信者たちがブルーガーデンに関しての闇暴露と題して次々の動画投稿を行なった。ブルーガーデン潜入や虹の橋大学の学生へコンタクトを取るものが多く。何が真実かも分からないようなことでネットは溢れかえっていた。テレビ番組に関しても、大物コメンテーターが「遺憾です。」のようなコメントをこぼしており、政治家たちとの癒着について触れていた。禿頭の政治家たちが連日謝罪を行なっており、マスコミからの追及映像が流れていた。僕は、禿頭がいくら頭を下げてもなと少し思ったが。

 数日後のある日、黒奈と僕は、大学のキャンパス内のカフェでカフェラテを飲んでいた。冷たいカフェラテがそろそろホットでもいいかもしれないと思い始めていた。僕は、氷を見つめていた。

「どうかしら。気分は。」

黒奈がクロワッサンを食べながら僕に尋ねてきた。

「気分がいいね。とても。」

「それは良かったわ。でも、まだこれからよ。私たちの復讐は。」

「そうだね。あの組織を根絶するまでは、この復讐はやめられない。」

そう。ここで満足してはならないのだ。ブルーガーデンを潰すまでは。僕は、冷たいカフェラテを啜った。とても冷たい。

「そろそろドイツ語の講義があるから行くわね。」

「そっか。ドイツ語楽しいの。フランス語の方が文化的に面白くないかな。」

「ドイツ語は楽しいわよ。音楽やサイエンスなどいろいろな文化的な背景はドイツにルーツを置くものが多いわ。」

「芸術ならフランス語だって負けてないよ。」

「例えば、どんなところ。」

「それはー。」

僕は言葉に詰まった。それを見て黒奈は笑った。

「”Die Grenzen meiner Sprache bedeuten die Grenzen meiner Welt. ーLudwig Wittgenstein .”」

「な、なんていたの。」

「ドイツ語で”私の言葉の限界が、私の世界の限界を意味する”って言ったのよ。」

「つまり、それってどういうこと。」

「簡単にいうと、言葉を学ぶことが新しい世界への扉を開くということになるのよ。言語を学ぶことで無限の可能性があるわ。」

「そういうもんなのかな。」

「そういうことにしておきましょう。」

僕と黒奈はカフェを出た。僕は、次の講義は空きコマだったので図書館に行くことにした。黒奈は、ドイツ語のある教室へと向かった。銀杏の黄色い葉が僕の足元を祝福している様だった。

 そして、ラッパが世界に吹かれた。週刊誌の次の号が発売された。僕の知る限り、ブルーガーデンの一番の闇。”聖杯”についてだ。前回からの波紋が広がっていたこともあり、その衝撃は、想像を超えたものとなった。羚羊さんの記事は、火に油を注ぐようだった。


ー。ブルーガーデンの深淵。”聖杯”について大特集。ブルーガーデンは、幼女を集め、謎の教会にて性暴力を振るっている。彼らは、これを”聖杯”という儀式の名前で呼んでいる。幼い処女たちを神聖なものと表し、自分たちの穢れを堕とす作業だということが独自の調査により判明した。特に、信者たちの子供は、性被害に幼い頃から性被害に遭っていたことがわかった。この”聖杯”について被害に遭った女性とのインタビューに今回は成功した。


ー以下インタビュー。


Q:辛い思い出になるとは思いますが、”聖杯”について教えていただけないですか。

A:はい。大丈夫です。

Q:ありがとうございます。では、”聖杯”とは具体的にどう言ったものなのでょうか。

A:簡単にいうと、まだ月経も始まっていないような少女たちに男たちが性暴力を振るう儀式です。

Q:その儀式の意味はなんですか。

A:そんなものは、分かりません。私からすれば、大人達に自分が何をされているかわからない状態でした。身動きも取れずに、大人に覆い被さられて。痛がる私に欲情している男の目が…。(しばらく間)後々になって、自分が何をされたのかを知って、酷く恐怖しました。

Q:それは、とても恐ろしいですね。

A:はい。でもこれを誰かに言うことも相談することもできずに。親達も、この行為に対してなんの疑問も持っていなくて。

Q:親御さんがブルーガーデンの信者ということですか。

A:ええ。そうです。信者達にとって、”聖杯”は当たり前のことなんです。至極当然のこと、七五三や入学式なんかと変わらない、人生の通過儀礼のようなイベントなんです。

Q:今回、どうしてインタビューを受けてくださったんですか。

A:大学生になって、同じ被害に遭っている人たちと繋がりができたんです。この”聖杯”が間違っているって。そう気づかせてくれたんです。

Q:なるほど。お友達も被害に遭われていたんですね。

A:ええ。みんな親の身勝手に巻き込まれて”聖杯”なんて残虐な行為の被害に遭っていました。こんな、理不尽な行為をやめさせたい。新たな被害者をこれ以上増やしたくないという思いです。

Q:その思い伝わりました。

ー。


日本の各地にある教団施設。”聖杯”が行われるのは、その中でも人里離れた山の奥で行われている。今回、我々は秋山渓谷にあるとある教団施設に取材を行なった。そこには、教会のような建物があり、我々を待ち構えていた。管理者との接触に成功したが、取材はNGだったが、今後も我々はこの有し難い儀式である”聖杯”についてを調査していくー。


この真実が、世界に投下された。どんな爆弾よりも強烈に感じた。僕は、早速SNSをチェックしてみた。すると、ブルーガーデンや”聖杯”のニュースで持ちきりだった。この被害者女性の話に共感する人や同じ悩みを持っている人が次々と投稿を行い。日本のトレンド上位となった。報道番組でも、連日このニュースが取り上げられた。コメンテーターたちも遺憾っだというコメントを残したり、自らがブルーガーデンの信者であるタレントや政治家達は、この事実についての追求を各メディアから受けていた。そして、日本の総理大臣もその信者であることが判明した。これまでの、政治的癒着や総理大臣が性暴力をおこなっていた可能性についてを取り上げる有象無象の記事も増えた。ちょうどお昼のニュースで総理への追及が行われている映像が流れた。カメラのフラッシュが闇を色濃く写すかのように、眩しく焚かれていた。

「総理、”聖杯”についてどうお考えですか。」

一人の記者が、総理にマイクを突き立てた。

「誠に遺憾なことであると思っております。」

「遺憾なのは国民ですよ。総理も”聖杯”をおこなっていたんじゃないですか。」

「そういった事実はありません。」

そういうと総理は、足早に官邸へと逃げ込んだ。

「逃げるなー。ロリコン総理。」

そういうヤジが他方から投げられ、ニュースは終了した。僕は、なんだか気分が良くなってきた。そう思っていると、黒奈から珍しく電話が来た。

「セレンくん。記事を見た。」

「もちろん見たよ。」

「羚羊さんからさっき連絡があって、週刊誌も爆発的に売れていたり、問い合わせが来て大変だって。」

「そっか。まあ、これだけ世間で取り上げられたら大変だよね。」

「そうね。」

「気分がいいよ。とても。何だろう。獲物が鼻先を掠めたような感覚に似ていいるかな。それに、あれだけでかい顔していた奴らが吠えずら書いていると思ったら。脳がスッとする感じかな。何だかタバコとか吸う人達はこういう感覚を味わっているのかもしれない。今ならその気持ちがわかるよ。」

「セレンくん、何だか狐狩りを楽しむ狼見たいなことを言うわね。もちろん、それだけ気分がいいいののは私もよ。こんなに楽しいのは久しぶりよ。」

「でも、こんなに簡単に壊れてしまうんだね。」

「メディアを利用すれば簡単なことよ。」

「ありがとう。」

「急にどうしたのよ。」

「こうやって、ブルーガーデンに復讐することができたのは黒奈のおかげだよ。あの時、黒奈が羚羊さんを紹介してくれなかったら、今も僕は…。きっと、何もできないでいる。今日も奴らの蔓延る世界に生きることしかできなかった。」

「そんなとないわ。それにセレンくん、何か勘違いしているようだけど。」

「え。」

「復讐はこれからよ。これから始まるのよ。」

「そうだね。ここからだよね。」

「頑張りましょう。」

そう言って黒奈は電話を切った。ことはどんどんうまく進んでいる。行き場を失った感情が行き場を見つけてどんどんと活力に変わっていく。僕は、これからの人生が楽しみになった。明日を迎えることの喜びを僕は初めて知った。

 そうこうしていると、もうアルバイトの時間になっていた。僕は急いでアルバイト先へ向かうと、翠さんが忙しそうにあれこれパソコンを叩いていた。普段あまりパソコンをいじっている姿を見ないので新鮮だった。

「セレンくん。ごめんね。今ちょっと手が離せなくて。奥のマリーゴールドと月下美人を手前に出しておいてくれないかな。あとは、夏場に仕込んでおいたドライフラワーを奥の倉庫から出しておいて。」

「わかりました。」

僕は、翠さんに言われた通りに奥にあるマリーゴールドと月下美人を店の手前に運んだ。2種類の花々は元気いっぱいに咲き誇っていた。店の手前に出した途端に、西日に照らされて秋を感じさせるようなエモい感じになっている。僕は、花弁に顔を近づけて香りを嗅いだ。

「いい匂いだ。」

最近、花の匂いなんてゆっくり嗅いでいなかったことを思い出した。なんだかんだでバタバタしていたせいだろうか。心に余裕がなかった。久しぶりに嗅いだ花の匂いは、僕の鼻腔をくすぐってそのまま肺にその香りを流し込んだ。その気持ちを胸にいっぱいにしまいこみ、僕は倉庫へとドライフラワーを取り出しに行った。ドライフラワーは沢山あったが、夏に仕込んである花といえば、黒百合だった。今回、百合のドライフラワーに挑戦してみたいと翠さんが言い出し、特別な機械を使って湿度と温度をコントロールしながら徐々にドライフラワーを作製したのだ。見た目も少し毒々しい感じになっており、僕はこの花がどのように使われるのか気になっていた。通常、白百合のような綺麗なものを生かした花が百合の魅力だと僕は思っていたが、黒百合のドライフラワーはその一本ではあまりにも地味なものだった。

「セレンくん。ありがとう。」

黒い百合について考えていると、翠さんがパソコン作業を終わらせてやってきた。

「いえいえ。翠さん、今日は何だか珍しいですね。パソコン作業なんて。」

「そうかな。多分、セレンくんのいないところじゃ普通にカタカタしてるよ。」

「そうなんですか。」

「そうそう。タブレット端末も普通に使っているし。」

そう言って、翠さんはそこら辺からタブレット端末を持って僕に見せてきた。液晶の背面には何だかオシャレなステッカーを貼っていた。

「翠さんあまりデジタル機器のイメージがなくて。」

「そうか。確かに、カメラとかも一眼レフとかで写真撮ることが多いからね。」

僕と翠さんは、店にある一眼レフを少し見た。

「そう、そのイメージです。なんか、古風というかモダンというか。そんなイメージです。」

「ははは。今日のセレンくんは何だか明るいね。何かいいことでもあった。」

僕は、ドッキリとした。そんなに僕は、心躍らせているように見えるだろうか。

「ええ。ちょっと。そんなに嬉しそうに見えますか。」

「うん。夏の頃よりはだいぶ明るいね。」

確かに、夏場は浮き足立っていた自分がいた。ただただ突き落とされていく現実に闇を見ていたのかもしれない。

「まるでメンタリストだ。翠さんには隠し事ができないですね。」

「メンタリストだなんて大袈裟だよ。植物を普段から観察している分、人の観察も得意なだけだよ。」

翠さんは、そう言って僕の出した黒百合のドライフラワーを見つめた。

「いい出来だよね。この、ドライフラワー。」

「そうですね。とっても美しいです。」

「うん。」

翠さんは小さく頷いた。僕は、翠さんにさっきから気になっていることを聞いてみることにした。

「ところで翠さん。この、ドライフラワーをどうやって使用するんですか。確かに、美しいんですが、これだけを利用するのは少し、派手さにかけるというか。何だか作品として地味な気がするんですが。」

僕の質問を聞いて、少し驚いたような侘しいような顔をして翠さんは答えた。

「漆黒な感じが渇いた夜を感じさせる。月下美人がその渇いた夜に咲く月だよ。あえて、夏の花をドライフラワーにすることで、渇いた世界を演出することができる。それに、地味なものが逆に輝かしいようなものを引き立たせると同時に、地味なものが前に出る。全てを漆黒が包むような。そんな作品だよ。」

「何だか、素敵な作品ができそうですね。」

今月末にはできるから楽しみにしておいてね。今度の展示会は、東京で行われるからぜひセレンくんも見にきてよ。」

「いいですか。」

「もちろん。多分これを見たらセレンくんもこっちの道に進むかもしれないね。」

「それもいいかもしれませんね。」

翠さんは、冗談を言っているようにも聞こえたし、真剣に言っていたかもしれない。そんな雰囲気で僕に言ってきた。僕は、そんな道に進むのもそう悪くはないのかなと思った。

「すみません、やっています。」

そういうと、お客さんが一人やってきた。背が高い初老の男で、すらっとしていた。一瞬僕の方を見ていたような気がするが、すぐに翠さんの方を見た。

「いらっしゃいませ。やっていますよ。いつものですよね。」

「そうそう。いつものをお願いします。」

そう言って翠さんは、倉庫から持ってきた花をいくつかとってその男に渡した。いつものってことは、すでに何度も来たことのある常連さんのようだった。僕は、見たことがなかった。初めてだった。

「どうぞ。いつものです。」

「ありがとうございます。では、またよろしくお願いします。」

「ええ。また。」

そう言って、男はすぐに店を後にした。僕は、この常連の男のことが気になって翠さんに聞いてみた。

「翠さん。今のお客さんは常連さんなんですか。」

「え。そうだよ。普段は、セレンくんがいない時に来ているんだけど今日はたまたまこの時間に来たね。」

「どう言う人なんですか。」

「政治家の人だよ。」

「せ、政治家。初めて生で見ました。」

僕は驚いた。政治家もこのお店で花を買っているなんて。不思議なものだった。政治家なんて自分で買い物なんてしないものだと思っていただ。

「お忍びできているから他言無用でお願いね。」

「わかりました。そこは秘密にしておきますね。」

「まあでも、今は大変見たいだね。政治家さんは。例のニュースの対応で。」

「例のニュース?」

「ほら、今話題のやつだよ。」

「ブルーガーデンのニュースですか。」

「そうそう。そのニュース。宗教組織の闇を暴いたという週刊誌の報道が政治家さんたちにも被害が出てるらしい。」

「なるほど。」

「随分と日本は混沌としてきたようだ。」

翠さんは嘆くように呟いた。僕は、こんな翠さんの顔を見るのが初めてだった。

「翠さんは、神様とか信じているんですか。」

「えっ。」

翠さんは少し驚いた様子で僕の方を見た。

「すみません急に。ちょっと気になって。」

「神が存在するということは不可解であり、神が存在しないということも不可解である。僕はそう思っているよ。」

「つまり、どう言うことですか。」

「それを説明するのは、悪魔の証明みたいなものになってしまうかな。ところで、セレンくんは、神様がいると信じているの。あの宗教団体のような。」

僕は、ムッと眉間に皺を寄せた。神様。そんなものは存在しない。

「神様は信じていません。あれは、人が恐怖や不安、嫌な現実から逃げるための妄想の産物でしかない。そう思っています。」

「今日のセレンくんは怖いな。」

「そ、そうですか。」

翠さんは、僕の方を見ながら僕に言った。本当に怖がっているかはわからないが。冗談っぽく。

「うん。迷いがないというか。」

「迷いはないかもしれませんね。」

僕は、翠さんにそういった。地面に足をしっかりと根付かせて。

「週刊誌の報道は、恐ろしいものだね。世論はいわば世界の女王であると言うだけのことはある。」

「…。」

「政治的な権力は、大きな力ではあるがある意味諸刃の剣だった。大きな力を振るうことができるが、一度ダムが崩壊すると、この有様だある意味、政治は宗教に近いものかもしれない。国家というかつては天皇という象徴を信じて国という宗教団体を作っているのかもしれないね。」

「み、翠さん。急にどうしたんですか。」

僕は、驚いた。翠さんがこんな哲学的なことを僕に言ってくるなんて。初めてだった。

「いや、社会に嘆いているだけだよ。肥大した傲慢さがこういう結果を招いたのかなと。」

「なるほど。」

僕は、翠さんの哲学の意味があまり理解できなかった。というか、今の感情を止めたくはなかった。この、高揚感を弾けさせることはしたくはなかった。だから、この深い哲学を考えている暇はなかった。

「ニガヨモギのような感覚にシャブ付けにされちゃっていたんだよ。彼らはね。」

翠さんはニガヨモギを見ながらそっと呟いた。どうして、こういう話になったんだろうか。社会人と学生の間で考え方や見るものは違うー。だが、僕は、ブルーガーデンに天罰を下さなくてはいけない。ここで理性的になってはいけない。そう。未来を奪った奴らに復讐をしなければならないのだ。

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