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短編小説

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オリジナル短編を投稿していきます。
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記事一覧

初雪

初雪

 北海道。もう2月。辺りは一面、雪景色、銀世界。
 そして僕はそれよりも、もっと前に初めての雪を見た。

 秋のはじめ。落ち葉が落ちるかどうか迷い出した頃の朝方、僕は雪が降っているのをたしかに見た。
それは報道さえされなければ、SNSの#にも引っかからない。雪ではなく、雪虫だったのだろうか。
 けれど確かに冷たく、触れては溶け、そのままいなくなってしまった。
  次の日、友人に聞いたが、誰も信じて

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掌編小説-あやまる彼について-

掌編小説-あやまる彼について-

 彼の口癖は「ごめん」とか「すみません」とか、とにかくそういう類のものだった。特に謝る必要がないものに対しても、彼はひたすらに謝罪の言葉を繰り返していた。多分、出会った頃からそうだったのだろう。私たちがどんな風に出会い、どんな言葉を交わしたかはもう覚えていないけれど、ただ一言目に放った「すみません」という言葉だけが強く印象に残っていた。

 ある朝、私は出勤時間になったので彼を置いて部屋を出た。家

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掌編小説-ふとん

掌編小説-ふとん

 彼は隣で、眠っていた。

 彼が寝返りを打つと、固くて白いシーツがシャリシャリと音を立て、それは私の布団を少しだけ引っ張り、足元が、冷たい空気にさらされる。

 彼の背中は白くて、大きかった。

 布団からはみ出た背中は、柔らかい紙のようで、彼の肉体の中にある、彼の体を支え、守っている骨が薄い皮膚からうっすら浮き出て、それは寝息に合わせてわずかに動き、心地の良いリズムを奏でた。

 私はゆっくり

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掌編小説-海の見える景色

掌編小説-海の見える景色

「この海は青い」

 彼は遠くの地平線をぼんやりと見て言った。私はそんな彼を見つめていた。
防波堤の上で座る私たちは、同じ瞳の色をしていた。

 そっと寄り添ってみると、彼は受け入れも拒絶もすることもなく、ただ少しだけ体を強ばらせていた。

「私たち、ずっと一緒にいるね」私がいうと、
「当たり前さ、これからもずっと一緒だろうね」そう言って私の頭を撫でた。海風で冷えた身体に彼の心地良い体温が、頭の上

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掌編小説-命のことわり-

ストンと落ちたような感覚、真っ逆さまだ。
そしてその後、急にふわっと浮いたんだ。

きっとこれは夢だ。今、夢を見ているんだ。
そうだ、さっきまでずっと眠っていて、とても眠かったんだ。

目覚めた僕がいたのは、とある工場の内部だった。
一体、僕はどうしてこんなところにいるのか。いきなりこんなところに連れてこられて、まだ夢を見ているんだろうな。でもそれは妙にリアルで、いつか見たことがあるような気がす

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掌編小説-月子-

月子は誰よりも真っ当な人間だった。

しかし、誰にもその言葉を理解することはできない。

もし月子みたいな人間がこの世界に満たされているとしたなら、この世界は破滅してしまうだろう。でも月子みたいな人間がこの世に一人もいなかったら、この世界の人々は、誰も救われない。

僕たちは理解し合えないけど、僕の隣にはいつも月子がいた。きっと月子も同じことを思っているだろう。しかし、それは本当にたまたまだった。

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掌編小説-演奏会

掌編小説-演奏会

そこは、毎週、舞踏会でも開かれるような、豪華で大きなお屋敷。

4歳の私は、なぜだか少し歳の離れた姉と2人きり、そこにいた。

私は深い緑のふわふわとしたチュールドレスを、そして姉は滑らかなシルクの白いドレスを身に纏っていた。

私は姉の後を追いながらも、たくさんの階段や扉に興味津々。
あちらこちらと行こうとするのを、姉は優しく言い聞かせてくれた。

そこにある階段はどれも、その時の私の体では、少

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雨の日

雨の日

 女の子はその夜、自分の大切に持っていたものを無くしてしまったことに気がついて、家を飛び出した。

 お父さんはまだ帰ってきていなくて、お母さんはちょうどお風呂に入っていたから、結果的には家をこっそりと抜け出した、ということになった。外は雨で、女の子は半透明のビニール傘を持ち、風を通さない上着に長靴を履いて出ていった。

 その日は休日で、女の子はさっきまで町の図書館で過ごしていた。そして図書館を

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短編小説『もの忘れをなくす方法』

短編小説『もの忘れをなくす方法』

 彼はもの忘れが多かった。

 お医者さんが言うには、これは認知症のような病気ではなく、単なる「もの忘れ」らしいが、それにしても病的なくらい、彼は色々なことを忘れやすかった。
 例えば、財布や携帯を忘れるのはむしろ当たり前のことで、移動でのバスや職場で忘れるのならわかるけど、ポケットに入れたことさえ忘れる。それに、彼は何か手続きで自分の年齢、性別、住所、名前みたいな個人情報を書く時、それらをすっか

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掌編小説『海』

掌編小説『海』

 彼は毎日この海を眺める。
 ぬるい砂浜に足を着け、その下に埋まった冷たい砂の温度を足の裏から感じ取る。波に押しやられて打ち上げられている瓶や流木、それらの破片を避けながら、海を囲うように歩く。
 時折、波が足元までやってくると、その心地よさに身を震わせたりもする。

そして、彼は海の中にあるたくさんの沈んでいるものたちのことを想像する。それから、まるでそれを知っていたかのように語り出す。けれども

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掌編小説『縁側』

掌編小説『縁側』

私の家の庭には花壇があった。
その花壇には、色も高さも違う花が並んでいて、今はひまわりが太陽に向かって咲いている。私は縁側から、その花壇の塀の向こうから聞こえる子供達の声を聞いていた。
 するとお母さんが、居間から縁側を横切って、使い古したサンダルを足に引っ掛けながら、花壇の方へ歩いていく。

それから、空に伸びるひまわりの茎をちょきん、とハサミで切った。
それは少しもったいないような気がした。

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