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掌編小説『縁側』

私の家の庭には花壇があった。
その花壇には、色も高さも違う花が並んでいて、今はひまわりが太陽に向かって咲いている。私は縁側から、その花壇の塀の向こうから聞こえる子供達の声を聞いていた。
 するとお母さんが、居間から縁側を横切って、使い古したサンダルを足に引っ掛けながら、花壇の方へ歩いていく。

それから、空に伸びるひまわりの茎をちょきん、とハサミで切った。
それは少しもったいないような気がした。

「それ、どうするの?」
「仏壇に飾るの。おばあちゃんもきっと喜ぶわ。」

お母さんはそう言うと、また縁側を横切って、居間から仏間のほうへ向かった。
少しすると、おりんが静かに鳴って、そして消えた。

 この花壇の下には、私達の先祖が眠っている。おばあちゃんは生きているとき、よくその話をしてくれた。おばあちゃんのお父さん__________私のひいおじいちゃんの兄弟の多くは、この花壇の下にいるそうだ。
 戦争の時は食べ物も環境も十分じゃなくて、生まれてすぐに死んだ兄弟、それから防空壕に入れずにそのまま焼け死んでしまった兄弟。昔はたくさんの命が、そんな風に亡くなって、ひいおじいちゃんの兄弟はこの下に埋まっている。

 夕方になると、縁側には涼しい風が吹いた。床に座っているのに、まわりの空気はまるで外にいるみたいだ。私は少し寒くなって居間に戻った。


 今の左隣にある仏間を見ると、仏壇の前にさっきのひまわりが、花瓶の中で戸惑っているみたいに、首をあちらこちらに向けていた。

 夕飯の時間になると、私は食器棚から3人分のお皿を取り出して、お母さんがご飯や味噌汁を盛った。大きなお皿には野菜炒めが入っている。

夕飯の支度が終わろうとしていた頃、玄関の扉が開く音と、お父さんの、ただいま、という声が聞こえた。それは部屋の中で反響して、すぐに消えた。

夕飯を食べ終えて、お風呂も済ませた私は火照った身体を涼ませるために、また縁側に座った。
心地良い風が吹いてきて、体の表面から熱は奪われていった。

 私は暗闇の中に佇んでいる花壇を眺めた。家の電気が外に溢れ出して、手前の赤い花が見える。なんという花かはわからないけれど、毎年咲いている花だ。

 思ってみれば、おばあちゃんもこんな風に縁側で過ごすのが一つの習慣だった。私は、おばあちゃんがどうしてそんなにぼーっとするのかが不思議だった。特に何をするわけでもなく、ただどこかを見つめているのか、見つめていないのかもわからないまま、でも時だけは過ぎていく。歳をとると、時間を経つのが早いと言うけれど、もしかして私たちが3時間過ごす間、おばあちゃんにとってそれは5分や10分だったのかもしれない。私が学校で45分の授業を長いと感じていた時、おばあちゃんはお茶を一杯飲み切るくらいの、そんな時間を過ごしていたのかもしれない。
 

 そんなことを考えていると、お母さんがお風呂から上がってくる音が聞こえた。さっき、向こうの空はまだ薄い青色だったけれど、今はそんな境目も無いくらいに、あたりが真っ暗になっていた。
 そして気づくと私の露出している肌は、ひんやりと冷えていた。まるで棺桶の中に入ったおばあちゃんの肌みたいに、すっかり外の空気で冷やされてしまった。戻ろうと立ち上がると、冷えた足に電気が走ったみたいな感覚がして私を引き留めた。
立つのを諦めて、自分のすねを両手でさすると、こすったところが熱を帯びて、じんわりと生きているような心地がした。
 もう一度花壇に目を凝らすと、暗闇で色も形もよくわからないけれど、二人ぼっちのひまわりが確かに咲いていた。

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