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キミはボクの年下の先輩。第13話「なんで、さっきから私の胸をジッと見ているんだい?」

  *

 チャラチャラした男たちから逃げ出して、ある公園にたどり着いたボクたち。

「ここなら、きっと大丈夫ね!」

「そ、そうです……ね」

 先輩とボクは公園のベンチに座って、とりあえず落ち着く。

「ねぇ、ショタくん……」

「はい?」

「……怖かった、でしょ?」

「…………はい、まぁ……。それで、あの人たちは……いったい誰なんですか? 文芸部の方たちなの、ですか?」

 顔をしかめる先輩。

 まるで苦虫を噛み潰しているような……わかりやすい、しかめっ面をしている。

「先輩……?」

「ショタくん、キミには、いずれ真実を伝えるべきだと思ってたけど、とうとう、そのときが来てしまったようだね」

「なにか、あったんですか?」

「正直、私は、あいつらを文芸部員だと認めたくない。けど、彼らが文芸部にいることで、よくも悪くも文芸部が続けられる理由になっているんだ」

「どういう、理由なんですか?」

「それは私が『望まないオタサーの姫』だからだよ」

「『望まないオタサーの姫』って、えっ……? ここ、オタクサークルでしたっけ? あと、先輩って、オタサーの姫なのですか?」

「違う! そうじゃない!」

「じゃあ、なんで、そういう誤解を招く発言をするんですか! パワーワードに引っ張られすぎて、先輩の言いたいことが伝わりづらくなってますよ! あくまでも文芸部の部長なんだから、もったいぶらずに、ちゃんと教えてください!」

「……本来の文芸部は、とても平和な環境だったよ。どの部員も楽しく読書をしながら創作活動に励んでいた。でもね、そんなとき、あいつらがやってきた」

「あの人たちか。それで?」

「あいつらを文芸部に入れたのが、文芸部崩壊の始まりだった。あいつらは、いわゆる不良生徒というやつだ。もともといた読書と創作活動が好きな部員たちを脅して追い出し、私ひとりだけにした」

「なんで、あの人たちは、そんなことをしたんですか?」

「あいつらは私を恋人にしたいらしい」

「先輩を?」

「そのためなら、あいつらは、どんな手段を使ってでも私を恋人にするだろう」

「それで先輩は、あの人たちの……恋人になりたいのですか?」

「そんなわけないだろっ!!」

「あいったあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」

 年下の先輩がボクの太ももを思いっきり叩いた。

「なにするんですかっ!!」

「私が、そんなに軽い女だと思ってるのかっ!? あんなやつらになびくような女であるとっ!? 見損なったよ、ショタくんっ!!」

「あ、えっと……その、ごめんなさい。そう、ですよね。先輩は、ああいう人たちに、なびくタイプではないですよね」

「そうだよ。そもそも私は、それを望んでいない。本当は、ほかの文芸部員をもっとジャンジャン入れたいんだ。じゃないと、この文芸部に未来はない。部活動として続けられるかどうかも、正直なところ、希望は薄いだろうな」

「先輩は、どうすれば、この状況を変えられると思いますか?」

「そんなの、簡単だよ」

 先輩は殺気の眼で答える。

「不良生徒たちを追い出し、もとの文芸部員たちに戻ってもらい、やる気のある新入部員を募集する。それしかない」

「そう、ですよね……」

 いつまでも先輩と、ふたりきりでいられるわけは、ないよなぁ……。

「じゃあ、ボクも協力します」

「ああっ! 絶対に、この状況を変えるぞっ! ショタくんっ!!」

 そう言って優しく抱きしめてくれる年下の先輩。

 ああ……温かいなぁ……。

 そして耳元で先輩が甘く囁いてくる。

「私とキミで一緒にがんばろう!」

「はい……!」

 ああ……幸せだ。

 加連先輩から伝わる体の感覚は温かくて、まるで魔法のように感じられる。

 だんだんと気持ちが落ち着いてきた。

「……加連先輩」

「ん? なあに?」

「もう少しだけ、このままでもいいですか?」

「うん♪」

 ボクは加連先輩に抱きしめられながら、もう少しだけ幸せな時間を過ごしていく。

「あ! もうこんな時間かぁ~!!」

 加連先輩がスマホを見て声をあげる。

「カレーどうする!? 食べに行っちゃう?」

「そうですね! 行きましょう!」

「じゃあ、行こっか♪」

 ボクは加連先輩に連れられてカレー屋さんに向かうのだった。

  *

 夜ごはんのお店はトンカツとキャベツが乗っているドロドロとした濃いルーのカレーライスの店だった。

 中に入った瞬間、わかりやすいくらいに、おいしそうな匂いが漂ってくる。

 席に座ると店員さんが水を運んできてくれた。

「いらっしゃいませ♪ お冷になります♪」

「ありがとうございます!」

「いえいえ♪ ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください♪」

 店員さんはボクたちのテーブルに水を置くと厨房のほうへと去っていく。

「どれにしよっか?」

「う〜ん……どれにしましょうか?」

「そうだね〜……よし! 決めた!」

 加連先輩はメニュー表からページをめくって指をさす。

「私はチキンカツカレーにしようかな!」

「じゃあ、ボクはロースカツカレーにします!」

 店員さんを呼ぶとオーダーをする。

 そして待つこと数分で料理が届く。

(おお、おいしそう……!)

 食欲をそそるスパイシーな匂いがボクの鼻孔を刺激する。

(これは楽しみだ……!)

 さっそく食べ始めることにした。

 まずは一口……。

(あ、うまい……!)

 辛さと旨みが絶妙なバランスで混ざり合い、口の中いっぱいに広がっていく。

「おいしいね! ショタくん!」

「はい! おいしいです!」

 加連先輩は嬉しそうに微笑んでいる。

 そんな表情も、かわいらしいのは言うまでもないだろう。

(ああ……幸せだなぁ……!)

 そんな幸せなひとときを噛みしめながらボクはロースカツカレーを食べる。

(やっぱり、このカレー、おいしい……!)

 ――そう思っていたときだった。

「あっ」

「えっ」

 先輩が小さな声をあげたとき、その状況にボクは気づいた。

 彼女の白いワンピースに、ドロッとした黒いルーが付着してしまった。

「…………」

「…………」

「ねぇ」

「はい」

「ショタくんって、シミ取りみたいなの持ってない?」

「……持って、ますけど」

「助かる〜♪」

 そう言って、へにゃっと笑う先輩。

「じゃあ、拭いて」

「へっ?」

「私の、この白いワンピース、シミ取りで綺麗にして?」

「……えっ? いや……あの……」

「いいから、早くして?」

「えっと……でも……」

 ボクが言い淀んでいると先輩は小さくため息をつく。

「……ねぇ、ショタくん」

「は、はい」

「私はシミ取りをしてってお願いしてるんだけど……?」

「…………わかり、まし、た」

「お願いね♪」

 これは仕方ないことなんだ。

 ボクはシミ取りを手にすると、彼女の白いワンピースに、そっと触れていく。

 しかも、なんで、こういうときに限って、シミが……おっ、ぱ……胸部なんだよ。

 なぜかドキドキする。

 まるで心臓を直接、触られているかのように高鳴る鼓動。

 真っ白な布地に黒いシミの周りを、少しずつ、ゆっくりと丁寧にシミ取りで拭いていく。

「んっ……」

 先輩が時折、声を漏らす。

「あっ……!」

 年下の先輩の声が、なんだか色っぽい……。

 これは、ヤバいぞ……!

 心臓の鼓動は高まる一方だ。

 落ち着け……落ち着くんだ。

 シミを拭いながらボクは自分の心を静めようと奮闘するのだけど――。

「ねぇ、ショタくん」

「は、はい!」

「なんで、さっきから私の胸をジッと見ているんだい?」

「……えっ!?」

 ボクは驚いて、先輩の顔を直視すると、彼女は優しい微笑みを浮かべた。

「もぉ〜♪ なんで、そんなに驚くかなぁ〜♪ もしかして、ずっと見ていたかった?」

「そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

「そう? 本当に?」

「……本当ですよ」

 ウソです。本当は、ずっと見ていたいです。ごめんなさい。

「ふぅーん……まぁ、いいけどさ♪」

(い、いいのか……)

 そんなやりとりをしているうちにシミが完全に取れたようだ。

「はい、これで大丈夫ですよ」

 そう言ってシミ取りを見せると先輩はワンピースを触って確認をする。

「ありがと♪」

「いえ……」

 ボクは小さく会釈をする。

(ふぅ……)

 どうにか切り抜けたようだ……よかったぁ……。

 なんとかシミを拭き終わって先輩を見ると彼女は少し頬を赤らめている。

「なんか照れるね」

「そ、そうですね」

「ねぇ、ショタくん」

「……なんですか?」

「私の胸を見てたでしょ?」

「……見てません」

 ウソである。

 ボクは目を逸らした。

 そんなボクの様子を見て加連先輩はクスクスと笑っている。

 あぁ……かわいいな……おい……!

 そして、しばらくしてから彼女は自分の席を立つとボクの耳元に顔を寄せてくる。

「ねぇ……」

「な、なんですか?」

「もし私が服にカレーこぼしちゃっても大丈夫?」

「ま、まぁ……大丈夫です、よ」

「そっか♪」

 彼女はニコッと微笑んで。

「なら、さ」

 先輩はボクの耳元に口を寄せて甘く囁く。

「今度、一緒に出かけて、シミつけちゃっても大丈夫だね♪」

「はい!?」

 ボクの反応を見て彼女は楽しそうに笑っている。

 この子は本当に心をくすぐるのが、うまい……!

 どうやらボクは年下の彼女に遊ばれているらしい。

 でも、それが不思議と嫌じゃないと思う自分がいる。

「ショタくんって本当に優しいね♪」

「そうですか?」

「そうだよ! だから、ショタくんは私の特別なんだと思う!」

「加連先輩……ありがとうございます!」

 あぁ……嬉しいなぁ……。

 先輩からの言葉のひとつひとつが、とても心地よくて愛おしい。

 ボクは彼女の言葉に心を満たされながら、この幸せな時間を嚙みしめていくのだった。

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