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パパのオレ、オレになる?! 第1話

あらすじ

秋山篤人は2歳の息子、翔太のパパとして、共働きの妻・理沙とともに、仕事と家庭の両立に奮闘していた。家族に尽くしつつも幸せな日々だったが、大学時代の親友・拓海との会話をきっかけに、自分の本音に気づき始める。そんな折、篤人は会社から転勤の打診を受ける。キャリアコンサルタントの板橋奈緒に相談をしたことで、自分に挑戦したい思いがあることを知る。自分のしたい挑戦とは何なのか。理解しきれないままに再び訪れた、会社員としての未来を選択する機会で篤人は、新たな一歩を踏み出すことを決める。見えない自分の思いと現実との狭間で苦悩しながらも、家族も自分も幸せにする仕事と生き方に向かう篤人の成長と挑戦の物語。

第1話 出航


一通り、黙って話を聞いていた拓海が、口を開いた。

「アツ、お前、もっと仕事したいんだな。本音では、昇進もしたいんだろ?」

「いやいやいやいや、俺の話聞いてた?」

「聞いてたからそう言ってるんだろ?」

「いや、俺、昇進はしたくない。定時帰りしたい。翔太と過ごせる時間が幸せだって言わなかったか?」

「お前本気でそう思ってるの?俺には、もっと頑張りたい、評価されて大きな仕事がしたいと言っているようにしか聞こえなかったけどな」

拓海は、俺・秋山篤人と大学時代を一緒に過ごした友人だ。

全学部が集められた座席自由の入学式でたまたま隣の席に座り、学科が一緒だったという偶然で連絡先を交換した。今も昔も拓海は男から見てもイケメンで、さらに頼りがいと行動力のある男だ。

被る授業も多くて、行動を共にすることが多かった。
授業では、数式でびっしりと埋まった黒板に辟易したり、教授の誰の役にも立たないマニアックな話を堪能したりもした。

拓海の家で、毎週のように出される大量の課題やレポート作成を一緒にやって、そのまま寝落ちする夜も何度迎えたことか。外は明るくなって、小中学生の登校する声が聞こえる頃にピピピッというスマホのアラームが聞こえてきて拓海に起こされる。それから、実家から持って来た十年物の漕ぐたびにキコキコと鳴くチャリで自宅に帰り、熱いシャワーを浴びて着替えて研究室に向かう。そんな生活も良くやった。

長期休みには拓海が見つけてきたコンサートの会場設営や観客誘導、ライブ場内監視の単発バイトを一緒にした。プロのアーティストのエネルギーに満ちた歌声を間近で聴けるし、大音量の演奏の空気の震えを身体中で感じられる。その上バイト代までもらえるのは、貧乏学生にとって最高の仕事だった。

公私ともに濃い時間を過ごした拓海と二人で会ったのは、半年ぶりだった。

お互いに結婚して仕事も忙しく、自分には子供が生まれたこともあってなかなか二人で話す機会はなかった。会ったとしても、大学時代の仲間の結婚式とかで顔を合わせるくらいだった。

そんな折、金曜の朝に拓海から「飯でも食わないか?」「明日か、明後日の夜」と連絡が来た。2歳になる息子の翔太を保育園に預け、通勤電車に乗ったときだった。聞けば、名古屋に住んでいる拓海は昨日から東京に出張に来ていて、仕事の予定のない土日のメシの相手に俺を誘う気になったらしい。

予定を確認すると、明日は夕方から翔太の保育園の七夕祭が入っていた。それなら明後日の夜だなと、共働きをしており、早朝から出社済みの妻の理沙に「明後日、拓海と夕飯食べてきていい?」と、Lineを送った。ちょうど会社に着く頃に「いいよ。拓海君、久しぶりだね」と返事が返ってきた。

拓海に「日曜で」と返事をした。

待ち合わせの居酒屋「酒肴 なごみ」に着くともう拓海は席にいて、ビールは残り1/3位になっていた。

「おつかれ!」
「おー」

席に着き、優しい笑顔のおばちゃんに冷たいおしぼりを渡されながら、「ビールでいいね?」と聞かれる。思わず笑顔で「お願いします!」と答えた。いつまでたっても変わらない、おばちゃんの話し方にほっとする。

なごみは大学時代の友人の親の親戚がやっている店で、学生時代は、キャベツがほとんど見えない肉盛りの野菜炒めとか、ツヤのある茶色おこげの焼きおにぎりとか、黄金色のチャーハンなど、行くたびにメニューにない料理をサービスしてくれた。

当時の恩もあるし、店選びの面倒さから解放されるということもあって、社会人になった今もたまに行く。

おばちゃんが持ってきてくれた中ジョッキを受け取ると、手がひんやりと冷たくなる。まだ白く曇ったグラスからも、手元にくる寸前までジョッキが冷蔵庫で冷やされていたことが分かる。

「かんぱい!」とお決まりの儀式の後、拓海の奥さんの出張先の国の話から始まり、ネットニュースで見た通りの『会社の人間と一切関わろうとしない新人』の話とか、子どもが生まれてから「うんち」と言う回数が鬼のように増えたとか、最近めちゃくちゃ笑った動画とか、くだらない話の連続に話題は尽きなかった。

俺がトイレから戻ってきたとき拓海が、「で、アツ、仕事はどうなの?」とおもむろに聞いてきた。

「相変わらず?」
「まあ、そうだな」

そう、仕事にはそんなに変化がない。

俺は社会人になって以来、ネクステージソフトワークスというシステム開発会社でずっとシステムエンジニアをやっている。去年は、古くなった機器を置き換えると同時に、昔作ったシステムを世の中の変化に合わせて仕様を変えるという『リプレース』とよばれる案件を受け持った。今はそのまま運用フェーズに入って、顧客窓口としてお客さんとの接点を持ったり、保守を委託している会社の管理などをしている。

開発と運用は全然緊迫感や圧迫感が違う。別に、システム開発の時にやるシステムの仕様決めも、見積もりも、プロジェクトの管理も、会社間の調整も、開発も嫌いじゃない。

その一方で、今の運用の仕事は納期に追われるようなストレスもないし、残業も少なく土日もほとんど休めるから、翔太の世話をするにもちょうどいい。翔太と遊べることが心から楽しい。だから、今の穏やかな状態がめちゃくちゃ幸せで、できるだけ今が長く続いてほしい。

最近同期で昇進したやつがいるけど、これまで以上に大変そうだ。売上への責任とか、人の管理とか働き方も見て、俺がそうなりたいかというと、そうでもない。だから、本来はシステム開発メインのこの会社にいて昇進していくのも違うような気がしているという話をした。

その感想が、「アツ、お前、もっと仕事したいんだな。」さらには「昇進したいんだな」だったのだ。

言ったことと全然違う答えが返ってきて、「はぁ?!」と、思わず目が点になった。

相手が拓海だったからこそ、「なんだよそれ!」という感じになったけれど、そうでなければ『こっちの話なにも聞いてないな』と思ったり、『全否定』された気分になったんじゃないかと思う。
そう思わなかったのが、拓海と過ごした時間の重みだろうか。

それもまた話題の一つで、またほかの話に移った。

最近良さが分かりだした焼酎のロックのグラスを手に持って、ときどき氷をカラカラと言わせながら、拓海が繰り出す”拓海の上司の物まね”に「知らんし!」と前のめりで突っ込み続け、最後は爆笑し疲れて解散することになった。

改札を抜けたところで、トイレに寄るという拓海と別れ、一人でホームに上がった。生ぬるい風がほほに当たった。

スマホを取り出し、理沙に「帰るよ」とLineした。

音楽でも聴こうとカバンの外ポケットにあるイヤホンを探そうしたとき、ふと、「アツ、お前、昇進したいんだな」という拓海の言葉が思い出された。さらに、その後にサラッと言われた「本音、認めた方が楽だと思うなあ」という言葉が心にズシリと響く。

自分の本音は自分で分かってる。だから「定時で帰りたい」と言ったのに、何故そんなことを言われたのか?

その言葉の引っ掛かりに、そこはかとない不快さを感じて、いつもならそんなこと絶対しないのに「昇進 本音」と検索窓にパパッと文字を入力し、期待もせずに決定の矢印ボタンを押した。

すると「人事部長5人が本音で明かす昇進のリアル」とか「昇進したくない女性社員の本音」とか「昇進より自分時間?ー若手の本音座談会」という、ありがちなタイトルが出てきた。最初の画面に読みたいと思う記事は何もなく、検索結果をささっと下から上にスクロールをした。

それでも、これっぽっちも興味の湧かない見出しのリストに、今日のサッカーの試合の結果でも見るか、と思ったとき、「仕事も結婚生活も。自分の本音を知ればうまく行く」というタイトルが目に入った。なんとなく、お酒と電車の揺れの半分ボーっとした感覚で成り行き任せにそのタイトルをクリックした。

 検索結果から移動したウェブサイトは、白背景に、薄い緑と薄いブルー。黄色の存在も感じるさわやかな色合いのサイトだった。

最上部に書いてあった、「仕事も結婚生活も。自分の本音を知ればうまくいく」というタイトルを再び目にしてそのまま記事を読み進めようと、保護フィルムに薄くヒビの入ったスマホ画面を親指で下から上へとなぞった。

すると『記事の解説は動画でも聴けます』と書かれ、YouTube のサムネイルが貼られていた。

そのまま、画像の真ん中におかれた再生ボタン▶をクリックすると、YouTube のアプリが起動した。

「偏差値30の私が3日で英語がペラペラになった方法」なんていう、興味もなければ聞きたくもない怪しい広告を5秒ほど目にして スキップボタンを押した。5秒で飛ばせたときはラッキー!と思う。

すると猫のイラストが登場した。

その猫は「もっと認めてくれてもいいのに。そうしたらもっと仕事も家庭も頑張れる。仕事も家庭も時間もお金も大切にしたい。この動画は、そんな思いを抱えているあなたが、自分自身を理解することで、仕事や夫婦関係にも変化を感じ 、見えないストレスから解放されてイキイキと毎日を送れるようになるのに役立つ動画だにゃ」 と、可愛げの中にも信頼を感じられる口調で話しかけてきた。

とは言ってもその声は、ハツラツとしているのに落ち着きと安心感を感じられる女性の声だった。

知りたいと思った答えがあるのかは分からない。だけど、YouTuber にありがちな変に意気込んだような圧の強いものではなくて、飲み帰りの電車に揺られながらぼーっとした感じで聞くにはとても心地の良いものだった。

今までもそういう系統の動画を見たことがないわけではない、だけど、エンタメ系の動画を気を晴らしに見るほうが楽しいし、この類の動画には特に興味がなかった。

だけど、今日は他の動画を探すのも面倒だった。害はなさそうだし、まあいっか、と聞き続けることにした。

 すると その猫は「今あなたが、もうちょっと、みんな自分に優しくしてくれてもいい。認めてくれてもいいのに。そう思うのは、思って当たり前のことなんだにゃ」
と言った。

「え?!そうなの?!」

お酒と笑い疲れでほんわかとしていた頭に、突然その言葉がスパン!と入ってきた。

そのインパクトに目が覚め、早く次の猫の言葉が聞きたくなる。

すると猫は、「それが、自分の本音を知る第一歩なんですにゃ」と言った。

あれ?さっきまでため口だった気がするのに、ですます調?!と引っ掛かりを覚えたような気がした次の瞬間、お品書きの張り紙をバックに座る拓海がこちらを見て、まっすぐな眼差しで言ったシーンが頭に浮かんできた。

頭の中に出てきた拓海は、
「おまえ、自分の昇進願望をちゃんと認めろよ。」
と、言っていた。

たしかに、昇進願望が0というわけではない。だけど、家で子どもと今しかない時間を過ごしたいとか、理沙の負担を減らしたいとか、自分の時間も大切にしたい。これは俺の本音じゃないのか?

自分の中で、頭からその問いが離れなくなった。

それからも猫は話し続けていたけれど、言うことはなにひとつ頭に入らず、俺は自問自答モードに入っていった。

昇進したい??俺がそんなことを思ってる?そんなことはないはずだ。昇進したらもっと忙しくなるし、家族との時間が減る。それは嫌だ。でも、拓海はなんでそう言ったんだ?俺を認めてくれてもいいのにと思うのは当たり前?それが自分の本音を知る第一歩?どういうことだ?本音ってなんなんだよ…俺が思うことが俺の本音じゃないのか?

それから、ぼーっとしながらシャワーを浴びた。そして寝室に行き、すでに寝ている理沙の隣に潜り込み、気づくと翌朝になっていた。


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