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パパのオレ、オレになる?! 第12話

第12話  願い

俺はソファーに座ってテレビを見ている翔太の隣に座って、スマホでYouTubeを検索した。

たしか保存していたはず…と、猫の動画の中から「伝え方」の動画を探す。すぐに見つけた俺、グッジョブ!「15秒で登録完了!転職するならジョブジョブワーク!」という、今の俺にぴったりの広告をスキップし、何度か見たことがある動画だからな、と動画が始まると1.5倍速に設定した。

「こんにちは、キャリアコンサルタントのミケニャ。今日は、妻に何か言うと言い返されそうで遠慮をしてしまうあなたが、言いたいことを言えるようになる方法を伝えるニャ!」

「今日のポイントは4つ!今回はNVCというコミュニケーション方法による、①観察(事実)、②感情、③自分の大切にしていること(ニーズ)、④リクエストの4つの要素を使って伝えるコツを解説するニャ」と猫はサクサクとしゃべる。

「たとえば、仕事でも」と猫が言ったところで上司と部下の画面に切り替わった。

「『なんで進捗報告が遅いんだ?ちゃんと報告してくれよ!』よりも、『(観察・事実)進捗報告が2日遅れているよ。(感情)私はプロジェクトの状況が分からないと、不安とストレスを感じるんだ。(ニーズ)君に信頼して任せたいので、(リクエスト)毎週金曜日の午前中に進捗を報告してもらえますか?』の方が、相手に受け取ってもらやすいニャ」

その次に、家の玄関でゴミ袋を口に加えている黒猫と白猫の場面が映った。すると、

「たとえば、ゴミの出し忘れについて伝えられるときも、『またゴミ出しを忘れたの?何回言わせるの?』と言われるよりも、『(観察・事実)ゴミ出しがされていないのを見ると、(感情)がっかりするよ。(ニーズ)家を清潔に保ちたいし、約束を守る誠実さも大切なので(リクエスト)ゴミ出し日をスマホのアラームにかけて、忘れないようにしてもらえる?』と言われる方が受け取りやすいですよね。」

と、猫が話し出す。

思い出してきた。

この4つの要素を組み立てて伝えると、自分の本音を伝えられるし、相手にも受け取ってもらいやすくなるという話だ。リクエストを受け取るかは相手に委ねられるけど、受け取ってもらいやすければそれだけ、自分のリクエストが叶いやすくなる、ということでもあった。

さらに、俺は以前にこの動画を見たときに、「事実発見ゲーム」という脳内ゲームを始めたことを思い出した。「受け取り合戦ゲーム」をはじめた少し後のことだ。

それは、この動画を見て、俺が「事実」だと思っていたことは「事実」じゃなかったということに気づいて愕然としたことがキッカケだった。だから、何が「事実」で、何が「事実」じゃないのかを見極めていくという感じで遊んでいた。

この動画でいう事実とは、動画に映るものだ。たとえば、人の行動とか言葉、誰が見ても分かるもの。不安とか心配とかそういう感情は顔に出ていても、その人が実際に何を感じているかは分からないから、事実ではないらしい。

正直なところ、はじめはよくわからなかった。

だけど、まだ俺が会社に行っている頃の休日の昼間だった。ソファーに座っている理沙がブツブツ言っていて、あからさまに不機嫌だと思ったから俺は近づかなかったのに、急に「やったー!できたー!」と言い出した。何かと思って聞くと、学生時代の友人の主催する演劇に誘われて、角の立たない断り方を考えていただけだ、ということだった。俺にはめちゃくちゃ不機嫌にしか見えなかったから、嘘だろ、と思ったけど、理沙にとっては違ったらしい。

「怒ってるのかと思った。」と言ったら、「勝手に怒りっぽい人にしないでくれる?」と怒られた。これも理沙は「私は怒ってないのに、怒っていると思わないでほしい」と言っているだけで、俺が勝手に理沙が怒ってると思っただけかもしれない。だけど、怒っていそうな理沙に本当のところを聴く勇気は俺にはなかった。

でもその時はっきりと、「理沙がソファーに座っている」というのが事実で、理沙の気持ちは態度や表情に出てきて推測はできるけど、本当の気持ちは理沙にしか分からないんだ、と悟った。

一方、その理沙の姿を見た俺の気持ちは「ビクビク」とか「恐い」ということで、それはそれでいいのだということも。

ただ、それは俺が理沙が「怒ってる」と勝手に解釈をしたからそういう感情が生まれただけで、もし翔太だったら理沙が怒っているとは思わなかっただろう。そう思うと、その「事実」をどう解釈するかによって生まれる感情は変わる、ということもそのとき実感したんだった。

だから、相手に伝わる話し方の要素で必要な①観察(事実)と、②感情、は、俺は分かっているから大丈夫だ、と思った。

いろいろと思い出していたら、いつの間にか猫は「③自分の大切にしていること」について喋り始めている。

「3番目のポイントニャ!③自分の大切にしていることは、満たしたいこと、とかニーズともいうニャ。」

その言葉を聞いて、「自分の大切にしていること(ニーズ)」は、俺にはよく分からないんだよな、という考えが浮かんできた。

前に奈緒さんのキャリコンを受けたときは、「挑戦」とか「力を出し切る」とかが俺の満たしたいことで、これがニーズだと実感できた。そしてあの時以来ずっと、俺の中には「挑戦」という言葉が残っている。

それと、前の会社で最後に提示された西川プラントの案件に参画することが俺にとっての「挑戦」ではなかった、ということは今でも変わらない感覚として持っている。だけど、じゃあ何が俺の求めている「挑戦」なのかということは、俺自身もまだ分からない。

「みんな、自分のニーズを満たそうとして生きてるニャ。」

妄想の隙間で耳に入ってきた、猫に扮した奈緒さんの声に、あっ、と思った。

みんな、自分のニーズを満たしたくて生きてる。

何度目かの言葉のはずなのに、初めて心に残った。俺は今、「挑戦」というニーズを満たしたくて生きてるんだ」と思ったら、なんだか今の俺を肯定できた気がした。

うーん、みんな、自分のニーズを満たそうとして生きている、かぁ。

そういえば、理沙はどんなニーズを満たそうとして生きているんだろう。みんなそうなら、俺が「挑戦』」を求めているように、理沙にも求めている何かがあるはずだよな。

だめだ、いろいろ考えてしまって今日は全然動画が入ってこない。もういいや、そのまま考えてみるか。

こういう時は紙だな、と思い、俺はリビングの隣の部屋にある書斎とまでは言わないけれど、机やプリンター、本棚が置いてある部屋に行ってプリンターから紙を1枚取り出した。そして机に座り、ジェットストリームの黒を文具立てから取り出して、何を書こうかと考えた。

今回の事実が「会社を辞めた」ということは間違いない。それで、感情はなんだろう?分からない。でもまあいいかと、とりあえず文章を書いてみることにした。

「俺は、挑戦したいと思ったので、会社を辞めました。次は決まっていません。どうしようかと思っています。一人旅に行くので、その間翔太の世話をお願いします。」

書き終わって、「これはヤバい」と言いながら一人で笑っていると、理沙が覗きに来た。「これ…」と言いながら理沙に俺の作った作文を見せたら、「なにこれ~!」と、お腹を抱えて爆笑された。

「これじゃあ、小学生の作文の方がうまいよ。」と言われ、「小学生よりはましだろう。」と言い返したものの、俺も本音では小学生の作文の方がましだと思った。これじゃあ、理沙の親が心配になるだけだ。

ひとしきり笑っても、まだ笑いが止まらない。しばらくすると、笑い涙をふきながら、理沙が「私が伝えようか?」と言ってきた。

その方が楽だという考えも一瞬浮かんだけど、負けたくない!みたいな気持ちが大きく湧いてきた。まだ笑いはおさまらなかったけど真面目に、「いや、いい、もうちょっと考える。」と答えると、理沙は、「明日には返事したいからそれまでにお願いね。」と言ってきた。俺は、理沙のこういう冷静さを尊敬する。

理沙はそのまま、「じゃあご飯は私が作るから、呼んだら来てね」、と言って出て行った。
そうだ、そろそろ翔太のご飯タイムだ。やっぱり理沙がいると甘えていろんなことが頭から抜けてしまう。

それからも俺は笑いが止まらなくて、午前中に続きをやるのは諦めた。

理沙の作ってくれたチャーハンを食べた後、やっぱりパソコンで書くことにして、俺は久しぶりにパソコンに向かって真剣に考え始めた。

そのとき、奈緒さんからもらった「感情」や「ニーズ」の一覧表も画面に並べて表示しながらどう伝えたらいいのかを考えた。そもそも、このリストをもらいたくてライン登録をしたんだった。最初はそんな雑念も思い浮かべていたけど、だんだん集中してきた。

事実
・退職
・求職中
・旅に行く(?)

感情
・?

大切で、満たしたいこと(ニーズ)
・挑戦
・自己実現
・自分を大切にしたい
・協力
・信頼

リクエスト
・俺の代わりに翔太の世話を頼みたい(保育園はある・最大2週間)

ここまで書いて、俺は何を伝えたいんだっけ?と思った。

キーボードから手を放し、手を足の上に載せてぼーっとしながら、なんなんだろうなあと漠然と思っていると、理解したり、応援してもらいたいんだ、という…、気持ちなのか言葉なのか、何と言ったら分からないけどそういうものが湧いてきた。

会社を辞めたことに対して、お義父さん・お義母さんは俺のことを不安に思うだろうけど、俺の決断を信じて応援してほしい。

俺はそう思ってるんだ、と思ったらなんだか涙が出そうになった。

俺が理沙と翔太のことを絶対に幸せにしたいと思っていることは揺らがない。他の人から見たら次もないまま会社を辞めているし、そんな風に見えないかもしれない。

だけど、俺が二人を大切に思っていることは真実だし、同時に、一般的なやり方ではないけど、もがいている俺を応援してほしいと思っている、ということも俺にとっては真実だった。

それから、お義父さんやお義母さんを悲しませたくもない、という思いも沸いてきた。

湧いてきた思いにしばらく身をゆだねていると、だんだんと、旅に行ったら絶対に何か見つけて帰ってきてやる、という強い決意のような思いが生まれてきた。

自分が力強く感じられる。

それを感じながら、もう一度椅子にもたれかかり、目をつぶった。

俺の伝えたいことは、「俺は会社を辞めていること。今の自分に居心地の悪さを感じていること。不安だと思うけど、俺を信じてほしいこと。理沙と、幸せでいたい。翔太に心から誇れる仕事をしたい。自分にとって挑戦だと思えるものを見つけたい。そのために協力してほしい。」ということだ。

よし、これだ、という感じで、スッキリしてきた。

もちろん、伝えるときは文は整える。だけど、この内容で伝えてお義父さんやお義母さんが理解してくれたらそれでいいし、もし理解してもらえなくても全然問題ないとさえ思える。

俺自身が、俺自身の思っていることを理解できたことで、満たされたからかもしれない。

前に、自分の感じることを誰かに受け止められると心が軽くなる、自分の感じることはまずは自分が受け止めてあげること、という動画を見たことを思い出した。

本当に、自分が自分のことを受け止められると、他の人には受け止めてもらえなくても大丈夫だと思えるんだ。それを全身で感じられたとき、俺が俺の一番の味方じゃん、と思った。

リビングにいた理沙のもとに行き、考えた内容を伝えると、「すごいね。」と言われた。「え、それだけ?もうちょっとリアクションないの?!」と言うと、「いま私、1週間分の翔太のおむつに、一生懸命名前書いてるんだよ。急に来て、わーっと言われても反応しきれないよ。」と言い返された。

俺はシュンとした。だけどよくよく考えれば、つまるところ、1週間分の翔太のおむつに名前を書いているという観察、一生懸命、精一杯という気持ちがあって、突然にいろいろ言われても余裕がなくて反応は難しく、作業に集中したいというニーズがあり、諦めてもらえませんか、とリクエストをされているわけで、そう思うと納得するだけだった。

それから理沙と話して、理沙も俺の伝えたい内容は理解したけど、理沙がお義母さんの反応を見ながら話すということになった。

それからちょうど翔太が一人でプラレールで遊んでそっとしておいても大丈夫そうだったので、俺たちはリビングにあるソファー前の丸いローテーブルにスマホを置いて、周りに座ってお義母さんに電話をした。

お義母さんが電話に出ると、理沙はスピーカーにして俺も聞いていることと、手術前後の泊まりはOKであることと、残りの2週間も泊まっていいということを伝えた。予想通り、お義母さんは驚いて「そんなに長く泊まっていいの?アツト君は大丈夫なの?」と聞いてきた。

すると、理沙は「実はいろいろあってアツトは会社を辞めたんだよね。それで、次までの間に旅に行くのを私が薦めていたんだけど、翔太の世話があるからってアツトは渋ってて。私もワンオペはきついからどうしようかと思ってたところで、さっきお母さんからこの話が来て考えたんだけど、その間お母さんに翔太の面倒を見てもらえたらありがたいなって。そうしたら、気持ちよく送り出してあげられるんだけど、お母さんどう?」とあっさり言った。

するとお義母さんは「そうだったの。なら、ちょうどいいじゃない。翔太君は保育園はあるのよね?それだったら朝送って、お父さんのお見舞いに行ってお迎えに行って晩御飯をあげればいいんでしょ?」と、全然問題ない風に返事を返してきた。

「うん、それで大丈夫。ありがとう。」

「それで、アツト君も大丈夫なの?」
俺がいることを伝えていたので、お義母さんが声をかけてくれた。

「あ、大丈夫です。心配かけちゃってすみません。理沙も心配させないように、翔太のためにも仕事はちゃんとするので、見守ってもらえると嬉しいです。」

考えていたセリフとは全然違ったし、なんか会話の流れと違ったことを言った気がするけど、そういうとき、「大丈夫です」しか言えなかったような、翔太が生まれたときの頃の俺よりは遥かにちゃんと言えた。

するとお義母さんは「あら~、しばらくお休みもいいじゃない。長い人生、お休みも必要よ。今だから言えるけど、私にも休みが欲しかったわ~。子育ては一人でもしんどいけど、あなたたちみたいに二人でやってても、ふたりとも仕事も子育ても両方してたらしんどいわよ。普段一生懸命やってるんだから、好きに行ってきたらいいじゃない。親がどうこう言う問題でもないんだから。仕事だって、変えたっていいのよ。」と一気にまくし立てた。

俺は、「お休みもいいじゃない。長い人生、お休みも必要よ。」という最初の言葉でグッと来てしまい、耐えるのに必死だった。「ありがとうございます。」が精一杯の返事だった。

それから、理沙と母は日程の確認をして、入院日は11月4日で、終わりは決まっていないけれどそこから約2週間をお義母さんはうちで過ごすことになった。

電話を切って、理沙がほっとした様子で「あーよかった~。」と言った。
「なんで?あっさり言ってたじゃん。」
「どう反応されるかわからなかったから、あれでも結構必死だったんだよ?」

全然そんな風には見えなかった。本当に、人の心なんて外からは見えないものだ。

俺はお義母さんに、「人生には休みがあってもいい。仕事は変えてもいい。」そう言われて、深い安堵の気持ちが生まれたことで逆に、今まで俺は仕事を変えることや、今が人生の休憩期間に対して罪悪感というか、嫌悪感というか、そういうマイナス感情とか後ろめたさみたいなものを持っていたのだと気づいた。

そう思ったとき、憑き物が落ちたみたいな気がした。

俺は人生の旅人だ!そう思ったら、急に旅人のスイッチが入った。

よし、旅の準備をはじめよう!

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