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パパのオレ、オレになる?! 第15話

第15話 羅針盤

もう11月も後半に入った。あと一か月で今年も終わる。

会社を辞めた直後は焦らずに仕事を探せばいいやと思っていたし、旅に行くことが決まってからは、旅に行けば何か見つかるだろうと思っていたけど、旅から帰っても何も進んでいない転職活動には、現実的な焦りを感じ始めてきた。

でもこの前お義母さんが来ていた時に、「翔太ももう3歳になるから、4月から延長保育がある幼稚園に入れるという手もあるし、もし年内に決まらなかったら、用がある時は私が4月まで預かってあげるのもできるわよ~」とあっけらかんと言われて、あまり根詰めなくてもいい気持ちにはなった。

だけど、出来れば翔太には今の友達といさせてあげたいし、お義母さんにお願いをするとお義父さんも気が気じゃないだろうから、できれば年内に決めたい。

今この状態で、あと一か月ちょっとで決まるのだろうか。でも、1つ1つの出来事を振り返ったり、そこから学んだことを見える化したこともあって、これが俺の流れなんだ、とどっしりと構えられるようにもなってきた。

さて、今日はどんなことを得られるのだろう。そんなことをあれこれと考えているうちに、あっという間に3駅目、奈緒さんのカウンセリングルームのある駅に着いた。

このカウンセリングルームに来るのも3回目だ。ビルというのか、マンションというのか、細い建物の下に着き、203のインターホンを押す。少し時間が経ち、もう一度ボタンを押そうかと思ったところで「はい、お入りください。」とインターホンから声が聞こえてきた。

ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、10:54。少し早かったか。でも、上に上がってカウンセリングを始めるころには11:00ちょうどくらいのはず。悪くない、と気持ちを落ち着ける。

203について再びインターホンを押すと、「どうぞお入りください。」と奥から声が聞こえ、ドアを開けると玄関から3歩分くらい部屋に入ったところで奈緒さんが迎えてくれた。

「外は肌寒かったですよね。」声をかけてもらいながら、俺はスリッパをを履く。「こちらへどうぞ。」いつものようにカウンセリングルームに入っていく。前回と同様に、観葉植物の緑や茎の茶色などの自然色を目に入れながら、深緑の椅子に座る。

なにげに毎回猫を探すのだが、いまだに目にしたことがない。キョロキョロと周りを見渡す俺に気づいたのか、奈緒さんが「何か気になることがありますか?」と声をかけてくれた。

「猫はいるんですか?」俺の質問に、奈緒さんは、小さく、ああ!という顔をして「猫、昔は居たんですけど、高齢で。今はもう居ないんです。」さらに、「期待してもらっていたのにすみません。猫、お好きなんですか?」と言われて、「そんなことないんですけど、いるのかなって思ってました。」と、たしかにちょっと猫に会えるのを楽しみにしてた気持ちがあったなと思った。「次の子を迎えればいいんですけど、腰が重くて。」と奈緒さんが苦笑した。

それからお互いにしっかりと椅子に座り、「改めて、よろしくお願いします。」と挨拶をしてカウンセリングはスタートした。

「前回は約1週間前ですが、それから何か変化や進んだこと、気づきはありましたか?」

と問いかけられ、俺は、スキルや能力の棚卸をしたので後で見てもらいたいこと。子育てからもたくさんの学びや成長を得ていたことに気づいて驚いたこと。自分にとってスキルや能力はかなりクリアになってきたものの、仕事の内容については書き出したり、ネットで会社を調べたりしたものの、曖昧であること。できれば年内に転職先を決めたいという焦りもあるものの、絶対ではないということを伝えた。

「ありがとうございます。子育てからも学びを得られたのですね!期限についても出来れば年内で、というところですね。そうしましたら、スキルや能力の棚卸について見せていただいてもよろしいですか?」

俺は、社会人になる前、プライベート、仕事と3枚に分けた表を奈緒さんに渡した。奈緒さんは、一目見て「すごいですね!」と驚いた顔をした。

「このフォーマット、ご自分で作られたんですよね?」
「そうです。」
「この形も素晴らしいと思いますし、お仕事のことはもちろんのこと、子育てにもこれだけ取り組まれ、ご自分の力として培われたこと、そして、その力を認識されていることは本当にすごいと思いました。」

そういわれて、俺はもう鼻高々だった。たぶん、数え切れないほどこういうものを見ている奈緒さんが言ってくれるなら間違いないと思った。

世の男性はもっと子育てをした方がいい!!と、俺は世界の中心で叫びたい気分だった。

「私が拝見したところでは、秋山さんは多方面でいかせるかなり多くのスキルや能力を強みとしてお持ちで、自ら学んだり成長する力もおありになる方だと思いました。」

それから奈緒さんは、俺のつくった表をもとに、出来事やエピソードを深堀してより一層、強みを見つけたり、よりよい表現に変える方法を伝えてくれた。

それを一通り終えた後、「求人に応募する際には、これらの中からフィットする経験や能力を押し出していけばいいという印象です。」と言った。

すると、先ほどまでの自分の強みがたくさんあることに喜んでいた自分から、「求人に応募」という言葉を聞いて、急に不安が襲いかかってきた。スキルの棚卸をするのも求人に応募するためだし、今までだってその渦中にいたのに、俺は何をしたいんだろう、なんて考えて浮ついていた自分から、急に目が覚めたように身体が硬くなった。自分でも驚いた。

受かるのか分からない。どこにも受からないのではないかという不安。まるで受験の時の感覚に重なった。そう考えてみると、新卒の時はどこかあるさ、くらいに気軽だった。でも今はそうじゃない。

すると奈緒さんは、「少し緊張されましたか?」と俺の様子を見て声をかけた。「少し。」心なしか小さな声で言うと、「そうですよね。」と受け止めた。

そして、少し考えるそぶりを見せた後、「転職って、航海みたいに、目的地に着くまでは穏やかな時も、大荒れの時もあるんですよね。先の見えにくさもあります。だから、楽しみ以外に緊張とか不安もあって当たり前ですし、あっていいと思ってもらえたと思います。私たちのような者は、秋山さんが心の羅針盤に沿って進む航海を支えるためにいるので、大舟にのったつもりでとは言えませんが、共に進んでいきましょう。」

俺は何故そんなに突然に緊張したのか分からないが、緊張も不安もあっていいと言ってもらえると、そうだよなと思えて、ふっと気が楽になり、硬くなった身体が少し緩んだ。

奈緒さんから、少し間を置いた後、「よければ具体的な仕事のイメージを掴んでいきたいと思いますが、大丈夫そうでしょうか?」と聞かれ、今の俺の気持ちの状態を受け止めつつ、話を前に進めるためにここに来ているという目的の両方を考慮した上で、俺に無理のないように進めようとしてくれていることが伝わってきた。

「大丈夫です。」と、いう俺の返事に対し、奈緒さんは、「焦らず一歩一歩進んでいきましょう。」と穏やかな中にも頼もしさを感じられる微笑みで、しっかりとした口調で言った。俺は、翔太に誇れる俺として、仕事をするための第一歩としてここに来ている、という原点のような気持ちも思い出して、気持ち新たにこの時間に向き合うことにした。

「そうしましたら…、そうですね。さきほど、どんな会社や仕事に惹かれるかを書きだしたとお伝えくださったので、それについて少し詳しくお話いただけますか?」奈緒さんに言われた俺は、クリアファイルから紙を1枚取り出し、自分がイメージした仕事を箇条書きにしたものを奈緒さんに渡した。

そこに書いたのはたったこれだけだった。
・つながる ー人、自然、新しいこと
・人とかかわる
・経験する
・大人と子供

しかし奈緒さんは、「だいぶ見えてきましたね。」と言った。「これでですか?」俺が驚いて言うと、奈緒さんは「『人が、何かを経験すること』を叶えるサービスなどをされたいのかな、と思いました、」と答えた。

そういわれてみればその通りで、俺もそういう仕事だと思えてきた。

「あとは、『大人と子供』とか『人とかかわる』とか『自然』、『新しいこと』というキーワードも出てきましたね。」

奈緒さんに言われると、俺がやりたいことなのに俺1人では全然見えていなかった世界が、ベールが剝がされるかのように見えてくるから不思議だ。

奈緒さんが、「以前の会社での『挑戦』に惹かれなかった理由も見えてきましたね。」と遠慮がちな笑顔で言った。

その言葉に、俺はハッとなった。

まるで世紀の大発見をしたような感動を覚えた。なぜ、西川プラントのプロジェクトに入るのが『挑戦』と思えなかったのか、やっと分かった!答えが分かったスッキリ感や喜び、納得感で俺の心が溢れた。

そりゃあ西川プラントの案件には惹かれないはずだ…、と今となっては納得できる。

でもあの頃は、自分が本音にふたをしていることにも気づいていなかったし、何がしたいかなんて今よりもさらに分からなかった。旅にも行っていないし、『挑戦』だって奈緒さんのところにきて始めて言葉になったものだ。それなのに、なんで西川プラントのプロジェクトに入るのは「違う」「いやだ」と俺は思えたのか、本当に不思議だ。

さっき奈緒さんが言ってくれた「心の羅針盤」があるとしたら、それは俺が気づいていようと気づいてなかろうと、俺の進むべき道を示しているのかもしれない。そうとしか思えなくなってきた。

一瞬のうちにいろいろな思いが頭の中を駆け巡り、「本当に、そうですね!その通りです!」と、俺は興奮する感情を抑えきれない様子で、奈緒さんの言葉に同意した。

「すみません。また脇道にそれてしまいました。」奈緒さんは謝ったけど、俺はものすごいプレゼントをもらったと思ったし、どれだけでも話してほしいと思った。

「脇道どころか、大発見でした。」俺は言ったが、それでも、「すみません、思わず言ってしまって。」と、奈緒さんは恐縮した。

「では、改めて、企業サイトや求人でよさそうに思ったところはありましたか?」

奈緒さんに聞かれ、「あまりないんですけど…」と、俺は春旅旅行社のエコツアーとか、キッザニアとかを挙げた。

「今あげていただいたような会社で、自分自身が実際に働いているイメージは持てますか?」と聞かれ、思いめぐらせると、旅行会社は悪くないけれど、キッザニアは違うと思いそれを奈緒さんに伝えた。

「ありがとうございます。私もより一層、秋山さんの進みたい方向が見えてきた気がします。これから企業への応募のフェーズに入っていくにあたり、現時点ではもう少し幅を考えてもいいかなと思います。」

チラリと時計に目をやった奈緒さんが、俺の目を見ながら話す。

「少し、私から提案や情報提供をさせてもらいますね。よかったらメモなどもお取りください。全部で3つになります。」奈緒さんに促され、俺は念のために持ってきた手帳サイズのノートをカバンから取り出し、テーブルに広げた。

奈緒さんは、自分自身でも少し考えるような感じで、ゆっくりと話し始めた。

「1つ目が、お仕事の内容についてです。たとえばですが、職種で言えばイベントプランナーが近いかと思います。ただ、求人サイトは、この職種で調べるとジャンルが多岐に渡ってしまうので、ある程度興味のある分野に絞る必要があるかもしれません。そうですね…、秋山さんの場合は、求人から見るより、興味を持ったサービスや商品を行っている企業を見つけて、その企業の求人ページを見ていく方が、もしかすると効率がいいかもしれません。」

イベントプランナー、企業サイトから求人を見る、と、俺はノートに箇条書きで書き込んだ。イベントプランナーなんて俺とは全く関係なさそうだけど、面白そうではある。

「あとは、学生さんに企業のインターンシップや職場体験を斡旋している会社さんとか、条件面が厳しいかもしれませんが留学エージェントさんなども候補に挙がるように思いました。これまでに伺った秋山さんの興味分野とスキルもマッチングしているので、一度ご覧になってみてください。」

これはたしかに、体験を提供できるし、子どもではないけど若い人向けのイメージだからしっくりくる。調べるのが楽しみになってきた!

「いくつか職種お仕事について提案をさせてもらいましたが、聞いた印象はどのような感じでしょうか?」

「イベントプランナーはちょっと想像しにくいですが、あとの2つはかなり良さそうです。ありがとうございます!」

「よかったら、まずは一旦この辺りで探して見られたらどうかなと思います。」
「はい。」

「お仕事の探し方については、いかがでしょうか?」

「ネットの求人サイトとかで見てみようと思っています。」

「そうですね。まずはそれでいいと思います。求人を見ながらより一層、どのようなお仕事が希望なのかを絞ることもできると思います。他にも、公共機関としてはハローワーク、あとは転職エージェントというサービスも世の中にはあるので、場合によっては利用するのもいいと思います。」

転職エージェント。聞いたことはあるけど、なんだろう、後で調べてみるか、と一応メモをした。

「大丈夫そうでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」

「それでは、2つ目になりますが、働き方や条件の面で、本当に譲れないポイントを整理されるとよいと思います。たとえば、収入にしても、今の支出を洗い出して、最低限必要な金額を出したり、休日や勤務時間、勤務地についても、絶対に譲れないラインや、譲れるポイント明確にすることです。」

奈緒さんは、俺に伝わるように一言一言をゆっくりと伝えてくれる。

「この時意外と、ご自分自身では絶対に無理だと思っていても、ご家族できちんと話し合うと大丈夫だということもありますし、またその逆で、ご自身では大丈夫だと思っていてもご家族からは反対が出ることもあります。なので、一度、お金・時間・場所・働き方などについて詳細を見える化した上で、ご家族と話し合われることをお勧めします。」

たしかに、その通りだ。俺は理沙に相談もせず、一人で12月までに決めないと、といつの間にか勝手に思い込んでいた。だけど、お義母さんから幼稚園のことや、年内に就職先が決まらなかった場合に育児を手伝ってもらう選択肢があることを言われて、12月までに就職先を決めないいけない制約は絶対ではなくなった。3人寄れば文殊の知恵か。

俺は、詳細を見える化、相談する、とメモをした。

「これについてはいかがですか?」と奈緒さんに聞かれ、「大事ですよね。やります。」と俺は答えた。

「長くてすみません。最後に応募についてです。」奈緒さんは、一つ一つの言葉を俺が受け取れるように確認しながら話してくれている。

「できれば12月までに決めたいとおっしゃっていたので、条件が整理できて、いいと思うお仕事があったら応募なさってくださいね。その際に、応募書類の書き方や、面接についてもサポートできますので、必要に応じてお声がけをいただければと思います。」

「もしくは、方向性やご事情の変化もあるかもしれませんし、お仕事の内容をより一層具体化したり、考えを整理したりもできますので、秋山さんの『挑戦』に最後までご一緒できたらと思っています。」

「私からのお話が長くなってしまいましたが、いかがでしょうか?」

いよいよ一歩を踏み出すのだと、また緊張感が高まってきた。でも、やるしかない。むしろ、俺はこの挑戦をしたくてここにいるんだ。そう思い、俺ははっきりとした口調で奈緒さんに俺の意見を伝えた。

「ありがとうございました。視野が広がりました。実際に応募するイメージも持てました。また相談させてください。」

「では、本日はこのようなところでよろしいでしょうか?」と聞かれ、「はい、ありがとうございました。」と俺は答えた。

「挑戦、頑張りましょうね!」奈緒さんに言われ、この転職自体も挑戦だと改めて思い、やってやる、という思いが一層湧いてきた。

「ありがとうございました。」お互いにお辞儀をして、俺はカウンセリングルームを後にした。

家に帰り、昼ご飯を食べた。さて、どうしようかな。と思いながらソファーに座り、まだもう少しゆっくりしていてもいいか、という気分でスマホで「イベントプランナー」と検索をしてみた。

すると、「イベントプランナーの求人なら」と書かれたサイトが一番上に表示された。スポンサー、と書いてあるけど求人サイトっぽいからいいだろう、とタップした。

「イベントプランナーのお仕事」と書かれ、求人案件がたくさん並んでいる。いくつか目にした中で、「イベントプランナー/都内近郊/未経験歓迎/急募」というタイトルで、社名の書かれたロゴの前で若い男女が7,8人で笑顔で映っている写真の求人があり、試しにタップしてみた。年収300万円~500万円。ウエディング会場、ホテル、レストランなどの会場を使ったイベントを提案します。

あ~、こんな感じ?俺には関係ない、とすぐに検索結果一覧に戻った。スクロールをするものの、ゲームプランナー、ウェディングプランナー、全然興味のないものばかりで諦めようと思ったその時、「子供向け/イベントプランナー」というタイトルが目に入った。気になる!。

詳細を見ると、子供向けの英語やプログラミング教室の立ち上げや生徒募集、集客のためのイベント企画立案。という求人だった。悪くはないけど、いまいちだ。もっと他を探したくなる。

求人一覧に戻って再びスクロールをするものの、あまりに興味のない求人の数々にいやになり、このサイトはダメだ、と、Googleの検索結果に戻る。

すると、「イベントプランナー 学部」「イベントプランナー やりがい」など、Googleが提示してきた「他の人はこちらも検索」に出ている検索候補に興味がわいてきた。「イベントプランナー やりがい」をタップし、一番上に表示された「イベントプランナーのやりがいとは」という見出しの転職サイトが提供している記事を見てみることにした。

「商品の知名度アップや、金銭的な利益を提供し…、チームを組んで進める…」うーん何か違うと思いながらも読み進めると、

「人に出会いや体験を提供する空間・場を作るイベントプランナーの仕事は…」

というフレーズを見て、まさに俺のやりたいことはこれだ!と、サイトを閉じようとしていたところから、もっと先を読みたい!に意識が180度変わった。

そうだ、俺は、人に出会いや体験を提供する空間や場を作りたい。

これが俺のやりたいことだ、とはっきりと認識した。

さらにサイトを読み進めると、音楽、スポーツ、自治体向け、商品PR、ウエディングなど、ジャンルが多岐に渡ることが分かってきた。

なるほど、企画、顧客の意向のヒアリング、プロジェクトの進行管理や関係各社との調整など、フェーズによってさまざまなスキルが必要なのか。企画自体はやったことがないけど、そのほかは全て今までのやってきたことを応用すればいい気がする。奈緒さんが、スキルにもマッチングすると言っていた意味が分かって、なるほどなと思った。

ただ、ジャンルが問題だな。音楽やスポーツは悪くないけど、音楽イベントをやりたいわけじゃないし…。できれば海外とか親子とか、新しい体験なんだよなー、とふわふわと思い始めたら留学エージェントが見たくなってきて、「留学エージェント」と新しくGoogleの検索窓に入れた。

「留学エージェント 求人」という候補が出てきてタップをし、一番上に表示された先ほどとは別の求人サイトを開いた。

なるほど。留学カウンセラーと呼ぶのか。留学プランの提案や問い合わせ対応、渡航後のサポートなど。悪くない気はする。

「『なぜ留学したいのか』『どんな夢を見たいのか』に寄り添い、はじめの一歩の後押しとサポートをする仕事です。学歴不問。留学などの海外滞在経験者優遇。」と書かれた文字を見て、留学経験まではないのがネックだと思いつつ、「慣れれば在宅勤務も選べます。」という言葉には、翔太との時間を考えるといいかもしれない、と惹かれた。

求人を見るたびに、ワクワクしたり、違うと思ったりを繰り返すうちに1時間も経ってしまった。だけど、応募したいと思うものは一件もない。かろうじて悪くないかも、と思ったのが一件あったけど、積極的に応募したいとは思わない。これを繰り返して、俺は仕事にたどり着けるのか?と思うと急に不安になってきた。今までのんきにしていた自分にため息をつく。

先の見えない迷宮に迷い込んだような心の重さを感じ、その重さに押しつぶされそうになったその時、これは玉石混合の求人の中から本物を見つけるダンジョンなんじゃないか、とふっと思った。難易度が高いけど、そう思うとやってやろうじゃないか、クリアしてやろうじゃないかと俄然やる気がわいてきた。だけど、最初にこのダンジョンに向かうのが妥当なのかというと、それは違うんじゃないか、という戦略的攻略法を考える担当の俺が呟いた。

うーん…どうしようか。腕組みをして考えて、なおさんから金銭面や働き方などの条件を整理するように言われていたことを思い出した。

俺はパソコンのある部屋に移動してエクセルを立ち上げ、デスクトップに作った「転職」フォルダの中の「挑戦への道」と名付けたファイルを開いた。新しいシートを追加し、現状では2馬力のどんぶり勘定でやってきたわが家の支出一覧を作ろうと思った、その時だった。ブルブル、ブルブル、とひっくり返して置いた背を向けたスマホがパソコンの隣で揺れ続けている。手に取って画面を見ると「保育園」と表示されている。呼び出しか、と聞かなくても要件は半ば分かったが、通話の方へフリックした。

「はい、秋山です。」と電話に出ると「みらいの丘保育園の園長の川田です。翔太君のお父様でいらっしゃいますか?」と、その声に、翔太の保育園で朝の送りで必ず挨拶に出てきてくれる川田先生の顔が浮かんだ。

「お父様、すみません。先ほど翔太君の顔が赤いのでお熱を測ったところ37.9度で、お迎えをお願いしたいと思いまして。」

「はい、分かりました。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

電話を切り、そのまま理沙に「翔太熱。37.9度。迎え行ってくる。」と連絡した。

迎えに行くと翔太は思いのほか元気で、いつもの笑顔を見せてくれた。翔太を家に連れて帰り、かかりつけの小児科に連絡をすると、今日は予防接種専用の時間もあって、当日の予約は取れないと言われてしまった。季節柄当然か。ほかの病院に連れていくか、どうしようかと思いながらもう一度翔太の熱を測ると37.2度まで下がっていた。

俺も育休中には病院には連れて行ったことがあるけど、それから後はずっと緊急対応は理沙がしてくれていたのでこのパターンは初めてだ。どうしよう。

まあでも、明日も俺が面倒を見ればいいし、翔太の顔や動き、俺の直感が大丈夫だと言っていたので、WEBでかかりつけの小児科の明日の予約をとった。

そうこうしているうちに理沙が帰ってきた。

いつものように玄関に迎えに行った俺と翔太を見て、理沙は「翔太君、お熱出ちゃったの。でも、元気そうね。」とほっとしたような拍子抜けしたような顔をした。「翔太のお迎えありがとう。」理沙が靴を脱ぎながら俺に言ってくれた。こういう何気ない一言が俺を元気にする。そのまま「病院はどうした?」と聞かれて事情を話すと、「うん。この感じなら明日で良さそうだよね。さすがだね!」と言われ、同じ意見でほっとした。

翌朝、翔太は機嫌よく元気いっぱいなものの、少し咳をしていたのと37.5度の熱が続いていて、予定通り病院に連れて行った。病院には1人だけパパがいたけど病院に来ているのはほとんどママで、ちょっと肩身が狭かった。

病院では感染症の類ではなく風邪だろうということで、咳・たんの薬と、解熱剤をもらって家に帰った。

公園に遊びに連れて行くわけにもいかないので、微熱はあるもののエネルギーでいっぱいの翔太を俺は一日相手をするはめになった。そのため、家計チェックはおろか、求人案件探しは合間合間にスマホで見たけどいい求人はひとつもなく、転職活動はなにも進まなかった。

実際はいろいろとやろうと思えば出来たけど、翔太の世話をしたかったというのが本音だ。

俺が年長の頃に風邪で幼稚園を休んだにも関わらず、こんな風に元気だったときのことだ。ちょうど弟の出産のために母は入院していて、代わりに家に来て俺の面倒を見てくれていた祖母が、俺と一日中遊んでくれたことがすごく嬉しかったという記憶があって、それを俺も翔太にしてやりたかった。

転職活動は一日遅れるけど、こういうのも俺の本音で、それを大事にすることも大事な気がして翔太と遊ぶことを選んだけど、結局丸二日間を翔太と家で遊び続けることに費やしてしまった。

気づけば明日は11月22日、真柴の結婚式だ。

明日は拓海も来る。前回会ったあの時、俺に言った言葉の理由を聞いてみようと思った。


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