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パパのオレ、オレになる?! 第14話

第14話 目覚め

人とのふれあい、新しい体験、壮大な景色、異なる文化、動物たち、大自然のエネルギー。こう、なんていうか…一人でいるのに一人じゃないと感じられる。精神的な広がりを感じられるような…。人間だけじゃない?それもちょっと違って…。なんて言うんだろう。広がっていく?

奈緒さんに、オーストラリアで得た体験や感覚を次の仕事に活かしたい、と、理沙やお義母さんに話したことをもう少し整理しながら話したけれど、やっぱり曖昧さはあって、うまく伝えられないもどかしさを感じていた時だった。

俺の言葉が止まって、しばらく間をおいてから奈緒さんは、言った。

「つながり…という感じでしょうか?」

その言葉を聞いた瞬間、すべてが一つの線で繋がったように感じた。パースで出会った人々、動物たち、緑豊かな自然、広大な海や大地、空から見下ろす街並み。それらすべてが一つのつながりの中にあるということが、はっきりと感じられた。

「そう!つながりです。」

繋がってる。

そうだ。いつの間にか、会社という狭い世界で、パソコンにひたすら向かうとか、お客さんの機嫌を気にするとか、期限を守ることに必死になるとか、そういう目の前のことだけにしか目が向かなくなってしまっていて、本当はもっともっと広い世界があったことをなんで忘れてしまっていたんだろう。

アメリカでの旅も経験しているのに、それはもう実家の倉庫に眠るアルバムの1ページとして埋もれてしまっていた。今の俺とは関係ないことのようになっているけれど、ちゃんと、俺はそういう世界があることを知っていたし、今も本当はそういう世界で生きているんだ。

俺の腹は決まった。
そういう世界をつくる仕事をしよう。

俺は奈緒さんに今考えたことをそのまま伝えた。すると奈緒さんは、「そういう世界をつくる仕事、いいですね!」と俺に言ってくれた。俺の言った言葉のままだけど、言った言葉のままだからこそ、そう言ってもらえると、そうだよな、いいよな、とますます思えてくる。

「では、そういう世界、についてもう少し伺っていきたいと思います。そうですね…。最初にイメージをお伺いして、それからもう少し具体的な部分。そして、どうやってそこに向かっていくかというような流れで一緒に考えていけたらと思います。」

これから先の流れがイメージできて自然と心の準備ができた。

「では、まずは、イメージをお伺いしますね。」
「はい。」俺は頷く。
「そういう世界を作ると、どんな想いが満たせそうでしょうか?」

どんな想い、かぁ…。俺はまだ真っ白だけど遠くにおぼろげに見えているその世界を想像して、その世界ができると、俺はどんな風に思うのだろうと思いをはせた。

すると、生きる喜びとか、繋がる喜びとか、なんとなく、漠然とだけどそういう、人の笑顔がそこにはあるような気がした。

「生きる喜びとか、つながる喜びとか、そういうの…でしょうか…」

「生きる喜びとか、つながる喜び。もし、それが満たされると、どんなことが起こりそうですか?」

難しそうな質問なのに、この質問に対しては、俺は瞬間的に「生きてるっていう実感が持てそうな気がします。」とあっさり口から言葉が出てきた。ちょっとズレている気もしたけど、そんな感じだった。

「そのまま、イメージでいいので、『つながって』『生きる喜び』を感じて、『生きてるっていう実感』が持てる。そのために何かをしたいとか、してそうだなと思うことが湧いてきたら、教えてもらえますか?」

俺は目をつぶって、上を向いた。すると、イキイキと、人と打ち合わせをしているイメージが浮かんだ。新しいサービスをつくるために、打合せをしているようだった。

それを奈緒さんに伝えると、「いいですね。伺って、私もそうやって秋山さんが活躍をしてそうなイメージが浮かんできました。」という答えが返ってきた。

考えていくうちに、そういう世界にいる感覚を感じられて、だんだんと身体が温まってくるような感じがしたし、想像の世界のことだけど、近い将来に俺がそういう世界をつくるために打合せをしていそうなイメージが見えたことも、未来が見えた感じがしてほっとした。

「では、次に、もう少し具体的なところをシェアしてもらえたらと思います。」
「なにか、今伝えてくださったキーワード以外に、こういう感じとか、なにか伝えられそうなことはありますか?」

すると途端に俺は真っ白になってしまった。しばらく考えてみたものの、お手上げだった。

「すみません、全然出てこなくて…。」

「難しいですよね。」奈緒さんは優しい口調でそう言ってくれた。そして「大丈夫です。そうしたら、やり方をお伝えするので、よかったらこれは自宅でゆっくり考えいただくということで、いかがでしょうか?」

やりかたも伝えてもらえると聞いてほっとした俺は、頷いた。

「そうすると、そのような世界が少しあいまいなままですが、その世界をつくるために、プラスになりそうなことは何かありそうですか?」と奈緒さんが俺に問いを投げかけた。

プラスになりそうなこと…それは、今もう会社を辞めていることだと思った。後は何だろう…。

「会社を辞めていることですかね。」奈緒さんに伝えると、「他にはありそうですか?」と再び聞かれ、俺は「うーん…、だめです。」と答えた。

すると奈緒さんは「私には、秋山さんの経験もたくさんプラスになりそうに思えます。」と言った。

「経験ですか?」
「そうです。たとえば、今回の旅では、旅に行く計画力や行動力、そこから学ぶ力などです。」

そういわれると他にもたくさんありそうな気がしてきた。会社員時代に培った、設計する力とか、プロジェクトを進める力、人と人を調整する力とか、理不尽に耐える忍耐力とか、そういうのも役立ちそうだと思った。

それを奈緒さんに伝えると、「いいですね!たくさんありそうですね!」と言ってくれた。

そして、「秋山さんにはそういう力がまだまだたくさんあると思います。ご自分に、どんなスキルや能力があり、何が強みかを整理することも必要なことですので、これも、よければ宿題にさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか?」

俺はその通りだと思い、頷いた。

「スキルや能力の棚卸の方法や書き方はわかりますか?」奈緒さんの質問に対し、俺は前の会社で使っていたスキルマップや評価面談の時のシート、学生時代の自己分析で使ったライフラインチャートを思い出して、「大丈夫です。」と答えた。

「では、今度は、今秋山さんが思い描いている『広がりやつながりをつくるような世界』の実現にあたって、マイナスの要因になりそうなものは何かありそうですか?」

邪魔をするもの…。うーん…。一瞬だけ翔太の顔が浮かんだけれど、翔太が直接邪魔をするわけじゃないしな、と思い直す。お金?でもまだ何がしたいのか決まったわけではないから、そうとも言えないし…

「すみません、わかりません。」と、奈緒さんに答えると、微笑んで「大丈夫です。正解があるわけじゃないので。」と言った。

「では、『広がりやつながりをつくるような世界』について、どうやったらそこにたどり着けるか、ルートがいくつかあると思います。たとえば、起業するとか、会社を探すとか。そういうことについては、今お考えになっていることがあれば教えていただけますか?」

起業といわれて、起業かあ…、と思いめぐらせてみたけど、BBQで真柴の話を聞いたときもそうだし、今も俺が起業して何かをやるのは全然想像できなかった。

「起業は全然考えられません。」答えると、奈緒さんから、「理由を伺ってもいいですか?」と聞かれたので、その答えに至った理由を伝えた。「ありがとうございました。理解できました。そうすると、求人に応募することになりそうですね。」と言った。

「では…、お時間の都合で、すみませんがまとめに入らせてください。」と奈緒さんは頭を下げた。俺はもっと話を進めたかったが、最初にパースでのまとまらない話を延々と話したのは俺だとも思い、時間は約束で決まっていることなので「はい。」と答えた。

「秋山さんのお仕事として叶えたいことは、『つながって』『生きる喜び』を感じて、『生きてるっていう実感』が持てる世界をつくること。新しいサービスをつくるための打合せをしていそうだというイメージが湧いてきました。そして、それを行うための会社を探すという方向性が見えてきました。それから、宿題が2つで、1つ目が秋山さんが叶えたいイメージをもう少し具体的にすること、2つ目が秋山さん自身の語彙経験やそこから得たスキルや能力などを整理することでした。」

「そのまま、宿題についてお伝えさせてもらいますね。」
えっと…と小さく言いながら、奈緒さんは手元のメモを見る。

「1つ目の宿題についてですが、方法の1つは、秋山さんがお持ちのイメージについて、ぜひ紙に書き出してみてください。ばらばらで構いません。単語でも、絵でも、ジャンルでも、似たサービスでも、とにかく思い浮かぶことを書いてみることをおススメします。秋山さん自身や、お客様が、いつ、どんなところで何をしていそうなのか、なども考えて見てください。」

俺に伝わるように、奈緒さんは心持ちゆっくりと話してくれている。

「それから、もう1つは、自分のイメージに近そうなことをやっている会社をネットなどで探してみることです。まずは、秋山さん自身のイメージを可視化できるように、あまり深く考えずいろんな会社さんを『発見』していく感じがいいかと思います。」

「長くお話してしまいましたが、私からは以上です。今日のことや、宿題についてでも、なにかご質問や伝えておきたいことなどはありますか?」

スキル整理は大丈夫だし、俺の作りたい世界をもっと具体的にする方法もできそうだと思った。時計を見ると、ちょうど終わりの時間だったこともあり、俺は「どちらも大丈夫です。ありがとうございました。」と答えた。

カウンセリングルームを出ると、青空が広がっていた。空の広がりと対照的に、今日も密度の濃い時間だった。前回もそうだったけれど、ここに来ると、時間には濃度があるんじゃないかと思える。

それに、終わった後には、状況は何も変わっていないし、まだ未来が見えないことも変わらないのに、「俺はこの道をきちんと進んでいる」という安心感というか、自分に対する信頼感みたいなものを感じられるようになる。

よし、飯でも食って宿題でもやるか、と家路についた。

自宅について、ポケットから財布を取り出して小物置き場に置いた後、手洗いうがいを終えてダイニングに向かい、TVをつけた。男性アナウンサーが真面目な顔をして伝えるニュース番組から、スタジオで賑やかに芸能人が笑っている番組にチャンネルを変える。

シンクの蛇口からシャーッとティファールに水を注ぎ入れ、受け台においてスイッチを入れた。それから、乾物の入っている棚から四角い大きなカップ焼きそばを出して、フィルムをぺりぺりとはがして、かやくとソースを取り出した。

テレビから流れる、これから行きたい温泉宿の紹介を眺めていると、カチっとお湯の湧いた音がして、カップ焼きそばにお湯を入れる。「アレクサ、5分計って!」と呼びかけると「1番目。5分のタイマーを開始します。」と、返事が返ってきて、タイマーが開始された。

カップ焼きそばは結構好きなのに、会社員時代は全然食べることがなかった。土日の昼も翔太のためになんだかんだ作ることが多いので、平日の昼にジャンクフードを食べるのが何気ない楽しみだったりする。

こんな小さなことからも、我慢しているつもりはないのに我慢していることが山のようにあったんだと気づく。人生なんて、自分の思い通りにならないのが当たり前で、我慢に気づかないまま死んで行けたらいいけど、そういうわけにもいかないか、なんてことを時間ができた今は思うようになった。

旅をしていた時もいろんなことを考えた。社会人になって「何も考えないで日常を回すこと」。その歯車になっていたことを実感するようになってきた。誰しもが社会を構成する歯車の一部かもしれないけど、どんな「歯車」になるのかくらいは選びたい。

アレクサから、5分を知らせる音が聞こえてきた。

昼を食べ終わり、パソコンに向かった。どうするか…、と思いながら、行、つまり右側に時系列に沿ってプロジェクト名を並べた。列、つまり縦に出来事や培った能力、スキルを並べていくことにした。すると、最初は開発言語の名前とか、開発環境の名前とか、システム開発以外で役に立つとは思えない項目ばかりだったけど、だんだんと、顧客調整とか、トラブル対応とか、システム開発以外でも役に立ちそうな経験も出てきた。

奈緒さんが、旅のことも言っていたので、学生時代の自己分析も思い出しながら、プライベートのことも時系列に沿って並べ、その下に軽いエピソードと得たことやスキル、能力を書きだしていった。

ふと、翔太が生まれてからの育児のことも書いてみようと思った。

翔太0歳
ウンチ漏れ:予期せぬ事態への対応力
泣き続ける:理由の分からない出来事への忍耐力
赤ちゃん:言葉の通じない相手とのコミュニケーション

そんな風に意外といろいろ書けた。そして、仕事よりよほど習得するのが大変な能力を俺は鍛えてきたんじゃないかという気がしてきた。

そこから集中して翔太2歳まで一気に書き上げ、ふっと我に返ると16時を過ぎていた。翔太を迎えに行く時間だ。そう思いつつも、自分で書いたエクセルを見渡しながら、俺、すごくないか?と思った。もともと自分の中にあった力なのに、今まで見えていなかった自分の力が見えるようになるだけで、すごい自信が湧いてくるから不思議だ。

俺はエクセルを上書き保存し、パソコンにロックをかけて翔太のもとへ向かった。


#創作大賞2024 #お仕事小説部門

1組でも多くの幸せ夫婦を増やすために大切に使わせていただきます。ありがとうございます。