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パパのオレ、オレになる?! 第11話

第11話 閃き

理沙はせっかくできたリズムが出来ていることや、通常の勤務時間に戻したあとにまた今の時間帯に戻すのは社内調整が面倒という理由で、翌週からも変わらず早出をする勤務スタイルで出社した。

俺が最初に保育園に迎えに行ったときには、担任の先生に「今日は、お父さんなんですね!」と言われた。さすがにこれまで2年近く理沙が迎えに行っていたのに、突然来たらそうなるか。その後、送り迎えともに俺が行くようになったことで、先生も何か事情があると思ったようで、「翔太君のママはお元気ですか?」と聞いてきた。

「元気です。」と、答えたものの、その時に、保育園には在園ルールがあったようなことを思い出した。調べてみると、うちの市では会社を辞めたら保育園は基本は退園で、そのまま求職の場合は続けて3か月まで在園できるということだった。でもまだ有給消化中だし、仕事は探すしな、と思った。

一か月くらいはゆっくりしようと思ったし、少なくとも有給消化中は何も考えず休んで、10月に入ってから考え始めればいいだろう。

そう思いながら、時間に追われない生活を始めて1週間ほどが経ったある日、いつものように翔太を送って家に帰りポストを確認すると、結婚式の招待状が来ていた。「いい夫婦の日」に執り行う結婚式だ。事前にラインで出欠を聞かれて回答済みではあるので、招待状がやっと来たか、という感じだった。

招待状の送り主、新郎の真柴浩之は学部時代の同級生だ。本人は中学受験で鍛えたと言っていたが頭の回転が早く、仲間内のブレーンという感じだった。にも関わらずおちゃめで、誰にでも愛されるうらやましい奴だ。真柴は最初は飲料系の会社にいたけど4年目くらいで転職をして、今は環境コンサルタントとして仕事をしているらしい。

たしか今年のGWに、浩之の婚約者のお披露目の目的も兼ねたバーベキューで話した時は、仕事が楽しくて仕方がないと言っていた。奥さんになる人も同業者で、同じ志をもつ二人で、いつかは一緒に何か仕事を立ち上げたいと話していたのが印象的だった。

招待状を見てその時のことを思い出した。理沙は同業のようなものでも、二人で仕事を立ち上げるなんていうことは全然想像できない。

しばらくはゆっくり休もうと決めていたけれど、時間はあっという間に過ぎて、10月に入り、俺はついに「専業主夫」になった。「専業主夫」は、肩書があるようでない、不思議な感じがする。

一か月はゆっくりすると決めたから本気で転職活動をする気はないのに、保育園の条件的には年内に決めないとな…と思ったり、どんな仕事をしたいんだろう、と思ってもなにも浮かばない自分に焦る気持ちが生まれるようになった。

だから、一応転職サイトに登録はしたものの、どの求人にも魅力は感じないし、ダイレクトメールがくるのはシステムエンジニアばかりで、俺にはやっぱりシステムエンジニアしかないのかと思うことも、気が重くなる原因だった。

その一方で、一か月はゆっくりすると宣言していることもあって、今のところ理沙から俺に仕事探しのことを何も聞かれないのはプレッシャーにならなくてありがたい。

それでも、俺がどんなふうに思っていたとしても、毎日朝が来れば翔太を起こしてご飯を食べさせ、保育園に送って、夕方が来れば迎えに行く。風呂に入れてご飯を食べさせる。毎日やることは変わらず訪れた。

なにもせずゆっくり休んでいるはずなのに、時間が経つにつれ、むしろ「自分のしたいこと」が全然分からない、ということがより一層自覚でき始めて、どんどん暗闇の中に入っていくようだった。

やりたいことなんて、みんなどうやって見つけているんだろう…

10月13日は俺の誕生日。たまにはデリバリーでも頼みたいという俺のリクエストで、大きな桶で中とろの入った寿司を奮発して頼み、二人でスパークリングワインをあけた。

翔太はごちそうさまをした後、今日だけは特別!と、翔太にはテレビの前に座って大好きなシナぷしゅを好きなだけ見てもらい、金曜日だったこともあり、たまには時間を気にせず飲もう!と俺たちは飲みながらふたりでバカ話を続けた。

ナッツとかエイヒレをだれだらとつまみながら、二杯目か三杯目で理沙は缶のカクテル、俺は酎ハイを飲んで楽しい時間を過ごしていたとき、ふいに理沙が「アツトさ、旅でもしてきたら?」と言った。

突然の理沙の言葉に、「行けるなら行きたいけど、そんなの無理じゃない?」と間髪入れず俺は答えた。お酒の入っていた俺は、さらに畳みかけるように、「俺だって行けたら行きたいよ。だけど、そしたら翔太の面倒は誰が見るの?理沙、ワンオペ嫌でしょ?」と言った。

「まあ、それはそうだけど…」言葉を濁す理沙に、勝手なことを言ってくる理沙にイライラしてきた。

「うーん。。そうなんだけど、アツト、なんか最近苦しそうっていうか。苦しそうっていう感じでもないんだけど…なんていうんだろう。翔太のお世話しなきゃって。すごくありがたいことなんだけど、それがアツトを苦しめているんじゃないかっていう気もして。なんていうんだろう…前より楽しそうじゃなくなった。そう。前より楽しそうじゃなくなったなって。」

俺のイライラを逆なでしないようにか、理沙もだいぶお酒が入っているからか知らないけど、かなりたどたどしい言い方で、さらに俺が楽しそうじゃないという言葉にカチンときて、「だから、旅に行けって?」と思わず不機嫌に言葉を投げつける。

それでも理沙は「そもそも今の仕事選んだのも、学生時代にアメリカを旅して日本より進んだ世界を見て決めたって言ってたじゃん?だから、また海外に旅にでも行ったら、何か変わるんじゃないかなって。どこか行きたいところないの?」と言ってきた。

言葉が耳に入り自然と、どこか行きたいところはないかと逡巡した。でも、どこも思い浮かばなかった。

すると急に胸糞が悪くなってきて、俺は2,3口分残っていた缶酎ハイを胃に流し込んで、「翔太の寝かしつけもあるし、そろそろ片付けるか。」と立ち上がった。

理沙は言いたいことがたくさんあるけれど、それを飲み込んでいるような悲しそうな表情をして、何も言わないことを選んでいるかのようにギュッと口を閉じていた。

それから俺たちは気まずい雰囲気のまま、俺は無心で食器をシンクに運んだり、食洗器に入れたり、残りの寿司を皿に移してラップをかけて冷蔵庫に入れたり、とダイニングテーブルの片付けをした。理沙は翔太を歯磨きに連れて行ったり、寝かしつけを始めた。

片付けが終わると、俺は理沙にかろうじて「おやすみ」を言った。俺のイライラの原因が理沙にあるわけではない、ということが心のどこかで分かっていたからだと思う。ベッドに入った俺は何も考えたくなくて、そのままアルコールの酔いに任せて眠りについた。

翌日、目を覚ますと10時だった。スマホを見ると、9時43分に理沙から、翔太と近所の第一公園に行ってくるという連絡が来ていた。

カーテンを開けると晴天だった。俺は寝起きなのに満腹感を感じて、昨日の寿司と理沙のセリフを思い出した。そして、大きく息を吸って…ため息をついた。だけどあまりにいい天気が前を向けと言っているように思えて、両手に握りこぶしを作り、胸の位置に置いて同時にグッと両腕を後ろに引いてお腹に気合を入れた。

そうすると気分も変わって、今日一日を楽しく過ごそうと思えてきた。

「ただいま~!」
「ただいま~!」

二人の声が玄関から聞こえてきた。
「おかえり」と言いながら、俺はリビングの扉を開けて玄関に向かうと、「パパおきた。」と翔太に言われてしまった。

「起きたよ翔太。一緒に手を洗うか。」と翔太を抱き上げて洗面所に向かい、翔太用に置いている踏み台の上にそっと降ろした。翔太は上手にポンプを押して手に泡を出して、右も左も上手に手を洗う。泡をつけているだけのような気もするけど、この前までは自分でポンプを押すなんてできなかったのに、いつの間にか当たり前にやっている。翔太は成長している。俺も前に進もう、と思った。

リビングに行くと、理沙がソファーに座って電話をしていた。

「うん、うん。」
「ああ、前から言ってたやつね。」
「で、お父さんは何て言ってるの?」
「うん、うん。」
「どのくらい?そうなんだ。」
「そうだねえ。うん、それが良さそうだね。ちょっと考えてみる。」
「うん、分かった。連絡する。じゃあね。」

理沙がスマホを耳から離し、ソファー前の丸テーブルに置いたのを見てから、俺が「お母さん?」と聞くと、「うん。お父さんが入院するんだって。」と予想外の返事が返ってきた。

「大丈夫なの?!」思わず聞き返すと、「お父さんが、前から痛いって言ってた、ひざ。ついに手術をすることにしたんだって。」と言われ、そういえば、夏に理沙の実家に行ったときにそんな話をしていたことを思い出した。

「それでさ、アツトに相談なんだけど、その手術を高山記念病院でやることになったんだって。」
「うちの近くの?」
「そうそう、そこ。膝の手術の専門のセンターがあるらしくて。」
「へえ~そうなんだ。」
「うん。それで、実家からだと病院まで2時間半くらいかかるじゃない?だから、手術の前後に、お母さんがうちに泊まってもいいかって言ってきたんだけど、どうしようか。」
「俺は別にいいけど?」

翔太が1歳過ぎの頃、俺と理沙の二人ともインフルエンザに罹った時のことだ。お義母さんに泊まりがけで助けに来てもらったことがある。その時俺はほとんど寝ていたけど、別にお義母さんがいて嫌なことはなかったし、翔太の物がたくさん置かれたリビング横の畳の小さな小上がりでもお義母さんは文句も言わずに泊まってくれた。今回もそんな感じにはなるけど、それでいいならと思った。

「うん。アツトが良ければそれでいいんだけど、アツトが会社辞めたの、まだ言ってないなーと思って。」

そうだ、といろんな考えが瞬時に頭の中を駆け巡る。

「パパ、でんしゃであそぼ。」
翔太は足にまとわりついていたけど、退屈してきたらしい。

「翔太。パパ、ちょっとママとお話してる。ぷしゅみる?」
「みるー!」

俺はテレビ台に置いてあるブルーレイのリモコンをとって電源を入れ、テレビから画面を切り替えて未視聴マークのついている、ぷしゅを再生する。

「座って見てね。」と、翔太を抱っこしてソファーに座らせる。同時に、「あっち行かない?」と、ソファーに座っていた理沙にダイニングテーブルに移動するように提案する。

移動しながら、理沙が話を続ける。

「別に、お母さんにはアツトが会社辞めたの全然言っていいんだけど、お父さんがうるさそうだよね…。」

たしかに理沙の言う通り、理沙のお父さんからは、結婚するときに「仕事はしっかりやれよ。」と言われたし、その後も顔を合わせるたびに「仕事は順調か。」と言われるから、辞めた上に次も決まってないとなると、なんとも顔を合わせにくい。近場に入院しているとなれば、1度はお見舞いにも行くだろうし…

「お父さん、男は仕事してればいいと思ってるしね。」
と、理沙が不満を漏らす。

それを聞いて気が重くなってきた。理沙のお父さんはいい人だけど、「男は仕事をしてこそ一人前」という考えを根強くもっていて、時代が変わってもそこから抜け出せない、抜け出すつもりもない?、という感じがひしひしと伝わってくる。

俺が育休をとったと聞いたときも、男がそんなでどうするんだ!とお義母さんに文句を言っていたらしいから、俺が専業主夫をやっているなんていったら何を言われることか。

「あと、お母さん。ほんとはお父さんの入院中に、毎日お見舞いに行きたいっぽいんだよね。」
「毎日かあ…」
「毎日はきついよね…。」理沙は別に構わないはずなので、俺を配慮してくれてるのが分かる。

お義母さんはいい人だから、1日2日くらいなら泊まって全然かまわないけど、さすがにこの狭いマンションに義母さんが毎日いたら、俺は息苦しくなりそうだ。

「入院の期間って、どれくらいなの?」
「はっきりとは決まってないらしいんだけど、2週間くらいみたい。」
「2週間か…それはちょっときついね…」
「そうだよねー。やっぱり手術の時だけ、1泊か2泊っていう感じだよね?アツトの仕事のことを言うタイミングはもうちょっと考えるとして…」

俺は何かが引っ掛かっているのを感じた。

「うーん…。」

うーん…なんだろう…なにか‥‥うーん。。。

あっ!!!

無意識の向こうで動いていた何かが答えを導き出したような感覚で、全てがつながった気がした。

俺は話し始めた。

「あのさ、お義母さんに翔太の面倒って見てもらえるのかな?」
「頼めばできると思うよ。お母さんは元気だし。むしろ楽しいんじゃないかな。」

「そうしたらさ、昨日の話なんだけど、お義母さんが居てくれる間に俺が旅に行くっていうのは、理沙はどう思う?」

理沙は、俺の話を聞きながらだんだん意味が分かってきたようで、聞き終わったときには、「アツト、天才だね!」と、喜びと尊敬のまなざしで俺を見ていた。

「だろ?すごくない、俺?」
「ほんとすごい!アツト、天才!すごすぎ!」

理沙の賞賛の嵐に、俺は有頂天になり自分が本当に天才に思えてきた。理沙に褒めてもらえれば俺は百人力だ。

翔太の方を向いて、「翔太!パパ天才だぞ!」と両手でガッツポーズをしながら同意を求めたものの、残念ながらぷしゅには負けた。だけど、理沙が相変わらず「すごいね!」と言ってくれたので俺は鼻高々だ。

再び理沙が話し出した。
「じゃあさ、どうしようか。そしたら会社辞めたのは言った方がいいよね。」
「うん、隠しておく話でもないしね。」と、俺は答えた。

「でもさ、今言うと、お父さんに伝わって面倒くさくなるのがなー…。私たちのことだから、親のことなんて気にしなくてもいいんだけどさ…。でも、2週間アツトがいなくて、翔太の面倒を見てもらうのを頼むんだったら、少なくともお母さんにはちゃんと言った方がいいよね。」

「そうだね。」

「たぶんあっさりだとは思うけど、うまく言わないと『結婚してるのにそんなに長いこと海外で一人旅なんて。何かあったらどうするの。奥さんと子どものことをちゃんと考えなさい』とか言いそうな気もする。」

うーん…。

そのとき、昔見た猫の動画を思い出した。なんだったっけな。こういう時のいい伝え方があった気がする。

「まあ、伝え方は後で考えよう。」理沙に言うと、「そうだね。」と理沙も同意した。

「日にちはいつだったっけ。」日程を聞いてなかった気がして確認すると、「いつだっけな。来月上旬って言ってたような。」と、理沙が答えた。
「2週間後か。」
「うん。」

俺は旅のことを想像した。今から行き先を考えて、準備をして、飛行機や宿を取って…ちょうどいいぞ。

「アツト、いい顔になってきた!」理沙に指摘されるといつもはバツが悪くなったりするけど、今日はへっちゃらだ。

「旅、行けるね。」理沙に言われて、現実味がグッと増す。

旅行に向けて、すべきことのリストが頭の中で一気につくられる。とりあえず翔太の世話をお義母さんにお願いすることが1番最初のタスクだ。

「じゃあ、お義母さんへの言い方は俺が考えるわ。」

「あ、うん。ありがとう。」

俺が柄にもなく、急に伝え方を考えるなんて言い出したからだろうか。なんだかいまいちな返事だったけど、まあいいか。

よし、やるぞ!


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