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②「僕は足手まとい」なんて言わせないで <西郷孝彦さん講演会>



コンパルホール・文化ホールで講演する西郷孝彦さん(2024年7月27日)

記事・写真 三浦順子
①はこちらから ↓

はじめに
 この連載では2024年7月、大分市で開催された西郷孝彦さんの講演録をお届けしています。西郷さんは自由な校風で知られる世田谷区立桜丘中の元校長。前回の講演録①では、西郷さんが「学校を楽しい場所にしたい」と強く思うようになった理由と、西郷さんを育んだ横浜・本牧という多様性のある環境についてお伝えしました。講演録②は、いまの日本にはびこる「新自由主義」について。先入観なくある映画を見に行った西郷さんは衝撃を受け、ご飯を3日間食べることができなかったそうです。その理由や、人と比較することの無意味さについて深く語ります。

こ講演会当日、コンパルホールのフロアに置かれていた看板

 時間がないのでどんどん行きますよ。今まで話したのは現在の僕のマインドセットがどうしてできたのかという話でしたが、日本中にはびこっている「新自由主義のマインドセット」という話をします。ちょっと怖い映画ですが、見てください。

 これは「月」という映画です。2つ理由があって観に行ったんですよ。この映画を撮った石井裕也監督の前作「舟を編む」が面白かったのと、宮沢りえちゃんの大ファンだったから。そうしたらとんでもなく怖い映画で…。僕はこれを観たあと、もう3日ぐらいご飯が口に入らなかった。
 この映画は神奈川県の相模原で本当にあった事件をモデルにしています。ある施設で働いていた人が、何もできない「生産性がない」入所している人たちにお金を使ったり、税金を使うのは無駄だと思うようになった。何もできないんだから、と。この人たちがいない方が日本のためだ、って思っちゃったんですね。
 で、宮沢りえが演じた女性は「そんなことをしちゃ駄目だ」って諭すんです。宮沢りえ(が演じた女性)は今、妊娠してる。実は1人目のお子さんを出産してからすぐに病気で亡くしていた。出生前診断を受けていて、もし障害があるとわかったら産まないと決めている。それで犯人は、これから生まれる赤ちゃんを障害があるからと産まずに殺すということは、僕がやろうとしていることと同じじゃないかと突きつける。そういう怖い映画でね。
 僕はこれを見たときに、ああ、自分のやっていた教育がこういう犯人を作ったな、って直感しました。
 学校の先生に「良い子ってどんな子ですか?どんなイメージがありますか?」って聞くと、だいたいこんな言葉が返ってくる。勉強ができる子。授業によく参加できる子。明るく返事ができる子。先生の言うことを素直に聞くことができる子…だいたいまあ、こんな回答が出てきます。この答えをよく見ると「何々ができる、何々ができる」って言っているんですよ。これは能力主義。何々ができる子がいい子、できない子は悪い子…。ほら、あの犯人と同じじゃない。何にもできないんだから生きてる意味がない、っていう考え。だから学校教育があの犯人を作ったと僕は思っている。

・「産まなきゃいいじゃん」という人がいる

 いま、アメリカから来た新自由主義という考え方が日本にはびこっています。それはみなさんの心の中にもある。ひとつは能力主義。能力が高い人ほど価値が高いという考え方。それから自己責任。最初(連載①を参照)に出てきた、赤いバンダナの子のお母さんの話をするとき「大変ですね、お母さん1人で育てて」って思う。すると「産まなきゃいいじゃん」っていう人がいるんだ。「自分で産んだんだろ?だからしょうがない」って、平気で言う人が若い人には大勢いる。それから競争原理。競争させる。僕はこれでいいんだよ、と言っても「いやいや、あなた劣ってるでしょ。テストの点低いじゃない。収入低いじゃない。背が低いじゃん」って。すぐ人と比べて競争する、どっちが優秀かって。これも学校がやっている。
 僕がこの映画を見て3日間、物が食べられなかったっていうのは、本当に自分がやってきたことが映画の犯人を作ったな、って思ったから。もう1回校長に戻ってやり直したい、違う学校を作りたい、って思いました。
 それから、学校の先生にね「正直に言って、あの子さえいなければと思ったことはありますか」って質問をするんだ。僕はあります。この子がいなかったらもっといい授業ができたのに。この子がいなかったらもっと学校の評判が良かったのにって。口には出さなくても、心の中ではそう思ったことがあるんだ。あの映画を見てそのことも思い出した。なんてひどい教員だったんだろうと。教員向けの講演会では、この殺人犯を作ったのは、今みなさんがやっている日本の教育の成果ではありませんか?って突きつけるんですけど、現役の教員には重い話題ですよね。

ある小学校に掲示されていた、あいさつについての貼り紙(写真①)

僕は全国のいろんな学校を見学しています。ある県に行ったとき、小学校の廊下にこんな提示物がありました(写真①)。これは学校の先生たちが作った掲示物です。〇〇小学校の魔法の合言葉。「あかるい声で いつも元気 さあ自分からあいさつして つなげよう心と心」。…これは参ったなと思いました。
 みなさんどう思います?。僕はね、やめてほしい。なぜかっていうと「あかるい声でいつも元気」なんてできますか?。例えばさ、子どもの中には昨日ね、10年間飼っていた犬が死んじゃった子がいるかもしれないでしょ。あるいは、いつもかわいがってくれてたおばあちゃんが病気になって入院したかもしれないでしょ。そういう子がいるかもしれない。想像力がないんだよ。子どもは均一、みんな同じだと思ってる。全然違うんだよ。いろんな子が来てるんだよ。いろんな家庭からいろんな悩みを持って。だから「あかるい声でいつも元気にさあ自分からあいさつして…」なんて無理でしょう。そんなことを強制されたら、心を病みますよ。
  学校に行かなくなる。先生たちだって家庭を持っていたり子どもがいたりする。僕は、僕の子どもが脳髄膜炎で入院して助からないって言われたときも、学校に行っていました。自分の子どもが今日死んじゃうかもしれない。でも学校で授業中に「うちの子が死んじゃうかもしれない」なんて言えない。…そこまでいかないにしても、先生たちだっていろんな悩みを抱えながら授業をやったり、仕事をしたりしているわけですよ。先生たちが一番つらいっていうのは、子どもの前ではそういう自分のつらさを出せないから。精神的につらい。それを自分だってわかってるくせに、なんで子どもに強制するの、っていう話なんですよね。みなさんの知り合いの学校に行ってみてください。どんなことが書いて貼ってあるか見てください。だいたい同じようなことが書いてあります。

・「学テ1位」を見習うことの無意味さ

「全国学力テスト」…これがまたひどいんだよな。全国学力テストで1位だったことで、まちおこしをしようとしている県もあるんですよー。子どもをだしに使うなよって思います。この前ある雑誌社の企画で、夏休みについて子どもたちと話し合いをしたんです。全員が同じことを言ったのは「宿題がたくさん出て大変」。秋田県が全国で一番になったときに、全国各地の教育委員会が視察に行ったんだ。秋田県がなんで、全国1位になったのかって。…やたら宿題を出したから。よし、うちもやろうって、それが全国に広がっちゃった。申し訳ないんですけど、全国の1位は東京です。私立のものすごく難しい学校に行ってる子たちはこれを受けてないんだ。私立に行った勉強できる子たちが受けたら、東京が一番に決まってる。だから順位に何の意味もない。
 僕はここ5年ほど、学力日本一にもなったことがある北陸のある県に毎年呼ばれて話をしています。その県で一番勉強できる高校の校長先生が話を聴いてくれて、高校にも来てくれって言われた。僕は「こんな素晴らしい進学校で僕が何の話をしたらいいんですか?」って言った。そしたら「実は、うちの学校は勉強はできるけど笑顔はないっていう評判なんです」って。いつも子どもたちが何かつらい顔をしている。その学校、すごいんですよ。校舎に電光掲示板がある、ガソリンスタンドなんかにある流れる電光掲示板があって、合格した大学名が流れて出てくる。それに300万円かかったって。訳のわかんないものがあるなぁと思ったけど、そういう学校。進学塾みたいな学校なんだよ。そりゃあ笑顔ないよね。
 それで、何とか笑顔を作りたいって、どうしたらいいかなって僕が呼ばれた。その高校の卒業生は都会や全国の大学に行って、もう戻ってこない。一生懸命勉強を教えて大学を受けさせたら、だれもその県に戻ってきてくれないって分かったんだよ。で、これじゃいかんっていうことらしいんだね。大分も分かんないですけど、中央は自分たちのことしか考えてませんからね、東京は。東京さえよければいいんだから。騙されちゃ駄目ですよ。一生懸命やって、みーんな行っちゃいます。残ってくれないですよ。だから騙されないで。

・なんて、なんてひどいことをしているんだ

 ずっと前にね、その県の小学校で6年生の男の子に、ちょっと冗談でね、すごいなーきみの県、全国で一番だったんだって?って言ったらその子が「僕は(この県の)足手まといなんです」って言ったの。2つの意味でびっくりしたんだ。1つは、6年生の子が「足手まとい」って言葉を知ってるっていうのに驚いた。もう一つは、6年生の子に「僕は足手まといなんです」って言わせるようなこんな全国学力テストなんか止めちゃえばいいのに、って思った。きっとその子は一生懸命勉強したけど、平均より下だったんだろうね。「僕は成績が悪いからこの県の中では足手まといです」だなんて。そんなことを子どもに言わせるなよ!って僕は思いました。なんて、なんて、ひどいことをしているんだ。一生懸命勉強したんだからいいじゃん別に平均なんか行かなくたって。全国でトップじゃなくていいよ。一生懸命勉強したね、って褒めてあげればいいのに。だから日本の子どもは自己肯定感がどんどん下がっていって、世界で最低レベル。世界で一番自分には価値がないって思っているのが日本の子ども。図にするとこういうことだ。

写真 A
写真 B

 ここに自分がいますね、60点取ってる自分。すぐ人と比べる。僕の上に100点の子がいる(写真A)。つまり学校で「僕は劣ってる、駄目な人間だ」って教えてる。これが新自由主義。みなさんもそうですよ(写真B)。自分の年収は300万円。でも1000万円もらってる人もいる。私は人として劣っているから、年収があの人の3分の1しかない。なーんて他人と比べていませんか?。300万円だって豊かな暮らしをしている人がいっぱいいますよ。農業を基本とした豊かな自給自足の暮らしをしている人もいる。 自分が幸せであるかということと、他人の年収がいくらであるのとか、そんなの関係ないでしょう。でも、みなさんは高収入な人をついつい羨ましいと思わないですか?。もし、そう思う人がいたら、すでに新自由主義に毒されていて、障がい者を殺した犯人と同じ考えをしているということなんです。
 最近、はやりのアドラーっていう哲学者がいてね。この人が「私たちが体験するほとんどの痛みや苦しみ、悩みの源が他人と上下を比較して、競争しなければならないことに由来している」と言っている。人と比べてどうだって思うから不幸になっちゃう。いいんだよ自分は自分でね。そういうこと。…ずいぶん脱線してきたんで戻しましょう笑。

・子どもにとって最善の利益を考える

 突然ですけど、子どもの権利条約ってご存知ですか。神奈川県川崎市の先生たちの研修で尋ねたら、みんな知っていたんです。さすが先生、では読んだことはありますか?って聞いたら、1人もいなかった。
 今日帰ったら子どもの権利条約を検索して読んでみてください。すっごい長いんです。忙しい先生たちには読むことは無理ですよ、読む時間がない。だから僕の勤めていた桜丘中の先生たちのために子供の権利条約を一行に要約したんだ。
 「子どもにとって最善の利益を考え、子どもの声を聞く」これが子どもの権利条約だよって教えた。「桜丘中学校の先生は君たちにとって最善の利益を考えて、みんなの声を聞く。これが子どもの権利条約だよ」と、子どもたちにも教えていました。
 子どもの権利条約は国際法といって、日本の国内法より上位にあるんです。子どもの権利条約がもし守れなかったら日本の法律を変えてでも守らなきゃいけないという、一番上位の法律なんだね。日本ではこれが全然守られていない。罰則がないから。罰則を作ればいい。これを守らなかったら校長先生を「禁錮3年」とか。笑。そりゃ厳しいな、では罰金30万円ぐらいではどうでしょう(笑)そうすれば先生たちもみんな守るようになる。みなさんが車を運転していて駐車違反して、罰金を取られなかったら平気で停めない?。それと同じようなことです。

・フランスから日本を見てみると…

 フランスのルモンドっていう新聞に、日本の教育についての風刺画が載っていました。森から切ってきたいろんな形のものを同じ形にしていく様子が描かれています。髪の毛はこうしなさい、同じ制服を着なさい、同じ教科書を使いなさい…ってね。他にも物理的な形だけじゃなくて考え方もみんな同じにするという風に描かれたものもありました。洗脳みたいなもんだ。そういうのが、フランス人から見ると日本は変な教育に見えるわけです。みなさんフランス人の友だちっていますか?。フランス人は自分の子どもの意思を尊重するのね。だから子どもたちは親の言うことを聞かないんだ。「それは私が決める」「絶対やだ」と本当にわがままに見える。そういう個人が独立した自由の国。フランスから見ると日本の教育は、まあブラックだよね。
(③へつづく)


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次回③は10/26(土)19時ころ公開予定!
・子どもの命を守ること
・廊下に素敵な机とイスを置く
・宿題を出さなくなった理由
などなど、西郷さんが桜丘中で取り組んできたことについてのお話が満載です。
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プロフィール

《西郷孝彦さんプロフィール》

1954年横浜市生まれ。上智大学理工学部を卒業後、東京都立養護学校をはじめ、都内中学校等で教員、副校長を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任。生徒の発達や特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、段階的に校則を解消。定期テスト等の廃止。個性を伸ばす教育を推進。誰1人切り捨てない、全ての子どもが安心して学べる学校、行きたいと思える学校作りに尽力した。2020年に退職。著書は「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」(ともに小学館)など。
「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」

「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」


Magazine Crew

三浦順子(あのね文書室)

ライター/インタビュアー。 大分県の片隅でドタバタと4人の子育て中。猫3匹と6人家族で暮らしています。元地方紙記者(見出しとレイアウト担当)。2019年、インタビュー記事を書きはじめました。2022年からは地方紙と専門紙の契約ライターもやってます。

https://www.instagram.com/p/CfcaclBPQdA/



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