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それは、パクリではありません!【第4話】【最終話】

【第3話までのあらすじ】
 紀子が、X(旧Twitter)で知り合った健太の職業は、弁護士だった。

 健太は以前、もさお君という名前で紀子のネット小説のコメント欄に書き込みをしていた人物だ。

 漫画家の明智ユリアに「著作権侵害と、法的措置を取る」とSNSで脅された紀子に対し、健太は弁護士として力になりたいと交渉をし始める。

 紀子はあれよという合間に、健太の話に乗せられ、契約の交渉に応じてしまう。

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第1話
第2話
第3話

第4話

突然の訪問者

 窓の隙間から、きらきらと 閃光せんこうが差し込む。瞳に光が差し込み、目がチカチカと眩しい。紀子は掌をくるっと裏返し、顔の前に差し出した。

 もう、朝か。本当は、もっと布団の中で過ごしたい。けれど、このまま寝過ごしていたら廃人になってしまいそう。

 会社に行かなくなってから、5日経つ。床に転がる空缶が、からからと音を立てる。自宅で過ごすようになり、紀子は連日のようにお酒を嗜んでいた。

 缶チューハイの飲み口から溢れるぷしゅっとした泡を見ると、辛いことも溶けてなくなりそう。本当に、何もかもリセットして、もう一度やり直せたらいいのに。

 ずしりと重たい腕で、紀子は窓を開ける。下の方から、カァカァと鴉のさえずりが聞こえる。鴉の鳴き声を聞くなり、紀子はハッとした。

 そうか。今日は、ゴミの日だ。紀子の住むアパートは、ゴミ捨て場に簡素なネットが乱雑に置かれている。ゴミの日になると、鴉たちがネットの隙間から、ゴミを漁りに訪れるのだ。

 窓の向こうを見ると、ゴミ収集車がすでに出発をし始めている。どうやら、ゴミの収集に間に合わなかった様子だ。

 やれやれと、紀子は頭を抱える。次のゴミ収集は、3日後。それまで、ベランダにゴミを隠しておこう。

 ベランダにゴミ袋を放り出し、強引に掌でぎゅうぎゅうと押し込む。生臭さで、ウッと吐きそうになる。30㎝にも満たない狭小のベランダが、ゴミ袋でギュウギュウだ。

 隣のカップルに、ゴミの臭いを指摘されたらどうしよう。でも、そういえば。最近、2人の喘ぎ声を聞こえなくなった気がする。もしかすると、あの2人……。同棲、解消したのかもしれない。

 ゴミ袋をベランダに押し込んだ途端、自宅のチャイムがピンポーンと鳴る。こんな朝早くに、誰だろうか。まさか、佐藤さん?それとも、近藤さんが心配して、訪ねてきてくれたのだろうか。

 インターホンを見ると、スーツ姿の男性が佇んでいる。

「健太さんだ……」

 紀子の声が 上擦うわずる。あたりをキョロキョロと見渡すと、乱雑に転がる空缶、あちこちに散らばったコスメ、脱いだものをそのまま積み上げた衣類の山に、言葉を失う。

 どうしよう。今更、片付けている暇も無いし。紀子は、散乱した空き缶、コスメ、衣類を全部纏めて抱え上げ、クローゼットにぐっと押し込む。

 ゴミ袋をベランダに隠したことも、バレないだろうか。そうだ、消臭スプレーをかければ誤魔化せるかもしれない。

 紀子はトイレに置いてあった消臭スプレーを持ち出し、慌ててベランダのゴミ袋目指して噴射し始めた。スプレーの霧が鼻と口に入り、ゴホッとせる。

 これで、なんとか臭いを誤魔化せたはずだ。紀子の額には、びっしりと汗が浮かび上がる。あとは、パジャマも着替えないと。

 ささっと額の汗を拭い、クローゼットからワンピースを取り出す。手にしたのは、健太とのファミレスデートで着用した、あの時の一張羅だ。本当は、もっと違う服を着た方がいいのかもしれないけれど。現時点では、男性の前で着れそうな服は、このワンピースしかない。

 ワンピースをすぽっと上から被り、紀子はインターホン越しの健太に「散らかっていますが、どうぞ」と回答する。

 健太は、部屋に入るなり「わぁ」と目を丸くした。

「すいません。本当に、散らかっていて……」

 応急処置は済ませたとはいえ、部屋の中は未だごちゃごちゃしたままだ。きっと、この部屋を見て、なんてズボラな女なのだと、健太も呆れ返っていることだろう。

 こんなことなら、いつも綺麗にしておくべきたった。紀子は、ふぅと重たい息を吐く。

 健太の顔に目をやると、なにやらくんくんと匂いを嗅いでいる様子だ。ゴミ袋の臭いに、気づかれたのかもしれない。恐怖のあまり、息が止まりかける。

「星平さんのお部屋、いい匂いがします。ルームフレグランスですか?」

「いい匂いですか?」

 想定外の返しに、紀子は一瞬たじろいだ。

「爽やかな、柑橘系の香りがしますね」

 そういえば、昨日レモン酎ハイを飲んでいたっけ。さっきまで、空缶が床に転がっていたままだったから、残り香でレモンの香りがしているのかも。紀子はおかしくて、クスっと笑った。

「健太さん、そういえば。どうして、私の家がわかったんですか?」

「契約書に、星平さんの住所書いてありますよ」

 そうだ。契約書に、名前と住所を書いたっけ。それにしても、朝から私の家に、一体何の用事だろうか。

 健太は、部屋の中央にあるテーブルを指差すと、「ここに、書類を置いていいですか?」と声をかける。

「どうぞ」と返すと、健太は鞄から分厚い書類を出し、テーブルにどさっと置いた。

「これ、なんですか?」

「裁判の際に必要な、資料です。明智と星平さんの作品を比較して、類似ポイントを徹底的にチェックし、資料にまとめてきました」

「凄い。あれから数日しか経っていないのに」

「頑張って、もう一回星平さんの作品を読み直しましたよ」

 よく見ると、健太の目が充血している。夜も寝ないで、資料作りに没頭していたのだろうか。

「ありがとうございます……。でも、そんなに頑張らなくても。そもそも、まだ裁判が決まった訳でもないのに」

「いつ何があってもスムーズに進むよう、準備するのがプロの仕事ですから」

 健太は、フフッと笑みを浮かべる。いつ何があっても、か。紀子はふと、クローゼットに目をやる。

 物を強引に押し込み過ぎたせいか、うっすらと扉が開いている。扉の隙間から、グレー色をしたニットの一部が、チラリと覗く。衣類の重みで、今にも扉が開きそうだ。

 どうか、このまま開きませんように。紀子は、目をギュッと瞑り、強く祈った。

「健太さん。プロだからとは言え、ここまで無理しなくていいです。せめて、寝る時くらい寝てください」

「僕のことは、大丈夫です。お金をもらった以上、どうしても星平さんの期待を超えるようなお仕事がしたくて、つい」

 健太の足元が、どうもおぼつかない。徹夜で作業して、体が限界なのだろうか。

「椅子、座ってください。健太さん。ひょっとすると、全然寝てないんじゃないですか?」

「2時間は寝ていますので、心配しないでください」

 そうは言うものの、健太の顔色は真っ青だ。心配のあまり、紀子は健太の背中を優しくさする。

「プロだからって、そこまで身を削る必要はないです。今の様子だと、健太さんが体を壊してしまわないか、私も心配です。

そもそも、私たちって出会ってまだ2回目ですよね?どうして、そこまで私のために……」

「それは星平さんのお陰で、今の僕がいるからです」

 健太は、紀子の目をじっと見つめる。大きくて、澄んだ瞳。今まで、綺麗なものしか見たことがないような、純粋な目をしている気がする。きっと、親から愛情を受け、真っ直ぐに育てられてきたのだろうと、紀子は思った。

「どういうことですか?」

「実は僕も、星平さんの小説『30歳、キャリアを捨てるけど何か問題ある?』に登場する恵子と同じ、地方出身なんです」

 健太は照れ臭そうに、頭をボリボリと掻き始める。

「えっ。健太さんって、地方の方なんですね。実は、私もです」

「星平さんも、地方出身なんですね。小説を読んでいた頃、この作者ももしや……とは思っていたのですが。同じ地方出身で、親近感が湧きます。

僕、実は福岡出身で訛りも酷くて。東京の大学に通い始めてから、必死に訛りを治す努力をしたんです」

 流暢な標準語だし、洗練された都会の雰囲気があったから、てっきり元から東京の人だと思っていた。でも、健太の真っ直ぐで純粋な感じは、九州男子らしいと言えばそうとも言えるかも。

「あの小説で、東京に上京した恵子が、会社をリストラされてしまうシーンありましたよね。

それでも、恵子は諦めずに小さな出版社を地元で立ち上げようとする。恵子の強さに、僕は感銘を受けたんです。

ちょうどあの頃、実は僕も東京の大学で、すっかり自信を失っていて」

「東京の大学、通われていたんですね。どこの大学ですか?」

「東京大学です」

「えっ、あの東大ですか?」

 紀子は、目を大きく見開いた。

「はい。地元では一応、神童と呼ばれたり。頭のいい子として、持て囃されていました。親や先生からも期待されていたので、猛勉強して東大を目指したんです。

大学に合格した時は、本当に嬉しかったんですけど。でも、大学では僕よりもっと賢い人が腐るほどいました。

周りと比較しては、どうせ僕なんてと落ち込んでいて。自信を喪失していた頃、星平さんの作品と出会いました。

あの作品と出会って、僕も腐らずに、もっと頑張ろうと思えたんです。そこから必死に勉強して、弁護士の夢も叶いました。

今の僕があるのは、星平さんのお陰なんです」

 健太の顔に目を向けると、頬と耳が真っ赤だ。彼も、素直な気持ちを打ち明けて、恥ずかしいのだろうか。

 あの作品が、健太の希望になっていたなんて。なんて嬉しいのだろう。けれど、褒められた経験が少なすぎるあまり、こんな時になんと言葉を返したらいいのかわからない。紀子は言葉を詰まらせる。

「それにしても、星平さんの作品を今回読み直して、つくづく実感しました。やっぱり小説、サイコーですね」

 そう言って、健太は白い歯を覗かせた。

資料と裁判

 健太は、テーブルの上で資料の説明をし始める。

 健太の説明によると、著作権侵害に関する裁判は証拠集めが複雑で、なかなか前に進まないケースが多いらしい。

 裁判所によっては基準が定められている恐れもあるので、その基準に照らし合わせる必要もあるそうだ。

「資料では、どこの裁判所でも対応できるように、類似ポイントを箇条書きでまとめました」

 健太から渡された資料を見るなり、紀子は息を呑む。1枚の資料には、隅から隅までびっしり文字が犇めいている。

「凄い。これは裁判、勝てそうですね」

 紀子がホクホクしていると、健太がきゅっと眉根を寄せる。何か、おかしなことを言っただろうか。紀子は口をつぐむ。

「星平さん。裁判とは、戦いです。出版社と明智は僕なんかよりも、もっと敏腕の弁護士を雇うはずです。正直、裁判に勝つためには、まだまだこれだけじゃ足りないですね」

「敏腕な弁護士がいると、どう困るんですか?」

「裁判に慣れているので、何を言ってもすぐに切り返してくるでしょう。

まぁ、著作権に関する裁判は判決が難しいので、どんなに腕が立つ弁護士がついても、長期化する恐れがありますけどね」

 健太は、落ち着いた口調でそう答えた。

「著作権侵害に関する裁判って、どうして難しいんですか?」

 不思議そうな表情で、紀子は健太に聞く。

「抗弁者から、曖昧な言い訳をされやすいからです。

裁判で相手が『無意識に、他の作品を反映してしまった』と言った場合だと、『模倣する認識を、持っていない可能性がある』という理由から、責任を免れてしまう恐れもあるかと。

たとえばの話ですけど。

明智から『過去に小説サイトで見たものが、たまたま反映されちゃったのかも。無意識なので、パクる気はありませんでした』と言われてしまったら、『それは、仕方ないですね』としか言えませんしね……」

「それって、ただしらばっくれてるだけじゃないですか」

紀子は、鼻息を荒げた。

「もちろん、抗弁の内容は精査されるでしょうけどね。

抗弁者が提出した証拠・主張がきちんとしたものだと、訴える余地がないので負ける可能性もありますし。

でも、向こうの抗弁に対する反論をあらかじめ準備し、証拠・法的根拠をきちんと整理しておけば……。どんな戦いでも、僕は勝てる気がします」

 健太はまっすぐな目で、紀子にきっぱりと伝えた。

「凄い……。だから色々考えて、資料を用意してくださったのですね。でも、ここまで分厚い資料の内容、どうやって考えたんですか。まさか、全部1人で?」

 不思議そうに紀子が尋ねると、囁くような声で健太が答えた。

「実は、ここだけの話ですが。抗弁内容の予測や、解答例についてはchat gpt(※OpenAIが開発した人工知能チャットボットのこと。生成AIツールとも呼ばれる)を使用しました」

「chat gptを使ったんですか?」

 紀子は、目を丸くして驚いた。そういえば私も、人の文章をチェックする時に、もっと良い言い回しがないかをchat gpt に尋ねたりしていたっけ。生成AIツールにも、色々な使い方があるのねと、紀子は感心した。

「chat gptには、質問で『著作権侵害で訴えられた抗弁者が、裁判で言いがちな言い訳は?』と聞いたり、それに対する回答のヒントを尋ねると、色々と教えてくれました。

もちろん的外れな回答も出るので、あくまで参考に使う程度ですけど。

chat gptのような生成AIツールは、あくまでヒントを得るとか、アドバイス程度に使うなら有効かと思いますね」

 健太はそう言って、くしゃっと笑う。

「健太さん、凄いですね。文明の利器に頼りつつ、自分らしく仕事をこなしているというか」

 紀子が褒めると、健太の口角がキュッとあがる。本当に勉強熱心で、色々なことに詳しい人だと、紀子は深く感心した。

「まあchat gptといった生成AIツールも、良いことばかりじゃないんですけどね。

最近だと、chat gptを活用して小説を執筆する人、イラストや音楽を制作する人も増えているみたいでして。

ただ、chat gptはあくまで過去の蓄積データですから。データの先には、著作権のある作品も多く含まれていますし。

生成AIで作られた作品の場合、元のデータを持つ人の著作権がどうなるかという点は、今後の課題でしょうね」

 健太は、淡々とした口調で紀子に応えた。仕事の話になると、健太はいつも真顔になる。きっと、根っからの仕事人間なのだろう。

 AIの進化に伴い、過去作品が今後見知らぬうちに模倣の材料として使われ、それが当たり前になる世の中が、もう近づいているのではないだろうか。

 そうなると、今のように類似点がある程度で、「これはパクられた!」と騒ぎ立てる時代も、もうすぐ終わりを告げるのかもしれない。

 健太が懸命に資料をチェックしている姿を見て、次第に小説のパクリ問題に対する怒りが、徐々に薄れていることに、紀子はふと気づく。

 ——私、もしかしたら、作品を愛し、丁寧に扱ってくれる人が欲しかったのかも。

「健太さん。これって、和解の方向性もあるのかしら?」

 「和解ですか。星平さん、出版社と明智のこと、もう良いんですか?」

 健太は、不思議そうな顔で尋ねる。

「実は、健太さんの話を聞いていくにつれて、だんだん『作品を、パクられた!』と怒っているのが、バカバカしくなっちゃって」

 紀子がそう伝えると、健太はにこりと微笑んだ。

「そうですね。場合によっては、和解が最善の解決策となることもありますし。もしかして、星平さん。裁判が怖くなりました?」

 健太がそう伝えると「そういう訳ではないです」と言って、両頬をぷくっと膨らませる。

「紀子さん。あっ、間違えた。星平さんって、面白い方ですね」

「別に今の、間違えてないです。私の名前は紀子なんで、紀子さんでいいです。もうペンネームで呼ぶの、やめて下さいよ」

 紀子が狼狽する。

 「もしかして、ペンネームで呼ばれるのって、恥ずかしいですか?星平さん、ペンネームで呼ぶと少し照れくさそうだったから。なんだか可愛らしくて、つい……」

 そう言って、健太は頬を緩ませる。


 ふと、紀子が時計に目をやると、健太が家に来てから2時間が経過していることに気づく。健太は徹夜で仕事している様子だし、お腹は空いていないだろうか。

 そう思い立った紀子は「そういえば」と思い、冷蔵庫へ直行する。今朝、確かコンビニでプリンを購入したはず。

「健太さん、お腹空いていませんか?家にプリンがあるので、もしよかったら」

「お気遣いありがとうございます。でも、いいんですか?」

「はい。徹夜で大変そうと感じたので……」

「ありがとうございます。疲れた脳と体に、ちょうどいいです」

 そう言って健太は、紀子が差し出したプリンを受け取る。プリンを一口入れると、健太の口元が緩む。

「プリン、ちょうどいい甘さです」

 プリンを一口頬張った後、健太はカバンに手を突っ込み、ゴソゴソと掻き回し始める。さっと手に取ったのは、500mlのペットボトルだ。健太は蓋をキュッと開け、ごくごくと飲み干した。

 その姿を見るなり、紀子は「しまった」と声を上げる。デザートを出すなら、お茶かコーヒーを用意しなければ。

 でも、家にはお茶の葉も、コーヒーも無いし。どうしよう。気の利かない女だと、健太に思われただろうか。

「ごめんなさい。デザートを出すなら、飲み物を普通は用意しますよね……」

「あっ、気にしないでください。僕、ジャスミン茶が好きで、持ち歩いているだけですから」

 健太の口から、仄かなジャスミンの香りがする。ファミレスの時に感じた、ジャスミンの匂い。あれは香水じゃなくて、ジャスミン茶だったのか。

「健太さん、前にファミレスでお話しした時、ほんのりジャスミンのいい香りがしていて……。てっきり、香水つけていらっしゃる方かと」

 紀子がそう言うと、健太はニヤニヤと笑みを浮かべる。何か、面白いことを言っただろうか。紀子は首をかしげる。

「星平さんって、本当に面白いですよね。想像力豊かというか。それに何を質問しても、真面目に考えて、答えてくれるし。僕、そんな星平さん好きですよ」

 健太は、そう言って紀子に微笑みかける。

「えっ。私のこと、好きって……?」

「だから、そうじゃなくて。紀子さんが、何でも真面目に答えるのが面白いなって意味です。

あっ……ごめんなさい。星平さんじゃなくて、紀子さんって呼んでしまいました」

そう言うなり、健太は頬を赤らめた。健太の表情をみるなり、紀子はおかしくてクスクスと笑う。

「健太さんも、十分面白いですよ。小説投稿サイトに、ブログを綴っているのも、犬の名前でアカウント作っているのも面白いけど。

一番変なのは、『私のようなダメ女子を、揶揄って楽しむ』というセンスです。きっとそんな人、世界中を探しても、あなたしかいませんよ」

 紀子はそう言って、にっこりと微笑んだ。紀子の表情を見て、健太は「あれは昔、昔のことですから……」とオロオロし始める。

 健太は東大卒のエリート弁護士だし、イケメンで女性慣れもしていると思っていたけど。もしかしたら、ただのド天然かもしれない。

「では、今からあなたのこと。星平さんじゃなくて、紀子さんって呼びますね。

紀子さん、裁判絶対に勝ちましょうね。僕、より一層資料をブラッシュアップして、整理してきます。では、また来ます」

「わかりました。ありがとうございます」

「あと紀子さん。もし裁判が終わったら、僕のアシスタントとして働きませんか?」

「助手ですか……?」

 紀子は、まじまじとした表情で健太の表情を見る。健太はまっすぐな瞳で、紀子を見つめている。どうやら、彼は本気だ。

「私、本当に何もできないですけど。力になれるかどうか……」

 不安そうな紀子に対し、畳みかけるように健太は答えた。

「できるじゃないですか。紀子さんが文章、凄くキレイに書けるのを、僕は知っています。

だって。僕は紀子さんの、元コアな読者ですから。実は弁護士の仕事、資料の作成業務もあるので。

僕は文章を書くのが得意ではないので、紀子さんに手伝ってもらえると嬉しいです」

 健太は興奮交じりに、紀子へ伝えた。健太の表情は、とても意気揚々としている。紀子は「えっ、私なんかでいいんですか?」と食い下がった。

「はい。むしろ今の僕には、紀子さんのスキルが必要です。あとは、僕の弁護士事務所には、弁護士メディア向けのコラム執筆に関する依頼も多く届きます。

でも僕は忙しいから、対応できなくって……。もちろん法律に関する話なので、僕の監修が必要にはなりますけどね。

文章を書くお仕事を、紀子さんにお願いしたいです」

 大きな黒目がちの瞳が、こちらを真っ直ぐ見つめている。力強い眼差しに、ずっと吸い込まれてしまいそうだ。

「紀子さん。僕の仕事、手伝ってもらえるでしょうか?」

 紀子の表情が、みるみる緩む。文章を書く仕事、文章を校正する仕事。そっか。いずれも、別に出版社や編プロに、こだわる必要なんてないんだ。

 需要のある場所で、そのスキルを活かし、誰かの役に立てれば、それは素晴らしいことなのかもしれない。

「それに紀子さんは、僕に借りがありますし」

 健太が、ニヤリと笑みを浮かべる。

「借りとは……。あっ!」

「弁護士費用は、前借りという形でも構いませんよ。僕の事務所で働いて、少しずつお金を返して頂ければ……」

 健太は、ふふっと笑う。紀子は頬を赤らめながら、ケラケラと笑った。

 そうだった。私は、健太さんに弁護士費用を払わなければいけないんだっけ。すっかり忘れていた。紀子は、頭をコンと拳で叩く。

「承知しました。その際には、働かせてください。でも頑張った分、弁護士費用はさらに割引してもらえるんですよね?」

 紀子は敬礼しながら、ウィンクする。健太の頬が、ほんのり紅潮した。

【おわり】

 ご愛読、ありがとうございました!今回応募した中で、もっともスキを多くいただけました。

 反響の良さを感じ、私自身も大変驚いています。

 改めて、最後まで読んでくださった方、ふと訪れてくださった方。スキやコメントをくれた方。感想をnoteに書いてくださった方……。

 みなさんに感謝の気持ちで胸がいっぱいです。本当に、ありがとうございました!

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