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Drive!!【1章】 (ボート X 小説)

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大学のボート部を舞台にした小説です。(第1章#1〜#21)
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Drive!! #21 ボート X 小説

Drive!! #21 ボート X 小説

去年の冬。
岡本や井上のようにタイムが伸びないことに、恐れを感じていた。

また居場所がなくなるんじゃないかと思っていた。

でもそれは僕が勝手に高校の時に、うまくやれなかったトラウマを引きずっているだけだ。

高校生の頃から、”自分そのもの” みたいなものには価値がないと思うようになった。自分が出す記録や、学力なんかは、誰かの役に立ったり、今後立つ見込みがあるから、価値がある。でも”杉本という人

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Drive!! #20 ボート X 小説

Drive!! #20 ボート X 小説

六甲戦の最終レースは、対校エイト同士の一騎打ちだ。
関西選手権でも優勝しているうちのエイトは、六甲大に差をつけていた。
ましてや相手は剛田さんと友永さんを欠いている。

15秒ほどの大差をつけ、阪和大のエイトが先にゴール付近に姿を見せた。
たが僕は喜びよりも、自分の実力不足に打ちひしがれていた。

”自分があのシートに座るかもしれない”
そういう気持ちで見る雄大さんの漕ぎは完璧すぎた。

翔太さん

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Drive!! #19 ボート X 小説

Drive!! #19 ボート X 小説

「勝ったのは君たち阪和大だ」
目の前の剛田さんは泣いていた。
「申し訳ない。自分でもよく分からん。なぜ泣いているのか。悔しいわけじゃないのに、涙が止まらん」
泣きながら顔を綻ばせている。
「杉本くん、とにかく見事だった。」
そう言って手を離し、ごしごしとその手で涙を拭っている。

勝った。僕たちが勝ったんだ!
剛田さんに一礼してから、後ろを振り向く。
翔太さんが真っ直ぐ見つめ返しうなずいている。

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Drive!! #18 ボート X 小説

Drive!! #18 ボート X 小説

どっちだ。僕は勝敗が分からず、尋ねるように翔太さんの顔を見た。
翔太さんは首を振り、苦笑いしている。
首を振っているのは、負けたという意味ではなく、自分にも勝敗は分からないという意味だろう。

艇上で翔太さんは声を発さずに、手を差し出してきた。
僕も手を差し出すと、その手をがっしりと握り返してくる。
少し泣いているようにも見えた。

アナウンスの声は一向に聞こえてきそうにない。
どうしようと迷って

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Drive!! #17 ボート X 小説

Drive!! #17 ボート X 小説

その感覚がきたのは、1300m地点だった。
杉本は自分の身に起きていることを、半分も理解していなかった。
でもそれは心地いい感覚だった。

最初は1000m地点で、僕は翔太さんの作戦通りミドルスパートに入って、無理やりレートをあげた。
それを継続するうちに、そのリズムから離れられなくなる。
ペースを落とす箇所に差し掛かっても、そうしたいと思わなかった。

" 艇が進みたいと言っている" そういう感

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Drive!! #16 ボート X 小説

Drive!! #16 ボート X 小説

1300m付近。杉本の漕ぎがさっきからおかしい。
桂翔太は違和感に気がついた。

おかしいというのは、下手ということではなく"パーフェクト”という意味においてだった。

さっきからの杉本は、まるで別人の漕ぎをしている。

練習でも見せたことがない、滑らかなオールワークとシートスライド。
そして水面とコンタクトして水を掴んでからは、思い切り体がバネのようにしなって、艇を進めていた。なにより俺の声にも

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Drive!! #15 ボート X 小説

Drive!! #15 ボート X 小説

「友永、お前はCOXだ」
主将にそう告げられた時、上回生への疑念は確信に変わった。
俺より先に剛田がエイトから外された時から、何かおかしいと思っていた。圧倒的な力を持つ彼がなぜ対校から外れるのだと。
理由は簡単に想像がついた。4回生の保身だ。

自分たちが下級生に劣っているというのを、チームメートや女子マネージャーに知られたくないのだろう。
だからまず真っ先に力のある剛田をエイトから外した。

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Drive!! #14 ボート X 小説

Drive!! #14 ボート X 小説

剛田に対しては「今は我慢だ」と声を発したが、尋常ではない阪和大の追い上げに、六甲大の友永は内心焦りを感じていた。

しかし、セーフティーリードを保つために、ここで無理にペースを上げると、最後のスパートでの失速が怖い。
一度自分を落ち着かせて考えた。そうだ、スパートに入る1750m地点で少しでも勝っていればそれで良い。
これまでの経験から、相手の桂翔太には、スパートでの怖さがないことを知っていた。こ

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Drive!! #13  ボート X 小説

Drive!! #13 ボート X 小説

1000mのアナウンスを聞いた時、「あちゃー」と川田は声をあげた。
「1000mで11秒差かー。翔太と杉本でもちょっと厳しいかもねー」
そう言いながら、眉間にシワを寄せている。

「杉本はともかく、翔太さんが乗ってる艇が六甲大に負けるなんて」
それを聞いて、岡本が不安そうにつぶやく。
「まあ勝負はどうなるか分からないよ。翔太に何か策があってのことかもしれないし。」
川田はコースから視線を外さず、続

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Drive!! #12  ボート X 小説

Drive!! #12 ボート X 小説

あの木曜日の晩。ちぐはぐな会話でクルーを結成した俺たちは、それから秘密の練習を積んだ。友永は俺に、効率的な艇の押し方や、柔らかいシートスライドを伝授した。俺は自分の知る限りの栄養学の知識を友永に伝え、ウエイト嫌いの彼に重りをあげさせた。

そうやって日々を過ごすうちに、俺のフォームからぎこちなさは消え、平坦だった友永の体には隆起が生まれていった。そして当然の結果として、ペアの艇速は急激に上昇してい

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Drive!! #11  ボート X 小説

Drive!! #11 ボート X 小説

どうやってこの力を身につけたと思っているんだ。
俺は自分で築いた壁の内側で、ひとり憎悪の念を膨らませていた。

先輩たちがオフで遊びまわっているときに、自分だけ居残りでウエイトをしていたから手に入れた力だ。別にオフの間に体を休めたり、リフレッシュしたりすることは悪くない。でもあの全体練習で、先輩たちは本当い勝てると思っているのか。

全体練習が足りないと感じたら、乗艇した後でもウエイトをした。時間

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Drive!! #10  ボート X 小説

Drive!! #10 ボート X 小説

桂翔太の背中を見ながら漕ぐのは久しぶりだな。
剛田は素朴な感慨に端を発して、記憶の蓋を開けていた。

俺が六甲大の主将として臨んだ今年の試合、ことごとくお前たち阪和大学には敗れてきた。朝日レガッタでも、関西選手権でも、俺たちのすぐ先に阪和大がいた。だが阪和大学にチームとして勝てなくても、俺は桂翔太という男に対して劣等感は感じなかった。

桂兄弟には、2回生の時のインカレで勝利した。その記憶はあまり

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Drive!! #9  ボート X 小説

Drive!! #9 ボート X 小説

「ミドルスパートですか?」
それは、六甲大との試合が2週間後に迫った頃。
今日から徐々にレースペースへの練習は以降していくというときだった。

僕は翔太さんから当日のレースプランを聞かされた。
「ああ、剛田と友永に勝つにはそれしかねえと思ってる。リスクが高いから、あまり俺らの大学では使ってないが、次の試合に限ってはミドルスパートが得策だろう。」
ミドルスパートというのは、レース中盤でそれまで継続し

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Drive!! #8  ボート X 小説

Drive!! #8 ボート X 小説

先日のエルゴのタイムトライアルをした夜。
俺は弟である桂雄大をミーティングルームに呼び出した。
COXの川田と、副将の下屋には先に相談した。
次の六甲戦、雄大とペアで出たいと。
「俺らは賛成だが、後は雄大がなんと言うかだ」下屋がポツリと言った。「まあ、本人に聞いてみないとだねー。」川田もいつものように飄々としているように見えるが、その声はどこか自信なさげだ。
乱暴にドアを開いて、雄大が入ってきた。

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