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Drive!! #20 ボート X 小説

六甲戦の最終レースは、対校エイト同士の一騎打ちだ。
関西選手権でも優勝しているうちのエイトは、六甲大に差をつけていた。
ましてや相手は剛田さんと友永さんを欠いている。

15秒ほどの大差をつけ、阪和大のエイトが先にゴール付近に姿を見せた。
たが僕は喜びよりも、自分の実力不足に打ちひしがれていた。

”自分があのシートに座るかもしれない”
そういう気持ちで見る雄大さんの漕ぎは完璧すぎた。

翔太さんは、「杉本、雄大の漕ぎをよく見とけよ。ちょっと小さくなっちまったけど、やはり俺らのチームでは1番あいつが漕げてるよ。兄弟贔屓を抜きにしてな」とエイトのレース前に言っていた。
翔太さん。雄大さんの漕ぎって、小さいですか?
僕から見ると、ほとんど完璧に思えるんですが、、、

雄大さんの代わりは誰にも務まらない気がする。

オールのしなやかさなら、バウで漕ぐ翔太さんの方が上だ。
漕ぐレンジなら、ストロークのすぐ後ろ(7番)の下屋さんの方が長い。
でも翔太さんにも下屋さんにも、欠けているものがある。と僕は思った。

”エゴ” だ。

自分の決めたリズムで一度漕ぎ出すと、後ろの他の7人がどんな動きをしようと変わらず漕ぎ続ける。
無機質に思えるほど、冷淡にリズムを刻み続ける。
雄大さんの漕ぎには、強烈なエゴが備わっていた。

まるで後ろには誰も乗ってないみたいだ。

それは決して悪いことじゃない。
あのでかいエイトで全体にリズムを伝えるには必要なことだと僕は思った。
自分はまだそんな風には漕げないだろう。

そして雄大さんどころか、同期の岡本と井上とも差がついていると思った。
先輩クルーの中で切磋琢磨する中で、ふたりとも明らかに力強さも、スムーズさも段違いにレベルアップしていた。

調子を落として、エイトから外れ、腐ってしまった自分とは違う。
ふたりは先輩と自分の漕ぎを比べて、少しずつ修正したんだろうな。
俺はしてなかったな。

テクニック以前の、もっと大切な何か。
そこに大きな差があるように思う。反省だ。

でも、もう腐ったりしない。
自分だってちゃんと練習すれば上手くなれるということを、翔太さんに教えてもらった。

それに純粋に速さを追い求めれば、こんなにもボートは楽しい。

今すぐ雄大さんのように漕げなくてもいい。
少しずつ、ひとつずつ、良くなっていけばいい。

自分が変われば、ボートは今までとぜんぜん違う進み方をしてくれる。

「自分の限界はまだまだ先にある。」
そういう気持ちを取り戻すことができたのが収穫だった。
クルーを決めた翔太さん、川田さん、下屋さんに感謝しなきゃ。

3人だけじゃない。絶対的な精神的主柱の翔太さんが一時的にエイトから離れることを認めてくれたメンバーのみんなにも感謝しなければ。
今日の試合は、そういう色んな人の心意気のおかげだ。

感謝を巡らせながら、そういえば今日の試合での収穫は他にもあると思った。

目の前にエイトが迫る。
艇の真ん中あたりに、力強く艇を進める岡本と井上の姿が見えた。

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