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Drive!! #15 ボート X 小説

「友永、お前はCOXだ」
主将にそう告げられた時、上回生への疑念は確信に変わった。
俺より先に剛田がエイトから外された時から、何かおかしいと思っていた。圧倒的な力を持つ彼がなぜ対校から外れるのだと。
理由は簡単に想像がついた。4回生の保身だ。

自分たちが下級生に劣っているというのを、チームメートや女子マネージャーに知られたくないのだろう。
だからまず真っ先に力のある剛田をエイトから外した。

そして剛田に続き、自分も被害者になろうとしていた。主将は「友永、今後のお前のためだ」とか口から出まかせを言っている。
確かにCOXというポジションは重要だが、俺は剛田のような圧倒的な漕手になりたい。今舵手転向することは避けたかった。

「少し時間をください。」
曖昧な返事でその場を逃れることしかできなかった。
情けないが、このボート部において先輩の決定は絶対だった。客観的に実力を判断してくれるコーチも存在しない中で、彼らが決めたことを甘んじて受け入れることしかできなかった。早く何か結果を残さないと。それか別の方法を探さないと。
なにより厄介なのは、他の上回生も自分たちのレギュラーが確約されているので、主将を指示していることだった。体制を覆すのは困難だった。

初めて自主練というものをしようと思った。
この状況を打破するためには、力をつける以外思いつかなかった。
いつも自分の実力不足にうまく転嫁して、成長を続ける剛田のように。
最近彼がウエイトに加えて、栄養学の勉強もしていることを知っていた。
俺は剛田に影響されて、競技への姿勢も変化していった。

ある木曜日の晩に、ひとりきりで映像を見ている彼に「一緒にペアに乗らないか」と声をかけた。半分は剛田への純粋な興味と、もう半分はペアを組む事によって、先輩たちに”エイトのシートを狙うつもりはない”というメッセージを発せるという、打算的な考えもあった。
そうすれば自分が漕手でいることに異論を持つものも減るに違いない。

剛田に言ったことはないが、俺はこいつになりたいと思って漕いでいる。
ここでCOXに転向して、漕手としてのブランク期間ができるのは避けたかった。

最初はただそんな心持ちだった。
とにかく漕手を続けたいという気持ちに過ぎなかった。
でも剛田と一緒にクルーを組んで練習を始めると、俺はどんどん自分という人間が
ボートの上で一心同体であろうとする姿勢が、自分を芯から再構築していくのがわかった。
競技への貪欲さと、フィジカルの強化を彼から教わる代わりに、ボートの公立的な進め方を俺は伝えた。

不思議な競技だ。あれだけスポーツに対して冷めていた自分が、ボートでは負けたくないと思っている。自分に始めて芽生えた感情だ。
”剛田と出た試合は負けたくない”と表現すると、その感情はもっと的確に表現されているとも思う。

他の部員には申し訳ないが、この試合、今までのどの試合よりも勝ちたい気持ちが強い。単なるインカレへの過程ではなく、今日こそが本番だ。

1750mを過ぎた。負けたくない。いや、俺と剛田は負けるはずがない。
「スパートだ!!上げろ剛田!!」

静かに頷いた目の前の男は、その体躯を生かし豪快なスパートに入った。

遠く離れていくはずの阪和大のペアが、まだすぐそばにいる。
漕ぎがめちゃくちゃに荒れていながら、
それにあの冷静な桂翔太が、雄叫びのような短い声を何度も発している。

いつもならそんなクルーを見た時に友永が抱くのは、安堵であり、失望だった。

だが今、阪和大のペアに対して友永が抱いていたのは、恐怖だった。

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