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Drive!! #12 ボート X 小説

あの木曜日の晩。ちぐはぐな会話でクルーを結成した俺たちは、それから秘密の練習を積んだ。友永は俺に、効率的な艇の押し方や、柔らかいシートスライドを伝授した。俺は自分の知る限りの栄養学の知識を友永に伝え、ウエイト嫌いの彼に重りをあげさせた。

そうやって日々を過ごすうちに、俺のフォームからぎこちなさは消え、平坦だった友永の体には隆起が生まれていった。そして当然の結果として、ペアの艇速は急激に上昇していった。
当初はエイトに乗るための布石としてコンビを組んでいた俺たちだが、
「あの先輩たちが俺にはちっぽけに見えてきた。このまま剛田とペアで出たいんだが、お前はどうだ」と友永が提案し、俺は即了解した。

意を決し、主将にペアでの試合出場を打診したが特に反対もされなかった。あの王様気取りは、エイトのシートが脅かされなければそれで良いのだ。「ん?良いんじゃないか?」とだけ言った。そうやってまた次のオフはどこそこに遊びに行こうぜと、いつものお友達との愉快な会話に戻って行った。

エイトの先輩たちは相変わらずぬるい練習と、傷の舐め合いをしていた。
艇の上でも、オフの時でもみんな一緒にいなければ死ぬのかと言うくらい、ベタベタしていた。

シーズンが本格化し、明らかなスピード不足で敗戦を重ねる先輩たちを他所に、俺たちのペアは夏までには、桂兄弟に勝る実力をつけた。
インカレでは桂兄弟に勝利し優勝。大金星だった。
相手が急造クルーというのもあったが、それでも勝ちは勝ちだ。
あのボートエリートと言われる桂兄弟に勝利した。
俺は友永とのおかげで、自信を一気に取り戻した。

そして新しい代になり、先輩からはエイトに乗ってくれと言われたが、俺と友永は頑なにそれを拒否した。
あの王様気取りの主将に加担した奴らだ。協力したくなかった。
3回生になり、漕ぎの幅を広げるためにダブルスカルでインカレに出場し、そこでも優勝した。もう俺と友永に怖いものはないと思った。
王様に加担した世代が抜け、俺が主将となった。
次はエイトで勝とう。俺と友永がいれば、無敵だ。

そう思っていたところに立ちはだかったのが、桂翔太率いる阪和大学だった。
彼らの後半のタフネスには目を見張るものがある。桂兄弟以外は大学からボートを始めた初心者で構成されるチームだが、今年は戸田勢を圧倒し、インカレでも結果を残すことが有力視されていた。
エイトで並べていても、桂翔太の気迫には圧倒された。俺は彼のことをまるで別人のように感じていた。

浜寺1300m地点。桂翔太の背中が、少しずつ大きくなっている。
敵ながら惚れ惚れするオールワークだった。しかし、今はそれに見惚れている場合ではない。隣のレーンでその美しいオールワークの持ち主と闘っているのは自分だった。一度インカレ に勝ったその記憶を大切に温めて、本当の奴を俺は見ていなかったんじゃないか。本当はこいつに勝てるのかどうか、不安に思っている自分がいた。じわじわと距離をつめて姿を大きくなる桂の姿に比例して、弱気な自分も肥大化していくようだ。

「剛田、そのまま落ち着いていけ。大丈夫だ。」
後ろから友永の声がする。
「まだ余裕のある距離だ。相手の奇襲に惑わされないようにいこう。」
本来チームの長として、どっしりと構えるべきは俺の方だが、ほとんどの場面でこの友永に支えられてきた。主将として活動してきて、そして引退が迫ったこの時期でも、相手の単純な策略に慌ててオールが乱れている。
全く俺は未熟だ。主将としても、男としても。

桂翔太よ。お前は俺とは逆に、チームという責任を背負い、更に強さを開花させたのだろう。オールの迫力と身のこなしに磨きがかかっている。そして何より、背中から伝わる勇敢さ。
主将として比べれば、俺はお前に負けているかもしれない。
いや、それは認めよう。「俺」はお前に負けている。

だが「俺たち」なら負けはしない。俺には友永がいる。
桂よ。もう一度どちらが強いか思い知らせてやろう。

2艇はもうすぐ1500mを過ぎ、ラスト500mに突入する。
陸から見守る部員たちにも、その勇姿を見せ始める。

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