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Drive!! #16 ボート X 小説

1300m付近。杉本の漕ぎがさっきからおかしい。
桂翔太は違和感に気がついた。

おかしいというのは、下手ということではなく"パーフェクト”という意味においてだった。

さっきからの杉本は、まるで別人の漕ぎをしている。

練習でも見せたことがない、滑らかなオールワークとシートスライド。
そして水面とコンタクトして水を掴んでからは、思い切り体がバネのようにしなって、艇を進めていた。なにより俺の声にも全く反応しない。
ゾーンってやつなのか、これが。

1000mのミドルスパートで、相手の動揺が誘えず、差が縮まらなかった。
その時は正直諦めかけたが、1300m過ぎから杉本の漕ぎが一変した。
試合の当日。それもレース中に。明らかにこいつは新しい感覚を掴んでいる。

1500mを通過した。アナウンスの声が耳に入る。
六甲との差は11秒から7秒まで縮まっていた。

ミドルスパートが終わると、レートが元に戻るのが普通だが、杉本はそのままレートを38に保って突っ走っていた。
かなりのパイペースに、俺はついていくのがやっとだった。
必死に漕がないと、こいつに艇を曲げられる。
しかし杉本はというと、一向にバテる気配がない。
それどころか完全にペースを掴んでいる。

訳が分からないが、とにかく六甲大との差が縮まっているのは確かだ。
音でわかる。相手はすぐ近くにいる。まだ間に合うかもしれない。
賭けるしかないと思い、俺はそのままペースを落とさないよう、杉本に指示をした。
「杉本、そのままいけ!」
しかし、それが耳に届いているかは不明だ。

無言の杉本の漕ぎが、弟の雄大と重なった。
自分がこのレースで取り戻そうとしていたものが、いま目の前にある。
今の杉本の漕ぎは、小さくなる前の雄大の漕ぎにそっくりだった。

いや、今はそんなこと考えるな。レースが終わってから、雄大とはゆっくりと話そう。

1700m地点。
無人のスタート地点から始まったレースは、今や大歓声に包まれていた。
別次元に来たように、レースの雰囲気が一気に変わる。
これもボート独特だ。そして自分が好きな部分だ。

大歓声の中でも、聞き分けられる声がいくつもある。
川田だ。隣に辰巳もいる。あとは2回生の二人だ。
少し離れた場所、下屋と4回生のメンバーも声をくれている。

最後の六甲戦。最後のリベンジのチャンス。最後の300m。
雄大の声は、、、と思っい耳で探ったが、それはあるはずもなかった。
あいつはまだ控え室で、音楽でも聞いているだろう。
いつものことだ。

大歓声への感謝を胸に、もう一度レースに集中する。

1750m。
「見えた!!」
六甲大だ、すぐ近くにいる。
杉本はこの好機に気がついているだろうか。
俺の声が聞こえているだろうか。

「行けるぞ!!」
いや、違う。きっと杉本にも届いている。俺にはなぜかそれがわかる。

ボートを共に進めていると、無言でも相手の気持ちがわかる。
意志がオールから伝わる。

勝ちたいんだな、杉本。勝ちにいこうとしてるんだよな。
俺も同じ気持ちだ。嬉しいぞ。

本当に不思議なスポーツだ。
「杉本、よくここまでやってくれた。あとは暴れろ。ダブルスパートだ。」
俺たちのレートは38から40へと、滑らかに移行した。

完璧だ、杉本。このレースどんな結末になろうとも、もう悔いはない。

俺は全身の筋肉を駆使して、杉本に食らいついていた。

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