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Drive!! #14 ボート X 小説

剛田に対しては「今は我慢だ」と声を発したが、尋常ではない阪和大の追い上げに、六甲大の友永は内心焦りを感じていた。

しかし、セーフティーリードを保つために、ここで無理にペースを上げると、最後のスパートでの失速が怖い。
一度自分を落ち着かせて考えた。そうだ、スパートに入る1750m地点で少しでも勝っていればそれで良い。
これまでの経験から、相手の桂翔太には、スパートでの怖さがないことを知っていた。ここから急激にギアチェンジして、艇速を上げることは出来ないだろう。ラストスパートのエネルギーを前借りしているに過ぎないと判断した。今、1600mあたりを通過した。

何度か対戦したり、映像でも繰り返し桂の漕ぎは見てきた。
だがこの男に、剛田と俺のスパートに勝る勢いはない。
ここは確実に勝つための選択をしよう。

そしてこの選択ができるのは、やはり剛田という強力な推進力があるからだろう。力もさることながら、スタミナもトップクラスだ。
やはりあの時、声をかけて正解だった。

中学ではサッカーを高校ではテニスを選んだが、どちらの競技でもすぐに学校のエースになった。体力はある方ではないが、どちらの競技もすぐに技術の勘所を掴んで、そこからは楽に勝利を重ねていった。
最初はどちらのスポーツも攻略することが楽しくて、のめり込んでいけた。しかし、あるときから自分のレベルに周りがついてこれないことを悟った。そして、自分には分からないが、自分のように要領のいい選手に対して嫉妬して、良い感情を抱かない部員がほとんどだった。そんなに悔しいなら、もっと頭使えば良いのに。他人を妬む暇があれば、冷静に分析をすれば良い。
しかし、そんな正論が通じる相手はいないだろう。

それに気が付いてからは、不必要に他人から疎まれないように、ほどよく流して練習するのが常だった。もともと手を抜いている。試合で勝っても負けても、特になんということもなく、それらのイベントは淡々と経過していった。
"たかがスポーツなのに大袈裟だよなあ"と心の中では冷笑しながら、自分はスポーツの真髄のような何かに、辿り着いていないという自覚もあった。

だから、その何かを追い求めるように大学ではボートを初めた。
速さを競う種目なら勝負の色が濃く、やけに落ち着いてしまっている自分を変えてくれるのではないかと思った。

社会人になれば、本気でスポーツに取り組む機会などそうないだろう。最後の学生生活で、自分を変えてみたかった。
どんな困難でも受け入れよう。このまま冷めた自分ではいたくなかった。

だが、期待とは裏腹にボートでもすぐに部で1番になった。
入部して少し経った頃、ひとり乗りの艇で先輩たちを追い抜いたときは爽快だったが、早くも自分に妬みの視線を向けている者がいることを、敏感に察知していた。

またこれから味気ない時間が始まると思っていたが、そうはならなかった。
剛田という男がいたからだ。

剛田が回したエルゴから吹き出る風の音に圧倒された。
周りは不器用な彼を笑ったが、自分に湧いているのは尊敬の念だった。

全身から、湧き上がる圧倒的な力感。
今までスポーツをテクニックで捉えてきた自分の価値観が一変した。
初めて他人を羨ましいと感じている自分を発見した。
"俺はこいつになりたい" 柄にもなくそう思ったのだ。

そして剛田に対して、魅力を感じたのは力だけではなかった。
この男は自分と違い、競技に取り憑かれ、のめり込んでいる。
ボートがうまくいかなければ、まるで自分には価値がないかのように深く落ち込んで、しばらくすると厳しいトレーニングに戻っていく。

うまくいかなかった時、この男の怒りの矛先は、自分自身に向けられている。そういう潔さを備えた人間に自分は今まで出会ったことがなかった。

そんな彼は、エイトに乗ることが有力視されていたが、ある時突然、クルーから外された。
なぜ彼ほどの実力者を対校から外したのか。上回生への疑念が湧いた。

だがそれにも増して、俺は”今、剛田という男には何が見えているんだろう。”そんな興味を抱きながら、冬を過ごしていた。そんな興味を抱きながら、冬を過ごしていた。ボートに取り憑かれた男が、自分の不遇に何を感じ、何をしようとしているのか知りたい。

そして俺もいつかはこの剛田のようなになりたい、とも思っていた。
初めて自分に芽生えたその気持ちは、思わぬ形で摘まれそうになる。
剛田がエイトから外れて、間も無くのことだった。

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