Drive!! #21 ボート X 小説
去年の冬。
岡本や井上のようにタイムが伸びないことに、恐れを感じていた。
また居場所がなくなるんじゃないかと思っていた。
でもそれは僕が勝手に高校の時に、うまくやれなかったトラウマを引きずっているだけだ。
高校生の頃から、”自分そのもの” みたいなものには価値がないと思うようになった。自分が出す記録や、学力なんかは、誰かの役に立ったり、今後立つ見込みがあるから、価値がある。でも”杉本という人間そのもの”には誰も価値を感じないんじゃないかと思うようになっていた。
記録が伸びないと、ボート部にも居場所がない。
また嫌われる日々が始まる。
そんなことを怖がって、だんだんと腐っていった。
嫌われる前に、嫌ってやろうと、思っていた時期もある。
そこから誰かを応援したり、部員の成長を喜んだり、
そういうことが、それまで以上に難しくなった。
「スパートいこう、さあいこう」
COXの川田さんの声が耳に入る。エイトは独漕状態だ。
雄大さんはまたペースを上げ、それに後ろのシートの7人も呼応して、動きのキレが増した。
COXの川田さん、ストロークは雄大さん、7番に下屋さん、このストロークペアは不動だ。
6番に井上、5番に岡本、ここが2回生コンビ。
前のシートを勝ち取っていて、これは改めて考えるとすごいことだ。
4番が山上さん、3番が八木さん。
この二人は4回生で流石の安定感という感じだ。
2番が3回生の橋本さん。同じ3回の雄大さんと辰巳さんの影に隠れることが多いが、橋本さんのクセのない綺麗なフォームが艇のバランスを整えていたりする。
そしてバウに3回生の辰巳さん。
いつもこの人は、僕のことを気にかけてくれる。
こないだのエルゴのトライアルでも、倒れ込む僕に声をかけてくれた。
今回は、翔太さんの代役でエイトのバウに座っている。
それもすごいことだ。
エイトのメンバーのひとりひとりに思いを馳せる。
誰も僕のことを嫌ってなんかいないだろう。
心を閉ざしていたのは、自分の方だ。
言い訳じゃないけど、素の自分が受け入れてもらえるってのが、いまいち僕にはピンとこない。
そういう経験がぜんぜんないから。
でも閉じこもっているばかりでも、何も変わらないなー。とも思う。
さっきの自分たちのレース。
スパート付近で、岡本と井上の声援が聞こえた。
それにふたりとも一緒に走ってペアのタイム見にいってくれた。
ふたりとも喜んでくれていたのが嬉しい。
それは勝ったから?自分が強い選手だから?
いや、たぶん違うだろう。
たとえ負けたって、一緒に悔しがってくれただろうし、
負けたからって、またギスギスしたりはもうしないと思える。
ビハインドの僕たちのペアにも、精一杯の声援をかけてくれた。
ちゃんと「杉本」と名前も叫んでくれてたし。
脚が速いとか、ボートがうまいとか、レギュラーとか補欠とか。
そういうことで、人は仲良くなったり、信頼しあったりとかするわけじゃないよな。
実力とか、記録とか、ポジションとか、そういうのに固執している自分ってなんだろう。
素の自分でいてもいいのかな。大丈夫なのかもしれないな。
そろそろ何かを変える時なのかもしれない。
目の前に迫るエイトが通り過ぎる前に。
ひとつでも、少しでも、自分を変えようと思った。
「岡本ー!井上ー!ファイトーー!」
思い切り叫んだ。
これで、おあいこにしてしまおうとは思わない。
さっきの応援のお礼もちゃんと言う。
ふたりが陸に上がってきたら、ちゃんと言う。
「辰巳さんーー!そのままいけー!」
辰巳さんに、嫌な目に合わされたことがあるか。ぜんぜんないじゃん。
"師弟関係" ってまで自惚れてはいないけど、辰巳さんは僕にとても優しくしてくれるし、いつも声をかけてくれる。
”優しすぎて逆に怪しい”とか、理由を勝手に作り出して、心を開けなかったのは自分のせいだ。
誰かに心を開くのが怖い僕のせいだ。
「下屋さんーー!雄大さんーー!スパート、上げろー!」
ボートっていう大義名分を借りたっていい。
そうすればいつもは畏れ多かったり、近付きがたかったりする先輩にだって、こうやって声援を送れる。
少しずつでいい。
できる範囲で人とぶつかったり、信頼したりもしよう。
たとえそれが怖くても。少しずつ、少しずつだ。
ゴールへ向かうエイト。
それに向かって声援を叫び続けた。
避けてきた怖さに立ち向かう自分のことも、応援している気持ちになった。
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