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Drive!! #11 ボート X 小説

どうやってこの力を身につけたと思っているんだ。
俺は自分で築いた壁の内側で、ひとり憎悪の念を膨らませていた。

先輩たちがオフで遊びまわっているときに、自分だけ居残りでウエイトをしていたから手に入れた力だ。別にオフの間に体を休めたり、リフレッシュしたりすることは悪くない。でもあの全体練習で、先輩たちは本当い勝てると思っているのか。

全体練習が足りないと感じたら、乗艇した後でもウエイトをした。時間と体力の許す限り、筋肉に刺激を与えた。
トレーニングだけではない。栄養のことも一から学んだ。その中で先輩が言う「とにかく米を食え」とか「重要なのはトレーニング後のプロテイン」いう間違った知識を是正した。米だけでは筋肉はつきにくいし、トレーニング後のプロテインも大切だが、トレーニング前の栄養摂取も必須だ。

そして、その日どんなトレーニングをしたか、何をいつどのくらい食べたか、筋肉量はどう変化したか。そういった自分の体への刺激や反応に、研究者のような目線を向け、つぶさに観察と改善を継続した。
そういった地道な行動を継続した結果手に入れたのがこの体だ。

同じエイトに乗る先輩たちをトレーニングに誘ったり、栄養の知識を伝えようとしても「いちいちめんどくせえよ」とか、「剛田、お前ガチすぎだろ」と疎まれたり笑われるだけで、誰一人からも興味を示してもらえなかった。

でもそうやって正しい知識の獲得や、トレーニングから逃げてきた結果が、今の軟弱で仲良しクラブのようなエイトじゃないのか。その癖、新入生に対しては、「ボートは大学から始めて日本一になれる。俺たちは日本一を目指している」と熱っぽく語る。一体どの口がいっているのだ。

テクニックがなんだのと先輩たちはいうが、ボートはまず力あってこそだと思う。そして俺は身をもって、力があることを証明しているのに。その俺が艇の邪魔をしているとはどういうことだ。誰が艇を進めているかは、エルゴでわかる。だが誰が止めているかなんて、分からないじゃないか。

苛立ちを解消する術を、俺はトレーニング以外知らなかった。そして全体練習がオフの夜も、誰もいない艇庫でひとり重りを上げていた。
そこに居合わせたのが友永だった。

当時の友永は俺とは正反対で、主将からは"ボートはうまいが、エルゴが回らない"というレッテルを貼られていた。そして主将からはCOXをやらないかと言われていた。

COXというポジションはもちろん重要なポジションだ。しかし、友永をCOXに指名した主将の狙いは違うところにあった。唯一主将がシングルで勝てないのが友永なのだ。友永は一人乗りの艇では部で1番の速さを有していた。だから、友永のボートへの知識や判断力を買ったというよりは単なる左遷だ。「エイトではシングルと違って馬力がいるんだよ」
それでは俺の左遷と矛盾が生じるではないか。
あの主将は例えこじつけでも、自分の地位や権力を脅かす有望な下級生は王国の壁外に追い出したいらしい。

主将の追放計画に反して、友永は漕手であることに更にこだわりを持ったらしい。だからこうして、オフである木曜日に練習しにきたのだろう。
それから毎週木曜日の夜、示し合わせたわけではないのだが、俺と友永と二人で練習をするようになった。

二人で練習をするようになったが、実際は言葉を交わすことはなかった。
友永はエルゴを、俺はウエイトをしていて、バラバラに練習していた。

俺は一方的に、どこか友永とは仲良くなれないと感じていた。
まず俺自身は無口でコミニュケーション下手だが、友永は違った。女性のマネージャーにもモテているし、いつも部員の中心にいた。それに身なりにもかなり気を使う部類だった。誰も見ていない今日だって、洒落たウェアを身につけている。長い髪はムラなく茶色に染められ、後ろで細く束ねられている。そして彼からはどこか運動部らしからぬ香水のほのかな香りがした。

汗に濡れる昔ながらの体育会の俺は、どちらかというと友永のようなスマートなタイプが苦手だった。そして友永の方も、俺のようなタイプは苦手であろう。この先も自分の壁の内側に、友永を招き入れることはないだろうと思った。
だから、せっかく同期でふたりで練習していても、ほとんど会話がなかった。

しかし、ある木曜日の晩。俺は机に座り、パソコンに取り込んだ自分のシングルの動画を見返していた時である。
「お前ってほんとボート下手だよな。」
背後から友永が覗き込んで声をかけてきた。俺は振り返って友永を睨んだ。
馬鹿にして笑っていると予想していたが、友永は真剣な表情を浮かべていた。
「それであのボロ艇をあそこまで進ませるんだから、お前のフィジカルは本当すごいよ。」
嫌味には感じなかった。でも俺はほとんど口を聞いたことがない男に返事をできないでいた。
「そしてその力は、単に授かったものじゃないよな。お前の体格で体重を1ヶ月で3kgも増やすのは並大抵じゃない。自主練のウエイトに加えて、栄養学なんかも勉強したんだろ。本当に尊敬するよ。」
黙って彼の話の続きをまった。一応パソコンの音量を下げた。シンとした部屋。冷蔵庫がブーンと低い音を立てていた。
「でもウエイトに固執しすぎじゃないか。お前に足りないのはテクニックだとわかっているから、今もそうやって映像を見返していたんじゃないのか。」
貶したいのか、褒めているのか、この男の話は判然としない。
しかし、そう思った時、話は突如核心に迫った。
「なあ、剛田。ウエイトなんてやらずに、木曜日は俺とペアに乗らないか。俺がお前にテクニックを教えてやる。」
ふたりとも言葉を発しなかった。パソコンの中では、相変わらずがたいの良い男が無音でぎこちなく艇を進めている。
「その代わり教えてくれ、どうすればお前のようなパワーが手に入る。いや、お前のようにとは言わん。少しでも近付きたいんだ、お前のパワーに。」
そう言って、真剣な眼差しを向ける友永としばらく見つめあった。このチームで初めて俺の取り組みに興味を持ってくれる奴がいた。それだけでなく、友永は声はかけずとも俺の努力をずっと見てくれていたのだ。まだ何も始まってもいないのに、報われた気がした。憎しみで作っていた俺の壁は、あっけなく崩れ去った。
「ありがとう」
と俺は唐突なお礼を口にした。それを聞いて、友永が吹き出して笑う。
「なんで急にお礼なんだよ。訳わかんねー」
ちくはぐな返事と大爆笑。とにもかくにも、そうやってクルーは結成された。

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