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天城山からの手紙

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伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
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2022年7月の記事一覧

「天城山からの手紙 42話」

「天城山からの手紙 42話」

8月の半ばも過ぎる頃になると、少しだけ森の空気が変わる気がする。香りでも温度でもない何か雰囲気が違うのだ。それは、小さな小さな兆し。きっと、季節の変わる合図を森が教えてくれているのだろう。そして、この季節の狭間は、なんとも言えない安堵感で満たされる。なぜなら、今年も無事に時が過ぎ回っていると思えるからだ。日常の中では、当たり前の様に思うかもしれないが、やはりこの自然の巡りに生かされているのだと考え

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「天城山からの手紙 41話」

「天城山からの手紙 41話」

今回からは、視点をグッと寄せて小さな存在を追いかけてみたい。森を歩いていると、こぼれるほどの光が気になり、自然と空を仰いでしまう。そこからは、風に揺れて動く葉の隙間から、キラキラと光がこぼれ落ち、眩しくて薄目にしたその先は、真夏の色で溢れていた。濃い緑に染めた葉は、これでもかというほど生命力に溢れ、強い日差しなど苦にしていない。情けないことに私は、降り注ぐ陽に、「勘弁してくれ」と呟くのだから、森の

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「天城山からの手紙 40話」

「天城山からの手紙 40話」

光に包まれた瞬間、すべての想いは見透かされた様に想いがあぶり出される。森で繰り広げられる光のドラマは、遭遇したくてもなかなか出合う事は出来ない。しかし、一度でもその光景を体験すると、もう虜となってしまうのだ。うっすらと霧が漂う中、急に何とも言えない温かさに包まれ、自分を包む空間が、ふわ~っと黄金色のオーラで埋め尽くされる。こんな瞬間が”光芒(こうぼう)”がそろそろ出るかもしれない合図なのだ。この黄

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「天城山からの手紙 37話」

「天城山からの手紙 37話」

天城というと東側の万三郎が頭に浮かぶが、私も、天城と言えばという事で東側からはいる事も多かった。春先には石楠花を求めて、沢山の人で登山道が埋め尽くされ、シーズンを過ぎると、ほぼ人と行きかう事もなくなる。少し寂しい気もするが、天城の良さは人が居ない故に、ゆっくりと満喫できる所にあるのかもしれない。この東側のルートは、撮影しながら一回りすると大体8時間位はかかってしまうのだが、いつも帰り道に三脚を捨て

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「天城山からの手紙 36話」

「天城山からの手紙 36話」

夏も間近なこの時季から、大量の虫が天城を占拠する。道を歩く先すべてが虫で覆われていると考えれば想像もしやすいかもしれない。そんな理由で、夏の季節は虫に天城を譲り、今回からしばらく、順不同にエピソードを優先して掲載していきたい。初めて天城をテーマにしようとした時、正直なにを思い撮影をしなければいけないのか私は全く分からなかった。目の前に現れるブナにはいつも圧倒され、そんな中、俗にいう綺麗な写真やすご

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「天城山からの手紙 39話」

「天城山からの手紙 39話」

天城の森は思っているよりもずっと暗い。我先にと頭上へ手を伸ばし、その手の先に付けた沢山の葉を、空一杯に広げ太陽の光を皆が貪るからだ。長い年月、その競争をした森の天空は、パズルが完成したかのように隙間が無い。特に馬酔木の森は、晴天でも薄暗く、所せましと千の手が行く手をふさぐ。容姿形も似ていて、一度足を踏み入れると、まるで迷宮に迷い込んだように方向を失ってしまうのだ。もう何回も天城の森へ通っているが、

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「天城山からの手紙 38話」

「天城山からの手紙 38話」

この日、じっくりと天気予報を確認し出発した。登山口へ到着すると思っていたほどの雨ではなく、このまま予報通りに行けば最高の朝を迎えられるだろう。登山道から外れ、真っ暗な馬酔木の森をかき分けながら向かいの稜線へと向かったのは、ブナが静かにと住む秘境だ。同行者も以前迷子になったらしいが、やはり少し迷子になりながら、迫る朝に足をせかされ何とか目的地へ到着した。すぐさま撮影の準備をして、後は、雨がやみ雲が晴

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「天城山からの手紙」33話

「天城山からの手紙」33話

満月の夜に天城を歩くと、驚くほど森は明るい。地には月の明かりで影の分身が映し出され暗闇にすーっと伸びたその姿は、見とれるほどに美しい。逆に、新月の森は、まったくの暗闇に包まれ、恐ろしいほどに深い闇は、小さな物音でさえ、私の体に大きな鼓動を鳴らす。何度、ビクッとすることだろう・・その度に体力を奪われていく。そんな新月の夜は、天空を覆う木々たちの暗いトンネルを歩いると、何時も急がされる。何かに追われる

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「天城山からの手紙」34話

「天城山からの手紙」34話

登山道へ着いた時、ライトに照らされた先は、1mも見えない程に濃い霧で包まれていた。一瞬、ちょっと危ないかな?と頭をよぎるが、目的地へ夜明け前に到着するには今出るしかない。そして、次の呼吸をしたらもう一歩足が進んでいた。すでに私の頭の中は、この霧の中で出会える情景で埋め尽くされていたからだ。これだけ濃い霧は珍しく、足元だけを見つめ、頭の中の地図と重ね合わせては一歩一歩進む。道半ば足を止めては霧に浮か

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「天城山からの手紙 35話」

「天城山からの手紙 35話」

森に流れる時間は、ゆっくりと過ぎてゆき、その時間に合わせて歩くと心がリセットされる。耳を澄ませば、小さな風に揺れる葉っぱの音さえ体に染みわたり、目を閉じれば、驚くほどの音が自分の周りを包んでいるのだと気付き、そんな時を過ごせば体から生きる力が溢れ出してくる。しかし、そんな幸せな時間は、もしかしたら直ぐ目の前で止まってしまうのかもしれない・・・。それはこの自然環境の変化が、じわりじわりと姿を確実に現

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