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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2023年5月の記事一覧

『月の耳作戦』 # シロクマ文芸部

『月の耳作戦』 # シロクマ文芸部

「月の耳作戦で行くで」
キャプテンの高田がミーティングで突然言い出した。
当然みんなの頭の上には「?」が、ポンポンポンと飛び出した。
「何や、それ」と4番の中井。
「秘密や」
「アホか、さっさと教えろ」
エースの樋口が突っ込む。
「とにかく、俺が『月の耳でいくでー』と言ったら、『よっしゃー』で答えてくれ」
「なんやと」「何でやねん」「アホ」
ベンチ裏は騒然とした。
「とにかく、キャプテンが言ってる

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『火星の別件逮捕』 # 毎週ショートショートnote

『火星の別件逮捕』 # 毎週ショートショートnote

とにかく地球はイライラしていた。
火星にである。
あいつらのしている事と言えば。
この星から、こっそり人間を連れていこうなどと。
「人間をここまで育てるのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。あのクラゲみたいなやつで充分じゃないか」

銀河の警察を自認する地球は、これを見過ごすわけにはいかなかった。
何とか火星を懲らしめたい。
しかし、敵もさるもの、ひっかくもの。
なかなかシッポを現さない。
地球

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『滅亡の日に飲むコーヒー』

『滅亡の日に飲むコーヒー』

お酒の飲めない私は、いつもそのバーのカウンターでコーヒーを飲んでいる。
バーに女性ひとりも珍しいが、そこでコーヒーだけを飲む女性はもっと珍しいだろう。

残業が深夜まで及んだ帰り道。
私はコーヒーがたまらなく飲みたくなった。
それも、自分ではなくて、誰かに淹れてもらったコーヒーを。
別にコーヒーにこだわりがあるわけではない。
豆の違いもわからないし、どんな淹れ方でも構わない。
急いでいる時には、イ

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『初夏を聴いたら』 # シロクマ文芸部

『初夏を聴いたら』 # シロクマ文芸部

初夏を聴くのは、口で言うほど簡単じゃない。
初秋、初冬、初春、いや、春の場合には早春かな。
それらを聴くのは、たやすいことだ。
だが、初夏となると、そうはいかない。
そもそも、初夏とはいつなのか。
夏の初めじゃないかと言うだろう。
では、梅雨はどうなのか。
世の中は昔から、梅雨の始まる直前が初夏であるとする説と、いやいや、梅雨が明けてすぐが初夏であるとする説とに二分されてきた。
あなたは、さて、ど

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『半分ろうそくー本格風推理的小説』 # 毎週ショートショートnote

『半分ろうそくー本格風推理的小説』 # 毎週ショートショートnote

被害者は36歳の女性。
この部屋の住人。
死因は絞殺。
死亡時刻は昨夜の9時から10時頃。
第一発見者は、連絡がないのを不審に思い尋ねてきた会社の同僚。

竹下は中村警部補に状況を伝えた。
「君、これは」
中村は途中で消えているろうそくを指差した。
「彼女は、毎晩ろうそくの明かりで瞑想するのが日課だったそうですよ」
鑑識が開けたくれた引き出しの中には、色の違うろうそくが何本も入っていた。
長さもか

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『少年の夢』

『少年の夢』

少年はよく夢を見る。
この夢というのは、夜に眠りの中で見る夢と、果てしなく広がる将来に成し遂げたい何か、そのふたつの意味を含んでいる。
だから、「日夜、少年は夢を見た」と書いたとしても、それは、たとえ話ではなく、正しく現実を描写していると言える。

それにしては、と思われるかもしれない。
それにしては、成し遂げられた夢のなんと少ないことかと。
おっしゃる通りだ。
かつての少年は、何とも生気のない目

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『運転手を黙らせる方法』

『運転手を黙らせる方法』

深夜に乗る流しのタクシーには当たり外れがある。
中には、乗り込むなりこちらの気分をすぐに察してくれる運転手もいる。
気分のいい時にはそんな話題を、いらいらしている時にはそんな沈黙を、落ち込んでいる時にはそんな話を、うまく使い分けてくれる運転手もいる。
ベテランなのかどうかはわからない。
少なくとも年齢には、あまり関係がないようだ。
若くても、そんな対応をしてくれる運転手もいる。
しかし、中には、今

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『古い新聞紙』 # シロクマ文芸部

『古い新聞紙』 # シロクマ文芸部

「舞うイチゴ」
「読まなくていいって」
僕の声を無視して、ユミは読み続ける。
「県立東高校硬式野球部は創部以来30年間、夏の甲子園予選で一回戦敗退を続けてきたが、ようやくその厚い壁を乗り越えた。中学生の頃から東高校を勝たせようと誓い合ってきた、エースの高橋とサードの石田、背番号1と5が固く抱き合った」
「読まなくていいって、もう」
僕はユミの手から、新聞紙を取り返した。
破れないように慎重に。

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『伝書鳩パーティー』 # 毎週ショートショートnote

『伝書鳩パーティー』 # 毎週ショートショートnote

アミは軍の伝書鳩だ。
アミの国はようやく敵国と和平にこぎつけた。
アミは今日、その書類を敵国に届ける任務を告げられた。
「向こうで、食われちまえばいいさ」
同じ伝書鳩のユタカは、いつもアミにちょっかいをだす。
そして、仲間がまあまあととりなすのだ。

アミがその書類を足にくくりつけて飛び立った夜、ユタカは聞いた。
兵隊がこそこそ話しているのを。
「あの中味は書類ではなくて爆弾だ。あいつら、和平なん

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『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

指である。
紛れもなく指である。
出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。
それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。
カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。
指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。
ベッドの上から、じっと目を凝らす。
どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。
そして、小指でもない。
ゆっくり

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『金魚鉢』 # シロクマ文芸部

『金魚鉢』 # シロクマ文芸部

咳をしても金魚。
結果的には、咳をしてもしなくても金魚だった。
「咳をしてもひとり」
そんな句があったが、あれは、人生の孤独と諦観を詠んだものだろう。
だが、俺は違う。
孤独とはほど遠い人生を歩んできた。
実は、俺の咳をしても金魚には、その前段がある。
咳をしたら金魚。
そういうことだ。
咳をしたら金魚になったのだ。
いつも通り仕事をしていた。
同僚と机を並べて、上司の顔色をうかがいながら、キーボ

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『心お弁当』 # 毎週ショートショートnote

『心お弁当』 # 毎週ショートショートnote

俺は若い頃に、3人の友人と起業した。
売上が上向きだした頃、1人と喧嘩になり、そいつは離れていった。
支社を出した頃に、1人が反対して辞めた。
新しい業種に手を広めた時、1人を辞めさせた。

近くに「心お弁当」と看板を出す店があった。
毎日行列ができている。
興味があって並んでみた。
SNSでは庶民感も大切だ。
やっと順番が回ってきたと思うと、店主が言った。
「あんたに売る弁当はねえ」

俺は会社

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『何の日でもない明日』

『何の日でもない明日』

仕事は終わったの?

ああ、やっと終わったよ。

お疲れ様。

ありがとう。

明日は休み?

うん、明日ね、僕は休みなんだ。
だから、そうだ甘いものをいっぱい買って帰ろうよ。
ショートケーキ。
シュークリーム。
エクレア。
ロールケーキ。
ドーナツ。
それに、黒糖のいっぱい染み込んだかりんとう。
アイスクリーム、ハーゲンダッツもね。

キャラメルコーンもお願い。

うん、温かい飲み物も用意しよう

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『ゆるい坂道』

『ゆるい坂道』

「ご覧ください、これが『紙』と呼ばれるものです。同じ発音ですが、『神』とはまた別のものです」
そう言って彼は、「紙」を男の前に置くと、タブレットを取り出した。
それに「紙」と「神」の文字を打ち出す。
「中には、『紙』と『神』はその働きにおいて同種のものだと主張する学者もいますが、今のところは、別のものと考えた方が妥当でしょう」
「紙」と呼ばれたものを差し出された男はそれを手に取った。
「深い地層か

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