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『運転手を黙らせる方法』

深夜に乗る流しのタクシーには当たり外れがある。
中には、乗り込むなりこちらの気分をすぐに察してくれる運転手もいる。
気分のいい時にはそんな話題を、いらいらしている時にはそんな沈黙を、落ち込んでいる時にはそんな話を、うまく使い分けてくれる運転手もいる。
ベテランなのかどうかはわからない。
少なくとも年齢には、あまり関係がないようだ。
若くても、そんな対応をしてくれる運転手もいる。
しかし、中には、今日の運転手のように、それなりに歳を重ねているにもかかわらず、こちらの気分に気がつかない、そんな運転手もいる。

「いやあ、驚きましたよ」
行き先を確認するなり話し始めた。
どうしてそんなことを話し出したのだろう。
もしかすると、今日の客には毎回同じ話題でいくと決めているのだろうか。
少なくとも、私がそんな話を聞きたがっていると思われるような顔をしていたはずがない。
ほとんどまとまりかけていた商談がうまくいかずに悩んでいたのだから。
「この間、ちょうどこの近くで乗せた客ですけどね。走り出して少ししたら、突然、運転手さんなんて呼ぶものですから、ああ、まだ若い女性でしたよ」
車は信号で止まった。
「返事をしても、何度も呼びかけるものですか、ちょうどこんなふうに信号で止まったので、ひょいと振り向いたんです。そうしたら、あなた、なんだと思います」
それがそのまま次に続けるための疑問形なのか、私の答えを求めているのか、運転手は沈黙した。
だからと言って、私に答える義務などない。
そんな気分でもない。
すると、運転手はそんな沈黙などなかったかのように話を続けた。
「首ですよ。顔、自分の髪の長い顔、頭、そいつを両手で持って、ほらって、ボーリングの玉みたいに。もう、驚いたのなんのって、危うく分離帯に乗り上げそうになりましたよ、あははは」
いやいや、そんな話をよく笑いながら話せるもんだ。
それに、こちらはどんな反応をすればいいのか。
驚いて「怖いですねー」とでも言っとけばいいのだろうか、首が外れていたくらいで。
「でね」
まだ続くのか。
「でね、女性の笑い声がして、よく見ると、なんと、マネキンじゃないですか、マネキンの首、ひどい話、たちの悪い悪戯ですよ」
まったく、ひどい話だ。
聞きたくもない話をこんな深夜に聞かされるとは。
「そうだ、たちの悪い悪戯と言えばね、お客さん」

だめだ、もう我慢できない。
ゆっくりさせてくれ。
私は助手席の枕をつかんで前に乗り出した。
「運転手さん、その、女性の話だけどね」
「ひどい客でしょう」
「それって、こんな感じだったかい」
私は、自分の首を外して運転手に見せた。
運転手を黙らせるには、これに限る。

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