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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2023年1月の記事一覧

『鬼のため息』

『鬼のため息』

彼は、月明かりに青白く光る体を引きずるようにして逃げていた。
近くでまた銃声と悲鳴がした。
最初は、仲間と連絡を取り合って、誰がどこで狙われた、どの方向が安全かなどと情報交換をしていたが、今はもうそれも繋がらなくなった。
みんな、自分が逃げおおせるので精一杯だ。
仲間がどれくらい生き残っているのかもわからない。
とにかく、逃げて明日まで生き延びるしかなかった。
サイレンの音が響き渡るが、あれが自分

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『大増殖天使のキス』 # 毎週ショートショートnote

『大増殖天使のキス』 # 毎週ショートショートnote

彼と出会ったのは大学生の時。
社会人になっても付き合いは続いて、それから3年ほどで結婚した。
仕事は続けていたが、子供ができれば退職するつもりだった。
その頃はまだ育休などという制度はない。

ところが、私が退職する日は一向に訪れる気配はなかった。
子供はまだか。
孫はいつ抱ける。
平気で聞かれる時代。
彼は、
「2人で楽しもう。DINKSだよ、流行りの」
その気になって諦めていた頃、無事に退職し

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『揃いすぎたパズル』

『揃いすぎたパズル』

彼は確認を終えると、本部に連絡を入れる。
「配置は整いました。あとは、ホシの現れるのを待つばかりです」
それから、もう一度この部屋を見渡してみる。
地下室のために窓はなく、ドアは一箇所。
ドアの左右に1人ずつ。
8畳ほどの部屋の四隅に1人ずつ。
このドアの外にも左右に1人ずつ。
それぞれ制服の警官が立っている。
そして、部屋の中央には60センチほどの台の上に黒い金庫がある。
その中では、小さなダイ

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『失恋墓地』 # 毎週ショートショートnote

『失恋墓地』 # 毎週ショートショートnote

「では、こちらにお名前と連絡先を」
初老の男は上目遣いに書類を差し出した。
「それと、一度埋葬した恋は2度と掘り出すことはできません」
彼女はうなづいた。
「よければ、一番下にもう一度署名してください」

ここは失恋墓地。
失った恋を埋葬してくれる。
彼女は、最後の署名をしようとしていた。
その時、ドアが開いて新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「お願いしたいんです」
その声を聞いて、彼

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『宇宙より』

『宇宙より』

僕の家は宇宙船です。
地球のみんなを守るために、毎日宇宙を飛び回っています。
遠い星からの侵略者と戦うこともあります。
僕の宇宙船は頑丈なので、絶対に負けることはありません。
その点は安心してください。
パパは攻撃の名人です。
敵の乗り物、それは、鉛筆のようであったり、ドーナツのようであったり、アンパンのようであったりしますが、どんな形でも、パパは一発でうちおとします。
きゅうしょがあるんだってパ

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『転落願望』

『転落願望』

どうやら私には転落願望とでも呼ぶべきものが備わっているようだ。
あと一歩というところで、自ら転げ落ちてしまうのだ。
それは比喩的な意味でもそうだった。

古くは小学校の頃の運動会。
50メートルの徒競走で、私はいつもトップに躍り出る。
2位の子と差を広げ、ゴールまであと10メートル、そこで決まって転んでしまうのだ。
膝をすりむき、立ち上がる頃にはみんなゴールした後だ。
応援に来ていた両親のため息が

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『2次会デミグラスソース』 # 毎週ショートショートnote

『2次会デミグラスソース』 # 毎週ショートショートnote

後輩が2年ぶりに連絡をしてきた。
「先輩、送別会やりましょう」
「送別会って、俺、辞めてもう2年になるぞ」
退職した2年前は、感染症が蔓延していろんな集まりごとができなかったのだ。

送別会には、前の部下のほとんどが集まってくれた。
と言っても、小さな会社だったので数人だが。
それでも、嬉しいものだ。
会は大いに盛り上がった。

「2次会はあの店に行きましょうよ」
「ああ、あの店だな」
あの頃は、

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『1月のその夜のこと』

『1月のその夜のこと』

「何で止まるんだよ」
「赤信号ですから」
「ったくよー」
彼はルームミラー越しに若い客を盗み見た。
金髪のリーゼントにサングラス。
派手な刺繍模様の羽織袴。
客はスマートフォンで誰かとやり合いながら、しきりに急がせる。
その日の出庫前の点呼でも所長が言っていた。
「今日はそんな式典に参加するお客様が多いと思うので、場所を間違えたり、遅れたりしないように。ご本人にとっても、親御さんにとっても一生に一

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『宝くじ魔法学校』 #毎週ショートショートnote

こんなことじゃ年が越せねえよなあ。
男は地下通路の片隅で頭を抱えた。
その時、一枚の紙切れが転がってきた。
「あなたも億万長者 宝くじ魔法学校」
け、いんちきな商売しやがって。
ふと見ると、書かれた場所はこのすぐ上だ。
男は古びたドアを押した。

まさしく魔女のような老婆だった。
「運というのは平等さ。ただ、みんなその運が回ってくる前に死んじまうのさ」
老婆は一枚の写真を突きつけた。
「この子を殺

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