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『失恋墓地』 # 毎週ショートショートnote

「では、こちらにお名前と連絡先を」
初老の男は上目遣いに書類を差し出した。
「それと、一度埋葬した恋は2度と掘り出すことはできません」
彼女はうなづいた。
「よければ、一番下にもう一度署名してください」

ここは失恋墓地。
失った恋を埋葬してくれる。
彼女は、最後の署名をしようとしていた。
その時、ドアが開いて新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「お願いしたいんです」
その声を聞いて、彼女は顔を上げた。
「あなた」
「君」

「私は、駅の西口で1時間も待ったの。でも、あなたが来てくれないから」
「僕は東口で2時間待っていたんだ。どうして、連絡してくれなかったんだい」
「だって、振られてるのにしつこい女だと思われたくなくて。あなたこそ、どうして」
「僕のことを嫌いになった君を困らせたくなかったんだ」

話を聞いていた店主は、彼女の書きかけの書類を取り上げた。
「さあ、今日はもう閉店です。これからは、お互いにあと数歩近づこうとしてみることですな」

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