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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年11月の記事一覧

『泣き虫エース』

『泣き虫エース』

最後の大会は、後輩の不祥事で出場辞退となった。
夕暮れのバックネット前で告げられた時、僕たち3年生は泣いた。
部室に戻ってから、他校の生徒と喧嘩をした後輩を3年生は殴った。
殴りながら、まだみんな泣いていた。
僕も、みんなに混じってそいつを蹴った。
蹴りながら、そんなふうにしか気持ちを表せないことが悲しかった。
暗い部室で、その後輩も泣いていたが、多分そいつの涙と僕たちの涙は意味が違ったはずだ。

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『全力で推したいダジャレ』 # 毎週ショートショートnote

『全力で推したいダジャレ』 # 毎週ショートショートnote

彼と付き合い始めて3年になる。
別にプロポーズの言葉などいらない。
先日、彼の両親に初めて会った。
それだけで、意思表示としては充分だ。

私の場合には、母がいないので、父に会ってもらうことになる。
それが問題なのだ。
別に父の許しがなくても結婚する。
でも、彼の方がそう言うことにこだわる方だ。

「お父さん、くれぐれもお願いね。馬鹿なことはやめてよね。中学、高校の頃、参観日や三者面談で私がどれだ

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『トキコさんは空高く』

『トキコさんは空高く』

トキコさんを探すためにこの街に住んだのか、この街で暮らすためにトキコさんを探していたのか。
今となっては、どちらが正解なのかはもうどうでもよかった。
それに、そんなことを追求してくる友人など、ひとりもいない。
幸か不幸か、どちらなんですかと尋ねてくるお節介な隣人もこの街にはいそうにない。
食べて寝るという行為が生きた日々の数だけ積み重なるのと同じように、トキコさんは僕の人生でみつけられないという事

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『立方体の思い出』 # 毎週ショートショートnote

『立方体の思い出』 # 毎週ショートショートnote

私の職場は立方体。
他にも色々ある中で、私の職場は立方体。
いつもと同じ立方体。
空も飛ばない立方体。

高層ビルの最上階。
そこならお空も見えるけど、遠くの海も見えるけど。
私の職場はその3階。
そこが私の立方体。
私の机も立方体。
それでもそこが窓際ならば。
向かいのビルの男の子。
ちらっと見ては目をそらす。
ごめんなさいね、3階で。
いえいえ、僕こそ3階で。
そんな出会いもあればこそ。

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『少年とボクサー』

『少年とボクサー』

少年は生まれた時から重篤な《病》を抱えていた。
《医者》は、
「治療することは現在の《医学》では難しい、できるのは侵食をできるだけ遅らせる、はっきり言えば、最後の時を少しでも遅らせる、それだけだ」
と両親に伝えた。
「もちろん今すぐに終わらせることも可能だ」とも付け加えた。
両親は悩んだ。
人に相談できるものではない。
2人だけで、毎晩語り明かした。
気がつけば、どちらかが涙を流していることもあっ

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『音声燻製』 # 毎週ショートショートnote

『音声燻製』 # 毎週ショートショートnote

父危篤。
昔なら、電報だろうが、今はスマホのメッセージですぐに伝わる。
出社してすぐだったが、上司に事情を伝えて早退をする。
それから、簡単な荷作りをして、部屋を飛び出した。

突然だった。
それなりの歳ではあったが、まだまだ元気だった。
病なども聞いたことがない。
だから、母からのメッセージを見ても、帰らなくてはと思うまでに、時間がかかった。

父が何か言いたそうだと途中でメッセージが入る。

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『世界の終わりの朝食』

『世界の終わりの朝食』

突然、ヘッドライトが暗闇に飲み込まれた。
急ブレーキを踏む。
道はそこで終わりだった。
その遥か向こうで月明かりに光る波頭が、その下は海であることを示している。
「ふー、ここまでか」
俺は、ヘッドライトを消し、ギアをパーキングに入れた。
シートに体を預けると、自然に小さなため息が漏れる。
「ほい」
助手席から煙草が差し出された。
「持ってたのかよ」
「うん、死ぬ前には、もう一度吸ってからと思ってね

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